この提案に、特に異論は出なかった。どうせ私と組みたがるのはお姉ちゃんだけだろうから、あとの三人がどう組もうが関係なかった。
透「真理、マスターキーを渡してくれないか?犯人がいそうな二階の各部屋は僕が受け持つ。唯ちゃん達の部屋にも入るけど……いいかな?」
こんな事態になってまで、部屋の散らかり具合を恥ずかしがるはずもなかった。
真理「一人で大丈夫?」
透「大丈夫、あそこの掃除用具入れからモップをとってきてから捜索開始するさ」
そう言ってマスターキーを受け取ると、透さんは私達の部屋があるのとは逆方向へ廊下を進む。空き部屋からチェックするらしい。
私達女四人もそれぞれの捜索範囲を決め、階段を降り、梓ちゃん捜しを始めた。
私とお姉ちゃんに割り当てられたのは、受付や食堂、それに隣接する厨房など、ある程度勝手がわかるところだった。あとの二人が管理人室などを担当している。
唯「あずにゃ~ん、かくれんぼはもう終わりにしようよ~」
受付カウンターの下や書類棚の脇など、小さな体が入れそうなスペースは全て確認し、食堂へ移動する。お姉ちゃんは何も気にしていないだろうが、二人合わせて死角ができないように気を配り、咄嗟の事態に備えている。
唯「食いしん坊のあずにゃんは食堂にいるの?それとも厨房?」
どちらにもいないほうがいいのでは、などという思考が浮かび、すぐさま掻き消すように首を振る。私はまだ友達を疑っている、それが心苦しかった。
そして同時に頭に浮かんだのは、梓ちゃんも既に殺されているのでは、という不吉なものだった。
結局食堂にも厨房にも梓ちゃんの姿はなかった。
憂「どうしよっか、とりあえず真理さん達と合流する?」
唯「そだねー。確か和ちゃん達、ここから奥に行ったよね?」
そうだよ、と返事をしてその廊下を進む。
廊下沿いには管理人室を含む経営陣用の部屋が並び、突き当たって右が外へと続く裏口、左が紅茶を煎れたりする簡単なキッチンになっている。途中の部屋は全て鍵がかかっていたので、私達はキッチンに入ることにした。
唯「和ちゃん達い――いやああぁぁぁっ!」
ドアを開けたお姉ちゃんが私に飛び付く。その拍子に一旦閉まってしまったドアを、もう一度開けなければならないだろうか。お姉ちゃんを恐怖させた根源を、見なくてはいけないだろうか。
私達は固まったまま、しばらく動けずにいた。
透「唯ちゃん!憂ちゃん!」
突然の呼び掛けに心臓が跳ね上がる。透さんが廊下の向こうから走ってやってきていた。お姉ちゃんの悲鳴が聞こえたのだろう。
透「いったい何があったんだい?二人とも無事なようだけど」
唯「あ……あ……ま……」
お姉ちゃんは指をぶるぶると震わせながらキッチンのドアを指差す。そんなお姉ちゃんを一歩下がらせ、モップを強く握り締めた透さんがドアを開けた。
透「――真理?真理っ!」
ドアはそのまま開け放たれ、透さんをキッチンへ招き入れるとともに、私の視界におぞましい光景を見せつけた。
そこには、喉から血を噴き出して倒れる真理さんの姿があった。
きゃああっ――さすがに私も悲鳴をあげてしまった。紬さんのときは事故のようにも見えたし、澪さんは自殺に見えた。だが、今回は違う。明らかな殺意のもとに、人が殺されているのだ。
律「唯っ、憂ちゃんっ、大丈夫か!?」
後方から律さんが走り寄ってきた。私達の悲鳴を聞いて、部屋から出てきたらしい。律さんはキッチンの中の様子――透さんが血濡れの真理さんを抱きかかえている――を確認すると、私達二人の手を取り、逃げるように走りだした。
唯「り、りっちゃん、どう、したの?」
息を切らしながらお姉ちゃんが聞く。私達は既に談話室まで戻ってきた。
律「どうしたって、透さんが真理さんを殺した現場だろ!?あんなとこいたら……」
どうやらあの光景を見て思い過ごしをしているようだ。
憂「違うんです、私とお姉ちゃんがキッチンのドアを開けたら真理さんが倒れてて、透さんはお姉ちゃんの声を聞いてあとから来たんです」
律「そ、そうだったのか……悪いことしちゃったな。あ、そういえば梓は?あと和もだ。真理さんと一緒だったんだろ?」
私とお姉ちゃんは顔を見合わせ、律さんのほうに向き直ってから首を振った。
憂「梓ちゃんは見つかってなくて、和さんの姿も見てな――」
ずる……ずる……ずる……。何かを引きずるような音が、キッチンへ続く廊下から聞こえてくる。お姉ちゃんは涙目で私の左腕ににしがみつき、律さんもその左隣で恐怖を感じた顔をしながら、廊下から現れたその姿を見た。
透「やあ、三人ともお揃いで。ところで、ちょっと聞きたいんだけれど」
言葉と同時に、引きずられていたものが前に差し出される。腕も首もだらりと下がった真理さんだった。
お姉ちゃんが私の腕を掴む力が強くなる。
透「真理を殺したのは君達のうちの誰かかい?和ちゃんかとも思ったけど、キッチン奥の浴室で同じように死んでいたからさ」
左腕に上半身を抱えられて引きずられた真理さんは、足に擦り傷のようなものを負っていたが、今となってはどうでもいいことだった。真理さんを引きずるのとは逆の、透さんの右腕は、握り締めたモップを振り上げ、私の眼前で、振り下ろした。
ドガァっ、と響いた音は、私の右を掠めたモップがテーブルを砕く音だった。私の左腕がお姉ちゃんに引っ張られ、お姉ちゃんの体は律さんに引っ張られていた。
律「逃げるぞっ!」
律さんに導かれるまま私達は階段を駆け上がり、階段から最も近い私の部屋に入った。恐怖のせいか足元が冷え切ってしまっている。
鍵をかちゃり、とかけ一息つきかけたが、相手はマスターキーを持っていることを思い出した。
憂「バリケード、つくらなきゃ」
私の一言で、三人の力を合わせてテーブルを動かし始めた。早くしないと、気持ちばかりが焦る。そんなときだった。
キャアァーーーッ
部屋の外からの悲鳴。
唯「あずにゃんっ!」
テーブル運びの作業を放り出し、お姉ちゃんがドアを開け、外へ出る。私と律さんはテーブルの負荷が急に強まったことに反射的対応がとれず、走りだしたお姉ちゃんを止めることができなかった。
律「あの野郎っ!憂ちゃんはこのままここで待っとけ、いいな!」
危険を省みないお姉ちゃんの行動に腹を立てつつ、自らも同じことをしようとしている。止めなくては。
憂「律さん危ないですよ!」
律「うるさいほっとけるかっ!」
かくして、私は自分の部屋に一人取り残されることになった。
ドアの向こうからがたごとと物音が聞こえる。私は部屋の隅で震えるしかできなかった。これは言うなれば、お姉ちゃんや、梓ちゃん、律さんを見捨てた行為だ。
正体不明の殺人鬼に恐怖しつつ、こんな私のことも殺してくれたら、などと考えてしまう。
ふと気付くと、物音が止んでいた。お姉ちゃんは、みんなは、いったいどうなってしまったのだろう。
震える足をなだめすかし、私はドアのところまで移動し、それを開いた。
外を覗くと真っ先に見える梓ちゃんの部屋のドア。それよりこちら側、階段の正面で、律さんに馬乗りになるお姉ちゃん。その手には、血がべっとりついた包丁が握られていた。
唯「憂……ごめんね。お姉ちゃん、人殺しになっちゃった」
それだけ言うと、お姉ちゃんは包丁の刃先を自分の胸に向け――
憂「お姉ちゃんっ!」
――突き刺した。
なぜ。
なぜだ。
なぜなのか。
なぜお姉ちゃんが死ななければならないのか。
律さんを、みんなを、殺してしまったからなのか。
ならば、なぜみんなを殺してしまったのか。
そもそも、みんなを殺したのは、お姉ちゃんなのだろうか。
私はずっとお姉ちゃんと一緒にいたはずだった。
これからもずっと、一緒にいるはずだった。
お姉ちゃんがみんなを殺したはずがない。
誰かが生き残っていて、そいつこそが犯人だ。
そこまで考え、お姉ちゃんの胸から包丁を受け取ると、生き残りを捜しに歩きだした。
梓ちゃんの部屋を開ける。透さんと、彼に連れてこられた真理さんが、仲良く倒れている。透さんは前頭部と特に背中から大量に出血しており、もはや息はしていなかった。だが念のため、二人とも心臓のあたりを狙って、包丁を刺しておいた。
透さんからマスターキーを預かり、次の部屋へと向かう。
澪さんの部屋へやってきた。ドアを開けると、身を切り裂くような冷気が流れ出る。見ると、窓が開け放たれ、カーテンがばたばたと暴れていた。律さんが開けて出てきたのだろうか。
律さんの仕業らしきことがもう一つ。吊り下がっていたはずの澪さんの体が、ベッドに横たえられていた。こちらも息はしていなかったが、心臓を包丁で突いておく。
部屋を出ると、お姉ちゃんの下になった律さんの生死を確認する。やはり死んでいたが、一応とどめを刺してから階段を降りる。
階段を降りたところには、シーツのかかった紬さんに折り重なるように、梓ちゃんが妙なポーズで倒れていた。どちらも息がないのを確認し、さらにそれを確実にしてからキッチンへ向かう。
キッチンには誰もいなかったが、用があるのはその奥にあるらしい浴室だった。がちゃり、とその戸を開くと、透さんが言っていたとおり、首から多量に出血した和さんの姿があった。
生き残っている犯人候補の最後までもが死んでいたため、その苛立ちから出血箇所を十も二十も増やした。
梓ちゃんの部屋を開ける。透さんと、彼に連れてこられた真理さんが、仲良く倒れている。透さんは前頭部と特に背中から大量に出血しており、もはや息はしていなかった。だが念のため、二人とも心臓のあたりを狙って、包丁を刺しておいた。
透さんからマスターキーを預かり、次の部屋へと向かう。
澪さんの部屋へやってきた。ドアを開けると、身を切り裂くような冷気が流れ出る。見ると、窓が開け放たれ、カーテンがばたばたと暴れていた。律さんが開けて出てきたのだろうか。
律さんの仕業らしきことがもう一つ。吊り下がっていたはずの澪さんの体が、ベッドに横たえられていた。こちらも息はしていなかったが、心臓を包丁で突いておく。
部屋を出ると、お姉ちゃんの下になった律さんの生死を確認する。やはり死んでいたが、一応とどめを刺してから階段を降りる。
階段を降りたところには、シーツのかかった紬さんに折り重なるように、梓ちゃんが妙なポーズで倒れていた。どちらも息がないのを確認し、さらにそれを確実にしてからキッチンへ向かう。
キッチンには誰もいなかったが、用があるのはその奥にあるらしい浴室だった。がちゃり、とその戸を開くと、透さんが言っていたとおり、首から多量に出血した和さんの姿があった。
生き残っている犯人候補の最後までもが死んでいたため、その苛立ちから出血箇所を十も二十も増やした。
私はお姉ちゃんのもとへ戻っていた。
お姉ちゃんが犯人であるはずがない、つまりお姉ちゃん以外の生き残りが犯人である。しかし他に生き残りは一人もいなかった。
この矛盾した問いに、私は唯一の答えを見出だした。
憂「お姉ちゃん、すぐ行くからね」
包丁を逆手に持ち、最後の生き残りを突き刺した。
終 ~そして誰もいなくなった~
最終更新:2012年02月04日 22:10