先輩方の卒業式も終わった 3月下旬の春休み
携帯電話の着信画面は【唯先輩♪】の名前を映し出した
『もしもし・・』
『あずにゃん?私だよー!』
『何かあったんですか?』
『えへへ~ あのね~』
いつもと変わらぬ唯先輩
『明日 近所の公園でフリーマーケットをやるんだよ!』
『フリーマーケット ですか』
『うん。私はお店出さないけれど あずにゃんも一緒に見に行こうよ!』
当り前だけど以前よりも会う回数は減って
正直少し 寂しかった
ちょうどいい機会だし行ってみようかな
な、何かコレ デート みたいだし・・・////
『はい、私も行かせてください。天気も良さそうですし』
『そう言ってくれると思ってたよぉ~!掘り出し物見つけようね!』
やっぱり変わらぬ唯先輩
でも、もう卒業してしまったのだ
だから きっと これから変わっていくんだろう
変わってしまうんだろう
卒業式の後 先輩方の演奏のおかげで
軽音部を引き継ぐ覚悟はできたし、見送る勇気も持てた
でも
それでも
私も先輩方も 軽音部を忘れる筈無いって わかってるつもりでも・・・
――ー――ー――ー――ー――ー――ー――――
翌日
AM 10:00
いつもはまだ涼しい三月下旬でも 今日の気候は暖かく
思わずうたた寝してしまいそうな太陽の下
寝坊した唯先輩を 広めの公園で1人寂しく待つのであった
まったく、自分から誘っておいて・・・
「ごめんねあずにゃん!待たせちゃったかな・・」
ドラマの恋人っぽく「ううん、私も今来たトコ」なんて言う気は微塵も湧かず・・
「もう、 春眠暁を覚えず じゃ困りますよ」
「すみませんでしたーっ」
しかし息を切らせながら走ってきた唯先輩を見ると
不思議と怒れないんだよね
規模は思ったより大きなものだったようで
人混み と呼べるものが既にできていた
「結構人来てますね」
「この辺じゃ珍しいからねぇ。お洋服とか出てるかな~」
「楽器もあるかもしれませんね」
桜の開花が迫り 緑も萌え始めている
鳥の囀りが心地良い
風景も出店も 見てるだけで飽きないものだ
二人でぶらついてあれこれ見ていると
古いアコースティックギターを見つけた
「あ、唯先輩 ギターですよ。ほら」
「ホントだー。これは中々年代物だね・・」
「でも状態は良いですね。きっと、大事に使われてたんです」
「おぉ、この子は幸せ者だね~。ギー太も大事にしてあげないとねぇ・・」
フリーマーケットは使わなくなった物を売る場所だ
それは愛想が尽きたからじゃなくて
もっと大切にしてくれる人がいるから
――ー――ー――ー――ー――ー――ー――――
正午
「大学の授業、私大丈夫かな・・」
屋台で買った鯛焼きを頬張りながら唯先輩は言う
「やっぱり高校よりも簡単に留年しちゃうんだよね?どうしよう!?」
「いやいや、今からそんな心配してもしょうがないですよ・・」
半分呆れつつ嗜める私の脳内では別の不安が渦巻く
軽音部の先輩はみんな同じ大学だし、みんな仲良しでいれると思う
でも、私が同じ大学に行く保証なんて何処にもないし
別の大学にでも行ったら もしかして ずっとずっと会えないまま
先輩達は私とは別に新しい友達いっぱい作って
私とは 縁が無くなるとまで言わなくても 微妙な関係になって
就職して 音楽も今まで通り触れなくなって
現実と社会の波に曝されながら
練習も お茶も
ライブも 合宿も ロンドン旅行も
楽しい思い出も 素敵な経験も
いつか
擦れて消えちゃって・・・
「・・ずにゃん? あずにゃん!」
ハッ と現実に帰る
「ぁ 唯先輩・・・」
「大丈夫?凄い哀しい顔してたけど・・・」
「い、いえ 何でもないんです・・何でも・・・」
いけない
きっと 泣きそうな顔してた
こんなの前に進みたがらない 甘えん坊の思考だ
わかってるけど でも でも・・
「何か辛い事があったの?悩んでる事があるのかな?」
「あの・・そ、その・・・」
「やっぱり、私達と離れるのが寂しい・・?」
「そ、それもそうなんですけど・・ちょっと違って・・その・・・・」
心配してくれる唯先輩
とてもありがたいけど、この優しさでさえも
ひょっとすると
いつか忘れてしまう 忘れられちゃうものなのかもって 思ってしまうと・・・
「ごめんなさい、唯先輩。もう大丈夫です」
でも、何時までも心配させてはいけない
「・・・・うん。もうちょっと見ていこうか、あずにゃん」
――ー――ー――ー――ー――ー――ー――――
PM 1:00
午後は積極的に買い物に乗り出した
中古とはいえ 興味を惹かれる商品は多い
いや むしろ 使われてきたものだからこそ
不思議な魅力を放つのかもしれない
「あずにゃん見て見て!このワンピース、あずにゃんにすっごい似合うと思うよ!」
「そ、そうですかね・・」
「絶対そうだよ!ホラ、ちょっとこっち来て・・」
「こ、コレですか・・?ちょっと幼すぎませんか」
「だから似合うんじゃん!」
「もう・・」
服を見ている時の唯先輩のはしゃぎ様といったら
ホントに小さな子供と歩いてるみたいで
見てるこっちまでワクワクしてくる
「いっその事、ペアルックとかどう?」
「へ?」
「ほらこのシャツ、二人お揃いで着れるよ」
「いやですよ/// そ、それにペアルックって なんか古いですし・・・」
「え~ 面白そうなのに~」
「しかも『ひょっとこ』の文字Tをペアで着てもカッコ悪いです・・・」
そんな会話をしていると
ふとした疑問が頭をよぎる
「あ、そういえば 今日は他の先輩方は・・・」
「うーんとね 澪ちゃん達はね・・・その・・・」
やっぱり ホントに二人きりのデート・・・!?
「・・みんな揃って予定が付かなかったみたいで。ちょっと残念だったね」
「そ、そうなんですか・・はい、残念です・・・」
思い違いでしたか そうですか
「でもホントに あずにゃんの春休みも終われば・・・」
「こうして遊べる機会も減るかもだから、惜しかったねぇ」
唯先輩は残念そうに でも笑いながら話していたけど
私の心にグサリと刺さる
――ー――ー――ー――ー――ー――ー――――
PM 3:30
まだ時間はあるけど 粗方見て回る事が出来た
唯先輩と歩いているとそれだけで楽しい
手を繋ごうと思ったけれど やっぱり恥ずかしくてやめた
「可愛い服が沢山買えたねー」
「はい。安くて助かりますね」
「今度これ着て遊びに行こうよ!何処が良いかな~」
今後の付き合いを示唆する こんな些細な台詞でも
さっきと打って変わり、私の心は少し安らぐ
なんて揺らぎやすい 脆い精神
「・・・・・うーん」
「どうしかしました?まだ見ていきます?」
「最後にもう一回、あのギター見に行こうよ」
「は、はい」
よっぽど気に行ったのかな
なんて簡単に思いつつ
唯先輩に手を引かれて さっきのギターの前まで来た
「何度見ても 良いギターですからね」
「・・あずにゃんさぁ」
「・・・?」
「やっぱり、変わるの怖い?」
「・・・!」
ドキン と心臓が鳴る
「あずにゃんや私達が 将来 色んな事経験して・・」
「お茶飲んでた高校生から変わっちゃうのって やっぱり不安に思うよね?」
「・・・・はい。怖いです」
もう、正直に言ってしまおう
「私、軽音部で凄く幸せでした・・今が一番幸せなんだろうって 自覚するくらい幸せでした・・・」
「・・だから怖いんです・・・私も先輩も これからずっと 全然違う人生歩んでいって・・・・」
「久々に同窓会でもすると 全然違う人になってたりしたら・・・思い出だけが取り残されないかって・・・」
気付けば涙が流れてる
駄々を捏ねてるだけなのに 恥ずかしいのに
一度流れると止まらない
「泣かないで、あずにゃん」
「唯先輩・・・」
「思い出が消えたり、思い出しか残らないなんて そんなことないよ」
「でも・・・」
「このギターの持ち主さんだって、売った後 ギターの事絶対忘れないし」
「人生の何処かしらで ずっと意味を持ち続けると思うんだよね」
「こんな大事にされてきたんだから 絶対そうだよ」
「はい・・・」
「確かに私達は幾らか変わるかもしれないよ。でも・・」
「放課後ティータイムだったことは変わらないし、その事は私達を ずっと導いてくれるよ」
こんな些細な台詞でも 心がすぅっと 楽になった気がして
涙も止まった
やっぱり 私の心は動かされやすいのかも
「ありがとうございます、唯先輩」
「あずにゃんの哀しい顔 見たくないもん」
こういうところは ずっと変わらないんだろうなぁ
「でも一番は やっぱりみんなで武道館だけどね!」
「アハハ、そうでしたね!」
益々 好きになってしまうではないか
――ー――ー――ー――ー――ー――ー――――
数ヵ月後
先輩は大学へ行き
私は新入部員と一緒に軽音部を楽しんでいる
みんな良い子だ
きっと この子達も 素敵な思い出を沢山作って卒業していくだろう
先輩達も 大学を出て 社会へ羽ばたいていくだろう
でも
何も怖がる事は無い
夏が近付いている
窓から吹いてくる風が気持ちいい
今度 新旧軽音部合わせて一緒に合宿をする予定だ
新しく・・はないけど、あのとき買った服を着よう
ペアルックはまだ悩んでるけど・・
淹れてもらったお茶が美味しくて
練習は明日でいいかな
なんて
変わらない日常は 変わるかもしれないけれど
変わらない日常があったことは
変わらないんだ
終わり
最終更新:2011年12月10日 02:16