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本番前日。

梓『私たちもできるかぎり協力するけど、それでも最終的には憂しだいだからね』

憂『うん……』

純『あのー』

梓『なに、純?』

純『私は本番当日なにすればいいっすかね?』

梓『私は先輩たちを家にまで連れていくだけだし……純はべつになにもしなくていいんじゃない?』

純『えー、でもなあ……』

鈴木さんが唇をとがらせる。
私はせっかくなので提案してみることにした。

憂『……一緒にご飯を作るのを手伝ってくれる?』

純『それナイスアイディア!』

梓『それだとなんだか私だけラクしてるみたいなんだけど』

憂『じゃあ三人で一緒につくらない?』

梓『たしかによく考えれば、私がわざわざ先輩たちを家まで連れていく必要ないもんね』

純『よし、じゃあ三人でがんばろ!』



とまあ、ごく自然な流れで現在、私、中野さん、鈴木さんでご飯を作っている。

梓「ねえ、憂。トマトの芯がうまく切れないんだけど」

憂「えーと……」

純「うううううぅ、目がいたいいいいい」

憂「だい、じょう……ぶ?」

梓「ていうか、ちょっとこれ熟しすぎじゃない? ぐちょぐちょになっちゃったんだけど」

憂「ごめん……」

純「鼻がぁ……つーんとして……ふぇ、ふぇ、ぶえっくしょん!」

憂「……」

もしかして一人で準備したほうがよかったかな?
冷や汗がこめかみを伝うのがわかった。

梓「純、ちょっと代わってよ」

純「後悔するなよおおおおおおおお」

憂「……」

でもまあ、なんだろう。

憂「……うん」

楽しい、かな?



結局、バタバタしまくったもののなんとか料理やその他諸々の準備はできた。
完成時刻は六時四十分。
三人で準備したのにも関わらず、かなりぎりぎりの時間になってしまった。

梓「あ! あと五分で唯先輩たち家につくって」

玉ねぎのみじん切りですっかり目をやられた中野さんがケータイを片手に言った。

純「ちょっと急がなきゃ……」

同じく慌てる鈴木さん。

憂「そうだね」

とりあえず、私も先程よりもさらにペースアップする。

まあ、なにはともあれいよいよ本番!



「「おじゃましまーす」」

田井中先輩を先頭に軽音部のみなさんがやってきた。

ちなみに来訪者は、

田井中先輩、
秋山先輩、
琴吹先輩、
お姉ちゃん、と幼馴染である和さんの五人。

憂「い、いらっしゃ……い?」

もちろん、今回のことについて計画したのは私であり、同時にこの家の人間でもある私はみなさんを出迎える義務がある。
しかし、友達とか人をまともに家に呼んだことがない私は、案の定声を上ずらせてしまった。

梓「……」

純「……」

廊下の角から見守る二人の視線が痛い。

律「いやー、今日はわざわざ呼んでくれてありがと。
  ええと、なんだっけ……?」

澪「お食事会だろ?」

律「そうそう、それ」

和「軽音部のみんなはともかく……私もよかったのかしら?」

憂「う、うん……」

なんと言えばいいのか一瞬だけ考えてそして、すぐに口を開く。

憂「今日は私が呼んだから……」

もう一度深呼吸。

憂「今日は……来てくれて、本当にありがとうございます」



さて、ここまでの道のりにはそれなりの苦難があったわけだけど、私が企画したお食事会は特に問題もなく進んだ。
まあ、頼りになる二人がついているので。

もっともお食事会なんて言い方をしているけど、言ってしまえば私が作ったご飯をみなさんが食べて適当にお話しているだけなのだけど。
いや、作ったのは私だけじゃない。

紬「本当に憂ちゃんってお料理が上手ね」

律「唯、マジで私に憂ちゃんくれっ!」

唯「えへへ、ダメだよー。憂は私の妹なんだから」

澪「この料理は梓たちも作ったんだろ?」

純「このサラダのトマトは私が切ったんですよ。澪先輩」

ようやく私が胸をなで下ろしかけたところで、ふと視線を感じた。
感じた視線のぬしは中野さんだった。

中野さんは唇をすぼめて声に出さずに私に言った。

梓『そろそろいいなよ!』

憂「……」

純『が・ん・ば・れ』

鈴木さんまでもが私に視線をぶつけてくる。

そうだった。
うっかり楽しくて忘れかけていたけど、本当の目的は……。

とたんに、顔面に冷水でも浴びせられたかのように私の顔はこわばった。

唯「……どうしたの、憂?」

さすがお姉ちゃん。
私の変化にまっ先に気づいて質問してきた。

急激に動き出した私の心臓の音は、もはやリビングどころか家中にまで響いてそのまま破裂してしまいそうだった。
からだが沸騰して猛烈な勢いで、すべての血が顔にまで昇ってくるのがわかった。
かん高い耳鳴りがして、めまいに襲われる。

ダメだ。
告白なんてしたらそれこそ死んでしまう。
やめてしまったほうがいい。

いや、でも……。

ふと、不思議なことに中野さんや鈴木さんとの出来事がとんでもない勢いで脳裏に浮かび上がった。
一秒が永遠に引き伸ばされるかのように、鮮やかに映像がゆったりと頭の中を流れる。

なんだろう。
不思議と気づいたときには緊張や目眩から開放されていた。


私は言った。
ごく自然に。
さらりと。

憂「お姉ちゃん」

お姉ちゃんが首をかしげる。
そういえばみなさんは今日のお食事会がなんの目的が開かれたのか知っているのかな。
そんな疑問がよぎったけど、私は構わず言った。

憂「お姉ちゃん。大好きです」



純「なんかドッと疲れたよ」

梓「なんていうか、終わってみるとあっという間だったね」

憂「うん……」

夜空に散りばめられた星が妙に眩しく見えて、私は目を細めた。
私の両隣では鈴木さんと中野さんがうなだれていた。
はたして私はどうなんだろう。

ちなみに私たち三人はちょうど家を出たころだった。
上級生組はお姉ちゃんを含めて騒ぎ疲れてみんな寝てしまった(和ちゃんだけは先に帰宅した)。
明日は土曜日なので、せっかくなので三人で遊ぶことに。

まあ、とりあえず今日は各自の家に帰ることにするけど。

私は二人を途中まで送ることにした。

梓「いや、でも憂は頑張ったんだけどね」

純「なんだけどね……」

憂「……」

思い返すだけで顔から火が出てしまいそう。



憂『お姉ちゃん。大好きです』

言ってしばらくすると、急激に体温が上がっていくのがわかった。
しかし、今さら前言撤回なんてできない。
いや、するつもりもない。
ていうか、したらだめだ。

唯『……』

お姉ちゃんはキョトンとしている。

当たり前か。

妹に予告なく告白されたら、誰だってこうなってしまうだろう。

誰かが息を呑む音が聞こえた気がした。

お姉ちゃんがまばたきをする。
それから少し首をひねって明日の天気でも口にするように、言った。

唯『うん、私もだよ!』

次の瞬間、お姉ちゃんが私に抱きついてきた。
そのときの笑顔を見て、ようやくお姉ちゃんが私の告白をどのように捉えたのかを理解した。

唯『もう、憂ったらそんなことをわかってるよ~』

猫にじゃれつくように私に頬ずりをしてくるお姉ちゃんを上から眺めて、鈴木さんと中野さんもなんとなく理解したらしい。

梓『まあそりゃそうだよね』

純『たしかに……』

田井中先輩たちはイマイチ状況が理解できないのか、首をかしげるばかりだった。

結論から言えば、私の告白はあっさりと失敗した。
けれども私は肩の重荷がとれるかのような開放感に口元をゆるめる。

お姉ちゃんに頬ずりされたほっぺの温かさを感じながら、私は私に協力してくれた二人に目配せした。



純「まあ、そりゃあ好きだって言われたからって、それがライクじゃなくてラブだなんてわかんないよね」

したり顔で

梓「なんていうか唯先輩らしいと言えば、唯先輩らしい気がするけど」

憂「うん、そうだね。お姉ちゃんらしいかも」

純「なんかあんまりショック受けてない?」

憂「……」

どうなんだろう。
結果として告白は失敗しているわけだけど。

憂「ううん。告白が成功しなかったのは残念……だった。けど」

けれど。
私は足を止めた。
少しだけふたりが前を歩いていたふたりも足をとめた。

憂「それでも私は嬉しかった」

梓「うん、憂はがんばったよ」

純「ほんとにね。きちんとお姉ちゃんに想いを伝えられたもんね。
  すっごい成長したよ」

憂「あ、う、うん……」

今さらながら、私はふたりにこそお礼を言わなければいけないことを思い出して、しどろもどろになってしまう。
急に恥ずかしくなって、私は思わずうつむいた。

あれ? おかしいな。
お姉ちゃんに告白したとき並みに顔が赤くなっている気がする。

いや、あのときはまだきちんと言葉にできたけど……。

憂「きょ、今日は……あ、ありがと……」

一瞬だけ二人は目をあわせた。
どうやら驚いているらしい。
あるいは、私がお礼を言ったのが意外だったのか。

梓「うん、どういたしまして」

純「なんか、さっきまで憂は少しは変わったと思ったけどやっぱり憂は憂だね」

素直にどういたしましてと言う中野さんに対して、鈴木さんは憎まれ口を聞いたかと思うと、私のそばによって肩をポンっと叩いた。

純「ま、いいんじゃないっ?
  これからの成長に期待ってことで」

憂「成長……」

私は成長できるんだろうか。
ていうか私にとっての成長ってなに?

梓「とりあえずここまででいいよ」

中野さんが言った。
どうやら見送りはここまででいいらしい。

純「じゃ、また明日」

梓「バイバイ」

憂「えっと……おやすみなさい……」

不意にふたりがにっこりと笑って近づいてくる。
両手をふたりに握られる。

憂「……?」

純梓「「おやすみっ」」


重なった私たちの影は名残惜しむように、ゆっくりとはなれる。
ふたりは私がなにかを言う前にかけだしてしまっていた。

私はなにか言いたかった。
でもなにを言いたいのかがわからない。
ふつふつと湧いてくる言葉をどんな形にしたらいいのかがわからない。

憂「あっ……」

ふと、鈴木さんに言われた『成長』という言葉を思い出す。
成長――成長ってなんだろう?

成長って前に進むことなんじゃないかな?

前に進んだら、その分だけ距離をかせぐってこと。

距離をかせぐってことはそれだけ距離が縮むってこと。

いつか夢がよみがえる。

私を大きく深呼吸をして、もうなんにも考えなかった。

ただ、そのまま不意に出た言葉を大きく叫んだ。

近所迷惑とかそういう面倒なアレコレを無視して。


憂「また、明日ね!」

中野さんが、鈴木さんがふりかえる。

ううん――

憂「梓ちゃん! 純ちゃん!」

すっかり暗くなった夜の中でも、ふたりが驚いている顔が見えた気がした。



エピローグ


窓の外を見てみる。
憂鬱な月曜日に陰鬱な雨が覆いかぶさるように降っていた。
朝から気分が少しだけ滅入る。

でも、不思議なことに窓ガラスにうつる私の顔は普段よりもずっと、鮮明で明るく見えた。

憂「雨、か……」

そんなことをつぶやきながら、私は支度をすましてドアを開けた。

憂「……」

ドアを開けた先の玄関。
そこで黄色い傘が浮いていた。

まあ、傘が浮いているというのは比喩で、実際には傘を指した人がいるだけなのだけど。

憂「おはよう」

純「……あれ? あんまり驚いてない?」

憂「ううん。驚いてるよ」

――純ちゃんは傘の下で、髪の毛をいじりながら私に向けて挨拶代わりに手をあげた。
どうやら、湿気のせいで髪の毛がいつもより爆発してるらしい。

純「あっ、憂。髪型変えたんだ」

いめちぇん。
今日から私はお姉ちゃんとはちがう髪型をすることにした。

長すぎた髪を切って。
お姉ちゃんと同じようにストレートそのままにしておいた髪は後頭部でしばることにした。

純「絶対にそっちのがいいよ。うんうん、いいじゃんいいじゃん」

素直に褒めてくれた彼女に私はどんな顔をしてるんだろう。
照れてほっぺを赤くしているのか、照れ隠しをするために唇を結んでるのか。


でもまあ、いっか。
まだまだ私は成長中。
私はここ数日で少し成長した。
だから、またこれからも少しずつ成長しよう。

純「じゃあ、梓をむかえにいこっか」

憂「うん」

ふと、私は隣を見た。

純「ん? なあに?」

憂「純ちゃん」

純「だからなあに?」

憂「ううん、なんにも」

純「変な憂」

憂「いーの」

そして私は大切な友達と雨の朝を歩きだした。




おしまい♪






最終更新:2012年01月20日 01:21