この提案に、特に異論は出なかった。私のことを信じてくれると言った和さんを、私も信じることにしよう。
透「真理、マスターキーを渡してくれないか?犯人がいそうな二階の各部屋は僕が受け持つ。唯ちゃん達の部屋にも入るけど……いいかな?」
こんな事態になってまで、部屋の散らかり具合を恥ずかしがるはずもなかった。
真理「一人で大丈夫?」
透「大丈夫、あそこの掃除用具入れからモップをとってきてから捜索開始するさ」
そう言ってマスターキーを受け取ると、透さんは私達の部屋があるのとは逆方向へ廊下を進む。空き部屋からチェックするらしい。
私達女四人もそれぞれの捜索範囲を決め、階段を降り、梓ちゃん捜しを始めた。
私と和さんに割り当てられたのは、受付や食堂、それに隣接する厨房など、ある程度勝手がわかるところだった。あとの二人が管理人室などを担当している。
憂「梓ちゃ~ん、かくれんぼはもう終わりにしようよ~」
受付カウンターの下や書類棚の脇など、小さな体が入れそうなスペースは全て確認し、食堂へ移動する。和さんも周りに注意しているらしく、二人合わせて死角ができないように気を配り、咄嗟の事態に備えている。
和「もしかして食堂にいるのかしら?それとも厨房?どちらにしろ随分食いしん坊ね」
どちらにもいないほうがいいのでは、などという思考が浮かび、すぐさま掻き消すように首を振る。私はまだ友達を疑っている、それが心苦しかった。
そして同時に頭に浮かんだのは、梓ちゃんも既に殺されているのでは、という不吉なものだった。
結局食堂にも厨房にも梓ちゃんの姿はなかった。
和「ねぇ、憂」
食堂を出ようとしたところで、突然話しかけられた。
和「あなたはこの事件、どう思う?私達が探す彼女こそが犯人だと思ってるのかしら」
憂「それは……」
思っていないと言えば嘘になる。だが、梓ちゃん犯人説を肯定するほどでもない。
正直に今の気持ちを言うことにしよう。
憂「全く疑ってないわけじゃないですけど、でも梓ちゃんがそんなことするはずがないし、どちらとも言えません」
和「……そう」
和さんはなんとも言いがたい表情で、目線を逸らした。
逆に和さんは、今回の事件についてどう思ってるんだろう。聞いてみることにした。
和「そうね……あの二人を殺すほどの動機を持った人がいるとは思えない」
憂「それってどういう――」
イヤアアァァァッ!
突如響き渡る悲鳴。私にはその声の主がわかった。お姉ちゃんだ。
憂「お姉ちゃんっ!」
和「唯っ!」
私達は食堂を飛び出し、お姉ちゃん達が捜索活動をしているはずの廊下に面した部屋のドアを、片っ端から調べていった。そのどれもに鍵がかかっており、行き着いた従業員用キッチンの入口で、へたり込むお姉ちゃんを見つけた。
透「唯ちゃん!憂ちゃん!和ちゃん!」
突然の呼び掛けに心臓が跳ね上がる。透さんが廊下の向こうから走ってやってきていた。お姉ちゃんの悲鳴が聞こえたのだろう。
透「いったい何があったんだい?三人とも無事なようだけど」
唯「あ……あ……ま……」
お姉ちゃんは指をぶるぶると震わせながらキッチンのドアを指差す。そんなお姉ちゃんを一歩下がらせ、モップを強く握り締めた透さんがドアを開けた。
透「――真理?真理っ!」
ドアはそのまま開け放たれ、透さんをキッチンへ招き入れるとともに、私の視界におぞましい光景を見せつけた。
そこには、喉から血を噴き出して倒れる真理さんの姿があった。
きゃああっ――さすがに私も悲鳴をあげてしまった。紬さんのときは事故のようにも見えたし、澪さんは自殺に見えた。だが、今回は違う。明らかな殺意のもとに、人が殺されているのだ。
律「唯っ、和っ、憂ちゃんっ、大丈夫か!?」
後方から律さんが走り寄ってきた。私達の悲鳴を聞いて、部屋から出てきたらしい。律さんはキッチンの中の様子――透さんが血濡れの真理さんを抱きかかえている――を確認すると、私達に向かって声をかけた。
律「まだ犯人が近くに潜んでるかもしれない。唯と憂ちゃんはあっちを探してきてくれ、私と和でこっちを探す」
和「ちょ、ちょっと!」
言うが早いか、律さんは和さんの手を引いてキッチンに入って行った。私達にはさっき調べたばかりの食堂や厨房を探せということらしい。まあ、死体から離れられるのは精神衛生上ありがたい。
お姉ちゃんと二人で食堂をざっくり探したが、人の気配はやはりない。続いて厨房に入ったところで、先ほどは気にも留めなかった包丁が目についた。切る食材ごとに包丁を変えているのか、一本だけではない。
憂「護身用に、一応持っとこっか」
包丁を二本手にとり、一本をお姉ちゃんに渡す。お互い包丁を持ったままうろうろする経験など当然ないので、いやに緊張する。
唯「りっちゃん達大丈夫かな……」
憂「キッチンのほうに戻ってみよっか」
結局武器を入手しに来ただけのような形になったが、私達は厨房、食堂をあとにした。
キッチンに向かう廊下に差し掛かったとき、異変に気付いた。ドアの向こうから、血濡れの手が伸びていたのだ。
唯「りっちゃん!和ちゃん!」
お姉ちゃんが駆け出す。慌てて私もついて行く。
お姉ちゃんがドアを全開にすると、倒れていたのは律さんだった。頭から血を流しているが、まだ動いている、生きているのだ。
そしてその向こうで、透さんがモップを振り上げていた。
唯「危ないっ!」
透さんが律さん目掛けてモップを振り下ろす。だがそれより早くお姉ちゃんが透さんへ突進し、透さんともども倒れ込む。
唯「あ……あ……」
お姉ちゃんが起き上がり、呆然とした顔で一点を見つめる。その目線を追うと、透さんの胸から包丁の柄が生えていた。
唯「わ、私……人をこ、殺しちゃった……。っ!」
お姉ちゃんは急に険しく表情を変え、透さんの胸から包丁を引き抜く。傷口からはごぼっという音とともに血が溢れ出た。
唯「憂……ごめんね。お姉ちゃん、人殺しになっちゃった」
それだけ言うと、お姉ちゃんは包丁の刃先を自分の胸に向け――
憂「お姉ちゃんっ!」
律「や……め……」
――突き刺した。
嘘だ。
お姉ちゃんが、死んでしまった。
嘘だ。嘘だ。嘘だ嘘だうそだウソダ――
律「あの……馬鹿……」
律さんの声で正気に戻る。そうだ和さんは――そう思って部屋の中を眺めると、部屋の隅で、血にまみれて横たわっていた。
憂「律さん、何があったんですか」
律「透さんが……真理さんを殺したのはお前かって……襲ってきて……」
憂「和さんは透さんに殺されたってことですか」
律「和は……私の盾に……いや、私、が…」
憂「……律さん?」
それ以上、律さんが言葉を発することはなかった。
後ろで微かに物音がした。とっさに振り向くと、そこにいたのはスキーのストックを持った梓ちゃんだった。
憂「大変だよ……みんな、みんな死んじゃって……うぅ」
涙がこぼれた。律さんまでもが死んだとき、私はこの建物に一人になったのではと思ったが、まだ梓ちゃんが生きていてくれたのだ。
梓「この……」
梓ちゃんが口を開く。反射的に顔を上げる。
梓「人殺し!」
ストックが私の喉に突き刺さる。
梓「どうして!こんな凄惨な事件になるはずじゃなかったはずなのに!」
梓ちゃんは泣いていた。その涙と発言の意図を掴むには、私には時間がなさ過ぎた。
終 ~梓にストックで~
最終更新:2012年02月04日 22:14