何かが破裂するような音が辺りに響く。音のしたほう、先程の家族のあたりを見ると、男性の顔は斜め後ろを向き、女性は中腰になり片手をテーブルについて片手を横に振り切っていた。一言で表せば、女性が男性にビンタした。

「またポニーテールの女の子に見とれてたの!?最っ低っ!」

「ご、誤解だよ、信じてくれ」

「気分悪い。私達は部屋に戻るけど、あなたはしばらく来ないでね」

女性はそう言い残し、子供を連れて立ち去っていった。言われてみると、あの女性の髪型も私と同じポニーテールだった。そして、残された男性の髪型もポニーテールと言えなくもない。

私達の料理を運んできた真理さんが男性に話しかける。

真理「俊夫さん、相変わらずみどりさんの尻に敷かれてるんですか?」

俊夫「いや、そんなことは、まぁ、ある、かな?はは……」

俊夫さんと呼ばれた男性は、照れ笑いを浮かべながら、食事の続きを食べ始めた。
私達のテーブルにも、おそらくそれと同じ料理が並べられる。

唯「わあ美味しそう、いただきまーす!」

憂「いただきます」

お姉ちゃんと同時に料理に手をつけてから気付いたが、澪さん達の配膳はまだ終わっていなかった。ごめんなさい。

食事を終えた私達は、透さんと真理さんを交えて談話室でおしゃべりを楽しんだ。途中で紬さんも加わり、真理さん特製のサンドイッチをつまんでいた。ちなみに俊夫さんは部屋に戻るに戻れずまだ食堂にいる。
私の心の隅のほうでは、俊夫さんとみどりさんの二人は大丈夫なのだろうかと気になっていたが、わざわざ口には出さなかった。が、わざわざ口に出す者もいる。

唯「そういえば、真理さんはさっきのお客さんと知り合いなの?」

相変わらずお姉ちゃんは、気になったことは聞いてしまう人間のようだ。といっても、ビンタについてとやかく言うわけではなさそうだが。

真理「俊夫さんとみどりさん?あの二人はね、まだ私の叔父がこのペンションを経営していた頃に、ここでアルバイトをしていたの」

透「もう何年前の話になるかな。僕らがシュプールに来て初めて会ってから三日月島で再開して、夏美さんの供養までが一年で、それからみどりさんの服役期間が……えぇと、何年だったかな」

服役?みどりさんは刑務所に入っていたということだろうか。

真理「余計なこと言わなくていいの。そんなことより、みんなバンドを組んでるのよね、どんな曲やってるの?」

律「ずばり!オリジナルでカッチョイイのをやってます」

真理さんがうまく話を逸らした。よりによってその話にされると、私は会話に入れないんだけどなあ。

ぽっぽ。ぽっぽ。談話室の鳩時計が11回鳴く。気付かないうちに随分時間が経っていた。
俊夫さんが階段を通るところを見ていないが、まだ食堂にいるのだろうか。よっぽど恐妻家らしい。

真理「今日はもうお開きにしましょうか」

真理さんの一言をきっかけにみんな立ち上がり、順番に階段を登っていく。真理さんは透さんに向けてさらに、

真理「ここは私が片付けとくから、俊夫さんの様子を見てきて」

と言っていた。気になっていたのは私だけではなかったらしい。

透さんが食堂に向かうのを尻目に、私達は階段を上り、各自部屋へ戻った。

こんこん。お風呂に入ろうとパジャマを用意したところで、ドアがノックされた。お姉ちゃんだろうか。

憂「はーい」

鍵を開けると、ドアノブを回すまでもなく、外側からドアが開かれた。そこにいたのは、お姉ちゃんではない。

憂「えと、みどりさん……でしたっけ」

みどりさんは私の問いに答えることなくずいっと部屋に入り、後ろ手にドアを閉める。その表情からは威圧感が漂い、思わず後ずさりしてしまう。

憂「あの、何かご用でしょうか……?」

みどりさんがまた一歩足を踏み出し、つられて私は一歩下がる。それでも距離は少し縮まっていて、さらに顔を突き出され、ついのけ反ってしまう。

みどり「あんた」

ついにみどりさんの口が開かれる。

みどり「私の旦那に色目使ったでしょう」

……えっ。

憂「ご、誤解です!そんなつもりはなくて、ただちょっと見てただけで、す、すみません!」

おそらく私に非はない。だが時として、自分が悪くなくても謝らねばならぬこともあるのが人生だ。

みどり「ふざけないで。私のプライドがどれだけ傷付いたかわかってるの?」

もちろんわかりません。なんて言えるはずもない。ただひたすらに頭を下げる。

憂「以後気をつけますので、申し訳ありませんでした」

みどり「いいや納得いかない」

怒りの表情を浮かべ、みどりさんは続ける。

みどり「あの人なんかより私のほうがよっぽどいいポニーテールしてるじゃない!」

……はっ?

みどり「そりゃあ確かにあんたのポニーテールは完璧だし、ポニーテールに引かれるのもわかる。でもなんで私じゃなくあの人なのよ!」

ちょっと待ってほしい、わけがわからない。だがみどりさんはちょっとも待ってくれない。

みどり「ねぇ、私のポニーテールも素敵でしょ?触ってもいいから、あなたのも触らせて」

そう言いながら手を伸ばすみどりさん。嫌だ、怖い、誰か助けて。

私の心の声に呼応するように、がちゃりとドアが開かれた。あぁ神よ、救いの手を差し延べてくれたんですね。入ってきたのはそう、……俊夫さんと透さんだった。なんで。

俊夫「みどり、どうしてここに……?」

みどりさんはじろりと俊夫さんを睨み返す。

みどり「あなたこそ、なんでここに来たのよ」

透「いや、その、決して憂ちゃんのポニーテールを二人で拝みにきた、なんてわけでは……」

完全にばらしちゃってるし。てかなんですかその理由は。

当然みどりさんの剣幕は余計に激しくなる。

みどり「私というものがありながら!てか透くんはなんで!」

透「ま、真理にポニーテールにしてくれなんて頼めなくて……」

そんなにポニーテールが好きならなぜポニーテールでない人を好きになったのか。

俊夫「みどりだって、俺というものがありながらその子に浮気しに来たんだろう?俺はそれを止めに来たんだ」

みどりさんと私は同性です。てか止めに来たとか絶対嘘ですよね。

みどり「そんなあからさまな嘘言わないで。ねぇ憂ちゃん、こんな人達ほっといて、私と一緒にイ・イ・コ・ト、しましょ?」

女同士のイイコトなんてごめんです。

俊夫「そんなこと断じて許さん。憂ちゃん、俺とポニーテールを絡め合おう」

みどりさんとそんなことしてるんですか?

透「二人とも結婚してるし、憂ちゃんは僕に髪を触らせてよ」

あなたも結婚してるでしょう。

みどり「さあ」
俊夫「憂ちゃん」
透「僕に」

も、もう……

憂「勘弁してくださーいっ!!」


―――

澪「二人ともおはよう、唯に、……あれ?」

朝、律さんとともに起きてきた澪さんが、談話室に腰かけている私達姉妹に声をかけてきた。

律「ゆ、唯が二人!?……なわけねーか」

唯「私は一人に決まってるじゃん」

律「いやそりゃそうなんだけど……」

律さんが私を、主に頭部をしげしげと眺める。澪さんは私とお姉ちゃんを交互に見比べている。

紬「あら、みんな揃ってるのね」

続いて、紬さんが梓ちゃんとともに階段を下りてきた。梓ちゃんは私を見るなり、少し驚いた様子で口を開く。

梓「憂、なんであんた、髪も結わずにヘアピンつけちゃったりしてるの?」

憂「はは、まあ色々と……」


 終 ~俺も私も、ポニーテール萌えなんだ~



最終更新:2012年02月04日 22:29