梓「こんな時……唯先輩がいてくれれば……」
澪「梓! 憂ちゃんの前でその名は禁句だろ!!」
梓「で、でも!!」
澪「でももエモもない! 今更唯が戻ってくるわけがないだろう!」
律「そうだよなぁ……ソロで大成功したあの稀代のソングライター
平沢唯が……
こんなボロ酒場のお抱えバンドに戻ってくるはず……」
紬「そうですよね……え、なんですかスタッフさん? 私たちに? 来客?」
すると紬の視線の先には、目深に帽子をかぶり、サングラスをかけた小柄な女が立っていた。
澪「わ……私たちに何かご用でしょうか?」
おそるおそる澪が尋ねると、
女「いや、なんていうか酷いバンドだったなと思って」
澪「な!」
女「ドラムはリズムキープもロクに出来ない。ギターは猿の一つ覚えみたいにつまらないギ
ターソロ。
ベースはステージ上でオドオドしてるのが丸わかり。キーボードはただの沢庵レズ。
そんでもってボーカルはこんなショボイステージで『私はロックンロールスターだ!』な
んて歌ってる――これが酷いと言わず何と?」
律「た、たしかにそうかもしれないけどなぁ!!
言っていいことと悪いことがあるだろが!!」
紬「ちょ! キレちゃだめですよりっちゃん!
また罰としてPVでお墓に埋められますよ!?」
女「でもまぁ……あえて言うなら、そのボーカルのカリスマ性ってやつには、
ちょびっとだけ見るものがあったかな」
憂「!?」
女「それにドラムもベースもギターも鍵盤も……実のところそれほど悪くない。
これから週に6日ちゃんとスタジオに入って練習すれば、モノになる可能性もあるかも。
勿論、土曜の夜にもだよ?
ただし、それでもまだ足りない。このバンドがモノになるには一つだけ条件がある」
梓「じょ、条件?」
女「それは簡単。私の書いた曲をみんなで演奏し、そこのボーカルが歌うこと」
そこまで言って女は帽子とサングラスを外した。
女「そんな私の名前は平沢唯、現代最高のソングライターで、
このバンドをビッグにするためにここにやってきたんだ」
澪律紬梓「な、なんですとーーーーー!!!!!」
憂「お、お姉ちゃん!?」
ここでソロ活動に移行していたころの唯に話は移る。
唯「あいむふり~とぅびほわとえばぁあ~い ほわえばあいちゅーず あいるしんぐざぶるー
ずいふあいうぉん♪
(I'm free to be whatever I Whatever I choose And I'll sing the blues if I want♪
観客「パチパチパチ……」
都内某所ライヴハウス。
ソロになって2枚目のアルバムの発売を記念した唯のシークレット・アコースティック・ライヴ。
HTT時代の名曲『何だって』の弾き語りを終えて一息ついた唯は、集まった熱心なオーディエンスを見渡した。
ソロ1stアルバムは売れに売れた。自分で書いたHTT時代の名曲のほとんどを自由に歌えるライヴも盛況だ。
しかし、唯は一抹のやるせなさを感じていた。
唯「(私がやりたかったのは……こういうことだったのかな?)」
口うるさい妹の手から離れ、もはや音楽的に成長を続ける自分についてこれなくなりつつあった元軽音部の同僚たちから離れ、
腕利きのミュージシャンを集めて、好きな曲を好きなように演奏できる境遇になった今、唯は悩んでいた。
唯「そぉど~んご~あうぇ~い せ~いわっちゅせ~い♪(So Don’t Go Away Say What you say♪)」
ステージではHTT時代、憂がボーカルを務めていた楽曲を歌うこともあったが、
作曲者だからこそわかる、歌うべき人間が歌わない曲の物足りなさがあった。
この3rdアルバム『ここにいる』収録の『行っちゃイヤよ』も。
唯「うぇ~ わっつざすと~り~ も~にんぐろ~り~ うぇ~ にどりるたいむうぇいあっぷうぇいあっぷ♪
(Well What’s the Story? Morning glory,Well Need a Little Time To Wake up Wake up♪) 」
2ndアルバムのタイトルトラック『朝顔の伝説って何だろう?』も。
やはりどこか物足りない。
更には、物心ついてからバンド活動をするに至るまで、
常に唯の身の回りの世話をしてきた憂の不在は唯の生活を荒廃させていた。
音楽活動の充実とは対照的に不健康そうな唯の表情を見れば、
まともな食事を摂っていないことはおろか、睡眠すらとくにとっていないことは明らかだった。
唯「戻ろうかな……憂のところに……って、何を考えてるんだろう私。今更どんな顔してHTTに戻れるって言うの?」
しかし、結局唯は戻ってきた。
自分の音楽は放課後ティータイム以外では……憂をなしには輝かないこと、
そして自分の人生にとって妹がかけがえのない存在だったと、今更ながらに気付いたからだった。
澪「唯、お前どうして戻ってきたんだ……?」
澪の問いかけに唯は応えることもなく、
背負っていたギターケースからギブソン・レスポールを取り出すと一心不乱にチューニングを始めた。
唯「そんなことより澪ちゃん……今はステージに戻って、
バンドを笑いものにしたあのクソ観客のチ○ポ頭どもの度肝を抜いてやることの方が先決じゃないのかな?」
澪「なっ……」
律「いつもの唯だ……」
紬「久しぶりに唯ちゃんの『ファッキン~』を聞いたわ」
梓「平沢唯復活ッッ!! 平沢唯復活ッッ!!」
もはや姉妹の暴言に慣れすぎて、根本的にMになっていたメンバー達は誰もが唯の帰還を喜んだ。そして、
憂「お姉ちゃん……わたし……」
複雑そうな表情で唯から視線をそらす憂。
唯「久しぶりだね、憂」
憂「(ビクッ)」
唯「まぁ、言いたいことはいくらでもあるだろうけど……」
憂「………」
澪律紬梓「(まさかまた喧嘩か……?)」
唯「どんと・るっく・ばっく・いん・あんがー……お互いに怒りに任せて過去を振り返るのはやめようよ」
憂「!!」
唯「とにかく今はステージに出ようよ」
憂「えっ!?」
唯「……どうしたの? まさか憂、ビビッてるの?」
唯の挑発的な問いかけに、憂は本当に久しぶりに、ニヤリと笑った。
憂「まさかっ! 私はロックンロール・スターだよ? あんなチビでデブで禿の真性包茎揃いのファッキンオーディエンスにビビるだなんて、
私のシャンペンがスーパーノヴァしちゃうくらい、ありえないよ!!」
律「いや、意味わからんし」
澪「せめて律のリズムキープが正確になるくらいありえない、だよな」
紬「いやいや、澪ちゃんがライヴ前に緊張で吐くことがなくなるくらいにありえない、ですね」
梓「どうでもいいですよ。それより早くステージに戻りましょう!」
憂「お姉ちゃんこそ、コーラスの音外して私のソングバードが飛び立つのを邪魔しないでよね?」
唯「それこそありえない! だって私は当代一のソングライター、平沢唯だもの」
そして、満を持してバンドはステージへと戻った。
憂「このチ○ポ頭どもめ! お前達のケ○の穴にくれてやる一曲目行くよっ! 『あくいーす』!!」
雷鳴のように轟く唯のギターリフを合図に、
憂がどこぞの応援団のような異様な姿勢で、スタンドマイクに噛み付くように歌いだす。
I don't know what it is that makes me feel alive
(何が私を突き動かしてるのかはわからないし)
I don't know how to wake the things that sleep inside
(どうやって自分の中に眠るものを覚醒させるのかもわからないけど)
I only wanna see the light that shines behind your eyes
(私はただ、あなたの瞳の裏に宿る光を見てみたいだけ)
そしてサビの歌詞を唯が引き継ぐ。
思えば姉妹が交互にボーカルを取る楽曲であるこの『あくいーす』の歌詞について、過去に唯が記者に尋ねられた時、
記者「この歌詞は貴方と憂さんの姉妹の関係を歌ったものなのですか?」
唯「そんなわけないでしょ。死ね」
と、悪態をついた曰くつきの曲だった。
そんな唯が、今改めて、万感の思いで憂からボーカルを引き継ぐ。
Because we need each other
(きっと私たちはお互いの存在が必要だから)
We believe in one another
(私たちはお互いを信じ合っているんだ)
And I know we're going to uncover
(そして私たちはきっと)
What's sleepin' in our soul
(自分たちの中で眠っている何かを見つけることが出来るはず)
澪「(このふてぶてしいまでの荒っぽく勢いのある演奏……!!)」
律「(懐かしい……これこそが放課後ティータイムの演奏だ!!)」
梓「(やっぱり……唯先輩と憂……2人そろえば無敵!!)」
紬「(後方から唯ちゃんと憂ちゃんの姉妹揃ってのお尻を眺めるのも久しぶり……ウッ!)」
当然、4人の演奏にも力が入る。
全力で突っ走る平沢姉妹を支える鉄壁の演奏陣――まさに往年のHTTがここに復活したのだ。
そして演奏後、唯がおもむろにマイクに向かい、MCを始める。
唯「こんな小さなクラブのステージに立つのも久しぶりだなぁ……。
で、『HTTはもう終わった』なんて、調子こいたことを抜かしてたファッキンオマ○コ野郎は一体どこ?」
憂「お姉ちゃんったら……久しぶりのライヴなのにいきなり『おま○こ野郎』はちょっと品がないよ~?」
唯「あはは~、そうだね~。でも、憂だっていつもいってたじゃん」
憂「確かに、ま○こって最高の言葉だよね。私はま○こ、おまえもまん○、あいつも○んこって、人をけなすには最高の言葉だよね」
澪「この生放送には絶対に出演させてもらえないこと請け合いのMC……」
律「これこそ平沢姉妹だよ、いやマジで!」
梓「憂の『おま○こ』、私久しぶりに聞きました!!」
紬「あぁ……私も2人に罵倒されたい……」
憂「それじゃあ次の曲! 『永遠に生きる』!!」
そして、憂のMCとともに、唯はレスポールをドライヴさせ、
名盤といわれた1stアルバム収録の中でも最も人気のある曲『永遠に生きる』のギターリフを奏で始めた。
憂『Maybe I don't really Want to Know♪
(たぶん、ほんとうは知りたくないのかもしれない)』
憂『How your garden grows As I just want to fly♪
(きみの幸福な余生なんかについては だって私はただここから飛び去りたいだけ』
憂『Maybe I just want to fly♪ I don’t want to die♪
(たぶん私は飛び去りたいだけ 死にたくはないから生き続けているだけ)』
憂『Maybe I just want to breath♪(ただ息をしていたいだけだし)
Maybe I just don't believe♪(信じたくないだけ)
Maybe you're the same as me♪(たぶんキミも私に似ているのかもしれない)
We see things they'll never see♪(私たちには連中には見えないものが見えるんだ)』
憂『You and I are gonna Live Forever♪(キミと私だけは永遠に生き続ける)』
サビを歌い終えた憂に、唯のコーラスが被さる。
唯『U&I are gonna Live Forever♪』
憂「(あっ)」
憂「(U&I……UI……うい……憂……)」
憂「(そうだったんだ)」
憂「(この曲……お姉ちゃんは私のために書いてくれたんだ)」
憂は思い出した。そもそもなぜ自分が放課後ティータイムに、元は軽音部に入りたいと思ったのかを。
憂「(私は……これからもずーっとお姉ちゃんと一緒にいたいんだ)」
かくして、平沢唯再加入で息を吹き返した放課後ティータイムは、最強のロックバンドの座をほどなくして再度得ることとなった。
その後、とあるインタビュー。
唯「聞いてよ記者さん、憂ったらね、最近自分のお料理ブランドを立ち上げたらしくて、そっちのビジネスで大忙し!『憂ちゃん印のよく切れる包丁』なんてふざけたファッキン料理道具をプロデュースするに至って、バンドの方はてっきりやる気なしなんだから」
憂「なによぅ、『次のアルバムは5年後に出す』なんて悠長なことをお姉ちゃんが言いだしたから、その間の暇を活かして何をしようと私の勝手でしょ。
お姉ちゃんだって、今でも私の作る料理をニコニコして食べるくせに。このファッキン虚言癖姉が!!」
唯「別にいーじゃん。最近はスタジアムツアー続きで、ずーっと忙しかったんだし。
ホテル暮らしのストレスで、澪ちゃんはすっかり痩せこけたし、りっちゃんは前よりもドラムが下手になったし、
あずにゃんのハゲは進行するし、ムギちゃんはオナニーに狂うし……ちっともいいことないじゃない。少しは休まないと」
憂「そんな~、『憂のオッパイが垂れてきたら解散する。わざわざ老いたみじめな姿を晒すくらいなら解散だ』なんて言ったのお姉ちゃんの方じゃない。今はまだ若いけど5年も休んだらあっという間に……」
澪「おい、インタビューなのに2人がしゃべりっぱなしだけどいいのか?」
律「しかもまたケンカしそうになってるし……」
梓「まぁ、それはいつものことですから……」
紬「口ではああ言ってますけど、あの二人は深いところでつながってますからね(性的な意味で)」
平沢姉妹のケンカはきっとこれからも幾度となく繰り返されるだろう。
しかし、すぐに2人は思いとどまる。
Don't Look Back In Anger――怒りにまかせて過去を振り返ったところで、この姉妹の絆は裂くことはできないのだ。
そして2人は思い出す。自分たちにとって、お互いがどれだけ大切な存在であったかということを。
唯「もういっつもファッキンうるさいなぁ憂は」
憂「お姉ちゃんがファッキンわからずやの腐れおま○こ野郎だからいけないんでしょ!」
――This is history! Right here,Right Now! This is history!
まさに歴史は今日も作られる続けている。
平沢姉妹の口から罵詈雑言が吐かれ続ける限り、ロックンロールの未来は明るいのだ。
終わり
最終更新:2010年01月28日 02:00