51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 15:56:22.33 ID:+BVtJ5c7O
透「でも、もし不審者がいたとしても、このままみんなで一緒にいたら手出しはできないさ。だからそんな悲観的にならずに――」
梓「悲観的になるな?無茶言わないでください!」
突然梓ちゃんが声を荒げる。
梓「人が一人死んでるんですよ!?しかも、大好きな先輩が……いいです、私は部屋に篭ります」
真理「え、ちょ、ちょっと!」
唯「あずにゃん、危ないよー」
真理さんやお姉ちゃんの静止も聞かず、梓ちゃんは階段を登る。
透「でもまあ、ちゃんと鍵さえかけていれば大丈夫、かな」
あまり安心感を得られないフォローが入り、建物は再び泣き声と風の音で満たされた。
53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 15:58:18.61 ID:+BVtJ5c7O
泣き声が落ち着いてきた頃、私は思考を巡らせる。紬さんが殺された状況について、だ。
階段のほうから聞こえた大きな音。死体の位置を考えると、あれは紬さんが階段を転げ落ちる音に間違いないだろう。であれば、紬さんはうっかり足を滑らせたか、誰かに突き落とされたことになる。
そして、音がしてドアを開けたら、梓ちゃんが階段前にいた。まさか梓ちゃんが犯人なのだろうか。いやそんなまさか、私はなんてことを考えてるんだ。
憂「あの、みなさん聞いてください――」
誰かに否定してもらいたい一心で、私は先の思考を話した。だが。
和「もしそうなら、犯人が一人で部屋に篭ってるわけだから安心できるわね」
和さんは梓ちゃんとの関係が一番薄いせいか、私が口にできないことをはっきり口にした。
54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:00:06.05 ID:+BVtJ5c7O
唯「そんな、あずにゃんが、そんなまさか……」
律「なんで梓がムギを……」
真理「音がしてすぐにドアを開けて梓ちゃんしかいなかったなら、田中さんなんてやっぱりいないのかも……」
みんなが私の発言に同意する中、しかし一人だけ異を唱える人がいた。
透「今ここに梓ちゃんがいないわけだけど、梓ちゃんと憂ちゃんが実は逆だったとしたらどうだろう?」
しばらくこの発言の意味を理解することができなかった。そんな様子を察してか、思いもよらない言葉が続けられる。
透「本当は憂ちゃんが紬ちゃんを突き落とし、その音に驚いた梓ちゃんがドアを開けて、階段前の憂ちゃんを発見したのかもしれない」
56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:02:08.25 ID:+BVtJ5c7O
憂「な、なんてことを言うんですか!」
そんなわけがないことは私が一番よくわかっている。だが逆に言えば、私しかわかりえないのだ。
律「私がドアを開けたときは、既に梓と憂ちゃんが階段前に揃ってたな。ちなみに、唯が出てきてドアを閉めたところだった」
和「私は律よりあとに出てきたけれど……唯が憂達の次にドアを開けたのよね?」
私は救いを求める目でお姉ちゃんを見た。
唯「そ、そんなこと言われても、私も憂とあずにゃんが揃ってるとこしか見てないから――」
澪「もうやめてくれっ!」
澪さんは立ち上がっていた。その目からは涙が流れ続けている。
57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:04:06.56 ID:+BVtJ5c7O
澪「みんなが疑い合うなんて、もう嫌だ!……私も部屋に帰る」
律さんも立ち上がり、階段に向かって歩いていく澪さんを呼びとめる。
律「澪、待て!二階には梓がいるし、ここでみんな一緒にいれば――」
澪「こないでくれっ!」
澪さんはそのまま階段を駆け上がっていってしまった。
律「くそっ、なんでだよ……。」
力なく腰を落とした律さんはそれ以上何も言わなかった。
59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:06:06.75 ID:+BVtJ5c7O
澪さんが去ってから、律さんは階段の上をじっと眺めていた。おそらく、梓ちゃんが澪さんの部屋へ行く瞬間を逃すまいとしているのだろう。
他のみんなはといえば、真理さんが入れてくれた紅茶を飲みながら、俯いているばかりだった。いや、時折私に対し視線が送られているのも感じる。犯人だと疑われているのはやはり気分が悪く、透さんに嫌悪感を抱かずにはいられない。
だが、私は同じことを梓ちゃんにしてしまったのだ。それも、本人がいないときに――
唯「和ちゃん、どうしたの?」
お姉ちゃんが驚いたのは、和さんが立ち上がり、階段へ向かったからだ。
和「お手洗いに行くだけよ。それと、眼鏡拭きをとってこようと思って」
律「でも二階には梓が……」
その言葉を聞くと、和さんは律さんの前に立ち、ぱしっ、と平手打ちをした。
61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:08:02.08 ID:+BVtJ5c7O
この場にいる全員が面をくらったように和さんを見る。
和「あんた部長でしょ?信じてあげなさいよ。私はあの子を信じてる」
憂「で、でも私がさっき梓ちゃんを疑い始めたとき、和さんが最初に賛同したのに……」
和「透さんが言ったことを私も言おうと思ったのよ。そんなこと言ったら憂、あんたも疑われるのよってね」
和さんは続ける。
和「でも憂のことは信じてる。憂だけじゃない、私はみんなを信じてる。じゃないと朝までどう過ごすつもり?それじゃ、行ってくるから」
異議を認めない雰囲気で信じ合うことの大切さを説き、和さんは自室へ行ってしまった。どうして私は梓ちゃんを疑い、みんなが梓ちゃんを疑うようなことを言ってしまったのだろう。
62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:10:04.83 ID:+BVtJ5c7O
そんな反省をする私の横で、律さんが舌打ちをする。
律「和のやつ、私達を信じてるだって?よく言うぜ」
唯「りっちゃん、どういうこと?信じてもらえてるならいいことなのに」
私と同じ疑問をお姉ちゃんが言う。
律「私達の中に犯人がいないとしたら、犯人は田中ってやつだろ?なら一人でうろつくなんて、怖くてできないはずだ」
それは、確かにそうかもしれない。
律「和の考えは、重複ありで次の三通りだろう。一つ、憂ちゃんが犯人でここにいるから自分は安全。一つ、梓が犯人だが私が階段上を監視してるから安心。そしてあと一つ」
透「和ちゃんが犯人だから当然自分は安全、ってことか」
律「そゆことです」
65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:12:13.72 ID:+BVtJ5c7O
透さんだけならまだしも、律さんまでもがついに和さんのことまで疑いだしたのか。和さんが犯人だとしたら、いったいどうやって紬さんを突き落とし、直後自分の部屋から出てきたというのだろう。
もう理屈ではない。ただ、疑心暗鬼に陥っているだけだ。
真理「紅茶、煎れ直してくるわね」
嫌な空気を壊すような提案を、みんな受け入れた。
透「一人で大丈夫かい?」
真理「大丈夫よ、今までだってそうだったでしょ?」
真理さんは意味深な一言を残して奥へ消えていった。
憂「透さん、さっき真理さんが言った『今まで』って、何かあったんですか?」
66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:14:06.54 ID:+BVtJ5c7O
ちょうど和さんが戻ってきて席についたところで、透さんが答える。
透「いや別に何ってわけじゃないよ、……前にも殺人事件に遭遇したことがあるだけさ。それも、連続殺人――」
キャアァーーーッ
唯「あずにゃん!」
律「澪っ!」
突如二階から響いた誰のものとも知れない悲鳴に、お姉ちゃんと律さんが飛び出した。私も慌ててお姉ちゃんを追い、和さんと透さんもそれに続く。
階段を登ると、お姉ちゃんは右の梓ちゃんの部屋、律さんは左の澪さんの部屋のドアを叩く。
私はお姉ちゃんと一緒に、梓ちゃんの部屋のドアを開け、中へ入る。その直前、律さんが和さんとともに澪さんの部屋へ入るのが見えた。透さんは階段を登ったところで足を止めている。
67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:16:04.92 ID:+BVtJ5c7O
唯「あずにゃんどこにいるの!?」
憂「梓ちゃん、いるなら出てきてー」
先程の悲鳴は、どちらかと言えば澪さんより梓ちゃんのものに聞こえた。だから心配ではあるものの、もし紬さんを突き落としたのが梓ちゃんだとしたら、悲鳴を聞いた人を手にかけるための罠かもしれない。
……結局私は梓ちゃんを疑っていることに気付き、少し胸が苦しい。
透「二人とも、こっちに来てくれないか」
梓ちゃんの部屋の中を漁る私達に、ドアのところから透さんが呼びかけてきた。
透「澪ちゃんが、死んでるんだ」
聞きたくない報告とともに。
69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:18:05.52 ID:+BVtJ5c7O
私達は、遅れて到着した真理さんと合流して、澪さんの部屋に入った。そこにいたのは、入口で立ち尽くす和さんと、ベッドの上に座った梓ちゃん、部屋の中央で泣きじゃくる律さん、そして、部屋の中央から吊り下がった澪さんだった。
唯「あずにゃん……の無事を喜びたいんだけど、どういうこと?」
お姉ちゃんの言葉に梓ちゃんはびくり、と体を竦み上がらせる。
梓「わ、わわ私にも何がなんだか――」
律「とぼけるなっ!」
律さんの怒声に、梓ちゃんの小さな体がさらに小さくなる。
律「澪が首を吊ってる横にお前がいたんだ、何も知らないわけないだろうが!どうせムギを殺したのもお前なんだろ!」
梓「し……知りませんっ!」
梓ちゃんはベッドから飛び降りると、座り込んで反応の遅れた律さんの横を抜け、あっけに取られた私達の間をすり抜け、部屋の外へ飛び出し、追跡されまいとドアを叩き閉めた。
70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:20:08.94 ID:+BVtJ5c7O
律「逃げるのかっ!……うぅ、澪ぉ」
和「二人きりにしてあげましょう。一旦談話室へ」
和さんの言葉に促され、みんな部屋を出ようとする。が。
律「お前か?」
この発言の真意が汲み取れず、全員の足が止まった。
律「和、お前がトイレに行った直後に梓が悲鳴をあげたんだ。ただの偶然か?」
和「偶然に決まってるじゃない。人を疑うのもいい加減にして」
真理「律ちゃんも和ちゃんも落ち着いて。……あら、これは?」
二人の間に入った真理さんが、机の上の紙を手にとった。何か書かれているらしく、その文面を読み上げる。
73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:22:06.39 ID:+BVtJ5c7O
真理「私がムギを殺しました、死んで償いきれるものではありませんが、これしか思いつきませんでした。家族、友達のみんな、さようなら。秋山澪」
律「嘘だっ!」
律さんが真理さんの手から紙を引ったくる。しかしその紙は、しばし律さんに読まれたあと、二つに破られた。
律「……それみろ、こんな字、澪の筆跡じゃない!みんな、出ていくんならさっさと出てけ!」
透「仕方ない、出ようか。律ちゃんも気をつけて、あと変な気を起こさないように」
私達は澪さんの部屋のドアを閉めると、階段を降りて再び談話室に移動した。
76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:24:07.71 ID:+BVtJ5c7O
唯「澪ちゃんとりっちゃんは幼なじみなんです」
談話室に来てから場を支配していた静寂を破り、お姉ちゃんが唐突に語り始めた。二人の間柄を知らない透さんと真理さんに説明しているのだろう。
唯「だから軽音部の中でも特別仲が良くて、私と和ちゃんも幼なじみで、和ちゃんが死んじゃったことを想像したら、うぅ~」
泣きだしてしまったお姉ちゃんを抱き寄せる。透さん達は、いきなりこんな話をされてうまく反応できずにいる。
真理「これ以上悲しい思いをしないために、これ以上被害者を増やさないために、みんな離れ離れにならないようにしましょう」
透「ちょっと待って真理、じゃああの遺書は偽物だってことかい?」
80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:26:07.69 ID:+BVtJ5c7O
遺書。人生の中で無縁だと思っていた単語が、澪さんの死を意識させる。
真理「なんだかわざと筆跡を崩して書いてるみたいだったわ。澪ちゃんの筆跡は知らないけど、普段からあんな字を書いてる人はいないと思う。」
和「澪の字はわりと綺麗なほうだから、律の言ってたように、澪が書いたものじゃないかもしれない――」
そこまで言って何かに気づいたように言葉に詰まる。私と同じことを思っているのだろう。
透「澪ちゃんは誰かに殺されたんだ。多分、紬ちゃんを殺したのと同じ奴に」
唯「じゃ、じゃあ、あずにゃんとりっちゃんが危ないってこと?」
憂「梓ちゃんはどこに行ったかわかんないけど、とりあえず律さんのとこに行きましょう!」
私が立ち上がると、次いで立ち上がったのはお姉ちゃんだけだった。
透「そう、だね。うん行こう」
言いながら透さんが立ち、真理さん、和さんと続く。私への疑いが晴れていないため、私の言葉で動くのを避けているようだ。
信じてくれるのはお姉ちゃんだけ、私が信じれるのもお姉ちゃんだけだ。
81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:28:03.46 ID:+BVtJ5c7O
こんこん、と真理さんが澪さんの部屋をノックする。そのままノブに手をかけたが、開きはしないようだ。
真理「律ちゃん、中にいるの?やっぱり律ちゃんも含めてみんな一緒にいたほうがいいと思うの」
透「だからもしよかったら開けてくれないかな」
しばし沈黙があった後、ドアの向こうから声が聞こえてきた。泣きはらしたせいか、少し声が歪んで聞こえる。
律「……悪いんですけど、もう少しだけこのままいさせてください。……そこに和もいますか?」
和「えぇいるわ。どうしたの?」
和さん本人が応える。
律「……さっきはごめん」
和「いいわよ、取り乱しても仕方なかったもの」
どうやら律さんは、澪さんの部屋にいる間にだいぶ落ち着いたようだ。
82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:30:09.18 ID:+BVtJ5c7O
律「……梓はいないのか?」
唯「あずにゃんはあれからどこ行ったかわかんないままだよ」
律「……悪いけどみんなで手分けして探してきてくれないか?あ、くれませんか?梓にも謝りたいんです」
唯「合点だよりっちゃん隊長!……あずにゃんのことも心配だしね」
確かに梓ちゃんのことは心配だ。だが、梓ちゃんが人二人を殺した犯人の可能性は色濃く残っているのだ。
憂「手分けして、といっても一人では行動しないほうがいいですよね」
透「僕は一人でいいよ。だから、あとの4人で二人組を作ってくれないか」
憂「じゃあ私はお姉ちゃんと組みます」
この提案に、特に異論は出なかった。どうせ私と組みたがるのはお姉ちゃんだけだろうから、あとの三人がどう組もうが関係なかった。
83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:32:03.13 ID:+BVtJ5c7O
透「真理、マスターキーを渡してくれないか?犯人がいそうな二階の各部屋は僕が受け持つ。唯ちゃん達の部屋にも入るけど……いいかな?」
こんな事態になってまで、部屋の散らかり具合を恥ずかしがるはずもなかった。
真理「一人で大丈夫?」
透「大丈夫、あそこの掃除用具入れからモップをとってきてから捜索開始するさ」
そう言ってマスターキーを受け取ると、透さんは私達の部屋があるのとは逆方向へ廊下を進む。空き部屋からチェックするらしい。
私達女四人もそれぞれの捜索範囲を決め、階段を降り、梓ちゃん捜しを始めた。
85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:34:07.34 ID:+BVtJ5c7O
私とお姉ちゃんに割り当てられたのは、受付や食堂、それに隣接する厨房など、ある程度勝手がわかるところだった。あとの二人が管理人室などを担当している。
唯「あずにゃ~ん、かくれんぼはもう終わりにしようよ~」
受付カウンターの下や書類棚の脇など、小さな体が入れそうなスペースは全て確認し、食堂へ移動する。お姉ちゃんは何も気にしていないだろうが、二人合わせて死角ができないように気を配り、咄嗟の事態に備えている。
唯「食いしん坊のあずにゃんは食堂にいるの?それとも厨房?」
どちらにもいないほうがいいのでは、などという思考が浮かび、すぐさま掻き消すように首を振る。私はまだ友達を疑っている、それが心苦しかった。
そして同時に頭に浮かんだのは、梓ちゃんも既に殺されているのでは、という不吉なものだった。
結局食堂にも厨房にも梓ちゃんの姿はなかった。
87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:36:03.55 ID:+BVtJ5c7O
憂「どうしよっか、とりあえず真理さん達と合流する?」
唯「そだねー。確か和ちゃん達、ここから奥に行ったよね?」
そうだよ、と返事をしてその廊下を進む。
廊下沿いには管理人室を含む経営陣用の部屋が並び、突き当たって右が外へと続く裏口、左が紅茶を煎れたりする簡単なキッチンになっている。途中の部屋は全て鍵がかかっていたので、私達はキッチンに入ることにした。
唯「和ちゃん達い――いやああぁぁぁっ!」
ドアを開けたお姉ちゃんが私に飛び付く。その拍子に一旦閉まってしまったドアを、もう一度開けなければならないだろうか。お姉ちゃんを恐怖させた根源を、見なくてはいけないだろうか。
私達は固まったまま、しばらく動けずにいた。
88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:38:04.34 ID:+BVtJ5c7O
透「唯ちゃん!憂ちゃん!」
突然の呼び掛けに心臓が跳ね上がる。透さんが廊下の向こうから走ってやってきていた。お姉ちゃんの悲鳴が聞こえたのだろう。
透「いったい何があったんだい?二人とも無事なようだけど」
唯「あ……あ……ま……」
お姉ちゃんは指をぶるぶると震わせながらキッチンのドアを指差す。そんなお姉ちゃんを一歩下がらせ、モップを強く握り締めた透さんがドアを開けた。
透「――真理?真理っ!」
ドアはそのまま開け放たれ、透さんをキッチンへ招き入れるとともに、私の視界におぞましい光景を見せつけた。
そこには、喉から血を噴き出して倒れる真理さんの姿があった。
89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:40:06.90 ID:+BVtJ5c7O
きゃああっ――さすがに私も悲鳴をあげてしまった。紬さんのときは事故のようにも見えたし、澪さんは自殺に見えた。だが、今回は違う。明らかな殺意のもとに、人が殺されているのだ。
律「唯っ、憂ちゃんっ、大丈夫か!?」
後方から律さんが走り寄ってきた。私達の悲鳴を聞いて、部屋から出てきたらしい。律さんはキッチンの中の様子――透さんが血濡れの真理さんを抱きかかえている――を確認すると、私達二人の手を取り、逃げるように走りだした。
唯「り、りっちゃん、どう、したの?」
息を切らしながらお姉ちゃんが聞く。私達は既に談話室まで戻ってきた。
律「どうしたって、透さんが真理さんを殺した現場だろ!?あんなとこいたら……」
どうやらあの光景を見て思い過ごしをしているようだ。
90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:42:07.08 ID:+BVtJ5c7O
憂「違うんです、私とお姉ちゃんがキッチンのドアを開けたら真理さんが倒れてて、透さんはお姉ちゃんの声を聞いてあとから来たんです」
律「そ、そうだったのか……悪いことしちゃったな。あ、そういえば梓は?あと和もだ。真理さんと一緒だったんだろ?」
私とお姉ちゃんは顔を見合わせ、律さんのほうに向き直ってから首を振った。
憂「梓ちゃんは見つかってなくて、和さんの姿も見てな――」
ずる……ずる……ずる……。何かを引きずるような音が、キッチンへ続く廊下から聞こえてくる。お姉ちゃんは涙目で私の左腕ににしがみつき、律さんもその左隣で恐怖を感じた顔をしながら、廊下から現れたその姿を見た。
91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:44:07.87 ID:+BVtJ5c7O
透「やあ、三人ともお揃いで。ところで、ちょっと聞きたいんだけれど」
言葉と同時に、引きずられていたものが前に差し出される。腕も首もだらりと下がった真理さんだった。
お姉ちゃんが私の腕を掴む力が強くなる。
透「真理を殺したのは君達のうちの誰かかい?和ちゃんかとも思ったけど、キッチン奥の浴室で同じように死んでいたからさ」
左腕に上半身を抱えられて引きずられた真理さんは、足に擦り傷のようなものを負っていたが、今となってはどうでもいいことだった。真理さんを引きずるのとは逆の、透さんの右腕は、握り締めたモップを振り上げ、私の眼前で、振り下ろした。
93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:46:07.14 ID:+BVtJ5c7O
ドガァっ、と響いた音は、私の右を掠めたモップがテーブルを砕く音だった。私の左腕がお姉ちゃんに引っ張られ、お姉ちゃんの体は律さんに引っ張られていた。
律「逃げるぞっ!」
律さんに導かれるまま私達は階段を駆け上がり、階段から最も近い私の部屋に入った。恐怖のせいか足元が冷え切ってしまっている。
鍵をかちゃり、とかけ一息つきかけたが、相手はマスターキーを持っていることを思い出した。
憂「バリケード、つくらなきゃ」
私の一言で、三人の力を合わせてテーブルを動かし始めた。早くしないと、気持ちばかりが焦る。そんなときだった。
キャアァーーーッ
95 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:48:19.69 ID:+BVtJ5c7O
部屋の外からの悲鳴。
唯「あずにゃんっ!」
テーブル運びの作業を放り出し、お姉ちゃんがドアを開け、外へ出る。私と律さんはテーブルの負荷が急に強まったことに反射的対応がとれず、走りだしたお姉ちゃんを止めることができなかった。
律「あの野郎っ!憂ちゃんはこのままここで待っとけ、いいな!」
危険を省みないお姉ちゃんの行動に腹を立てつつ、自らも同じことをしようとしている。止めなくては。
憂「律さん危ないですよ!」
律「うるさいほっとけるかっ!」
かくして、私は自分の部屋に一人取り残されることになった。
96 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:50:08.46 ID:+BVtJ5c7O
ドアの向こうからがたごとと物音が聞こえる。私は部屋の隅で震えるしかできなかった。これは言うなれば、お姉ちゃんや、梓ちゃん、律さんを見捨てた行為だ。
正体不明の殺人鬼に恐怖しつつ、こんな私のことも殺してくれたら、などと考えてしまう。
ふと気付くと、物音が止んでいた。お姉ちゃんは、みんなは、いったいどうなってしまったのだろう。
震える足をなだめすかし、私はドアのところまで移動し、それを開いた。
97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:52:05.20 ID:+BVtJ5c7O
外を覗くと真っ先に見える梓ちゃんの部屋のドア。それよりこちら側、階段の正面で、律さんに馬乗りになるお姉ちゃん。その手には、血がべっとりついた包丁が握られていた。
唯「憂……ごめんね。お姉ちゃん、人殺しになっちゃった」
それだけ言うと、お姉ちゃんは包丁の刃先を自分の胸に向け――
憂「お姉ちゃんっ!」
――突き刺した。
98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:54:09.37 ID:+BVtJ5c7O
なぜ。
なぜだ。
なぜなのか。
なぜお姉ちゃんが死ななければならないのか。
律さんを、みんなを、殺してしまったからなのか。
ならば、なぜみんなを殺してしまったのか。
そもそも、みんなを殺したのは、お姉ちゃんなのだろうか。
私はずっとお姉ちゃんと一緒にいたはずだった。
これからもずっと、一緒にいるはずだった。
お姉ちゃんがみんなを殺したはずがない。
誰かが生き残っていて、そいつこそが犯人だ。
そこまで考え、お姉ちゃんの胸から包丁を受け取ると、生き残りを捜しに歩きだした。
101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:56:53.31 ID:+BVtJ5c7O
梓ちゃんの部屋を開ける。透さんと、彼に連れてこられた真理さんが、仲良く倒れている。透さんは前頭部と特に背中から大量に出血しており、もはや息はしていなかった。だが念のため、二人とも心臓のあたりを狙って、包丁を刺しておいた。
透さんからマスターキーを預かり、次の部屋へと向かう。
澪さんの部屋へやってきた。ドアを開けると、身を切り裂くような冷気が流れ出る。見ると、窓が開け放たれ、カーテンがばたばたと暴れていた。律さんが開けて出てきたのだろうか。
律さんの仕業らしきことがもう一つ。吊り下がっていたはずの澪さんの体が、ベッドに横たえられていた。こちらも息はしていなかったが、心臓を包丁で突いておく。
部屋を出ると、お姉ちゃんの下になった律さんの生死を確認する。やはり死んでいたが、一応とどめを刺してから階段を降りる。
階段を降りたところには、シーツのかかった紬さんに折り重なるように、梓ちゃんが妙なポーズで倒れていた。どちらも息がないのを確認し、さらにそれを確実にしてからキッチンへ向かう。
キッチンには誰もいなかったが、用があるのはその奥にあるらしい浴室だった。がちゃり、とその戸を開くと、透さんが言っていたとおり、首から多量に出血した和さんの姿があった。
生き残っている犯人候補の最後までもが死んでいたため、その苛立ちから出血箇所を十も二十も増やした。
102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/04(土) 16:58:27.58 ID:+BVtJ5c7O
私はお姉ちゃんのもとへ戻っていた。
お姉ちゃんが犯人であるはずがない、つまりお姉ちゃん以外の生き残りが犯人である。しかし他に生き残りは一人もいなかった。
この矛盾した問いに、私は唯一の答えを見出だした。
憂「お姉ちゃん、すぐ行くからね」
包丁を逆手に持ち、最後の生き残りを突き刺した。
終 ~そして誰もいなくなった~