一瞬、何が起きたのかわかりませんでした


菫「……え?」


勇気をふりしぼって、直ちゃんに愛の告白をしました
そして、私たちは結ばれるはずでした


直「やっぱりまだ熱が……」

菫「……?」


でも返ってきたのは、何を言ってるかわからないというような、直ちゃんのそっけない言葉
その言葉に、恍惚としていた私は一気に現実に引き戻されます
そして、冷静になって今までのことを振り返ってみれば……

菫「……う、そ……」


私、私……
とんでもない、勘違いを……!!


菫「あ……ああああああっ!!」ダッ

直「ちょ、急に走っちゃ――」

菫「きゃうっ!?」ビターン


……転んだ痛みなんて感じませんでした
いえ、痛みは感じていましたがそれどころじゃありませんでした
私、勝手に勘違いしてあんな恥ずかしい姿をさらして、直ちゃんに告白までして……!


直「何やってるの……」ポンポン

菫「……」


落ち着かなきゃ、このままじゃ私、もう軽音部にいられなくなっちゃう……
冷たい床に顔を押し付けて冷静になり、次の行動を考えます

菫「……」ムクリ

直「大丈夫?」

菫「はは、ちょっと寝ぼけてたみたい……変なこと言ってごめんね」

直「うん、気にしてないよ」


その言葉に心がズキン、と痛みます
そう、なんとも思わないんだ……


菫「体調はもう大丈夫! 心配かけてごめんね。じゃあもう帰るから……」

直「……本当? 送って――」

菫「――大丈夫だからっ!!」ダッ


思わず、逃げてしまいました
……恥ずかしくて、直ちゃんのそばにいられませんでした


菫「――うわああああああああん!!!」


……



その夜、私は一晩中泣き続けました
初めての失恋のショック、しかもそれが自分の勝手な勘違いだったなんて……
こんなに苦しい夜は初めてです


菫「たすけて、なおちゃん……ううっ、ひぐっ」


こんなときでも、直ちゃんのことを考えてしまう私
直ちゃんは私のことを好きだったわけじゃありません
だから、私も直ちゃんのこと……好きなわけじゃ……ないはずなのに


……



翌日の放課後、私は憂鬱な気分を無理やり奮い立たせて、軽音部の部室に向かいました
ほんとは逃げ出したかったけど……これ以上みなさんに迷惑かけられません


菫「……こんにちは!」ガチャ

純「お、スミーレ!」

憂「もう大丈夫なのスミーレちゃん?」

菫「は、はいっ!」

梓「もう、心配したんだからね! 体調悪いなら言ってくれればいいのに」

菫「すみません……」

直「……」ジーッ


直ちゃんがこっちを見てる……
そ、そんなに……見ないでよ

直「……」


あ、またパソコンに向かいました
ふう……先輩方も単に私が体調不良だったと思ってるみたいだし、とりあえず、その……私が勘違いしてたことはバレてないかな
うん、もうあのことは忘れて、いつもの生活に戻らなきゃ!
よーし、まずはお茶を――


直「」カタカタ

菫「ふぅっ……!?」ビクン


え!? ええっ!? どうして……!?
もうあの音は愛の言葉なんかじゃないってわかってます
ただの音のはずなのに――


直「」カタカタ

菫「……っ……!」


声が出そうになるのをなんとかこらえたおかげで先輩方には気づかれてないみたいです
でも、どうして……何で? どうしちゃったの、私の体……!?

直「……あの、菫?」

菫「は、はいっ!?」

直「……先輩方、やっぱりまだ菫は調子悪いみたいです」

梓「わかるの?」

直「紅茶を頼んだのですが、聞き取れてないみたいなので……」

純「ああ、例のいつものやりとりね!」


そこまで聞いて、はっとしました
さっきの音はいつもの紅茶に砂糖2個の合図だったんです
それすら聞き逃して、あんな……


梓「思えばいつも菫にいろいろやらせちゃってるし……そのせいかな」

菫「え、あ……」

憂「じゃあ、今日は私がお茶淹れるね! スミーレちゃんは休んでて」

純「よーし、この純ちゃんがスミーレの肩を揉んでしんぜよう! ほらほら座った座った」

梓「ほら、カバン預かるから」

菫「は、はい……」ストン


ぼーっとしてたら先輩方にいろいろ尽くしてもらうことになってしまいました
すみません……ほんとうは具合悪いわけでもなんでもないのに

純「どう?」モミモミ

菫「気持ちいいです」

梓「足も揉んであげようか?」

菫「い、いえ……ちょっと恥ずかしいです」

純「いいじゃん、部長様にマッサージしてもらえる機会なんてレアだよー? やってもらっちゃいなよ」モミモミ

菫「は、はあ……」

梓「いつもありがとうね、菫」モミモミ

菫「あ、気持ちいいです……」

憂「お茶どうぞ~」コト

菫「ありがとうございます」


ああ、なんか極楽……


直「」カタカタ

菫「……あぅ……っ!」


だ、ダメ、今はやめて、直ちゃん!


純「……ん?」モミモミ

直「」カタカタ

菫「……はぁ、……ぁん」

梓「どうしたの菫、強すぎた?」モミモミ

直「」カタカタ

菫「だ、大丈夫で……ふぅっ、ん……」

純「なんかエロい……」モミモミ

直「」カタカタ

菫「は、あぁっ……もう、もう大丈夫です! ありがとうございました!!」

梓「え、もういいの?」

菫「はい、とても気持ちよかっ……た、です……憂先輩、紅茶いただきます!」ゴクゴク

憂「あ、そんなに一気に飲んじゃむせちゃうよ?」

直「」カタカタ

菫「……! ……っ!! げほっ、げほっ!」

純「ほら言わんこっちゃない……」

菫「はあ、はあ……あはは、練習、しましょう?」ユラリ

梓「う、うん……」


もう散々です……とにかく、個人練にして一人にならなきゃ……
なんとかその場を強引に押し切って、ドラムのイスに座り気持ちを落ち着かせます
私の気迫が伝わったのか先輩たちもお茶をやめて練習を始めました


直「」カタカタ

菫「くぅっ……」


声を押し殺しながら、なんでこんなことになったのか考えます
あの音はただの音ですし、直ちゃんの気持ちも私の気持ちもないはずです
でも、あれを聞いただけて私の体に電流が走るような感覚がするのはなぜ……?


直「」カタカタ

菫「……、……あうっ……」


愛も何もないただの音に反応してこんな……私、やっぱりいけない子なのかな


直「」カタカタ

菫「あ、あ、ああっ……」


そんな自分に幻滅して、気分は最悪なはずなのに
前みたいな、私を優しく包んでくれる言葉もないのに
どうして、こんなに……気持ちいいの……?


直「」カタカタ

菫「……っ!! だ、め……!!」


また、あたまが、しろく……もう、どうでもいいです


直「」カタカタ

菫「……んっ!! ……んあっ……!!」ビクンビクン


もう……なんなの、わたし……わかんないよ……なおちゃん、わたしはどうしたらいいの?
わたし、あなたのこと……すきなの?


菫「……えぐ、……ううっ」ポロポロ

直「菫?」

菫「!!」


いつの間にか、直ちゃんが目の前にいました
泣き顔を見られちゃった……どうしよう


直「最近ちょっとおかしいね」

菫「……」

直「ほら、涙拭いて」サッ

菫「あっ……」


どきっ、としました
そして、前のときみたいな、あたたかい気持ちがふわっと広がって……


直「また顔赤くなってきた……これは本格的に病気なんじゃ」

菫「……うん、そうなのかな」


もう、否定できません
直ちゃんが近くにいるときのこのどきどきは、本物です
やっぱり私、あなたのことが……


直「もう帰ったほうがいいんじゃ。送ってくよ」

菫「……はい」


直ちゃんから差し伸べられた手をとり、立ち上がります

梓「菫?」

菫「すみません、やっぱり体調が優れないみたいで……早退します」

憂「うん、それがいいよ」

純「また肩揉んであげるからいつでも言ってね!」

菫「はい、ありがとうございます」


なんか、すがすがしい気分です
ねえ直ちゃん、きっかけはあんなのだったけど……あなたのこと、好きになってもいいよね?


菫「一緒に帰ろ、……直」グイッ

直「……? うん、だから送ってくって」


ああ、なんだか楽しいな
先輩方には申し訳ないけど、これから直ちゃんと二人で初デートです
どこに行こうかな? まずは街に出て、一緒にお菓子を買ったりして……


直「じゃ、菫を送っていきますので……あ、パソコン消さなきゃ」


あそことかどうかな? うーん、直ちゃんの趣味に合うかなあ?
それからそれから、いろんなところに行って、二人でいろんなことして――


直「よいしょっと」カタカタ ッターン!

菫「――ああああぁぁぁぁぁぁんっっっ!!!」ビクンビクン

梓憂純直「「「「!?」」」」


おわり


※おわりです、ありがとうございました!



最終更新:2012年01月17日 20:56