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「澪先輩、少しお話しがあるので部活終わりにお時間頂けますか?」

梓からの頼みは唐突だった。
なにやら悪巧みの会談をしようとでもいうみたいな、私だけに聞こえるくらいの小声だった。
それにつられて、私も囁くように了承の意を伝えた。

部活後、物置状態の一室を整理するという名目で私が居残り、梓はその手伝いをするという口実を使った。
音楽室から他の三人が帰ってしまうと、梓と二人きりになった。

「さて、話っていうのは……?」

「え、えーと……。笑わないで、聞いてくれますか?」

梓の目は潤んでいた。自分の罪を懺悔する人みたいに見えた。

「ああ、誠実に聞くよ」

「私、澪先輩のことが好きです」

きっぱりと、梓は言い切った。私はややあって、それが勇気ある告白なのだと理解した。

「好きっていうのは、そういう意味で……ってことだよな」

「は、はい! 実は私、ずっと澪先輩のこと……、あの新歓ライブで唄っているのを見てから憧れてて。
 軽音部に入ってから、凛として見えてた澪先輩の、優しいところとか笑顔とか、
 色んな面を知ってからも、もっともっと好きになって……」

「あ、あずさ」

「なんですか?」

「恥ずかしくなってくるから、やめてくれ」

「……そういう表情の先輩も、ちょっと可愛いかなって」

梓には意外と、強気なところもあるみたいだ。
ギターが巧いのも、こうした性格が関係しているのかもしれない。そして何より、

「ありがとう、梓。気持ちを伝えてくれて」

同性に告白するその勇気を、褒めてやりたくなった。

思い返してみれば、梓の私への態度はとても親身で優しかった。
けれど、自分が好かれているなんて夢にも想像にもなかった。


「澪先輩に引かれたら、軽音部やめようと思ってました」

ふと、気付いた。スカートの裾を握り締めた梓の手が細かく震えている。
その小さな胸を、どれだけ煩悶に苦しめたことだろう。

そう思うと、庇護欲や母性愛に似た、これまでにない感情が、私に芽生えた。


唯のことは頭の片隅にあったし、どうしてそんなことをしたのか明確に説明するのは難しいけれど。
震える梓の手を取って、私はその唇にキスをしていた。

―――そこにただ、黒髪だけが揺れている。

そのキスは空虚なものだった。
純粋な後輩の気持ちをいたずらに高ぶらせるだけだった。
梓にとっては、思いがけない幸福だったらしく、私の手を強く握ってきた。
最後に、触れたその唇に舌を這わせて、離れた。

舌を絡めるような深いキスをしたわけでもないのに、梓の瞳は濡れて艶めき、息はあがっていた。
こちらから腰を屈めてしたのに、いつのまにか梓は爪先立ちだった。

「せん、ぱい……」

「びっくりさせたな。ごめん」

「いえ。その、私は後輩ですから」

俯いて、消え入りそうな声で梓は言った。

「もっと、先輩から……教えて欲しいです」

「……おねだり上手、って言われるだろ」

「みっ、澪先輩!」

「はは、冗談だよ。梓」

後輩の頭をくしゃくしゃ撫でていると、考えなくてはいけないことが消えていった。
一言も好きだなんて言わなかったのに、梓はこのキスを告白に対する返事だと受け取ったらしい。
何も考えていないようで、私は梓がそうすることを卑しく打算したのかもしれなかった。
また一つ嫌いな自分を発見して、それを数えた。


――――

「あっずにゃん!」

「はわ! もう、なんなんですか唯先輩?」

「ギー太が反抗期に入っちゃってさー」

梓に唯がくっつく。それが二人の距離の近さ。
ムギは喜んで眺めているが、私は梓に小さく嫉妬を覚える。
いつもならそうだったのだが、その日は違った。

「……唯先輩、離れてください」

「えー、いーやー」

「離れてくださいっ!」

「あ、あずにゃん?」

ぎゅっと目をつぶって、梓が叫んだ。
音楽室がしんと静まって、唯がおずおずと梓から離れた。

「……うわぁああん! あずにゃんに嫌われたぁっ!!」

ふわりと唯の匂いがすると思ったら、抱き締められていた。
柔らかな身体に思わず手を回そうとして、じぃっと私を見つめる梓と、唯の肩ごしに目が合う。
その視線が痛い。

仕方なく、肩に手をやった。

「ほら、しっかりな。梓だって本気で嫌ってるわけじゃないし」

様子を少しうかがうと、梓は非難がましい目をしている。何が不満なのだろう。
私の梓に触るな、くらい言ってほしかったのか。

ともあれ、唯の身体を引き剥がすと、今度はムギにくっついた。磁石みたいなやつだ。
ムギはムギで、落ち込む友達を慰めるのが夢だったのーだとか言いだしそうな笑顔だった。

「おっすー! 追試で遅れたぜー!」

良いタイミングで空気を読まずに律が入ってきた。
お陰で場は収まったけど、唯は元気のないまま、その日の部活は終わった。


――――

「だ、駄目です、こんなところで」

「まだ誰も来ないよ」

「んっ……あっ」

二人きりの音楽室で、梓に触れる。
嫌がる梓が、しかし本気で抵抗することはなかった。

私は何をやっているのだろう。
唯の笑みを思い出しながら、梓のスカートの中に手を忍ばせて、その柔らかな内腿を撫ぜている。
そこがいまに十分な湿り気を帯びようものなら、更に深い行為を始めるはずだった。

それで悦ぶのは梓だけだ。
私は冷えきった心のままで、梓の絶頂を観察するだろう。
緊張と弛緩を繰り返す膣のなまめかしい動きを、指で感じとるだろう。

結局のところ、私は可愛い後輩という玩具を得たにすぎなかった。
唯の代わりとしての、不純な動機で。

「……ふぁっ、いや……澪せんぱぃっ」

膝が立たなくなり始めて、梓はほとんど机に腰掛けていた。
スカートの裾をめくると、はっきり判るくらいのひどい濡れ方だった。

それを見ても、なんら興奮を覚えなかった。
淫乱だと罵ったらどんなに愉快だろうと思ったけれど、結局は虚しくてやめた。

「……私は、悪い先輩だな」

呟くと、朦朧とした目の梓が私を見つめた。
息はあがり、顔は紅潮して、いやらしく口を開いていた。

その時、ふいに音楽室の扉が開いた。

「あら、二人とも早いのね。さっそくお茶にしましょう」

入ってきたのはムギだった。
スカートはめくれ、頬も赤い、扇情的な様子の梓は、私の身体が死角になって見えなかったらしい。

梓は素早く服を整え、私を突き飛ばし、ムギの横を駆け抜けていってしまった。

「澪ちゃん……、梓ちゃんと何かあったの?」

心配そうな声音で、けれど好奇心は隠そうとせずに、ムギが聞いてきた。
何となく考えていることが判る。二人きりの放課後、高まる鼓動、禁断の姉妹愛―――、そんなところだ。

「ちょっと、な」

その受け答えさえ、ムギには意味深長に聞こえたのだろう。
恥じらうように両頬に手をあて、まあまあまあなんて呟きながら、顔を赤らめていた。

こんな状態のムギには話が通じそうにもなく、梓はどこへいったのかなとぼんやり考えた。

梓でも良いのかもしれない。
どんなに私がアプローチしたところで、唯は絶対に私の想いには気付いてくれないから。

しかし、もし梓が私に全てを捧げようとしたら。
艶やかな黒髪の先から、開きかけの蕾みたいな乳房までもが私の物になるとしたら。

果たしてそれを自分の物にする資格が、私にあるのだろうか。
どこまでも不誠実な、この私に。


日曜日が来て、梓と二人で街へ出かけた。
特別な約束事として休日を一緒に過ごすのは初めてだった。

「澪さん、って呼んじゃダメですか?」

些細なことにまで許可を求めてくる梓はいじらしく、立ち振る舞いをはかりかねる恋人のようで可笑しかった。

「なんなら、澪って呼んでくれてもいいけど」

「い、いえ。さすがに年下で後輩なんですから」

「今日は休日だし、上下関係も無礼講ってことにしないか?」

「じゃあ……澪……?」

「なんですか、梓さん」

「……先輩、いじわる」

からかい過ぎたのか、梓は口を開かなくなってしまった。

二人きりの時は名前で。
そう約束すると機嫌が直った。
梓は私を呼び捨てにするのがしっくり来なかったらしく、最終的に澪さんという呼び方に落ち着いた。

梓はよく喋った。私の口数が少なくても、二人の間に気まずさが生まれないように話す、頭の良い女の子だった。

最初に訪ねた楽器店では、梓がギターを試奏した。
レスポールではなくて、テレキャスターだった。
それに気付いて、梓はどこまで私を見透かしているのだろうと不安になった。

「いい音です」

「そうだな」

「とても繊細で、美しい、澪さんみたいな」

「か細いけど、芯のある音だ」

梓は物足りなさそうだった。仕方ないじゃないか。
何度も歯の浮く台詞を言われれば、耐性もつこうものだから。

やはり、梓は上手い。
白魚のように跳ねる指先が、指板を叩く。
ギターがとても心地よさそうに鳴く。

バンドのポップなリフを弾くときより、色気のあるジャズのフレーズを弾くほうが、様になっている。

「指先、綺麗だな」

私が言うと、びぃんと嫌な音がした。
梓にしては珍しい、派手なピッキングミスだ。

「ジャズをやってる梓、格好いいよ」

びぃん。

「普段の可愛い梓からは想像出来ないくらいだ」

びぃん。

びぃん。

心にもないことを言えば、梓は容易く動揺してくれる。
もっとおだてようかと思ったけれど、あまり褒め言葉が浮かばなかった。

―――玩具を褒めるのに、慣れていないのだ。


梓のミスをひとしきり楽しんだ後、店を出た。自然と手を繋いでいた。
その指の先は、少しだけ硬かった。


私はどうしても梓に没頭することが出来ずにいた。
その表情や言葉、仕草のどれ一つとして、私の心を動かすものはなかった。

梓にキスをしたのは私なのに。
情愛だとかの類がそんなにも簡単に移ろいでしまうのなら、
心から信じられるものなんて、どこにもないような気さえする。


それからショッピングモールの服や化粧品を見て回った。
次から次へと私を引っ張る梓に、心が晴れていくような気がした。

「アイス、食べたいです」

三十余りのアイスを選べる店の前で、梓は立ち止まった。

「私も食べたいな」

「何にしますか?」

「梓と同じやつで」

そう言うと、俄かに梓の表情が曇った。

「……先輩、私と居るのがつまらないんですか?」

「そんなことないよ」

「だって、何がしたいか全然言ってくれないじゃないですか!
 どこへ行きたいですかって聞いても、この服似合いますかって聞いても、ちっとも自分の思ったこと、言ってくれない……」

怒鳴った後で、怒鳴った自分に傷ついたように、梓は泣き始めてしまった。
私はどうしたら良いのか分からず、ただ梓の頭を撫でることしか出来なかった。

「落ち着いたか」

「……はい」

しばらくして、梓は泣き止んだ。
ごしごし擦ったせいで目蓋が腫れぼったくなっていた。

悲しみが少しでも薄らぐようにと、私はそこにキスを落とした。


「私、……だだっ子みたいでしたね。ごめんなさい」

「いいんだよ。梓は私が好きなんだから」

「でも、先輩は……」

好きだと一言も言ったことがなかった。
嘘をつくのが嫌だったからだ。


「私は、嘘をつかないから」

「じゃあ答えてください、先輩。……私のこと、好きですか」

私は言った。


「……可愛い、と思う」

込められた嘘に、気付いたかどうか分からない。いや、おそらく気付いたのだと思う。
だから、梓は言った。

「……今から、うちで遊びませんか」


梓の部屋は小綺麗ながらも、机の隅などに、何かの曲の譜面たちが乱雑に置かれていた。

次に目に留まったのは、ベッドの上の毛布の乱れだった。

「椅子、ないので」

梓に差し出されたクッションを床に敷いて、腰をおろした。

二人ともが言葉少なだった。
思い出したように、梓が飲み物を持ってきた。
それを一口飲んで、キスがしたくなったから、梓の隣に座り直した。

「せんぱい……」

けれど、三度目のキスは梓からだった。
もっと相手を知ろうとするかのように、深くて長かった。

他人の舌が自分の中で蠢く。
それば、ぞっとするくらいの禁忌を犯しているようで堪らなかった。

唾液がお互いの口腔を行き来して、どちらのものか分からないくらい、口の周りまで汚れた。
梓が私の上になって、両手を押さえ付ける。下りてきた唾液を飲まされて、喉が小さくこくりと鳴った。

「……っはぁ、はぁ……はぁ」

梓の唇が離れたのも束の間。首筋が舌でなぞられる。
肌にかかる熱い息から、梓がこの状況にひどく興奮していることが判った。

性急な手つきで、私の服が剥ぎ取られる。
欲に浮かされて、頭がいやらしいことで一杯に違いない。

後輩のそんな様子を、微笑ましいとも可愛らしいとも思えなかった。
ただ、強欲な女の浅ましさを見せつけられるようだった。

鎖骨をなぞった指先が、そっと胸元におりてくる。

「……んぅ……」

先の敏感なところに掌が触れて、思わず声を洩らしてしまう。

梓はおずおずと私の乳房をこねた。
何かの道具を扱いあぐねているといった触れ方だった。

滑稽だと思ったし、先輩としてどうすべきかも判っていたけど、何も言わなかった。

「澪先輩、気持ち良いですか」

心細げに、梓が言う。私は黙殺した。

「……続けますね」

梓の唇が、乳頭に触れる。
小さくぴちゃぴちゃと水音をたてながら、私の味を確かめている。
そこがはっきりと勃起しているのは自分でも判った。

性感を呼び起こそうとする梓の動きが、しかし、赤ん坊のようなのは何故だろう。

「はぁ……はぁ……」

私よりも息遣いの荒くなった梓は、標的を下着の下に変えた。
いつの間にかズボンは下げられていた。太ももをなぞるような愛撫が、徐々にその付け根へと動く。

「下、脱がせますよ」

梓は下着の縁を、そっと下げた。


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最終更新:2011年11月15日 23:45