―――――――――

律「んじゃー、グラスでも持って来るよ、あ、電気少し暗くしたら雰囲気出るかもな」

唯「んじゃー、ちょっと電気暗くするね?」


 律が棚から持って来てくれたカクテルグラスに酒を注ぎ、唯が電気の明かりを少し下げる。

 トクトクとカクテルグラスに注がれる酒が薄暗い部屋の照明とマッチして、ものすごく上品な感じに映って見える。

 酒には炭酸が入っているのだろう、瓶の中の透明な液体はグラスの中でかすかに泡立ち、それが尚の事大人な雰囲気を演出しているようにも見え、何処か落ち着いた気にさせてくれる。


 いつか見た洋画でもこんなシチュエーションがあったけど、まさかそれを自分で演じるなんてな……。


紬「なんだか、私達、大人~って感じがするわぁ♪」

唯「うんうん、映画みたいで、私達、かっこいいかもね……♪」

律「あははっ、あんま言い過ぎるとかえってガキっぽいけど……確かに、なんかかっこよく見えるよなぁ」

澪「酒に酔う前に、場の空気に酔ってるな、みんな……」


 それは、きっと私も同じ事だ。

 本当の大人がいたらきっと笑われるかもしれないけど……それでも、今はそれも良いと、そんな事を思う私達だった。


澪「…………」

 グラスに注がれたその香りを嗅いでみると、アルコールの独特の香りに少し顔が赤くなる気がする。

 酒の味なんて分からない私達だけど、それがどこか心地よく……場の雰囲気と相まって、きっとこれは良いお酒なんだろうと、勝手ながらにそんな気になっていた。

 ……ああ、完全に場の空気に酔いしれてるな、私達。


澪「もう私、こういうお酒も飲める歳になったんだよなぁ……」

紬「ええ、澪ちゃんも私も、ううん、私達も、もう大人になったのよ?」

澪「うん………当たり前だけど、そうなんだよな……」

 そう、ムギの言葉に頷く私。

 ……この時、今更ながらに私は、自分が大人になったんだと言う事を認識していた……。


 こういう雰囲気が似合ってもきっとおかしくない、そんな歳になったんだ……私達も。


律「みんな、グラス持ったかー?」

 律がグラスを手に立ち上がり、乾杯の音頭を取り始める。


唯「うんっ♪」

紬「いつでも行けるわよー♪」

澪「ああ、こっちも大丈夫だ」

律「じゃあ……えー、みなさん待ちに待ったこの日を迎える事が出来ました」

律「私も唯もムギも澪もみんな20歳……立派な大人になったので、こうやって堂々とお酒を飲める歳になりました」

律「今日はその記念と、放課後ティータイムの一員であり、みんなの大好きな澪の誕生日をお祝いして……この酒で、澪と同じ名前のお酒で乾杯したいと思います!!」

律「みんな……かんぱーーいっっ!!」


一同「かんぱーーいっっ!!」

 ――キンッ

 甲高い乾いた音を立て、それぞれがグラスを合わせる。


 そして……みんなでそれを一気に飲み干す。


律「っっっくううぅぅぅ………!! これが酒の味か……! なんかイイ! すっごくいい!!///」

唯「んっく……んんん……なんか…にがいぃぃ……」

紬「あら、私は美味しいと思うけど?」

澪「……………………」


 ―――人生で初めて口にしたそれは……不思議な味がした。

 若干ほろ苦く、でも、どこか暖かくなるような……不思議な感じ……。


 今まで味わった事のない感覚……だけど、とても楽しい……そんな……不思議な……………

 …ふしぎ……な…………。

 ………

―――
――

 乾杯してから数分、酒が入った事もあってか、場の盛り上がりは一層高まって行った。

 おそらくそれは、後に起こるとんでもない展開への警鐘だったのかも知れないけど、そん時の私達にはそんな事、予測できる由もなかったわけで……



律「ん~~……いいなぁ、この感じ…♪」

 私は上機嫌に別の酒を注ぎ、それを飲み干す。

 これも信代一押しの梅酒で、酸味が若干あるけど、さっきのに比べたらだいぶ飲みやすい方だった。


律「おほ、梅酒って案外飲みやすいんだなぁ……ねえ、唯もどう?」


 梅酒を唯に勧めてみる、さっきのに比べたら苦みはあまり無いし、これなら唯でもさっくり飲めるんじゃないかな?

唯「えへへ……うんっ♪ いただきまーすっ」

 そうして私の注いだ酒を火照った顔で一気に飲む唯だった。

 ……ありゃ、もう出来上がってんのかな、こいつ。


律「おいおい…まだまだあるんだから、そんな一気に飲まなくても……」

唯「今日はとくべつだよぉ~、ね、ムギちゃん♪」

紬「ええ、でも唯ちゃん、あまり飲みすぎないようにね?」


 ムギはムギで確かに顔は若干赤くなってるけど冷静そうに見える。

 けど……


紬「うふふ……えへへへへ…♪ うふふふふふふっ♪ 酔って赤くなってるりっちゃんと唯ちゃん、可愛いわぁ……♪」


 意味もなくいつも以上に笑っている辺り、ムギもしっかりと酔っ払っているようだった。

 ……もしかして、ムギって笑い上戸なのかな?

唯「ひっく……ちょっとすっぱいけど……えへへへ……おいしいい~~♪ りっちゃん、もう一杯飲んでい~い?」

律「ああ、まだまだあるからいいけど……唯、マジで飲みすぎんなよ…?」

唯「えへへへへ……♪ だいじょーぶっ! ふんすっ!」

紬「あらあら、唯ちゃんったら…♪」


律「ま、とりあえず唯はムギに任せておけば大丈夫かな……えと、澪は……」

 隣で無言になってる澪に声をかけてみる。

 初めての事に緊張でもしてるのか、固まったように動いてないけど、大丈夫なのかな?


律「みーおー♪ えへへ、澪ももう一杯どう?」

澪「……ああ、ありがとな……」

 唯やムギに比べると随分落ち着いている澪だった。

 …澪は酔ってもあまり変わらないのかな?


律「へへへ……こうして澪と酒を交わせる日が来るなんてなんか不思議……ささ、どうぞどうぞ」

澪「……いただきます」

澪「んんっ…………ふぅ……美味しい……」

 私の注いだ酒を一気に空ける澪だった。

 ……ありゃ、てっきり1杯で潰れそうなイメージあったけど、結構豪快に行くのな……意外。


澪「……………うん、おいしい……♪」

律「一気に行ったなぁ……大丈夫?」

澪「…うん…律……ありがとな……」

 そう、少し赤くなった顔で、澪は優しく微笑んでくれた。


律「いいって、私も、こうやってみんなで飲めるの、楽しみだったからさ」

澪「律は優しいなぁ……いっつもみんなの事考えてくれて……ほんと、律に会えてよかった……」

律「んもー、そんなに褒めるなって……照れるだろ?」

澪「……りつ………」

律ん~? どーした澪?」

 言いながら私の背後に回り、子猫の様に甘えて来る澪。


 ――その時だ。


 ――ちゅっ…


律「…………へ?」


 突然、唇に柔らかい感触がした。


 一瞬何事かと思ったが、私の手をがっちりと掴み、目の前にあるうっとりとした澪の顔を見て、私は私の身に何が起こったのかを瞬時に理解した……。


 私、今……澪と…………き……キキ………キス…………ッ


律「………え………ええええええええっっっ!?!?!?!?!?」


唯「わお!! 澪ちゃんたら大胆!!」

紬「え? み、澪ちゃん今何をしたの!? 澪ちゃん??」


澪「へへへ……律のはじめて……いただいちゃった……///」

律「………………っっっっっっっ!!!!! み……澪ーーーーっっっ!!!」

澪「うふふふっっ…………えへへへへへ……っ♪」

 咄嗟に唇を抑えながら、私は澪から後ずさる。

 今こいつ、私に………!!


律「………っっっ!!! みお……っっ!! お、お前いきなり何すんだーーーー!!!」

 顔が赤くなるのが自分でも分かる。 でもこれは酒に酔ったのもあるが、それ以上に澪の突然の奇行によるのもあった……つーかそれがほとんどだ!


澪「……えへへへ…っ 律の唇……すごく柔らかかった……♪」

 私の動揺とは裏腹に、まるで悪戯をした子供のような顔で笑っている澪だ。

 こいつ……まさか……!!

律「澪……お前まさか酔ってる?」

澪「だいじょーぶ、私は普通だよ…♪」

 絶ッッ対大丈夫じゃねえ!!

 顔色こそ若干赤くて普通と変わらないけど、間違いなく澪は酔っ払ってやがる。

 ……まさか、酔った澪がこんな風になるとは思わなかった……。

 普段のこいつなら、こんな事絶対にしないだろうし、どっちかってえとそれは唯がよくやる事だ。

 むしろ、こいつならそんなシチュエーションを想像しただけで卒倒するに決まってる……!


 ……酔うとキス魔に変貌……それが、澪の正体だったなんてなぁ……。


澪「………………律ぅ……」

 澪はうっとりとしたような眼で私をじっと見てる……

 やばい、こいつ……完全に初めの1杯で出来上がってる……!!

 まさか、たかだか1杯の酒ででこんなになるだなんて……

 これがよく大人が言う酒の恐ろしさなのか、それとも単に澪が人一倍酒に弱いのか、今はもう分からないが、今更ながらに自分のしでかした事を後悔し始めている私だった……。

紬「澪ちゃんいいわあ……すっごくいいわぁぁぁぁ♪♪」

唯「ふえぇ……澪ちゃん……すっごく色っぽく見えるよぉ……」

 唯とムギは人の気なんて知らず、完全に傍観を決め込んでいやがる。

律「唯もムギも見てないで私の気持ちを少しは……」

律「って……よくよく考えたら、なんか二人だったらすんなり受け入れそうだよなぁ……あははは……」


澪「えへへへ………ねえ律……もう一回……ね?」

律「待てコラおい、あ……あたしにそんな趣味は!」

澪「照れるなよ……いつもの律らしくないよ??」

律「お前こそいつもの澪じゃないだろ!!」

澪「うふふふふふ………ねえ律……」

律「ちょっ!! み…澪……や、やめ……っっ!!」

 尚も澪は私に擦り寄って来る……。

 どーにかしようと他の二人に助けを求めてみるけど、ムギも唯もその光景を楽しそうに眺めてるだけで助ける気なんて微塵もない。 むしろムギに至っては「澪ちゃんもっと強引に!」なーんて事を言っている。

 冗談じゃない、あたしにそんな趣味は毛頭ないし……いくらなんでもあり得ないだろ、女同士でなんて!!


 にじり寄って来る澪から後ずさり、なんとか距離を開けようとしたその時、居間のドアから弟の聡が顔を覗かせた。


聡「ねーちゃんにお客さん来たよー……って、あれ? みんな酒飲んでんの?」

律「あ、ああ、そ、そっか……き、きっと梓達が来たのかな?? な、なあ澪、梓達も来たみたいだし……そろそろ……」

澪「さとし……」

聡「……え??」

律「え? おい…澪」


 私ににじり寄る体制のまま澪は顔を聡の方に向け、今度は聡をじっと見つめている。

 そして、獲物に狙いを定めた雌豹のように聡に近付いて行く……。

澪「さとしぃ~~♪」

唯「をを!!! 今度は澪ちゃん聡君??」

紬「…チッ」

律「おいムギ、なんだ今の舌打ちは」

聡「み、澪さん、どーしたの? って……ふえ??」

澪「聡は可愛いなぁ~~~……律の弟なんかやめて私の弟にならないか……? なあ、さとし~~」

 胸元を無駄に開け、完全に聡を誘惑してやがる。

 ただのキス魔ならいざ知らず、男女見境なくここまで変わるかこいつは……!

 って冷静に分析してる場合じゃねえ。 さすがに弟の貞操が酔っ払いに…それもあたしの親友に持ってかれたなんて、姉としては容認できる話じゃないからな。


聡「え……えっと………その……っっ!!」

澪「聡…………」


 澪の顔が聡に急接近する。

律「こんの……戻って来いこのバカ!!」


 ――かこーんっ!


 咄嗟に空き瓶を澪に投げつけ、澪を聡から引き離す。

律「なーに私の弟誘惑してんだこら、そして聡もまんざらな顔してんじゃねえ!」

聡「………//////」

澪「痛いなぁ……律、もしかしてやきもち? も~~、かわいいなぁ律は……///」


 ……ダメだ、こいつ早く何とかしないと……。


律「む…ムギ、唯! 澪を…澪を止めてくれー!」

澪「りつぅぅぅ~~~♪」

律「だーー! お前は離れろ~~!!」


紬「いいわぁっっ……澪ちゃん、すっごくいいわぁぁ♪♪」ポワポワポワ…

唯「えへへ、仲良しだねえ二人とも」ニヤニヤ…

律「こいつらもダメだ……」


聡「あ…あのその、お、おれ……! 失礼しましたっっ!!//」

律「あ、ああ……お前はもう向こう行ってろ」

律(……夜中に変な事してなきゃいいけど……)


 そんなどーでもいい事が頭をよぎるが、そんな事とはお構いなしに澪が服を脱ぎ、四つん這いの姿勢で私に近付いてくる……。

 右に左に揺れるそれがまた無駄にエロく見えて逆に腹立つ、つーかどこのグラビアのビデオだコラ、お前そんなキャラじゃねーだろ。


澪「律………」

律「まずお前は服を着ろ、そして正気に戻れ」

澪「だって……暑いんだもん……律も一緒に……ね?」

紬「ぶっ……!」

唯「ムギちゃん鼻血! 鼻血!!」

紬「どんと来いです…」


 だあああ!! 収集着かねえなおい!!

 このまともな人間が皆無な状況をどーしたもんかと考えあぐねいていた時、居間のドアが開かれ、見知った顔が3人上がってきた。

 まずい、今はまずい……!


梓「こんばんわ~、みなさんお久しぶりでーす♪」

憂「すみません、遅れちゃって…あれ? なんかすっごく盛り上がって……」

純「りつせんぱーい! 入りますよー?」

律「梓!! 憂ちゃん!! 純ちゃん!! 今来ちゃダメだあああッッ!!!」


3
最終更新:2012年01月17日 20:25