今日はバイトが休みで、家にいる筈なのだ。
律「唯ー!」
返事はない。
律「寝てるのか、二階に行くか」
律は、少し戻って二階へと通じる階段を上った。
唯の部屋の前に来ると、深呼吸を一回した。
唾をゴクリと飲む。
律は、恐る恐るドアノブを回す。そして、開けた。
目を閉じて、叫んだ。
律「唯! 生きててくれっ!」
外で、車の走る音がする。
しかし、それ以外の音が部屋から聞こえてくる事はなかった。
悪臭。
目を閉じた律には、それだけが部屋からの返事であった。
死んだ・・・唯が・・・。
瞼をわずかに上げた。
部屋には、青いバケツが置いてある。
が、唯の姿はない。
律「え? あれ?」
律は、その後も家内を探し回ったが唯は居なかった。
律「どこに行ったんだんだよ、唯・・・」
とある、洋風屋敷の庭で唯は紅茶を口にしていた。
そう、紬の家に居たのだ。
唯「はあ、幸せ・・・」
翌日、唯は律に詰め寄られた。
律「何処に行ってたんだよ!」
唯「えっと・・・」
律「家、あのままじゃ駄目だろ。憂ちゃんが帰ってきたらどうすんだよ」
唯「ご、ごめんなさい」
律「謝るなら、梓に謝った方が良いぞ。凄い怒ってたからな」
唯「今、電話止まってて」
律「え? 止まってるって」
唯「払い方分からないから・・・」
律「・・・水道とかは?」
唯「止まってる・・・」
律「・・・どうやって、生活してるんだよ」
唯「・・・内緒だったけどね、最近はムギちゃんの家に泊まってるんだ」
律「はあ!?」
律は開いた口が塞がらなかった。
律「おい、唯!」
唯「は、はい!」
律「梓になんて言われたか覚えてるか?」
唯「え、えっと、自分でやれって」
律「なのに、何でムギに世話になってるんだよ! 違うだろ、やってることが!」
唯「ご、ごめんなさい」
律「もういいよ、勝手にやってくれ」
唯「りっちゃん・・・」
紬の家に戻った唯に、更なる追い討ちをかける。
紬「あのね、今日でこういうの終わりにしよう」
事実上の戦力外通告だった。
唯は夜の繁華街を彷徨った。
途中、一本の路地裏を通る。
そこに、子犬が居た。
ダンボールに拾ってくださいと書いてある、捨て犬らしい。
唯は子犬を抱きかかえた。
唯「可愛いなあ。なんか、私と似てるねえ」
犬は大人しく、円らな瞳を唯に向けていた。
唯「そっか、一人なんだね」
唯は子犬を連れて、途中コンビニで食品を買い、家に戻った。
月明かりのみの室内で、唯と子犬は静かな食卓を広げた。
唯「美味しい? プー太郎」
どうやら、犬の名前らしい。
朝目覚めると、プー太郎は居なかった。
唯「また、一人か・・・」
唯は、公園に向かった。
トイレは、公園等で済ませているのだ。
便器に座りながら、唯は思った。
もう頼れる人はいない。
どうやって生きていくのか。
唯「社会って、厳しいね」
友人を失って実感する。
が、高い授業料を払った割には今更である。
次に向かったのは、和の家だ。
しかし、留守であった。
唯は後悔した。
こんな事になるなら、もっと真面目になれば良かった。
腹が鳴る。
コンビニへ向かった。
しかし、悲劇の連鎖は止まらない。
コンビニで、品を選んでいると叫び声が聞こえた。
万引きらしかった。
店員は外に出て行ったらしい。
唯はレジで待った。
店員が戻ってきた。どうやら、獲り逃したようだ。
店員は愚痴を零しながら、唯を見る。
口角が上に変化する。
五分後、警察官が到着した。
店員「やったのはコイツです」
唯「え、私やってない」
店員「その手に持ってるのはなんだよ」
唯「これは」
警察官「話はあとで聞くから」
警察官は唯の腕を引っ張る。
背後では、店員が薄ら笑いを浮かべていた。
唯は言われるがまま、コンビニを出る。
しかし、店員に企みは打ち砕かれる。
「待って下さい!」
立っていたのは、美人女教師だった。
唯「さわちゃん先生!」
さわ子の証言により、唯は解放。
警察官の手は、店員へと移る。
唯「ここで、何してるんですか?」
さわ子「なにって、立ち読みよ。それより、唯ちゃん服汚れてるけど」
唯「それが・・・」
言いかけて、唯はふと思った。
さわ子にお世話になることだって出来る。
しかし、それでは今までと変わらない。
このままじゃいけないと。
唯「あの、先生」
さわ子「なに?」
唯「お願いがあります!」
唯の家にさわ子の姿はあった。
さわ子「唯ちゃん、良いわね」
唯「はい、先生!」
さわ子の指示に従い、唯は家のゴミをまとめ始める。
暑い、臭い、疲れるのを我慢して動きまわった。
全ては、軽音部のメンバーと笑顔で笑いあえる日々を目指してだ。
しかし、量は予想以上に多かった。
唯「誰だ、こんなに散らかしたのお」
文句を言いながらも、続々とゴミ袋が増えていった。
午後の三時には大体終わり、公共料金の支払いを済まそうと外に出る。
電話がないので、さわ子の携帯を借りて事情を説明。
担当者が苦戦必死の電話であったことは、言うまでもない。
二日後には、家はほぼ元通りであった。
さわ子「や、やったわね」
唯「ありがとお、先生」
さわ子「唯ちゃんが、頑張ったのよ」
唯は達成感を感じていた。
憂が居なくても、生きていける。
自分だって、やれば出来る。
成し遂げたことに、貧しい胸を張った。
しかし、失ったものは大きい。
学生時代の友人は、一生ものの付き合いになる事は少なくない。
唯は学生時代の友人を失った。
つまり、人生の一部を削ったのである。
それでも、まだ手の届く場所に居るのだ。
であるなら、失ったものは取り戻せる筈。
唯は、“自分”の家を出た。
干からびた蛙が蘇ったように話す唯に、紬は理解を示した。
残るは律と梓である。
唯は律の家に向かった。
家の玄関で、二人は向かい合う。
二人とも、視線は泳いでいる。
唯はストレートに訴えた。
わたしは変わった。
だから、仲直りしたいと。
律も、あっさりと首肯した。
次なるは、梓だ。
唯は梓の家の前で、衝撃の光景を目の当たりにする。
見知らぬ男と梓は親しげに話をしていた。
唯「あれって、彼氏なのかなあ」
短髪で顔も整った顔立ちである。
所謂、“イケメン”だ。
やがて、別れの時間になったらしく梓は家へ戻ろうとする。
それを、男は手を掴み引き止めると、梓の口元へ顔を近づけ接吻した。
唯「あっ」
自分の知らない友人の姿。
それは友人と呼べるのだろうか。
今の唯には、解らなかった。
梓と唯は話す。
梓は時間が経った分、寛容であった為すんなり受け入れてくれた。
唯はその日以来、人が変わったように家の炊事やら洗濯やら家事をこなす。
律や梓も家に来ては、唯の分からないことを教えた。
全ては順調そうに見える。
だが、人生には突然不幸が訪れるのだ。
交通事故で、ラーメン屋勤務の女性が死亡したという記事が新聞の片隅に載った。
妹を見舞いした帰りであった。
深く深く沈んだ意識から、目を覚ます。
瞳に映るは、自宅の居間の天井。
憂「あ、お姉ちゃん。今、ご飯作るからね」
妹の声が、更に意識をはっきりさせた。
今のは、夢だったのか。
それとも、これが夢か。
唯は体を起こす。
固まった筋肉が軋む感覚。
生きてる。
これが現実なのだろう。
痛んだ感覚で生を実感した。
唯は進言した。
唯「わたしも手伝うよお」
憂「え、お姉ちゃんは座ってていいよ」
唯「大丈夫、やれば出来るんだからあ」
生憎、夢で得たスキルは引き継がれなかったらしく指を切っていた。
けれども、人間は学びと経験という財産を持つことが出来る。
夢であっても、そこから学ぶことは可能なのかもしれない。
有効期限は短いかもしれないが、唯は夢で意識を変えたのだから。
この言葉を最後に、このお話は終わりとさせて頂くとする。
おわり
最終更新:2010年01月26日 03:28