939 :名無しさん@秘密の花園 2011/03/18(金) 07:42:40.76 ID:+ySvpy9I
――――3月某日――――
『ホワイトデーのご準備はお済みですか~?』
『定番のクッキーから、オシャレアイテムまで、色々とりそろえてまーす』
いつもの三人で出かけたある休日。
まだ3月に入ったばっかりだってのに、気が早いというか。
どこへ行っても、早くもホワイトデームード一色。
憂「そういえばもうすぐホワイトデーだね~」
梓「そうだねー」
純「まあ、私らにはあんまり関係の無いイベントですけどねー」
バレンタインにチョコレートをあげたりはするけれど。
お互いに交換、みたいになっちゃうから。
ホワイトデーに何かするって、たしかにないなぁ。
憂「クッキーでもつくろうか?」
純「おっ!いいねー!憂のクッキー食べたいなぁ」
梓「むしろ純がつくりなよ……。憂からチョコもらったでしょ?」
純「あー…まあ、それはそれってことで。てか、梓ももらってたじゃん!」
梓「私は憂にチョコあげたもん」
純「ぐぬぬ…」
バレンタインのお返しなんだから…。
梓「お返し…か」
その時、頭をよぎったのは。一人の先輩の姿。
その人は、やっぱりバレンタインの日に。
いつものように、といえばそうなんだけれど。
でも、いつもとはちょっと違う、特別なお菓子を持ってきてくれて。
どこかの王室御用達の、とってもおいしいチョコレート。
……実は、私も先輩たちに、チョコレートを持ってきてたんだけど。
あまりに美味しすぎて、渡すの忘れちゃったんだよね…。
940 :名無しさん@秘密の花園 2011/03/18(金) 07:43:29.72 ID:+ySvpy9I
梓「そっか…。そういえば、なにもあげてなかった」
純「…ん? 梓?」
思い返せば、バレンタインのことだけじゃない。
あの人は、いつも私たちに、とても色んなものをくれるのに。
当然、感謝がないわけじゃないけど。
それが当たり前すぎて。甘えてるんじゃないかって。
そんな風に考えなくてもいいって、あの人はきっとそう言うけれど。
私は、あの人に何かしてあげられてるんだろうか。
せっかくなら、何かしてあげたい。
梓「……そうだ。ちょうどいいかも」
バレンタインのことも。それにいつものことも。
ありがとうございますって、伝えたいな。
梓「ねぇ憂。私、クッキー作りたいな」
憂「うん!じゃあ一緒に作ろっか!」
だから、おかえし。その日はきっとぴったりで。
純「ありがとー梓!」
梓「純にあげるんじゃないよ」
純「えー!そんなぁ。じゃあ誰にあげるのさ?」
誰って? それは……
梓「ムギ先輩」
純「ムギ先輩?」
憂「紬さん?」
梓「…と軽音部の先輩たちに」
なんだろう。ちょっと気恥ずかしくなって。
もちろん、他の皆さんにもあげるつもりだったけど。
でもやっぱり、ちょっとだけ。
あの人のために、特別なものをあげたいかな。
941 :名無しさん@秘密の花園 2011/03/18(金) 07:46:26.35 ID:+ySvpy9I
――――平沢邸――――
梓・純「よろしくお願いします、憂先生」
憂「もう。からかわないでよ~」
梓「結局純も作るんだね」
純「まあねぇ。ジャズ研の先輩にでもあげようかな、と」
そんなこんなで、ある休日。
三人でクッキーを作ることになりました。
憂に教わりに来た。といったほうが正しいけど。
純「梓はムギ先輩にあげるんだもんねぇ」
梓「ちゃんとみんなにあげます!」
あの日から、なにかにつけて誂われる。
悪い気はしないけど、何というか。
そりゃ、ムギ先輩のために、あげようと思ってるのもあるけどさ…。
憂「でも、紬さんって素敵な人だよね~」
純「すっごいキレイだしねー!」
梓「純ったらカッコイイとかそういうのばっかり…」
純「綺麗なのはホントのコトじゃん!それにさ」
純「中身ばっかりは、付き合ってみないと分かんないしね」
その通り。ムギ先輩なら尚更だと思う。
知れば知るほど、いろんな面が見えてくる人だから。
純「というわけで、今日は梓によるムギ先輩講座と行きましょうよ!」
梓「クッキー作るんでしょ…」
憂「私も紬さんの話聞きたいなぁ!」
梓「憂まで!?」
憂「作りながらでいいからさ、お話もしよう!」
憂が食いついてくるのは予想外だったよ…。
純「さあさあ、思う存分語ってくださいよ」
梓「そう言われても……」
憂「話しやすいことからでいいんじゃない?」
梓「…じゃあ」
942 :名無しさん@秘密の花園 2011/03/18(金) 07:47:32.45 ID:+ySvpy9I
ムギ先輩。綺麗な人。優しそうな雰囲気。
キーボード、すっごく上手で。とっても素敵な曲が作れて。
優しくて、いつもみんなを思いやってくれて。
すっごくしっかりしてるのに、変なところで子供っぽくて。
時には誰よりはしゃいで。そんなところが可愛くて。
梓「それでね!…あれ?」
さっきから、私ばっかり喋ってるような…。
…なんだろ。二人ともすっごくニヤニヤしてる。
憂「ホントに素敵なひとなんだね!」
純「まさか梓のこんな熱弁が聞けるとは思わなかったよー」
梓「…そんなに熱弁してましたか?」
純「してたしてた。なんていうかねぇ」
純「恋する乙女って感じ?」
梓「へっ!?」
純「梓、実はムギ先輩のこと好きだったりして?」
好き。私が、ムギ先輩を。
心臓の音が大きくなって。ふっと体中が熱くなる。
誂われてるってのは、分かるけど。
心の何処かに、それだけじゃない恥ずかしさがあるような気がして。
純「…あずさ?」
梓「そっ、そんなわけないじゃん!」
純「おわっ!?」
梓「いや!嫌いだってわけじゃないよ!好きだけど!!」
梓「でも、そういう好きじゃなくて!その、あの!」
…そんな気持ちを悟られないように、なのか。
純「そんなに慌てて…。怪しいですなぁ」
梓「だから違うってばぁ!」
憂「梓ちゃん可愛い」
梓「もう!憂までそういう事いう!」
しばらくの間、余計にいじられたのは言うまでもない。
943 :名無しさん@秘密の花園 2011/03/18(金) 07:48:13.26 ID:+ySvpy9I
――――中野邸――――
梓「よし、オッケーかな!」
これは、ムギ先輩にあげるクッキー。
私なりに、ちょっと手を加えてみた。味も美味しい、と思う。
梓「喜んでくれるといいなぁ…」
ムギ先輩の喜ぶ顔を想像して。それだけで何だか嬉しくなって。
…また、あの感じがした。
ちょっとだけ、くすぐったくなるような。
恥ずかしいのに、どこか心地いい、あのドキドキ。
梓「…純が変なコト言うから」
私はどう思っているのか。
そりゃ、ムギ先輩はとっても素敵な人だと思うけど。
私の気持ちは、この動悸は。そういう、好きなのかなって。
普段そんなこと考えたことなくて、ただ誂われただけで。
それで意識しちゃってるだけなのかもしれなくて。
―――だから?
―――でも?
どっちなのかは、分からないけど。
優しいムギ先輩。頼りになるムギ先輩。
可愛いムギ先輩。どこか放っておけないムギ先輩。
考えれば考えるほど、今まで知らなかった感情が沸き上がってくるような。
そんな不思議な感覚が、私の中にあるのは、確かだった。
…でも今の私は、まだ答えを出せないみたいだから。
梓「……あ~。わかんない。もう寝よう」
944 :名無しさん@秘密の花園 2011/03/18(金) 07:49:35.98 ID:+ySvpy9I
――――3月14日――――
梓「どうやって渡そう…」
ホワイトデー当日。
今日は、事前に私がお菓子を用意する旨を伝えてある。
そこまでは良かったんだけど。
…ムギ先輩に渡すタイミングがないような、ってことに今更気づいたわけで。
いや、皆さんの前で渡してもいいんだけど。
まだ私は、あのドキドキを、答えを出せないまま。ずっとずっと引きずっていて。
むしろあれからずっと考えてたら、悪化したくらいだ。
…恥ずかしいだけなのかもしれないけど。それはきっと誰にも分からないことだけど。
今の私には、それが一大事のように思えて。
そんなことを悶々と考えていたら、ガチャリと。
ドアの開く音が、一人ぼっちだった部室に響く。
紬「あら、梓ちゃん。お待たせ」
梓「こんにちは、ムギ先輩。……あれ、お一人ですか?」
紬「ええ。皆は掃除とか日直でもう少しかかるかしら」
今日だけは、神様の悪戯みたいなものを、信じてもいいような気がした。
紬「今日は梓ちゃんがお菓子用意してくれるっていうから、楽しみだったのよ~」
梓「そ、そうですか?お口にあうといいんですけど…」
紬「心配しなくても大丈夫よ~。じゃあ、お茶淹れるわね」
梓「あの、その前に、ちょっといいですか?」
ちょっとだけ、包みを変えて。少しだけ、味も違って。
梓「これ、どうぞ」
紬「あら、これが今日のお菓子?」
梓「いえ、これはムギ先輩に作ってきたものです」
いっぱいの感謝と……まだハッキリしていない、私の気持ち。
945 :名無しさん@秘密の花園 2011/03/18(金) 07:50:53.04 ID:+ySvpy9I
梓「私、いっつもムギ先輩にお世話になってるのに、何もしてないって思って」
梓「バレンタインの時も、チョコレートもらったので…」
梓「その、手作りなんで。あんまり美味しくないと思いますけど、受け取ってください」
梓「私からの、感謝の気持ち、です。こんなので申し訳ないんですけど」
そう言うと、ムギ先輩は。可愛らしくきょとんとして。
そのあとびっくりしたように目を見開いて。
紬「え……。わ、私に、くれるの?」
梓「そうですよ。ムギ先輩に。そのために用意したんですよ?」
その包みを。まるで宝石でも持つように。大事そうに、そっと抱えて。
紬「…嬉しい。本当に嬉しい!」
紬「ありがとう!梓ちゃん!!」
花のような笑顔って、こういうののことをいうのかな。
柔らかくて。暖かくて。眩しい。満面の笑みを浮かべてくれた。
いつもニコニコしている人だけど、そんな人でも滅多に見せないような。
そんな笑顔が、私だけに向けられている。
胸が高鳴る。おんなじ鳴り方。あの時から、今日まで。ずっと鳴ってる。
ムギ先輩を思うたび、おんなじ音で鳴る。
でも今日のは特別だ。いままでの、どんな音よりも、ずっと大きい。
梓「い、いえ。どういたしまして」
梓「喜んでもらえたら、その…わ、私も、嬉しいです」
体を包む熱さにも似た高揚感。そのせいで上手く喋れない気もするけど。
何だかそれすらも心地いいような。
私は不器用で、鈍感な人間だと思うけど。
さすがにこうまでなっておいて、自分の気持は、間違えようがない。
946 :名無しさん@秘密の花園 2011/03/18(金) 07:52:14.30 ID:+ySvpy9I
ガチャ
唯「ヤッホ~!あずにゃん、ムギちゃん!」
律「遅れてごめんよー」
澪「律が遊んでるから…全く」
どこまでも鼓動が早くなっていきそうな中、図ったようにやってくる先輩達。
緊張してたのかな。少しだけ、ほっとしたけど。
…やっぱり、二人きりの時間が終わってしまった寂しさが大きい。
紬「待ってたわよ~♪」
梓「…こんにちは、みなさん」
クッキー、どうするんだろう?なんて思っていると。
ムギ先輩は、そっと包みを鞄に仕舞って。
紬「二人だけの、秘密にしましょ?」
私の気持ちを知ってか知らずか。そんなことを耳元で囁くものだから。
収まりかけた動悸が、一段と激しくなる。
紬「じゃあ、お茶淹れるわね~」
ムギ先輩はいつも通り。でも、ちょっとだけ。嬉しそう。
それはきっと、私にしか分からない。微かな変化。ふたりだけの秘密。
そんなことで、どうしようもなく舞い上がってしまう。
……それはどうしてか?
簡単なこと。私は、ムギ先輩が、好きだから。
だからそれだけで、色んなことがずっと素敵に思える。
これからどうするのか。ムギ先輩は、私をどう思っているのか。
きっと。もっと。考えることはいっぱいあるんだけど。
でも今だけは。もう少しの間は。
この春の陽気みたいな、暖かな幸福感に浸っていようかな。
今日は私が、恋を知った日だから。これくらいの贅沢は、してもいいよね?
おしまい
1000 :名無しさん@秘密の花園 2011/04/13(水) 20:19:26.35 ID:ZGP4sote
1000ならムギと梓はずっといっしょ