唯「あずにゃーん、日焼けのケアするからこっちおいで」

ソファで唯先輩が手招きしてる。
テーブルには化粧水や乳液等が並べられていた。

梓「あの……眠かったんじゃないんですか?」

唯「そうなんだけどさ、ほら、今日って私の誕生日だし」

梓「……そうでしたね」

唯「あっ忘れてたの?」

梓「そんなわけないです」

唯「ほんとかなー」

梓「本当ですよ」

唯「まいっか、それじゃ背中出して」

梓「……はい、お願いします」

私は唯先輩に促されるままソファに座り、バスローブをはだけさせた。
2人でコットンに化粧水をぴちゃぴちゃ垂らして、私は自分の手の届く範囲に塗り始める。
唯先輩は私の首筋から背中へと少しずつ丁寧に塗っていく。
柔らかく押し当てられたコットンから化粧水のひんやりとした感触が伝わって気持ちいい。

やっぱり唯先輩はやさしい。
さっきまで悔やんで気負ってたのに、こうしていると楽になっていく。

梓「ねえ、唯先輩」

私が振り向くと柔らかい返事を返して私を見つめてくる。

良かった。
今日はまだ終わっていなくて、
こんなに落ち着いた気持ちで言う事ができた。

梓「この前の……告白の返事なんですけど」

梓「やっぱり私の好きは、唯先輩の好きと一緒だと思います」

梓「ちゃんとした返事を返すのが遅くなってごめんなさい」

この2週間胸につっかえていたものがきれいに取れた気がした。
これで唯先輩に心置きなく旅行を楽しんでもらえるだろうか。
唯先輩の事だから抱き付いてきたり――あっ。
今は日焼けが……っていうか私服着てない。

梓「ちょ、まっ……あれ?」

唯先輩はぼーっと私の顔を見ていた。
え、何、まさか気が変わったりとか……やだ。

梓「あ、あのっ!」

私が言葉を繋げようとした時、唯先輩の目からぽろぽろと涙が零れた。

梓「うえっ!? ちょ、唯先輩っ……」

意外な展開にあわあわしてると先輩が涙声でぽつぽつと喋り出した。

唯「っだってぇ……嬉しかったんだもん……」

唯「それに、最初は告白するだけでいいやって思ってたけど……あずにゃんが希望持たせてくれるし……」

唯「毎日大丈夫かも、やっぱり駄目かもって思ってて……待ってるの……やっぱり辛かったよ……っ」

梓「あ……」

やっぱり私ばかだ。
先輩はいつもあんなだから忘れかけていたけど、当然繊細な部分だってあるに決まってる。
そういう素振りを見せないだけで、なのに私は先輩に甘えちゃって……。
もっと、安心させてあげなきゃ。

梓「唯先輩……あの、ええと、先輩の事、好きですからっ!」

唯「……ほんと?」

梓「本当です」

唯「誕生日だからっておまけしてない?」

梓「してません」

唯「じゃあもう1回言って?」

梓「う……す、好き、です」

唯「もう1回」

梓「す、好きです」

唯「もういっちょ」

梓「好きですっ」

唯「ラスいち!」

梓「好きです!」

唯「泣きの1回!」

梓「ちょっと!!」

唯「えへへごめんごめん」

やっぱり唯先輩は唯先輩だった。

唯「だって嬉しいかったし」

梓「うう……」

あんなに連呼したら恥ずかしいよ……。
さっきまであんなに落ち着いた気持ちだったのに。
いつの間にか唯先輩が笑ってて私が恥ずかしがってて……いつもと変わんないや。

唯「やっぱりあずにゃんは可愛いなあ!」

梓「な、何ですかいきなり」

唯「んふふ~、あっずにゃーん!!」

梓「ぎゃあ!? 痛い! 痛いですっ!!」

唯先輩を引きはがした後、改めて化粧水を塗ってもらった。
さっきまで平気だったのにすごく恥ずかしい事をされているような気がする。
……そういえば告白された日以来抱き付かれてなかったな。

唯先輩は化粧水を塗り終わると今度はその上から乳液も塗ってくれた。
相変わらずやさしく塗ってくれる。

梓「……あの」

唯「ん?」

梓「先輩は私に、告白するまでに色々考えたりしましたか?」

唯「色々って?」

梓「例えばですけど、私がOKしたとしたらその後が色々大変だな、とか」

唯「あー……考えたねえ。やっぱりあずにゃんも気にした?」

梓「それはそうですよ。後半はほとんどその事を考えてました」

唯「私はそればっかり考えてたらあずにゃんが遠くに行って連絡取れなくなっちゃって……」

唯「だから再会出来たら絶対言うって決めてたし」

梓「そっか……」

唯「後悔先に立たずってね! ……まあ1度後悔したんだけど」

梓「私もさっきまでお風呂で後悔してました。今日までに言いたかったので」

梓「でも先輩は起きていてくれて、まだ間に合うんだって思ったらすんなり言えちゃいました」

唯「あずにゃんって夏休みの宿題ぎりぎりまでやらない方だっけ?」

梓「そんなのと一緒にしないで下さい。……本当はもっと早く言えたらよかったんですけど」

唯「その分色々考えてくれてたんでしょ?」

梓「えっと、はい」

唯「そっかぁ……2週間の心境の変化を細かく聞いてみたいな~」

梓「え゛っ、嫌ですよ」

唯「どんな事考えてたのか気になるじゃん」

梓「絶対言いません」

唯「どうしても?」

梓「駄目です。ご想像にお任せします」

唯「ええー」


梓「おはようございます。……唯先輩?」

唯「ぎゅー」

梓「ちょっ」

翌朝、唯先輩がベッドから起き上がったと思ったら真っ直ぐ私の方に歩いて来てそっとハグしてきた。

梓「ね、寝ぼけてるんですか?」

唯「んーん、寝ぼけてないよ」

梓「や、やめて下さい」

唯「肌痛かった?」

梓「それは大丈夫ですけど……」

唯「じゃあどうして?」

梓「どうしてって……ええと」

言われてみると、何となくダメな気がするんだけど特に理由を思いつかない。

私が何も言わないのをいい事にたっぷり抱き付かれた。
朝食を食べに行く時も

唯「手繋いで行こう」

と言われて、ダメですって言い返した後の

唯「どうして?」

にうまく答えられず結局手を繋いで歩き出した。

恥ずかしいっていうのはあるけどここは海外で、知り合いもいないし会う人みんな一期一会だ。
……まあ、そういう面で日本より厳しい国にいるんだけど。
昔から抱き付かれたりするのは嫌ではなかったし、今も胸が高鳴ってる。
私達は既に一歩踏み込んだ関係なわけでますます断る理由がない。
どうしよう、このままずるずると色々な事を受け入れていっちゃうのかな。
ここにいる間は何をしてもいいような、そんな予感さえする。

梓「……ダメになりそう」

唯「へ?」

1階に降りてレストランへ行くとスタッフが席に案内してくれる。
朝食を食べる場所はホテル内に数か所あり、朝はどこもビュッフェ形式なので毎回食べるのが楽しみだ。
唯先輩は毎回と言っていいほど食べたい物を一気に盛り付けるので後で泣きを見たり私が食べたり。
しっかりした面もあるのにそういうとこばっかり見せてくる先輩が何だか可笑しくて笑ってしまう。

唯「あ、何笑ってるの?」

梓「いえ別に。ところで今日はどうしましょうか」

唯「そうだなー、昼は観光して夜にプールでどう?」

梓「いいですね。夜のプールならこれ以上肌焼けないだろうし」

唯「でしょ。それと昨日行った礼拝堂もう1回行きたいな」

梓「気に入ったんですか?」

唯「それもあるんだけど、ご利益があったからお礼もかねて改めて礼拝にね」

梓「ご利益……あっ」

そういう事か。
私も改めて礼拝した方がいいかも。

帰国は明日だから今日が最後のシンガポール観光になる。
礼拝堂でお礼をしてから昨日周らなかった場所へ行き、食べて見て楽しんで食べて満喫した。
私は昨日で重荷が降りた事や異国の地で先輩と2人きりなのも今だけだからと目一杯楽しんだ。

唯「今日のあずにゃんはいつもより元気だね」

梓「そうですか?」

唯「それに手も繋いでくれるし。そうか……ついに素直な子になってくれたんだね!」

梓「……そうかもしれませんね」

ホテルに戻って休憩と夕食を取った後、2度目の空中庭園へと向かう。
日没後のプールは子供がいなくなり、大人だけの空間となっていた。
静かにライトアップされたプールはエメラルドの淡い光を放ち、夜景と合わせて幻想的な光景。
周りの人たちはそれぞれがそれぞれの世界に入り込んでいる。
そんな空気に当てられた私達は泳ぐこともせず、ただプールに入り空からキラキラした街を眺めていた。

唯「……ふへへ」

梓「何ですか気持ち悪い」

唯「ひどいなー」

プールの端に肘をついてぼんやりしていた唯先輩が拗ねた目でこちらを見る。

梓「だって」

唯「いやね、こうしていられるのが嬉しいなーって思って。もう無理だと思ってたから」

梓「……私とこうしているのが?」

唯「うん。あずにゃんてば都会で引きこもって連絡よこさないんだもん」

梓「それは何度も謝ったじゃないですか。それから感謝もしてます」

道に迷って立ち止まっていた私を救ってくれた。
私の手を引いて迷路から出してくれた。

梓「でも、そのまま別の迷路に連れ込まれるとは思わなかったです」

唯「何の事?」

梓「別の意味で大変だっていう事です」

私は身を寄せて、先輩の濡れた肩に頭を乗せた。

唯「……お? めずらしい」

梓「あの、これからきっと色んな事があると思うんです。いい事だけじゃなくて」

唯「うん、分かってる」

梓「それで、私は今じゃないと、こういう場所でこんな風に出来ないから」

唯「そっか」

梓「……」

唯「じゃあさ、今なら何でも出来ちゃったりする?」

梓「……出来ちゃうかもしれません」

ちゃぷと水が跳ねて唯先輩の身体が私から離れる。
私は先輩の方へ身体を向けた。
辺りは薄暗くて、視界には淡く光る水とそれに照らされる先輩の顔しか見えない。

エメラルドのプールに映る2人の影が絡み合い、1つに重なりあった。



END






最終更新:2011年11月27日 20:06