「はぁ……」
私は、窓外を見つめ、ため息を吐く。
どうしてこうなってしまったんだろう。
傷つけるつもりなんてなかったのに。

―――

私は、お弁当を食べ終えると、みんなに図書室へ行くと言い、教室を後にした。
廊下を歩きながら、携帯を開き、先ほど届いたメールを確認する。
それは梓からのメールで、話があるから、部室へ来て欲しいと言うものだった。

「なにか悩みでもあるのかな?」
そう呟き、足を速めながらふと思う。

(そう言えばこう言うの久しぶりだよな)
梓が軽音部に入ったころは、だらだらしてる部になかなか馴染めず、結構相談をされたものだったけど、
文化祭が終わるころにはそう言うのは一切なくなっていた。
私は頬が緩んでいることに気付き、あわてて表情を引き締める。

(何考えてるんだ。後輩が悩んでるのに喜んでどうすんだよ)
私が、軽い自己嫌悪を感じつつ、部室のドアを開けると、梓が緊張した面持ちで待っていた。

「ごめん、待った?」
「いえ、急に呼び出してすみません」
「ううん、大丈夫だよ」
私は、いつものように笑顔を浮かべ、梓が話を切り出すのを待った。

「…………」
「…………」
でも、いつもとは違い、なかなか梓は口を開いてくれない。

梓は、自分をしっかり持っていて、思ったことをはっきり伝えてくれる子なのに。
よっぽど言いにくい事なんだろうか?
(もしかして、いじめとか。
いや、梓みたいないい子がいじめられるなんて。
でも、まじめでしっかりした子だからこそ、鬱陶しがられいじめられるのかも?
 いや、憂ちゃんもいるし、鈴木さんもいい子そうだし、やっぱり梓がいじめられるなんてことは考えられない)
そんな風に、思考の迷路に嵌っていると、梓が突然口を開いた。

あの!お誕生日おめでとうございます!」
「ふぇ?」
私は、思いもよらなかった言葉に、思わず間抜けな声を挙げてしまう。

「これ、受け取ってください!」
「……あ、ありがとう」
私は、少し落ち着き、言葉の意味を理解すると、差し出された小さな包みを受け取り、お礼を返す。

(なんだ、誕生日プレゼントくれるためだったんだ)
さっき、取り越し苦労をしていたせいもあって、すごくうれしかった。

「あの……わ、私、澪先輩が大好きです!」
「うん、私も梓のこと好きだよ」
私は、そう返し、微笑みながら、久しぶりに梓の頭をなでる。

「…………」
でも、梓は、いつものように微笑み返してはくれなかった。

「あの、そういうのじゃないんです」
梓は、私の手をそっとはずし、真剣なまなざしで見つめ返してきた。

「…………」
「あの……私と付き合ってください!」
そう叫ぶようにいうと、梓は深々と頭を下げた。

「最初は、澪先輩みたいなお姉ちゃんが欲しいなとか、その程度だったんです。
でも、いつも相談に乗ってくれて……いつもやさしくしてくれて……それで私……」
正直、梓の言ってることが分からなかった。
確かに合宿の前までは、頻繁に相談を受けたりしてたけど……。
合宿以降は、すっかり律や唯とも仲良くなって……。
梓が相談してくることも、二人で話すことも徐々になくなって……。
私の役割も終わっちゃったのかなと課思ってたのに。

「あの……だからですね……あの……」
「ごめん」
言いようのない寂しさや、憤りみたいなもので、頭の中がぐちゃぐちゃになった私は、一生懸命話し続ける梓の言葉を遮った。

「そ、そうですよね……いくらなんでもおかしいですよね……」
梓の瞳に見る見るうちに涙が溜まっていく。

「あの……冗談なんで忘れちゃってください。
……あの、失礼します」
梓はそこまで言うと、瞳に涙をためたまま、無理やりに笑顔を作り、部室を飛び出して行ってしまった。

―――

「はぁ……」
再び、窓外に視線を移し、ため息を吐く。
そのときだった。

「澪ちゃん?」
聞き覚えのある柔らかな声に振り返ると、いつの間に入ってきていたのだろう?
ムギが心配そうな表情を浮かべ立っていた。

「あ、ムギか……」
「澪ちゃん、今梓ちゃんが」

「あぁ、分かってる……
私のせいなんだ……」
「何があったの?」
「…………」
私は、ムギのその問いに答える事が出来なかった。
自分の気持ちに整理もついていなかったし、何よりも、誰かに話せば梓をさらに傷つけるんじゃないかと思ったから。

「告白された……とか?」
「え?なんで?」
ムギのその言葉に、隠そうとしていたはずなのに、私は思わず問い返してしまった。

「なんとなくね」
「…………」
ムギは、あきれているのか、落胆しているのか、どちらともつかない表情で答え、続ける

「で、断っちゃったのね」
「……うん」
私は、隠し通すことができなくなり、うなずいた。

「どうして?」
「……分からない」
「梓ちゃんのこと嫌い?」
ムギは、そんな私に容赦なく、質問を続ける。

「嫌いじゃ!……ない・……けど……」
「ねぇ、澪ちゃん、梓ちゃんのこと、どう思う?」
「どう思うって言われても……」
私は、ムギの質問の意図がつかめず、困惑する。

「じゃぁ、どんな子だと思う?」
「えっと……ギターがうまくて、まじめで、でもちょっと生意気で、ちっちゃくって、かわいくって、いつも元気で、いつも、そんな元気をくれて」
「うふふ」
「ムギ」
「ごめんなさい」
真剣に答えているのに、噴出すように微笑まれ、少し苛立ちを覚えた私が、軽くにらむと、ムギはすっと微笑を消して続けた。

「でも、澪ちゃん、梓ちゃんのことべた褒めだよね」
「それは……」
「素直になった方がいいんじゃないかな?」
「素直になるって言われても……」
「断った理由が分からない。
でも梓ちゃんのいいところは、とめなければいくらでも出てくる……
それが答えだと思うんだけど」
はたしてそうなんだろうか?
仮にそうだったとしても、もう遅い。
だって私はもう梓のことを……。

「でも、もう……」
「澪ちゃん、きっとさっきは突然のことで、澪ちゃんも同様しちゃっただけだと思うの。
もう一度、梓ちゃんと二人で話してみて。
じゃないときっと後悔するから」
「……分かった。
もう一度梓と話して、自分の気持ちにも向き合ってみるよ」
いつもと違う、ムギの真剣な様子に気圧された私はそう答えていた。

―――

「梓ちゃんはまだ帰って来てませんよ」
とりあえず梓に会おう。
そう思った私は、1年2組の教室へと向かったが、憂ちゃんの話によると、私に会うと言って出かけてから、戻ってきていないようだった。

「あの、澪さん、何かあったんですか?
さっき、梓ちゃんから、『応援してくれたのに、ごめん。今までありがとう』ってメールがきたんですけど」」
憂ちゃんのその言葉に、不意に胸騒ぎを覚えた私は、呼び止める憂ちゃんの声を背中に、駆け出していた。

「梓……梓……」
私の足は、自然に校舎の屋上へと向かっていた。
何故だか、そこに梓がいると言う核心みたいなものを感じていた。

「梓!」
私は、叫ぶと同時に、重い鉄のドアを開け放ち、屋上に飛び出した。

だけど、そこには梓の姿はなく、よどんだ空の下、ただ、頬を指すような冷たい風が吹いているだけだった。
私は、恐る恐るフェンスに近づき、そっと下を覗き込む。

「はぁ……」
そして、平穏な光景に、先ほどとは異なるため息を吐いた。

「澪……先輩?」
力ない声に振り返ると、ドアの影の壁に持たれ膝を抱えている梓の姿があった。

「梓……」
その姿を見て、安心した私は、情けないことに腰が抜けてしまい、へなへなとその場に座り込んでしまった。

「……澪先輩?」
梓は、不思議そうにゆっくり近づいてくると、そっと手を差し伸べてくれる。

「ありがとう」
そしてその手に触れると、まるで氷のように冷たかった。

「梓、こんなに冷え切ってるじゃないか?」
「大丈夫です」
「大丈夫じゃないだろ!風邪ひいたらどうするんだよ」
私が、その手のあまりの冷たさに大声を挙げると、梓は俯き、肩を振るわせ始めた。

「い、今は……優しくしない……で、く……くだ……さい」
梓の頬を、幾筋もの涙が流れる。
その涙を見て、私の胸も締め付けられる。
いつも元気な梓を、こんな風にしたものへの苛立ちで。
でも、そんな風にしたのは、他の誰でもない、私なんだ。

『素直になった方がいいんじゃないかな?』
ムギの声が脳裏によみがえる。
(素直に……か……)
でも私の素直な気持ちってなんなんだろう?

「……すみません……失礼します」
梓が、そう呟くように言い、振り返ろうとした時だった。

「梓……」
私は、思わず梓を抱きしめた。

「は……離して……ください……こんなことされたら、あ……あきらめられないじゃないですか……」
私の胸の中で、梓の涙交じりのくぐもった声がする。

「梓、ごめん」
私が、そう言うと、梓はさらに肩を振るわせ始めた。

「あ、謝ら……な……いないで……ください」
「ごめん、ごめん、梓。こんな思いさせて」
私の頬にも涙が伝う。

「もう2度とこんな思いさせないから……だから……許して……」
自然に言葉が紡がれ、梓の背中に回した両手にも力が入る。

(そうか、これが私の気持ちだったんだ)
私はなんて馬鹿なんだろう。
失いそうになるまで、自分の気持ちに気づかないなんて。
梓に許してもらえるか分からないけど……。
こんな情けない先輩、もうあきれられて、嫌いになっちゃったかも知れないけれど……。
私は、梓に本当の気持ちを伝えなければならないと思った。
例え、もう遅かったとしても、それがこんな私を好きだと言ってくれた、梓への礼儀だと思ったから。

「梓……大好き。
私と……付き合ってください」
梓は、私の胸の中で首を振る。

「……同情は……嫌です」
「同情じゃない……同情じゃないんだ」
「…………」
「本当に私も梓のこと好き……
今まで自分の気持ちに気づかなくてごめん……」
「…………」
「だから……だから私と……」
梓は、私の言葉が終わらないうちに、私の胸に顔をうずめ、こくんとうなずくと、私の背中に両手を回した。

―――

ありがとう梓。
今日くれたプレゼント、ずっとずっと大切にするから。
ポケットに入っている包みだけじゃなく、今日くれた梓の思いを―――
そして、私の中の梓への思いを―――




おわり







最終更新:2012年01月16日 23:48