こんな内容だった。
「梓ちゃん、もしもし?……寝ちゃってるのかなあやっぱり。
えーと、今日梓ちゃん家に夕飯作って持っていたから食べてくれると嬉しいな。前に純ちゃんと行ったときゴミ箱がカップ麺のばっかりだったから。
あ、でも今日おねえちゃんから聞いたんだけど梓ちゃん夢の中でご飯たべちゃうんだっけー。すごいや。
そうそう前にテレビで見たんだけど寝る前に軽く運動するといい夢見られるらしいよー。
じゃあまた今度純ちゃんと遊びに行くね。…………がちゃ」
わたしは憂の作ってくれた料理を電子レンジであっためて食べた。澪先輩が持ってきたプリンをデザートにした。
なんだか泣きそうだった。
がたん。
どこかで音がした。
そして沈黙。
幽霊? ……じゃないよね。
【唯】
授業を終えて部室に向かった。
ムギちゃんが横から小突いてきて、わたしはくすぐったいよって笑った。
唯「あれ、りっちゃんと澪ちゃんはー?」
紬「今日掃除って言ってたわ」
唯「そだっけ?」
紬「うん」
唯「そっかあー」
紬「唯ちゃん今日はよく寝てたわね」
唯「えーそうかなあ」
紬「だって4回くらい注意されてたじゃない」
唯「そーゆのは今日もって言うんだよ」
紬「自分で言っちゃうのねー」
唯「てへへ」
紬「きっと夜遅くまで勉強してるのね」
唯「……あ、笑ったなあ」
紬「ふふっ」
唯「ひどいよっ」
階段を登っていくと、踊り場の窓からすりきれた青の空が顔を出した。たくさんの人が見るからきっと疲れちゃうんだろうな。ムギちゃんは最後の段を一つ多く登ってバランスを崩した。
かくん。
紬「あ」
唯「いただきましたっ」
紬「えへへ」
唯「そういえばさ、あずにゃんのゆめもに“唯先輩、屋上、むむむ、ハンカチ”って書いてあったんだけどどうなのかなあ?」
紬「ゆめも?」
唯「夢のメモ帳だからゆめもだよっ」
紬「うん」
唯「で、ムギちゃんはどう思う?」
紬「ロックだわっ」
唯「へ?」
紬「ええと……ああ、ロックじゃないかしら?」
唯「……それ言いたかっただけでしょー」
紬「ん……えへへ」
唯「もう、わたしはまじめなんだよー」
紬「でも、唯先輩って書いてあるから唯ちゃんのことを無意識に意識してるのよ。きっと」
唯「そ、そかな?」
紬「ひゅぅ」
唯「ムギちゃん口笛できてなーい」
紬「むむむ」
唯「あずにゃんにさ、コロロ届くかなあ」
紬「どうかしら……でもわたしたちみんなが梓ちゃんのこと忘れても梓ちゃんはわたしたちのことを絶対に忘れないんじゃないかしら」
唯「うん。あずにゃんは優しいから」
部室の扉を開けた。
今までこもっていた空気が、風船のそれみたいにふわっとぬけたようなそんな気がした。
もう一度空が見えた。
あずにゃんの見てる空とわたしの見てる空は同じだろうか。
違うといいなあって思う。
なんだか空はきれいに見えなかったから。
【梓】
耳の奥で何かが爆ぜるような音がした。
でも、わたしが聴いていたのはもっと別の、ささやくような、懐かしい声だった。
――そうしてあずにゃんは鬼とも仲良くなり幸せに暮らしましたとさめでたしめでたし
誰かがわたしの横で喋っている。
その声の響きが心地よくてわたしは再び眠りの中に――どおん。
また何か爆発する音。
今度はちゃんと目を覚ました。
ぼやけた視界の向こう、わたしのベッドの隣に誰かの姿が見えた。
わたしは無意識にその影に手を伸ばした。
「わおっ……びっくりしたあ……起きた?」
つんつん。
ほっぺたをつつかれる。
どうにか動こうとしたけど、意識はまどろみの最中に両足を突っ込んだままだった。
「寝てる、のかなあ……まったく寝相が悪いよっ」
ぱちん、と軽くおでこを弾かれた。
それが合図になったみたいに、わたしの意識は一つにまとまっていった。
梓「ゆ、いせんぱい?」
唯「わわっ、ホントにおきた」
梓「むにぁ」
唯「き、聞いてた?」
梓「いま、何時ですか?」
唯「3時さんじゅう、ええと……二分」
梓「聞かなかったですよ」
唯「ああ……そう、じゃあいいんだけどね……うん」
梓「で、めでたしめでたしって何がめでたいんですか?」
唯「それだよっ」
梓「へ?」
唯「わたしはそれを聞いちゃったのかなあってたずねたんだよっ」
梓「すいません。おきたばっかなんでアレなんですよ」
唯「どこまで?」
梓「どこまで?」
唯「どこまで聞いてたの?」
梓「ああ。少しだけですよ。ほんの」
唯「そっかあ」
梓「何を喋ってたんですか?」
唯「ちょっとしたお話だよ」
梓「なあんだ。わたしはてっきり先輩が呪文でも唱えてるのかと思っちゃいました」
唯「いやあ」
部屋は暗くて周りがよく見えない。
わたしは唯先輩の声がする方向に視線をやった。
光る。
一瞬だけ唯先輩のなんだか真剣で、ちょっと照れくさそうな表情が見えた。
それが別にどうだったってわけじゃないけど、わたしは口元が綻びるのを感じた。
遅れて音が響いた。
梓「なんですか?」
唯「花火だよ」
梓「花火?」
唯「うん」
梓「こんな時期にこんな時間におかしいですね」
唯「見に行こっか」
梓「あ、いいですねそれ」
わたしたちは外に出た。
冷えた空気に震えた。
顔見合わせて、さむいって跳び跳ねた。
どおん。
ここからだと音しか聞こえない。
梓「はい?」
唯「この時間におきたのはじめてじゃない?」
梓「たしかに。唯先輩がぶつぶつ言ってたからでしょうか」
唯「えーそれは毎日だって」
梓「ゆうれいなんかですか」
唯「きっとあれだ花火の音だ」
梓「ああそれですね。てかなんで唯先輩は毎日わたしの家に?」
唯「あずにゃんにお話を聞かせるためだよっ」
梓「お話?」
唯「あずにゃんずっと夢見てる間うなされてたんだよ。知ってた?」
梓「そうだったんですか?」
唯「うん。だからさあずにゃんがいい夢見れるようにね、あずにゃんの横で楽しい話を聞かせてたんだ」
梓「毎日?」
唯「そうだよ。せっかく夢の中にまで行ったのにそこでも楽しくないなんてあんまりだよー」
梓「先輩眠くないんですか?」
唯「授業中いっぱいねてるもんっ」
梓「先輩ってなんというか……優しすぎますよ」
唯「む」
梓「他の先輩方もそうですけど、わたし逃げたんですよ。なのに……」
唯「あずにゃんは勘違いしてるよっ」
梓「え?」
唯「それじゃあまるでわたしたちが病院のベッドで寝てるあずにゃんをお見舞いしに行ってるみたいじゃんっ」
梓「でも、実際わたしは先輩たちにすごくめーわくをかけて……」
違うんだ違うんだよ。
唯先輩は言った。
唯「わたしたちはあずにゃんが夢の中に行っちゃても悲しくないんだ。だからさあずにゃんは悪い子にはなれないんだよ」
花火が上がった。
並んだ屋根の隙間から緑色の光が見えた。
唯「今、わたし幸せだよ。そりゃあ、どうしようもないこといっぱいあるけどさ。あずにゃんは夢の中が楽しいと思ったから眠ることにしたんでしょ?」
梓「そうですけど……」
唯「だったら笑ってよ!」
梓「え」
唯「いつもあずにゃん悲しそうな顔してるよ。寝てるときもおきてるときも」
梓「そんなことないです」
唯「わたしはあずにゃんがどんなカタチになっちゃってもいいけど……笑ってないといやだよ」
あそこなら花火がよく見える、って唯先輩は駆け出していった。
白線を避けて歩くその幼さにわたしは少しだけ笑った。
真似をしてわたしも、太い白線を飛び越えた。
唯「ねえ、夢の中のわたしはどんなカタチをしてた?」
梓「むむ……柔らかったです多分」
唯「こんなふうに?」
唯先輩がわたしの体に手を回した。
覚えてる。いつもここで夢が終るんだ。覚えてる。
でも、終わらなかった。
ここは夢じゃない。
だから人のぬくもりだけじゃ寒かった。
わたしたちは体を寄せあったまま花火が上がるのを見ていた。
唯「夢みたいだねー」
梓「夢だったりして」
唯「たしかめてみよう」
お互いにのほっぺたをつまんで、引っ張った。できるだけ思いっきり。
唯「ひたいひたああい」
梓「へふはふへふはふ」
手を離した。
お互いの顔をじっとみつめあう。
花火の上がったその瞬間にだけ真っ赤なほっぺたが見えて、わたしたちは笑った。
帰り道、今度は白線だけを踏んで歩いた。
唯「そういえば今日はどんな夢を見たか覚えてる?」
唯先輩はいたずらっぽく言った。
梓「えと、たしか唯先輩と花火を見る夢です」
唯「ほんとー?」
梓「まあウソでもいいじゃないですか」
唯「えへへそうだねー」
わたしはどうしようもないことを、どうでもいいこと、にしてしまうことにした。
だからってわけじゃないけど、もう幸せな夢は見れないんだろうなあ、そう思った。
梓「唯先輩って絵けっこう上手ですよね」
唯「あんなの落書きだよー」
最初から幸せ夢なんて見たことなかった。それはわかってた。わかってたんだ。
【唯】
次の日、あずにゃんは部活に来た。
「楽しい夢はすぐ覚めるからなあ。でも退屈なわたしたちは長続きだぜっ」
りっちゃんが言った。
「でもでもスニッカーズは長持ちでしかもおいしいぞ」
澪ちゃんが言って、りっちゃんがいつもの返しをしてぶたれた。
こつん。
わたしはあずにゃんに抱きついてみた。
あずにゃんは突き放そうかどうか悩んで、まるで寝惚けてるみたいだった。
でも、照れた。
ムギちゃんが――ひゃぅ――口笛の失敗したのを吹いた。
わたしはこの場所が好きだと思う。
どうしようもなく。
おわり!
最終更新:2011年12月27日 21:33