唯「ここは?」
紬「まえ、唯ちゃんと私が内緒の話をしてたところ」
唯「ああ、言ってた……紬ちゃんとの思い出の場所だね」
紬「一応そうなるかな」
店内に入ると、いつも座っていたテーブルに向かい合ってかける。
紬「ミルクティー2つと、ミルクレープとティラミスをください」
唯ちゃんが言っていた台詞を今日は私が言った。
ほどなくして、注文したケーキとミルクティーが運ばれた。
唯ちゃんはミルクレープをひとくち食べる。
唯「……あ、あっ」
紬「どうしたの?」
唯「いや、ここ来たことあるなあって」
紬「本当?」
来たときは毎回ミルクレープを食べていたせいか、唯ちゃんはそんなふうに思い出した。
唯「……ここでしてたのって、恋の話だっけ」
紬「うん、唯ちゃんは……あのね」
少し喉がつまるけれど、言い出すことにした。
紬「色んな女の子のことが好きで。でも私だけは恋愛対象じゃなくて」
紬「私は毎週、唯ちゃんのそんな相談をきいていたの。気もないふりをしながら」
目をそらしながら、私は過去の唯ちゃんのことを教えた。
唯「えっ。それは変だよ、紬ちゃん」
紬「でも、実際に……」
唯「私、落とす気もない女の子と、そんなに二人きりで会ったりしないよ。内緒でなら、なおさら」
唯「……はっきり覚えてるわけじゃないけどさ」
唯ちゃんはくちびるを曲げると、ミルクティーの水面を息で撫でた。
唯「たぶん色んな女の子が好きだったってのは間違いないにしても、本命は紬ちゃんだったと思うね」
唯「もしかして、そういう相談するふりして、紬ちゃんを嫉妬させるようなことばっかり言ってなかった?」
紬「どうだろう、そんな可能性、考えもしなかったから……」
もしそうだったら、もっと前から唯ちゃんと付き合えたのだろうか。
唯ちゃんの本心がわからなかった自分がにくい。
紬「でも……いつもすごく、嫉妬してた。ほんとは好きなのって叫びたくなってた」
唯「もったいないなあ。ま、そんな作戦で落とせると思ってた私もたいがいだね」
唯ちゃんは席を立つと、私の隣に移動してきた。
唯「ごめんね、紬ちゃん」
紬「いいの。唯ちゃんが私だけに笑顔を向けてくれるだけで、幸せだったから」
唯「……私は紬ちゃんだけのものだよ」
唯ちゃんは甘いキスをした。
唯「もっともっと、幸せになっていいよ」
紬「うん。幸せになる……んっ」
ミルクティーとケーキがなくなるまでお話をして、私たちはまた駅に戻り、電車に乗った。
唯ちゃんの家に着いて、私は深呼吸をする。
憂ちゃんはきっと、私を恨んでいるだろう。
大好きな、愛している姉を勝手に3日間も奪ってしまったのだから。
インターフォンを鳴らそうとした瞬間、鍵の開く音がした。
唯「ここはもう、紬ちゃんの家だよ」
そう言って唯ちゃんはドアを開けて、ただいまと元気よく言った。
憂「お姉ちゃんっ、おかえりいぃっ!」
憂ちゃんは、いつかのように唯ちゃんの胸元へと水平に飛んできた。
憂「んんっ……!」
飛びつく憂ちゃんを受け止めて、しっかと抱きしめると、
唯ちゃんは先手をとって憂ちゃんにキスをした。
玄関先での出来事である。
唯「ごめんね、寂しい思いさせて。これはお姉ちゃんからのちゅーだよ」
憂「……えへ、おかえり、お姉ちゃん」
何も言うつもりはない。
唯ちゃんも憂ちゃんも、そのあたりと区別はついているはずだ。
憂「紬さんも、おかえりなさい」
紬「ただいま、憂ちゃん」
私は微笑んでみせた。
家にあがり、スーツケースを開いて唯ちゃんの服と日用品を取り出していると、
さも当たり前のような顔で和ちゃんが降りてきたので、私は面食らった。
和「おかえり、二人とも」
和ちゃんはまずは優しく微笑んだ。
唯「ただいま!」
紬「た、ただいまー」
和「うん。疲れてない、唯?」
唯「帰りの電車で寝たから平気。それで、あのね、和ちゃん」
和「……付き合うことになったんでしょ? 唯とムギ」
和ちゃんは唯ちゃんが言うのをさえぎった。
どうして和ちゃんが知っているのだろう。
憂「自分で報告したかったかもしれないけど、ごめんねお姉ちゃん。あれ、教えちゃった」
和ちゃんは体の後ろから、「ハネムーン」Tシャツを出して広げた。
紬「……唯ちゃん、これどういうこと?」
唯「あー、行く前に仕掛けといたの。ハネムーンにいってきますって。紬ちゃんの作り話みたいにね」
私は唯ちゃんが、憂ちゃんとの電話で言っていたことを思い出す。
紬「そういえば、ベッドの上になにか置いたって……」
唯「あれのこと。えへへ、仮に紬ちゃんがヘタレても、私が襲うつもりだったよ」
なんとまあ、唯ちゃん。
なんてまた、そんな被害者感情を逆撫でするようなことを。
紬「……えっと、あの」
和「ムギ、私は厳しく言うつもりはないわ」
紬「あぅ」
和ちゃんに先手を打たれる。
和「唯の記憶、無事に戻りだしてるらしいわね。それだったら、いくら唯を……幸せにしても構わないわ」
和「でも、あまり憂を泣かせるようなことはしないで」
紬「……はい、もういたしません」
和「憂にも謝って」
憂「い、いいよ和ちゃ」
紬「ごめんなさい!」
問答無用で私は手をついた。
だんだん土下座が板についてきたと思う。
憂「お、怒ってないですよ? それにおとといは梓ちゃんとか、昨日は和さんが泊まってくれましたし」
言われてはっとする。
紬「あ、梓ちゃんに事情は……」
憂「話しましたけど、どっちかというと呆れてる感じでした。やっぱりかって」
紬「そ……そう、ありがとう」
私は顔を上げた。
一応こういうことなのだから、付き合ったことはあまり広めるつもりはなかった。
しかしこれで、周囲の人間のほとんどに伝わってしまったようなものだ。
恐らく、唯ちゃんの両親にも知られているだろう。
まあ、ばれちゃしょうがない。
紬「……あの、えっと、そういうわけなので、よろしくお願いいたします」
私はもう一度土下座をした。
――――
帰りの道すがら、私はメイドに電話をかけた。
菫『お待たせいたしました、斎藤菫です』
紬「こんにちは。私、唯ちゃんと付き合うことになったから、お父様に伝えておいてちょうだい」
菫『えっ、唯さんと! おめでとうござ……えっ、ちょ』
紬「よろしくね?」
菫『まぁ……えぇー、お伝えしますが……』
紬「それじゃあ、またね」
菫『あっ、あっ待ってください、切らないで!』
紬「あら、なあに? 菫も唯ちゃんが好きだった?」
菫『いや、面識ないですよ。それより、休学の件ですが』
菫『1留までは認める、2留以上は学費を出すことはしない、しばらくやりたいことに打ち込みなさい』
菫『の、三本です』
紬「そう、わかったわ」
菫『乗ってください』
紬「え、何が?」
菫『来週もまた見てくださいねー!』
紬「……え?」
菫『じゃん、けん、ぽん!』
紬「ち、ちょき!」
菫『ウフフフフ』
電話は切れた。
あの子はちょっと働きすぎかもしれない。
――――
これは数日後、また制服で学校を訪ねたときのこと。
唯「ふー……えぇお茶や」
久しぶりに、放課後の部室に5人が集まれたので、私はティーセットを持ってきた。
澪「唯、ちゃんとギターの練習してるみたいだな」
唯「ばっちりだよ! なんか体が弾き方を思い出してきて、楽しいよ!」
梓「ですよね。普通に練習してるだけなら、ここまで上手くならないと思います」
律「そろそろ弾き語り、できるんじゃないか? やってみようぜ!」
唯「あ、ごめん。最初にやる弾き語りは、紬ちゃんだけに聴かせようって思ってるから」
律「うぁっ、なんだよもう、ラブラブ羨ましいなぁ!」
紬「えへへ、それほどでもないわ」
澪「これでそれほどでもないなら、真のラブラブはどうなるんだ……」
澪ちゃんは深く嘆息した。
梓「そういえば、今だから言うんですけどね」
唯「なーに、あずにゃん?」
梓「わたし、唯先輩のこと好きだったんです」
りっちゃんがお茶を噴いた。
律「おっ、お前までかあ!?」
唯「私モテモテだねぇ」
紬「だからいつも言ってたじゃない。唯ちゃんが真剣に好きって言えば、落ちない子はいないって」
唯「そのようだねぇ……あ、あずにゃんごめんね。わたし紬ちゃんと永遠の愛で結ばれてるから」
律「なんか唯からそんな乙女な言い回しが出てくると鳥肌立つんだが……」
澪「うん、かわいいよな」
律「そうじゃねぇ」
紬「梓ちゃん、唯ちゃんは渡さないからね」
梓「わかってますよ。今はもう好きじゃないです」
唯「うっ、な……」
紬「梓ちゃん!」
梓「どう答えればいいんですか! いや、先輩としては尊敬します。だけです」
梓ちゃんは猫のティーカップで紅茶を飲んだ。
りっちゃんの唾が入ってると思う。
梓「ムギ先輩に不平を言ったわけじゃないんですけど、ちょっともやもやしてたので」
梓「すいません、こんなこと言って」
紬「唯ちゃんはもう、私のだからいいけど……」
梓ちゃんは記憶を失う前の唯ちゃんが好きだったのだろう。
前に好きで、今は違う、というのは唯ちゃんに関しては自動でそういう意味合いを持つようになる。
もし梓ちゃんがちょっと前に勇気を出していたら、私は相談役のままだったかもしれない。
唯「うっ、な……」
紬「梓ちゃん!」
梓「どう答えればいいんですか! いや、先輩としては尊敬します。だけです」
梓ちゃんは猫のティーカップで紅茶を飲んだ。
りっちゃんの唾が入ってると思う。
梓「ムギ先輩に不平を言ったわけじゃないんですけど、ちょっともやもやしてたので」
梓「すいません、こんなこと言って」
紬「唯ちゃんはもう、私のだからいいけど……」
梓ちゃんは記憶を失う前の唯ちゃんが好きだったのだろう。
前に好きで、今は違う、というのは唯ちゃんに関しては自動でそういう意味合いを持つようになる。
もし梓ちゃんがちょっと前に勇気を出していたら、私は相談役のままだったかもしれない。
あらためて、唯ちゃんが記憶喪失になってよかった、と思った。
その思いは、紅茶に溶かして飲み込む。
唯ちゃんも一緒にカップを傾ける。
紬「……うん、おいしい」
唯「……うん、いいお茶だまったく」
律「ベタ褒めだな……」
唯「なにせ私の恋人が淹れてくれたお茶ですからねー」
律「そうだなぁ、それだけで美味くなるよなあ」
りっちゃんは澪ちゃんのほうに視線を送った。
澪「……なんか、ほほえましいな」
わざとらしく、その視線には気付かないふりをして、澪ちゃんは唯ちゃんの笑顔を見て呟く。
終
最終更新:2011年11月17日 21:35