「ふたりは!」



帰り道


梓「」ジー

律「どうした、梓」

梓「このお家、素敵だなって」

律「素敵もなにも、豪邸じゃねえか」

梓「いつかこんな広い家に住みたいです」チラッ

律「私の稼ぎじゃきつそうだぞ」

梓「武道館ライブ開けるようなスターになれば、夢じゃないですよ」

律「そのスターになるってのが夢に近いんだよ」

梓「目指せ武道館って言ってたじゃないですか」

律「昔の話だ」

梓「諦めちゃったんですか?」

律「最近は、別にいいかなって思ってる」

梓「夢のない人です」

律「夢ならちゃんとあるよ」

梓「へぇ、どんな?」

律「……」

梓「……?」

律「教えてやんない」

梓「けちんぼ」

律「けちじゃないと、うちの家計はやってけないぞ」

梓「分かってます」ブー

梓「あっ」

律「うん?」

梓「……」クンクン

律「何してんだ」

梓「いえ、今一瞬冬のにおいがしたんで」

律「ああ、季節のにおいってあるよな」

梓「なんかこう、懐かしい気分になります」

梓「あ、見て律先輩。一番星」

律「へぇ、まだ五時前なのに」

梓「すっかり日が落ちるのが早くなりましたね」

律「冬がすぐそこにってか」

梓「もうすぐ今年も終わりです」

律「時間が経つのは早いなぁ」

梓「律先輩、年寄りくさい」プッ

律「うっせ」


イーシヤーキイモー

梓「ねー、おなかすいた」

律「もうすぐ晩飯だから我慢しろ」

梓「待てないです」グー

律「たくっ、仕方ねえの」

梓「わーい」


梓「♪」モグモグ

律「……」

梓「律先輩はいらなかったんですか?」

律「私はいいよ、最近太りぎみだから」

梓「ダイエットなんて必要ないのに」

律「乙女の悩みに口出すな」

梓「やせる時はそこからやせるんですよ」ジー

律「そことはどこのことかな?」

梓「余計な心配ですけど」

律「てめぇ」


梓「……」

『閉店しました』

律「ここの喫茶店、つぶれちゃったんだ」

梓「二人でよく行きましたよね」

律「朝のさんぽの後とかな」

梓「残念です、ここのあんこトースト好きだったのに」

律「場所が悪かったし、仕方ないよ」

梓「……」

律「……」

梓「知らないうちに、町はどんどん変わっていくんですね」

律「そうセンチになるなって」

梓「別になってませんよ」

律「あっそ」

梓「今日のご飯は何ですか?」

律「カレーにするつもりだけど」

梓「たい焼きがいいです」

律「やだよ。てか晩飯にたい焼きて」

梓「年に一度くらい、そういう日があってもいいじゃないですか」

律「一生に一度ぐらいならいいな」

梓「え~~」


ビュウウウ

梓「少し冷えてきましたね」

律「ん、そうだな」

梓「手つないでいいですか?」

律「ん」

梓「……」ギュッ

律「梓、強く握りすぎ」

梓「いいじゃないですか」

律「いてーし」

梓「不安を取り除くのは、恋人の義務です」

律「不安なのか?」

梓「あっ」

律「……」

梓「……」

律「不安なんだな」

梓「デリカシーのない人」

律「何それおいしいの?」

梓「ばか!」

梓「……」

律「……」

梓「唯先輩、今度桜ヶ丘に教育実習に行くんですね」

律「さわちゃんみたいな先生になるって意気込んでたよ」

梓「唯先輩が教師かぁ」

律「意外?」

梓「いえ、合ってると思いますよ」

律「だよな。あいつが教師なるって言い出したとき、なんかすごく納得しちゃった」

律「それ、いいんじゃないかって」

梓「……」

律「澪もそろそろ、就活の準備とか始めてるし」

梓「どこに行かれるんですか」

律「新聞記者になりたいとか言ってたぞ」

梓「なるほど、作詞の才能を生かして」

律「あの文体で記事書かかれたらたまらんけどな」

梓「くすっ」

律「ムギも、卒業したら海外行っちゃうらしいし」

梓「……そうなんですか」

律「留学するんだって。数年ほど」

梓「……」

律「……」

梓「みんな、離ればなれになっちゃうのかなぁ」

律「かもしれないな」

梓「……」

梓「律先輩は、進路どうするんです?」

律「私か?」

梓「まあ、まだ決めてないでしょうけど」

律「……」

梓「漠然としたものはありますよね。私はペットショップの店員に……」

律「公務員」

梓「へっ?」

律「だから、公務員」

梓「」

梓「」

律「そんな驚かなくても」

梓「い、いつ決めたんですかっ?」

律「ずっと前」

梓「聞いてませんよ!」

律「言ってないもん」

梓「言ってくださいよ!」

律「聞かれなかったもん」

梓「もうっ」

律「実は、ちょくちょく勉強してる」

梓「全然知りませんでした」

律「大学の図書館でやることのが多いからな」

梓「律先輩も、将来のこと考えてたんですね」

律「まあな」

梓「どうして公務員なんですか?」

律「安定してるし」

梓「それだけ?」

律「いや、社会のために働きたいってのもあるよ」

梓「……」

律「らしくないか?」

梓「律先輩ならもっとベンチャー立ち上げ! ……とか、そういうのかなって」

律「時代は安定志向ですよ、お嬢さん」

梓「それこそ、律先輩らしくないです」

律「まあな。昔の私なら安定しただけの生活なんて、真っ平ごめんだったろうな」

梓「……」

律「考えが変わったんだよ」

梓「律先輩の夢のため、ですか」

律「うん、そう」

梓「どんな夢なんですか」

律「教えない」

梓「どうしても?」

律「うん」

梓「いじわる!」

律「けっこうけっこうコケコーラ」

梓「夫婦の間で隠し事はなしです!」

律「お前食器棚の奥にあんまん隠してるだろ」

梓「うっ……」

律「うぷぷ」

梓「もう離婚です!」

律「そりゃ困るなぁ」

梓「それじゃ……」

律「教えない」

梓「むーー」

律「そのときが来たら、教えてやるよ」

梓「そのときっていつですか?」

律「さあ。来世とかじゃね」

梓「ばかっ」

律「そういうことだからさ、あんな豪邸には住めないと思う」

梓「……」

律「ただでさえ我慢させてるのに、ごめんな」

梓「別にいいです」

律「へっ?」

梓「私は、律先輩と一緒なら豪邸じゃなくてもいいですよ」

律「!」

梓「今のアパートで十分です」

律「……」

梓「律先輩?」

律「あ、うん。ありがと」

梓「なんでそっぽ向いてるんですか?」

律「べ、別に何でもないよ」アセアセ

梓「? 変な人」

律「……」

律(あぶね、一瞬ホロリときた)グス

梓「もう真っ暗ですね」

律「すっかり遅くなっちゃったな」

梓「……あっ」

律「どした?」

梓「いえ、星空がきれいだなって」

律「本当だ、今日は空気も澄んでるな」

梓「雲一つない、秋の夜空です」


ジー

律「……」

梓「……」


律梓「……あっ!」



梓「今の、流れ星ですよね!」

律「うん、そうだったな」

梓「願い事、お願いしましたか?」

律「いや、一瞬だったし」

梓「もったいない」

律「別にいいよ」

梓「でも大丈夫、私がお願いしましたから!」

律「へぇ、なんて」

梓「律先輩の夢がかないますようにって」

律「!!」

律「そ、そういうのはな、自分の願いを、お願いするもんなんだよっ」

梓「私は別に、何もありませんし」

律「お前こそ夢を持てよ!」

梓「律先輩の夢が私の夢です」

律「……!」

律「そ、それじゃ意味ないの!」

梓「いいじゃないですか」キュッ

律「あほ!」

梓「照れてる、可愛い」クスッ

律「あずさぁ!」

律「もうさっさと帰るぞ!」

梓「はーい」

律「たくっ」ブツブツ

梓「……」

梓「流れ星さん、お願い聞いてくれるかなぁ」

律「ん?」

梓「律先輩の夢、かなうといいですね!」ニコニコ

律「……」

律(夢は自分でかなえるものだよ)

梓「あっ、夕焼けの歌です」

律「時報だな。もうみんな帰る時間だから」

梓「……」

律「……」

梓「夕やけこやけで日が暮れて~」

律「やーまのお寺の鐘がなる~」


私の夢は、随分ちっぽけだ。

昔は武道館ライブに行きたいって本気で思ってたけど、今はもう、その思いはそれほど強くない。

けど、それは諦めたとか身の丈に合わせたとかいう訳じゃない。

本当に叶えたい夢が見つかったんだ。


梓「おーててつないでみな帰ろ~」


裕福じゃなくてもいい。

少しぐらい貧しくても、安定した暮らしを送ってさ。


律「あずさと一緒に帰りましょ~」

梓「私はカラスじゃありません!」

律「確かに、カラスというより猫だな」

梓「猫でもないもん!」

律「いや、ちっちゃくてわがままな所とかそっくりだよ」

梓「む~~」

律「ほら、その機嫌の損ね方も」

梓「律先輩!」

律「はは、冗談だよ冗談」

梓「もうっ」


お前とずっと一緒にいたい。

お前を、幸せにしたいんだ。




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最終更新:2011年11月11日 03:45