お姉ちゃんだ。私は壁から顔を離すと、慌ててスキーの準備をした。だが、このままスキーになんて行く気分にはとてもなれない。
ドアを開けると、お姉ちゃんを尻目に隣の、香山さんの部屋の前に立ち、ノブに手をかける。

唯「う、憂、そこは香山さんの部屋だよ」

鍵がかかっていないことを確認すると、意を決してノブを回し、ドアを開いた。

憂「梓ちゃん!みなさん!さっきの話はいったいどういうことですか!?」


突然の乱入者に、部屋にいた5人全員がしばし固まる。
最初に口を開いたのは香山さんだった。

香山「なんや、急に入ってきて。もしかして人の話盗み聞きしとったんちゃうやろな?」

そう言われると少し心苦しいところがある。

梓「憂、そうなの?」

律「たはっ、参ったな」

何が参った、だ。問い詰めようと口を動かす瞬間、後ろからお姉ちゃんが姿を見せた。

唯「ねぇ憂ったら、いったいどうし――あれっみんな?」

よくよく考えれば、お姉ちゃんは自分がハブにされていたことに気付かないほうがよかったのかもしれない。ついカッとなって、そこまで気が回らなかった。
今からでも誤魔化せないか思案していると、それを妨げるように律さんが話し始めた。

律「唯もいるのか……知られたくなかったんだけどな。みんな、もう話しちゃっても仕方ないよな?」

澪さん、紬さん、梓ちゃんが顔を見合わせ、頷く。それを確認した律さんが、お姉ちゃんと微妙に視線を合わせないまま喋り出す。

律「実はな、唯。お前を除いたHTTでデビューしないかって提案されててだな……」

律さんの目が、にっこり笑ってお姉ちゃんを見た。

律「断っちゃった」

ことわった……?断った!?さっき壁越しに聞いてたときはそんなこと一言も……。

律「今日ここに来たのも、香山さんとデビューについて話をするためだったんだけどな。やっぱ、私達は唯と一緒じゃなきゃ嫌だ。」

お姉ちゃんはぽかんとした顔で聞いていたが、急にキッと目付きを変えた。

唯「そんなのダメだよ!せっかくデビューするチャンスなんだよ!?それなのに――」

澪「そう言うと思った!」

澪さんが声を上げる。

澪「唯ならそう言うと思った。だから内緒にしてたんだよ」

唯「でも……」

梓「唯先輩、私達の夢はただデビューすることじゃないんです。きっかり5人揃ってデビューしたいんです」

紬「だから、香山さんになんとか唯ちゃんも一緒にデビューできないか頼もうと思ってたんだけど……」

紬さんがちらりと香山さんを伺う。

香山「君らの友情が固いのはわかった」

律「じゃあ!」

全員の目が期待の色に染まる。

だが、その期待が叶うことはなかった。

香山「わかったけどやな、ビコターケ丸亜?っちゅう占い師の言うことには背けへんのや。なんせ、あいつのおかげで無事夏美は成仏できたんやしな」

天井を虚ろに見上げる香山さん。もしかしたら変な宗教に入っているのかもしれない。

香山「そういうことやから、今回の話はなかったことにしとくれ。あとはシュプールでの旅行を楽しんだらええわ。料理も美味いしな」

唯「みんな……ごめんね」

梓「いいんですよ。さぁ!香山さんの言うとおり旅行を楽しみましょう!」

梓ちゃんの声掛けに、みんなが呼応する。

おーっ!


シュプールへの旅行から数ヶ月。お姉ちゃんが雑誌のとあるページを見せてきた。

唯「ねぇ憂、これ見てよ」

そこには、『香山誠一プロデュース!KYM48のCDを買うと、お好み焼き半額券が付いてくる!』という字が躍っていた。

憂「香山誠一って……シュプールで会ったあの人だよね」

お姉ちゃんが曖昧そうに頷く。

憂「『責任持って売り出したる』なんて言ってたけど、こんな売り出され方するなら断って正解だったね」

唯「いやまあそんなことより……」

お姉ちゃんが私の手を取り訴えかける。

唯「お好み焼き食べたいなぁ……なんて、ね」

憂「え……。うん、よし任せて!今晩はお好み焼き作るよ!」

こんなにも純粋なお姉ちゃんが、汚い手法で売り出されることがなくなり、本当によかったと思うのだった。


 終 ~愛しの純粋お姉ちゃん~



最終更新:2012年02月04日 22:38