ムギの手に持ったその荷物は、ちょうど子犬ぐらいの大きさがあった。
というか、形的にそれはまさに子犬そのものだった。
澪「ムギ、まさかそれ、本物?」
紬「まさか、オーダーメイドで作って貰った物よ?」
梓「ムギ先輩……さすがです……」
紬「それじゃ、唯ちゃん待ってるだろうから早く行きましょ♪」
律「っかし、なんか知らんが……ものすげー数だなおい」
和「私、憂、純ちゃん、梓ちゃん、律、澪、ムギ…それに先生……急にこんな大人数…大丈夫かしら?」
憂「大丈夫だよ、それに、みんながいるから今日はお料理の腕鳴るなぁ♪」
澪「憂ちゃん、大変だろうから私も手伝うよ」
律「あー、私も何か手伝うよ?」
澪「お前はじっとしてろっ」
律「ぶーぶーぶーぶ~~~~~~」
梓「あははは……なんだか、騒がしくなりそう………」
さわ子「みんなー、少しは落ち着きなさいよー?」
律「それ、さわちゃんにだけは言われたくねえ…」
梓「ものすごく同感です……」
和「そろそろね……」
こうして、なんだかんだで集まったみんなで、唯の家に向かう事になった。
今まで、あの家にこれだけの大人数が押し寄せた事なんてあっただろうか…?
……でも、それが唯の人徳なのかもしれない。
知らず知らずの内に大勢の仲間を、友達を、人を引き寄せる不思議な力。
それが唯の魅力であり、長所でもあった。
そして、そんな唯に惹かれたから、今こうして、みんなが集まったのだろう……。
『いえ~~~いっ!! じゃー次の曲、いっくぜええええ!!!』
『~~♪ 1秒あればそれでじゅうぶん恋に堕ちれる♪ 一目で惚れて連れ帰って 添い寝もしちゃう~~♪』
『~~ギー太にーーー、もう首ったーけーーっっ!!♪』
律「……なんか、すっげー楽しそう……」
和「確かに……」
家の中からは唯の賑やかな歌声と、楽しそうに奏でられるギターの音色が聴こえる。
……誰か来てて、それで演奏でもしてるのだろうか?
純「誰かお友達、来てるのかな?」
律「って、私達以外にか?」
澪「ん~、姫子とか、エリとか?」
梓「とりあえず、入ってみましょうか?」
紬「そうねぇ、憂ちゃん、開けれる?」
憂「はい、今開けます」
憂が家の鍵を開け、手早くスリッパを人数分用意する。
憂「どうぞー、少し散らかってますけど、上がってくださーい」
一同「「お邪魔しまーすっ」」
憂に案内され、私達は家に上がり込む。
2階のリビングからはなおも唯の歌声が聴こえ、相当に機嫌が良い事がよく分かるといった感じだった。
唯「いぇ~~~いっっ!! ノリノリだぜぃ! じゃあ次の曲、しあわせ日和……いっくよぉ~~♪」
憂「お姉ちゃん、ただいま~」
唯「あ、ういー、おかえり~~♪」
和「唯ー、随分盛り上がってるわね?」
唯「あー、和ちゃんやっほー♪」
梓「お邪魔しまーす」
唯「あずにゃーん、会いたかったよぉ~♪」
梓「その……会うなりいきなり抱きつくの……ヤメテクダサイ…………」
澪「唯、誰か来てたのか?」
律「随分ご機嫌に歌ってたよなぁ」
唯「みんないらっしゃーい。 ううん、ずっとギー太と一緒に歌ってたよ?」
紬「もしかして…今までずっと?」
唯「うんっ♪ おかげで新曲色々と思いついたんだー、今度みんなにも聴かせてあげるねっ」
和「唯…その……勉強は……?」
唯「いやぁ、なんかやる気でなくってさ、それで、今日はギー太と思いっきり遊ぼうと思って…えへへへっ」
さわ子「なんていうか……受験勉強そっちのけでギターに打ち込むその情熱……かつての私以上ね……」
憂「あはははは……」
和「ま、これで唯が真面目に机で勉強してたら、それはそれで明日は猛吹雪になるわ……」
唯「いや~、それほどでも~♪」
律「褒めてねえよ」
純「……唯先輩って、いったい……」
唯「それで、今日はみんなどうしたの?」
律「って唯、お前今日が何の日か知らないのか?」
純「あー、私もそれ気になってたんですよ、今日って何の日なんですか?」
憂「お姉ちゃん、今日何日か分かる?」
唯「ん~……11月の27日………あ~~~っっ!!」
唯「………もしかして、私の誕生日??」
紬「ええ、そうよ~」
純「そうだったんですか、私……全然知らなかった……」
さわ子「私はもちろん知ってたわよ?」
澪(嘘だな…)
律(嘘付けっ!)
梓(嘘ですね…)
和(嘘ね…)
唯「もしかして、その為にみんなで何か計画して集まってくれたの??」
憂「ううん、そういうわけじゃないの」
和「別にみんなで集まってどうこうってのを考えたわけじゃないのよ、たまたまみんなが唯の誕生日を覚えてて、それで、みんな別々にお祝いしようとして集まったって感じなの」
律「よくよく考えたらそれって凄い事だよなぁ……別に打ち合わせとかしてないのに、偶然が重なってこうしてみんな集まったんだもんな……」
梓「それだけ、唯先輩って慕われてるんですよね……きっと……」
唯「なんか照れるなぁ……うん、みんな……ありがとうっ!」
憂「お姉ちゃん、私、今日はたくさんご馳走作るから楽しみにしててねっ♪」
和「プレゼントも買っておいたの、あとで渡すわね」
唯「うんっ♪ えへへ、嬉しいなぁ~♪」
憂「じゃあ、私夕飯の支度始めるね?」
澪「あ、私も手伝うよ、憂ちゃん一人だと大変だろうしさ」
和「澪、私も行くわ」
澪「うん、和がいてくれると助かるよ、ありがとうっ」
唯「あ、私も手伝うよ?」
澪「いいよ、主役なんだから、唯は律達とゲームでもしてて待っててくれ」
律「そーゆーこと。 唯ー、せっかくだしゲームやろうぜ~」
紬「わ~、私も混ざって良い?」
唯「うんっ、りっちゃん今日こそ負けないよぉ~?」
律「へへっ、私に敵おうなんざ100年早いってーのっ」
純「わ、私だって負けませんっ」
さわ子「………………………」
さわ子「私、どうしようかしら………」
そして、私と澪と憂が夕飯づくりに専念している間、各々がのんびりとした時間を過ごしていた。
……しかし、憂の手際の良さには目を見張るものがある…。 さすが長年、平沢家のキッチンで大鍋を振るっているだけの事はあると思った……。
澪「憂ちゃん、揚げ物は終わったよ?」
憂「じゃあ澪さんは玉ねぎの皮むきお願いしていいですか?」
澪「わかった、任せてくれ」
憂「和ちゃん、オーブンはどう?」
和「タイマーはあと3分ね…」
憂「うん、もう大丈夫だから出しちゃっていいよ?」
和「え、時間良いの?」
憂「あとは余熱で大丈夫だよ、あんまり焼きすぎると鶏さんコゲちゃうからさ」
和「そこまで計算してたのね……」
澪「憂ちゃん、将来はいいお嫁さんになるんだろうなぁ……」
和「あははっ、間違いないわねぇ」
澪「それで、唯の奴きっと大泣きしてさ……」
和「『私のうい~』って泣きつきそう」
澪「…うん、そんな気がする」
憂「澪さん、皮むきが終わったらその玉ねぎ、みじん切りにしてもらっていいですか?」
澪「うん、了解だ」
憂「お姉ちゃん、オムライス大好きだから…♪」
和(憂ったら、唯の為となると本当に一生懸命なんだから…)
――――
唯「いっけー! 赤コウラだよ~っ!」
律「ふはは、じゃあでブレーキかけて……純ちゃん、すまんっ!!」
純「くぬっ……あーー律先輩ひどーい!!」
紬「もうひとこえ~♪」
純「わふっ!! また赤コウラなんてひどい! ム…ムギ先輩ぃぃ……」
紬「うふふっ♪」
律「勝負の世界は厳しいんだぜ~……って、さわちゃん何してんの?」
さわ子「だって……私やる事ないんだもん」
梓「じゃあ先生、私とケーキの飾りつけ一緒にやりませんか?」
さわ子「そうね…年長者が何もしないってのもかっこ悪いからね……」
梓「それじゃあ、このスポンジの上に先生の好きなイラストをお願いします」
さわ子「イラスト…………ええ、いいわよ~♪」
さわ子「~~♪」カキカキ…♪
梓「…………あの、先生……その絵は……」
さわ子「何って、ドクロだけど?」
梓「……どこの世界にバースデーケーキにドクロの絵を描く人がいるんですかーーっっ!!!」
さわ子「あら、梓ちゃんには、産まれた日に敢えて『死』を暗示させるっていうこのアウェイ感がわからないのかしら?」
梓「不謹慎ですっ! もういいですっ! さわ子先生は律先輩と遊んでてくださいっ!」
さわ子「も~、冷たいわねぇ~~…やること無くなっちゃったじゃないのよ~」
和「あ、先生」
さわ子「和ちゃん、何かお手伝いできることはある?」
和「すみません、手が空いてるのでしたら、ジュースをもう2~3本買ってきて貰っていいですか?あ、もちろんお金はお渡ししますので……」
さわ子「……………………………」
そんなこんなで、パーティーの準備は進む。
キッチンでは次々に料理が出来上がり、梓ちゃんとムギのおかげでケーキも完成し、パーティーの開始まで残り数分を切っていた。
さわ子「はぁ…はぁ……買ってきてあげたわよ」
憂「わざわざすみません…」
さわ子「いいのよ、あ、これ、和ちゃんに渡して上げて」
憂「あれ、お金……それに、このジュースも隣のスーパーで一番高いやつじゃ……」
さわ子「先生が生徒に奢られたら立つ瀬無いでしょ? たまには先生らしいことさせてちょうだい、ね?」
憂「さわ子先生……ありがとうございますっ! このジュース、美味しく頂きますねっ♪」
さわ子「ええ、召し上がれ……」
律「お、さわちゃんが帰って来たぞ~!」
澪「これで始められるな」
純「先生はやく~、せっかくの料理冷めちゃいますよぉ~」
さわ子「みんな、待っててくれたの?」
唯「当たり前だよ~、だってさわちゃんがいないと始まらないんだもん、ねーあずにゃんっ」
梓「さっきは怒ってスミマセンでした、先生も早く席についてくださいっ、私もうお腹が…」(グゥゥ~
梓「ぁ………………」
紬「あれ、梓ちゃん今の音……?」
梓「けっ…ケータイのバイブ音ですよっっ!! もう昨日から迷惑メールが来てて……あ、あは、あはははは……!!」
和「ま、みんなお腹空いてるだろうし、早く始めましょうか……」
律「そうだなぁ……じゃあ、ここはまず部長の私から音頭を…」
澪「りーつ、今日の主役は唯だろー?」
律「てへへ、じょーだんだって…」
和「じゃあ唯、乾杯の前に何か一言…」
唯「ん~~………」
グラスを片手に、唯は数秒考え込み……。
唯「じゃぁ……こほんっ、今日は、私の為にみんな集まってくれて本当にありがとうっ!」
唯「子供の頃は、1年なんてすっごく長いと思ってた年月だったけど、気付いたら、もう私も18歳になっちゃいました」
唯「18歳っていったら、車だって乗れる歳だし、危ない事だって自分の責任でできる、そんな歳なんだってお父さんは言ってたけど、正直、私はいまいちそういう実感はありません」
唯「前は、このまま、ぼーっとして…気付いたら一人で大人になっちゃうのかな? なんて思ったりもしたけど、みんなと一緒に大人になれるんなら、それでもいいと思えるようになりました」
唯「だから、私、改めてみんなに言うね……!」
唯「私……大人になってもみんなとずっと一緒に居たい…! 今日ここに集まってくれたみんなも、姫子ちゃんやいちごちゃん達クラスのみんなも、隣のお婆ちゃんもトンちゃんも大好きだから……!!」
唯「これからも、みんなずっとずっと一緒だから……! 私、みんなが大好きだから……!!」
唯「―――かんぱーーーいっっ!!!!!」
一同「「かんぱーーーいっっっ!!!」」
唯の音頭は、まるでいつかのライブのMCのように、私達の心を震わせた。
それは、唯の純粋無垢な心。
それは、唯の『今を精一杯楽しもう』と言う意思。
それは、唯の最大限の生き方。 未来を恐れず、あるがままの自分を貫こうと言う。気高き意思の表れ。
唯にとっては、卒業もそうなのだろう。
留まる事を選ばず、みんなで前に進む。 そうすれば、誰しもが一人ではなくなる。
そう、唯にとって卒業は終わりではなく、むしろ新たなステージへの道となるのだ……。
まさか、それをここで唯に教えてもらうとは……。
ほんと、いつの間にこんなに立派に……。
和「ふふっ…♪」
唯「…? 和ちゃん、突然笑ったりして、どうかしたの?」
和「なんでもないわよ、ほら、口元にソース……」
唯「んっ……和ちゃんが優しい……」
和「もう、まるで普段は冷たいみたいな言い方しないでよ」
唯「えへへ、ごめんごめん……」
澪「そうだ唯、せっかく18歳になったんだし、何か抱負とかないのか?」
唯「ほーふ?」
律「ま、簡単に言えば目標だよ、ほら、例えば『志望校に受かる』とかさ?」
唯「ん~……ほーふ……もくひょう……………」
梓「珍しく真剣に考えてますね……」
さわ子「ま、今大事なシーズンだしね……」
唯「……もくひょう…………そだっ!!」
紬「まぁ、何か浮かんだのかしら?」
唯「私の18歳の目標は………とりあえず………」
律「とりあえず……?」
唯「――アイス、たべたいっ!!」
一同「ずるるるるぅぅぅ……!!」
その発言に、誰しも床に突っ伏す事になったのは言うまでもない。
梓「ちょ……ちょっと真顔になったからもしやと思って期待したらこれですよ……」
澪「さ……さすが唯……良い意味でも悪い意味でも期待を裏切らないな……」
さわ子「私の教育、間違ってたのかしら…?」
律「あたしの期待返せばかやろー!」
紬「でも、唯ちゃんらしい目標だと思うわ、あはははは……」
純「ムギ先輩が珍しく引きつってる……」
憂「お姉ちゃ~ん…」
和「まったく……この子は……ふふっ」
和「っっ……ぷっ……あははっ、あははははっっ…!」
律「うぉう、和があんなに感情を露わに!」
澪「和笑いすぎ…っ…私にまで移って……っぷっっ…っくくくっっっ…あはははっっ!」
――どこまで行っても唯は唯だ。
これからも、そして何年経っても変わらない。ここに居るみんなは…変わらない。
この先何十年経っても、誰かが結婚しても、遠くへ行っても……私達はずっと一緒だ……。
唯がいる限り、私達はどこにいても、同じ場所へ集うことが出来る………。
そうだよね…唯……。
和「…唯」
唯「和ちゃん……!」
―――お誕生日、おめでとう………!!
おしまい。
最終更新:2011年11月28日 20:20