「ふわぁ」
私は、目覚ましを止め、小さくあくびをしました。
時間は7時。
お休みの日とは言え、そろそろ起きて、朝ご飯の準備をしなければいけない時間です。
「えっと、まずは洗濯機をまわして、ううん、まずお米をといで……」
私は、階下へ降りながら、家事の手順を確認します。
「え?」
私は、キッチンに入ろうとして、脚を止めました。
中からガタガタと言う音が聞こえたからです。
(泥棒?どうしよう……」
そう思ったときでした。
「ようし!」
中から聞こえたのは、お姉ちゃんの楽しそうな声でした。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
私が、キッチンに入ると、エプロンをつけたお姉ちゃんが、ボールを抱え、火にかけたフライパンをにらみつけていました。
「う、憂?」
私が、声をかけると、お姉ちゃんは驚いて振り返りました。
「も、もう起きちゃったの?」
「もうって、いつもこのくらいだよ」
「そうなんだ……」
なんだか、お姉ちゃんはちょっと残念そうに呟きました。
「どうしたの、お姉ちゃん。お腹すいたの?」
私は、溶き卵の入ったボールを見て、お姉ちゃんに尋ねました。
「ううん……朝ごはん作ろうと思って……」
「ごめんね、じゃぁ急いで作るね」
私が、そう言うと、お姉ちゃんはパット顔を上げました。
「だめだよ。今日は私が作るんだから」
「え?」
「今日は、全部私がやるの?」
「お姉ちゃん?」
私が、驚いて尋ね返すと、お姉ちゃんは少し躊躇いながら答えてくれました。
「今日は憂の誕生日だから、全部私がやるって決めたの」
「お姉ちゃん……」
その言葉を聞いて、胸の中が熱くなりました。
「だからね、憂はもうちょっと寝てていいよ。
ご飯できたら起こしてあげるから」
「でも……お姉ちゃん大丈夫?」
「うん、任せて!」
ちょっと心配でしたが、私は、胸を張るお姉ちゃんの仕草に微笑むと、お姉ちゃんの言葉に甘え、キッチンを後にしました。
―――
「うぅい~」
部屋で宿題をしていると、お姉ちゃんが、楽しそうに部屋に入ってきました。
「あれ?寝てなかったの?」
「うん、折角だから、宿題やっちゃおうと思って」
「もう、憂は真面目なんだから……」
お姉ちゃんは、少しあきれたように言うと続けました。
「それより、ご飯できたよ!
さめないうち食べよ」
「うん」
私たちは、仲良くリビングへと向かいました。
―――
「うわぁ」
私はリビングに入ると、思わず歓声をあげてしまいました。
そこには、綺麗に焼かれたオムレツとサラダ、パンとコーヒーが用意されていました。
「お姉ちゃんすごいよ!」
「えへへ、みんなに教えてもらって一生懸命練習したんだ」
お姉ちゃんは、えっへんと言うように旨を張ります。
「本当にすごいよ」
「ほら、早く食べよ」
「うん」
私は、テーブルに着くと、早速オムレツに手を伸ばしました。
そのオムレツは、焼きすぎることもなく、かといって、切り口から卵が流れ出すこともない、絶妙な焼きかげんでした。
「おいしい」
「よかったぁ」
私の言葉に、お姉ちゃんは本当に嬉しそうに微笑みました。
―――
「憂は今日はどうするの?」
食事が終わると、お姉ちゃんが尋ねてきました。
「うう、お掃除やお洗濯しようと思ってたんだけど……」
「それは今日は私がやるよ」
「うん、でもどうしよう?」
正直言って困ってしまいました。
急に家事を何もやらなくて言いと言われると、なにをやったらいいのか分からなくなります。
「じゃぁ、あずにゃんでも誘って遊びに行ってきなよ」
「うん、そうだね。
デモ梓ちゃん、澪さんとデートじゃないかな?」
「とりあえずメールでも送ってみなよ」
「うん」
私は、お姉ちゃんの提案に従い、梓ちゃんにメールを送ってみることにしました。
「あ、メール」
私が、メールを送って3分もしないうちに、梓ちゃんからの返信が来ました。
「あずにゃんなんだって?」
「うん、あいてるからどこかいこうだって」
「よかったね憂、いっぱい楽しんでおいで」
「うん」
私は答えると、梓ちゃんとお出かけする準備を始めました。
―――
「おーい」
私が、梓ちゃんの姿を見かけ手を振ると、梓ちゃんが駆け寄ってきました。
「ごめ~ん、待った?」
「ううん、全然。
それよりどこいく?」
私が尋ねると、梓ちゃんは笑顔で答えました。
「じゃぁ、映画でも行く?」
「うん、ちょうど見たいのあったんだ」
私たちは、映画館に向かって歩き始めました。
「それにしても、今日は澪さんとデートじゃなかったの?
週末はいつもデートって言ってなかったっけ?」
映画館への道すがら尋ねると、梓ちゃんはちょっと困ったように答えました。
「実は、唯先輩に今日は憂を一日中連れまわすように頼まれてて……」
「え?」
「今日は憂に一日、羽を伸ばして欲しいんだって」
「ごめんね、私のために、デートできなくって……」
私が謝ると、梓ちゃんは笑って答えました。
「ううん、澪先輩も元々用事あったし、それに、あんまりべたべたしすぎるのもね」
「ありがとう」
確証はありませんでしたが、梓ちゃんの言葉は本当ではないと思いました。
きっと、梓ちゃんも澪さんも、お姉ちゃんの気持ちを汲んで、私たちのために一日空けてくれたのだと思います。
「で?憂はなにが見たかったの?」
少し、しんみりした空気を換えようと、梓ちゃんが、明るい声で尋ねてきます。
「えっとね……」
なので、私も、負けないぐらいの明るい声で、答えました。
―――
「ただいま~」
「お帰り~」
私の声に気付いたお姉ちゃんが、リビングからパタパタとかけてきて、出迎えてくれました。
あれから私は、梓ちゃんとお昼を食べたり、お買い物したり、プリクラ取ったりと、久しぶりに夕方まで楽しみました。
「憂、楽しかった?」
「うん、お姉ちゃんありがとう」
「ううん、まだまだだよ」
そう言うと、お姉ちゃんは、私をリビングへ連れて行きました。
「なにこれ、お姉ちゃん!」
朝も驚きましたが、夜はもっと驚きました。
そこには、ハンバーグやエビフライ、サラダやスープが所狭しと並べられていたのです。
「これ、お姉ちゃんが全部作ったの!?」
「そうだよっ!
食後にはケーキもあるからね」
お姉ちゃんは、またえっへんと言うように旨を張ります。
「さぁ、座って座って」
「うん」
「憂、誕生日おめでとー」
「ありがとう、お姉ちゃん」
そして、二人っきりの誕生日パーティーが始まりました。
―――
「さぁ、メインイベントだよ憂」
食事を終えると、お姉ちゃんは、そう言い、ケーキを取りに行きました。
「ジャジャーン、お姉ちゃん特性ケー」
「あっ、お姉ちゃん!」
「あっ」
私が、注意を促そうとしたのもつかの間、お姉ちゃんは部屋の敷居に躓き、バランスを失い、ケーキを落としてしまいました。
「あ…あぁ………」
お姉ちゃんは、呆然と立ち尽くし、私も何も言えず、ただ黙ってそんなお姉ちゃんを見つめていることしか出来ませんでした。
「ケーキ……憂のケーキが……」
見る見るうちに、お姉ちゃんの瞳に涙が溜まっていきます。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。
綺麗なとこだけ食べよ?ね?」
でも、そんな私の言葉も耳に入らないのか、お姉ちゃんは、ただつぶれたケーキを見つめていました。
―――
よっぽどショックだったのか、あれからお姉ちゃんは、黙って後片付けをすると、部屋にこもってしまいました。
「はぁ……」
私も、ため息をついて、ベッドに潜り込みます。
私にとっては、お姉ちゃんの作ってくれたケーキを食べられなかったことより、私にケーキを食べさせられず、落ち込んでいるお姉ちゃんの事の方が
心配で、そればかりが心をしめていました。
せめて、感謝していることを伝えたい。
今日、本当に嬉しかったと言う事を伝えたい。
そう思っているときでした。
「憂……起きてる……?」
控えめなノックの音と、元気のないお姉ちゃんの声がしました。
「お姉ちゃん」
私が、ドアを開けると、お姉ちゃんが恐る恐る部屋に入ってきました。
「……あのね……
これ、わたすの忘れてて……」
お姉ちゃんは、躊躇いがちに、綺麗にラッピングされた包みを差し出しました。
「ありがとう、あけてもいい?」
「……うん」
包みを開けると、中から、小さなクマのあみぐるみが出てきました。
「かわいい」
「ほんと?」
私が、歓声をあげると、お姉ちゃんも少し微笑んでくれました。
「これも手作り?」
「うん」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
私は、抱きついてお礼を言いました。
「憂?」
「お姉ちゃん、今日はいっぱいいっぱいありがとうね」
「でも……」
「ケーキのことは気にしないで」
「でも、今日は失敗したくなかったんだもん」
また、お姉ちゃんの瞳に涙が溜まっていきます。
「ううん、その気持ちだけで嬉しいの。
私の事いっぱい考えて、お料理もいっぱい練習して、いろいろセッティングもしてくれて。
そうやってお祝いしてくれようとしてくれたことが嬉しいの」
「ごめんね憂、ありがとう……」
「ううん、お礼を言うのは私の方だよ、お姉ちゃん」
「憂……」
お姉ちゃんも、私の背中に回した手に力を込めました。
―――
「うぅい~、アイスゥ~」
お姉ちゃんは、寝言を言いながら、私に抱きついてきます。
あの後、私がお願いして、今日はお姉ちゃんと一緒に寝ることになりました。
「お姉ちゃん、今日は本当にありがとう」
私は、改めてお姉ちゃんの寝顔にお礼を言うと、お姉ちゃんのぬくもりを感じながら、瞳を閉じました。
おしまい
読んでいただいた方、支援いただいた方、ありがとうございました。
特に話としてつながっているわけではありませんが、憂「Happy valentine」
の続きになります。
憂ちゃん、誕生日おめでとう!
最終更新:2012年02月23日 00:25