――頭が重い。目を覚ました最初の感想だった。澪先輩の言葉からして、睡眠薬を飲まされたらしい。
そうだ澪先輩は、と思って顔をあげた途端、恐怖で顔が引き攣った。
キャアァーーーッ
反射的に叫ぶ。澪先輩が、部屋の中央で首を吊っているのだ。下ろしてあげようと思うが、体がすくんで動かない。
外からは、どたばたと複数人が階段を登る音が聞こえる。そしてドアが、ノックもなく開かれた。
律「澪っ!大丈……夫、か……?」
勢いよく律先輩が入ってきた、かと思うと澪先輩を見た瞬間その勢いは消え去り、虚ろな足取りで澪先輩のもとへ近寄る。そしてそのまま、泣き崩れた。
あとから和さんと透さんも現れ、透さんは一旦部屋を出ると唯先輩や憂、そして真理さんを連れて戻ってきた。
唯「あずにゃん……の無事を喜びたいんだけど、どういうこと?」
唯先輩の言葉に思わずびくり、と体を竦み上がらせる。
梓「わ、わわ私にも何がなんだか――」
律「とぼけるなっ!」
律先輩の怒声に、余計縮こまってしまう。
律「澪が首を吊ってる横にお前がいたんだ、何も知らないわけないだろうが!どうせムギを殺したのもお前なんだろ!」
梓「し……知りませんっ!」
一刻も早くこの場から逃げたかった。ベッドから飛び降りると、座り込んで反応の遅れた律先輩の横を抜け、あっけに取られている唯先輩達の間をすり抜け、部屋の外へ飛び出し、追跡されまいとドアを叩き閉めた。
その場に立ち尽くしたまま、先の行動を振り返って反省をする。あれでは完全に犯人ではないか。さっきは頭がぼーっとしていたが、今なら澪先輩が遺書を書いていることも思い出している。それを見つけてみんなに説明すれば解決ではないか。
律「嘘だっ!」
律先輩の怒声が響く。いったい何が嘘なんだろう。
律「……それみろ、こんな字、澪の筆跡じゃない!みんな、出ていくんならさっさと出てけ!」
唖然とした。律先輩は、澪先輩の直筆を判断することができていないのだ。何故か。きっと澪先輩の手が震え過ぎて、普段の筆跡と掛け離れてしまったのだろう。それに加え、律先輩が冷静な判断力を欠いているせいもある。
透「仕方ない、出ようか。律ちゃんも気をつけて、あと変な気を起こさないように」
この言葉を聞き、私は逃げるように自分の部屋へ戻った。今、みんなの中では、私が二人ともを殺したことになっているのだ。
一人部屋の中で座り込む。これからいったいどうすればいいのだろう。正直に真相を話したところで、信じてもらえるとは思いがたい。
そんなことを考えていると、がらがら、と窓の開かれる音がした。驚いて窓のほうを見たが、どうやらこの部屋からした音ではないらしい。
隣の澪先輩の部屋で、律先輩が窓を開けたのだろうか。吹雪の中で何故、という思いで外を覗くと、雪の上にどさり、とスキーウェアが落とされた。
梓「あれって……」
見覚えがあるそれは、澪先輩のものだった。澪先輩のスキーウェアはむくりと起き上がると、裏口のほうへ歩いていく。中に入っているのは律先輩に見えた。
こんこん、ノックの音が聞こえる。しかしそれもこの部屋ではなく、隣の澪先輩の部屋のようだ。
真理「――ちゃん、――いるの?――」
律先輩が部屋にいないことへの反応が気になり、壁に耳を当てて会話を聞くことにする。
透「だからもしよかったら開けてくれないかな」
しばしの沈黙。
律「……悪いんですけど、もう少しだけこのままいさせてください」
何故か律先輩の声が聞こえた。だがおかしい、妙に声が歪んでいるのだ。まるで、トランシーバーか何かを通したように。
VOXタイプという、音声を認識してONになるトランシーバーがあると聞いたことがある。
律「……そこに和もいますか?」
和「えぇいるわ。どうしたの?」
ドアの向こうにいるみんなは、まさか律先輩が部屋にいないとは知らないせいか、歪んだ声を気にも止めず会話する。
律「……さっきはごめん」
和「いいわよ、取り乱しても仕方なかったもの」
律先輩は、怖いほどに落ち着いている。私には、何かを決意したようにも聞こえた。
律「……梓はいないのか?」
唯「あずにゃんはあれからどこ行ったかわかんないままだよ」
律「……悪いけどみんなで手分けして探してきてくれないか?あ、くれませんか?梓にも謝りたいんです」
謝ってもらえるなら嬉しい。が、この落ち着き払った様子がどうにも不安を煽る。私はもう少し部屋に篭ることに決めた。
唯「合点だよりっちゃん隊長!……あずにゃんのことも心配だしね」
憂「手分けして、といっても一人では行動しないほうがいいですよね」
透「僕は一人でいいよ。だから、唯ちゃんと憂ちゃん、真理と和ちゃんの組み合わせで動こうか」
憂「わかりました」
透「真理、マスターキーを渡してくれないか?犯人がいそうな二階の各部屋は僕が受け持つ。唯ちゃん達の部屋にも入るけど……いいかな?」
真理「一人で大丈夫?」
透「大丈夫、あそこの掃除用具入れからモップをとってきてから捜索開始するさ」
ぱたぱたと廊下を歩く音がする。透さんが掃除用具入れへ向かったらしい。続いてどたばたと階段をみんなが降りる音がした。
さっき窓の外から見たのが律さんだとしたら、一階で鉢合わせるんじゃないだろうか。
こんこん、私の部屋がノックされる。返事をせずにいるとがちゃがちゃと鍵の差し込まれる音がして、ドアが開けられた。
透「梓……ちゃん……?」
透さんが無意識のうちにモップを構えたのがわかってしまう。やはり、犯人だと思われているのだ。
梓「信じてもらえるかわかりませんが、少し話を聞いてもらえますか?」
迷うそぶりを見せたあと、モップを下ろしながら透さんが答える。
透「わかった、聞くよ」
私は、澪先輩がしてくれた話を透さんにした。
透「君の言うとおりだとすると、澪ちゃんの死は本当に自殺だったのか」
梓「そうです。犯人扱いされてる私の言うことを、どこまで信じてもらえてるかわかりませんが」
透「充分ありえる話だと思って聞いてるよ」
この言い方からすると、まだあくまで一つの仮説程度にしか信用されていないらしい。
梓「その程度でもいいです。あとそれから、私が澪先輩の部屋を出てここに戻ってからなんですが――」
イヤアァァァッ
突如響いた悲鳴。私には唯先輩の声に聞こえた。
透「ごめん続きはあとで!見に行ってくる!」
梓「あっ、なら私も……」
透さんは私を置いて行ってしまった。多分、私以外にも疑ってる人がいて、その人が事件を起こしたと思って焦っているのだろう。
考えてみれば、最初の妙な紙については、私も何の説明もつけれていない。あの紙を書いたのが誰で、何が目的なのか、透さんが戻るまで考えることにした。
キャアァーーッ!
再び聞こえた悲鳴。今度は憂のような気がする。私はこのままじっとしていていいのだろうか。
この問いの答えより、先の紙についての答えを探すことに決めた。
あの紙がムギ先輩のイタズラだったのだと確信したとき、部屋のドアが開けられた。透さんだ。
梓「どうでし……っ!きっ、キャアァーーーッ」
私が叫んだのは、透さんの抱える真理さんが、喉から血を流しているからだけではない。その透さんが、不気味な笑みを携えているせいもあった。
透「どうしたんだい?真理を殺したのは君なのかい?」
そんなわけはない、私はずっとここにいたのだ。だが、今の透さんは、どう見ても話が通じるようには見えない。
唯「あずにゃんっ!」
唯先輩は、部屋に入ってくるなり透さんに睨まれ、少し怖じけづく。しかしそれは一瞬で、再び気合いを入れて言う。
唯「あずにゃんに手を出さないで!」
もしかして、唯先輩は私のことを疑っていないのだろうか。そう思うと、こんな状況なのに少し安堵してしまう。
透「やっぱり唯ちゃんかい?なら、死んで償ってほしいんだけど」
透さんが振り下ろしたモップを、唯先輩はなんとか避ける。真理さんを抱えているせいでふらつく透さんの隙を見て、唯先輩は洗面所のコップを投げつけた。コップは透さんの額に命中し、破片で切れたのか、血が流れだした。
律「唯っ!大丈夫かっ!」
次は律先輩が現れた。律先輩は部屋の奥に私の姿を見ると、唯先輩と透さんをすり抜けてきて、私の手を取り走り出した。こんなとこにいたら危ない、ということだろうか。
部屋を出ると、律先輩が呟いた。
律「疑わしきは、罰せよ」
なんのことかわからず律先輩を見ようとしたとき、私は腹部が熱くなるのを感じた。見ると、私のお腹から、包丁の柄が生えていた。
梓「律……先輩……?」
律「澪を殺した犯人は、私が必ず殺すって決めたんだ。人違いがあったとしても、な」
包丁が抜かれたと思えば、私の体は宙に浮いていた。階段のほうへ突き飛ばされていたのだ。
体のあちこちを打ち付ける。もはやどこが痛いのか、わからなかった。
律「安心しろ、唯は私が助ける」
階段下で、ムギ先輩の上に被さった。もう、動くこともできない。
数分経ったであろうとき、私の耳に、最期の言葉が届いた。
唯「大切な人への復讐が許されるなら、私もしていいよね、りっちゃん?」
終 ~大切な人のため~
最終更新:2012年02月04日 22:18