約三十分ほどで唯先輩の出番が終わった。
最後には『私の恋はホッチキス』の弾き語りを披露してくれたりも。
私の所に戻って来た先輩は満足気な笑顔を浮かべている。
唯「あずにゃん誕生日おめでとう! 私のライブどうだった?」
梓「びっくりしましたよもう! それにすっごく恥ずかしかったんですけど」
唯「ごめんごめん」
梓「でもよかったです」
唯「ありがと」
梓「私もギター弾きたくなっちゃいました」
唯「私はあずにゃんと一緒に演奏したくなっちゃった」
梓「あ……私もです」
唯「へへへ……そっか。ねえあずにゃん、ちょっと外に出ない?」
梓「いいですよ」
外は十一月の夜だし風も冷たくなってきている。
だけど色々な意味で熱くなった身体には丁度よかった。
唯「はぁー、風が冷たいねー」
梓「もうすぐ冬ですからね。そうだ、唯先輩これ」
唯先輩の家の鍵を差し出す。
唯「おっと忘れてた。……あ」
鍵を取ろうとしていた唯先輩の手が止まった。
梓「唯先輩?」
唯「んー……いや……でも……」
何やらぶつぶつと思案したのち結局私から鍵を受け取った。
何だったんだろう。
唯「あのね、あずにゃん」
梓「何ですか?」
唯「……あー、その」
梓「どうしたんですか? さっきから変ですよ」
唯「えと、あずにゃんに言いたい事がありましてですね」
梓「それってもしかして……」
唯「あ……あずにゃん!!」
梓「は、はいっ」
唯「私にとってあずにゃんは、ずっと前から……」
梓「っ……」
唯「ずっと前から……っ……大切な人だったのっ!」
梓「はいっ! ……え?」
梓「それさっきも聞いたんですけど……」
唯「……ですよねー」
梓「……?」
唯「だからね、その……」
梓「わかってます」
唯「えっ! わかってくれたの!?」
梓「はい。私にとっても唯先輩は、その、大切な人ですから」
唯「あずにゃぁん……!」
梓「だからもう突然音信不通になったりしません。ご迷惑をおかけしました」
唯「うんうん……!」
梓「……」
唯「……」
梓「……」
唯「…………え、終わり?」
梓「え? そうですけど……」
唯「あ…………うん、そだね」
あれ、何でがっかりしてるの?
梓「唯先輩この事を言いたかったんですよね?」
唯「いや、まあ、うん」
梓「よかった。私本当に感謝してるんですよ」
唯「うん……」
梓「この後どうしましょうか。ご飯でも……あ、先輩は打ち上げとかありますよね」
唯「……」
梓「唯先輩?」
唯「……あずにゃん」
梓「はい」
唯「やっぱりさっきの嘘」
梓「……へ?」
唯「語弊があったみたい」
梓「えっと、それはどういう……」
唯「だからぁ! 好きっていう意味なの!!」
梓「は…………うえっ!?」
唯「言うのやめようかと思ったけどやっぱり言う事にした!」
梓「え……あう……」
唯「本当はあずにゃんの事ずっと前から好きだったの」
唯「でも言うつもりなかった。一緒にいられればいいやと思って諦めてた」
唯「だけどあずにゃんと連絡が取れなくなった時に、死ぬほど後悔したから……」
唯「だからあずにゃんと再会したら絶対にこの事を伝えるって決めてたの」
唯「昨日あずにゃんと会えた時は本当に嬉しかった」
唯「実は無理矢理家に連れ込んだのもお泊りさせたのも、あずにゃんがまたいなくなっちゃいそうな気がしたからなんだ」
唯「それに告白する最後のチャンスだと思って……。今の今まで言い出せなかったけどね」
唯「本当は誕生日プレゼントも買おうかと思ってたんだけど、もしフラれちゃった時に形に残るものだとアレだし」
唯「スペアキーも預けようと思ったけどフラれた後にあずにゃんから返されるの嫌だし」
唯「……って、まだ返事貰ってなかったや」
唯「あはは……」
梓「唯先輩」
唯「は、はい」
梓「改めてご心配かけてすみませんでした」
梓「何度も言いますけど私はもう消えたりしません」
梓「それから、唯先輩の事は昔から頼りにして……あ、頼りになる時もありましたし」
梓「最初はすごく憧れてました。……あ、いや、ずっと憧れて……はいなかった、かな」
唯「……ぐすっ」
梓「そ、それから! 一緒にいると楽しいですし、いつも雰囲気を明るくしてくれて」
梓「今回だって沢山お世話になって、私もう一度頑張ろうって思えるようになりました」
梓「昨日までダメダメだったのに唯先輩と会って話しただけで、です。自分でもびっくりしてます」
梓「だから私にとって唯先輩は大切な人で、好きか嫌いかで言われたら……好き、です」
梓「唯先輩と同じ好きなのかは自分でもわからないけど……」
梓「唯先輩にそんな事言われるなんて思わなかったから、ちょっと、かなり、ビックリしたって言うか」
梓「だからその……えと……」
唯「……あ、あうと?」
梓「いや……」
唯「じゃあ……セーフ?」
梓「どちらかと言えばセーフ、だと思います……」
唯「……ほんと?」
梓「えっと、はい」
唯「……あ、あ、あずにゃん」
梓「は、はい」
唯「あずにゃああああああんっ!!」
梓「うわあっ!?」
唯「よかったあああああぁぁぁ……!!」
梓「う、あ……抱き付かないで下さいよ……私達いい年なんですから」
唯「……いい年して引きこもってたくせに」
梓「ぐあ……」
唯「そんなんだからにぶちんなんだよー」
梓「しょ、しょうがないでしょ! ずっと一人身だったんだから!」
梓「唯先輩こそさっき顔赤くして震えてたじゃないですか」
唯「あずにゃんだって」
梓「……」
唯「……」
梓「私達ってあんまり成長してないんですかね」
唯「そんなことないよ」
梓「……あの」
唯「うん?」
梓「さっきも言いましたけど私まだ気が動転してて、冷静に考えられてないっていうか……」
唯「……もしさ」
梓「え?」
唯「もしあずにゃんの好きが私の好きと一緒じゃなかったら遠慮なく言ってね」
梓「唯先輩……」
唯「じゃあ……」
梓「はい……」
唯「ご飯食べに行こっか!」
梓「……えっ!?」
唯「私片付けと挨拶してくるからちょっと待ってて~!」
梓「……切り替え早いですね」
ライブハウスの前で待つこと数分。
ギー太を連れて出て来た唯先輩と夜道を歩く。
少しずつ冷静になってくると段々唯先輩と一緒にいる事が恥ずかしくなってきた。
当の本人は背筋を伸ばして私の数歩先を軽い足取りで歩いている。
私はまだはっきりと返事していないのに……。
唯「どうしたあずにゃん元気ないぞ!」
梓「なんでそんなに元気なんですか」
唯「いやー言いたい事言ったら気分良くてさ!」
梓「でも私まだちゃんと返事……」
唯「ゆっくり考えてよ。でも返事は早く聞きたいかなぁ」
梓「どっちですか」
唯「えへへ、まあ今日の所は残塁出来たから良しとするよ!」
梓「残塁はあまりよくないと思いますけど……」
唯「あれーそうだっけ?」
やけにテンションの高い唯先輩。
もしかして……先輩も恥ずかしいのかな?
ふるまいからして多分そうなんだろう。
あの唯先輩でも恥ずかしがるんだ……。
それなのに行き当たりばったりで告白後にご飯誘ったり。
そう考えると気持ちがほぐれてきた。
私は唯先輩に駆け寄り肩を並べて話し掛ける。
梓「先輩、どこに食べに行きます? ……あ」
唯「な、なに?」
梓「唯先輩の顔まだ赤い……」
唯「ええっ!? き、気のせいじゃないかな!」
梓「そうですね、暗くてよく見えませんし」
唯「だまされたっ!?」
梓「あははっ」
唯「もうっ、あずにゃん!」
梓「ふふ、ごめんなさいっ」
唯「くそー、そんな事言うと奢ってあげないぞ」
梓「奢ってくれるつもりだったんですか?」
唯「もちろん。あ、そうだ! あずにゃんにごちそう買ってあげなきゃ!」
梓「へ?」
唯「モンプチを買ってあげよう。あずにゃんに会えたのはあずにゃんのおかげだからね~」
梓「それキャットフードじゃないですか。ていうか意味わかんないです」
唯「かわいい子には旅をさせてみるもんだね! ……まあ、勝手に家出してたんだけど」
梓「……何の話?」
唯「そのうち教えてあげる!」
梓「はあ」
唯「それから、あずにゃんにこれあげる」
唯先輩が手渡してくれたのはさっきまで私が預かっていたスペアキーだった。
梓「これって……でもさっきは返されるのが嫌だって」
唯「せっかくあずにゃんと再会できたんだし、やっぱりもっと一緒にいたいし」
梓「でもこれは気が早いというか……」
唯「それは大事なものだからあずにゃんに預けるの。それを持ってる間は勝手に消えたらだめだからね」
う、信用されてなかった……。
なんか首輪つけられてるみたい。
唯「ダメかな……?」
梓「いえ、預からせて頂ます」
唯「よかった~。じゃあこれも誕生日プレゼントって事で!」
もう……強引なんだから。
梓「誕生日と言えば唯先輩も今月誕生日ですよね」
唯「覚えててくれたの!?」
梓「ええまあ」
唯「あずにゃぁん……!」
梓「はいはい。先輩は何か欲しい物とかありますか?」
唯「あずにゃん」
梓「物ですよ」
唯「んー、じゃあ二人で出掛けるのはどうかな?」
梓「構いませんけど……旅行とかですか?」
唯「旅行……いいねえ! 高校の卒業旅行みたいに思い切って海外とか行っちゃおうか!」
梓「海外ですか……いきなり跳ね上がりましたね」
唯「あずにゃんはついて来てくれるだけでいいよー」
梓「そういう訳にもいかないでしょう」
唯「よーし有給パワー発動しちゃうぞ! 当日は海外で過ごすよ!」
梓「え!? 急過ぎませんか?」
唯「んーん、もう決めた! そうだなー26日に出発して……あったかい所のプールで泳ぎたいな」
唯「そうだプール! すごいプールがあるんだよあずにゃん!」
梓「なんかもう行く場所決まりそう……」
唯「ホテルの屋上に空中庭園とプールがついててね、すぐ隣が空なんだよ!」
梓「ちょっとよく分からないんですけど」
唯「カジノもあってとにかくすごいホテルがあるんだよ~」
梓「どこにあるんですか?」
唯「確か……シンガポール!」
梓「シンガポールですか。一年を通して暖かいですよね」
唯「そうそう! ね、どうかな?」
梓「んー、まあ、唯先輩が行きたいならOKです」
唯「やったぁ! わっくわくだね~」
梓「まったくもう……」
唯「私の誕生日はシンガポールだよ~! 楽しみだねっあずにゃん!」
梓「ふふ、そうですねっ」
唯先輩がいると引きこもってる暇なんてないや。
私を元気付けてくれたと思ったら、逆戻りしてもおかしくないくらいの衝撃を与えられて。
地元に帰って来ていきなりこれだもんなぁ。
でもどこか嬉しくて、振り回されるのも悪くないって思っちゃたり。
そんな唯先輩ともっと一緒にいたいから、私だって頑張らなきゃだし。
おまけに課題を増やされて、ちゃんとした返事も考えなきゃいけないけど……
もう少しだけ甘えていてもいいですか?
ねえ、唯先輩。
END
最終更新:2011年11月11日 03:27