放課後、音楽室

憂(お姉ちゃん、軽音部だったんだ。楽器なんでできるのかな)

憂(さっきの車椅子の子と眉毛が太い子もいるな)

律「澪はまだかー!」

紬「?」

律『澪はまだか?』手話

紬『お茶でも飲みながらゆっくり待ちましょ♪』手話


憂(あの子は耳が聞こえないんだな)


憂(お姉ちゃん大丈夫かな…また騒ぎ出してみんなに迷惑をかけるんじゃないだろうか)

コツンコツン

憂(心なしか家にいるときより落ち着いてるような…)

コツン

澪「ん?」

憂「え?」

澪「律か?」

澪は憂の顔をペタペタと触る

澪「あれ?違う?」

澪「ごめんなさい私ったら…」

憂「あ、いえ」

澪「軽音部に何か用ですか?」

憂「別に」

澪「そう。良かったら中に入らない?お茶やケーキがあるよ」

憂「いえ、本当に結構ですから」

澪「そうですか…それじゃあ…」コツンコツン

憂「…」

憂「目が見えないんだな」


ガチャ

澪「おいっす」コツンコツン

律「おっそいぞー澪ー!」

澪「仕方ないだろ。ゆっくりしか歩けないんだから」

律「まあ、いいや。ほらこっち」

澪「いつも悪いな」

律は澪の手を引いてやった

律「気を付けろよ。ゆっくり座れ」

澪「ああ、わかってる。よっこらせ」

澪「唯とむぎはもう来てるのか?」


律「むぎも唯も来てるよ」

唯「」

紬『今日はダージリンティーよ、澪ちゃん』

律「むぎが今日はダージリンティーだよって」

澪「へー、飲んだことないけどうまそうだな」

律『澪がうまそうだなって言ってる』

紬『ふふ♪』


憂「なんだろう…何かすごく心が痛い…」


律「ふーふー」

律「ズズッ」

律「うん、飲めるな」

律「ほら澪」

澪「ありがと。ズズッ」

澪「うん、うまい」

律『美味いって』手話

紬『良かった♪』手話


律「ほらケーキも。あーんしろ」

澪「あーん」

澪「パクッ」

澪「んー♪ティラミスだな♪甘くて美味しい」

紬『りっちゃんと澪ちゃん、なんだか夫婦みたい』手話

律「な!?そ、そんなんじゃないわい!」

澪「どうした?」

律「なんでもない!ホラ、もっと食え!」グイッ

澪「もががががが」



律「じゃあみんな揃ったことだし練習するか」

唯「」スッ

唯「」スタスタ

唯「」グイッ

律「相変わらず唯は行動が早いな」

律「ほら澪、こっちだ。ベースを持って」

澪「ああ、サンキュ」

律「1、2、3」

~♪

憂(…お姉ちゃんてあんなにギター上手だったの?)

憂(車椅子の子は足がないからドラムに迫力ないし、ベースの子は目が見えないから適当に弾いてるだけみたいだし)

憂(キーボードの子は耳が聞こえないから全然みんなと合ってない)

憂(だから余計お姉ちゃんがうまく見えるのかな)

憂(それにしたって上手すぎるよ。私の同級生の梓ちゃん並に)

憂(それに演奏は下手だけど…なんだかみんな楽しそう)

唯はギターを弾いているうちに徐々に笑顔になっていた


ジャーン

律「ふぃー、相変わらず唯は上手いな」

唯「」ジャガジャガ

律「聞いてないし」

澪「ギターを弾いてる時の唯は集中力がすごいな」

律「私達とやってるのがもったいないくらいだよ。外バン組めばいいのに」

唯「」ピタッ

唯「」フルフル

律の言葉を理解できたのか、唯は首を横に振った

唯「」ジャガジャガ

唯はまたギターを弾きはじめた

律「私達と一緒にやっていきたいって言いたいのかな」

澪「そうだとしたら嬉しいな」

紬「?」

律『唯は私達と演奏してるのが楽しいんだと思う』手話

紬『そう、良かった♪』手話

唯「」ジャガジャガ



憂「…」

さわ子「あら、部活動も見学?」

憂「さっきの…」

さわ子「どう?あなたのお姉さんは」

憂「なんだか、すごく楽しそうです」

さわ子「そうでしょう?なぜだかわかる?」

憂「友達と一緒だからとか?」

さわ子「まぁ半分正解ね。正解はあの3人が唯ちゃんの気持ちをわかってるからよ」

憂「お姉ちゃんの気持ち?」

さわ子「こういう言い方は好きじゃないけど、障害者の気持ちがわかるのは障害者だけなのよね」

さわ子「唯ちゃんのような子は感受性が強くて、他人がどう思って自分と接しているのかわかっていると思うの」

憂「…」

さわ子「車椅子の子がいるでしょう?」

憂「はい、何かみんなのお姉さんみたいでした」

さわ子「あの中でその子だけが先天性の障害じゃないのよ」

憂「事故か何か?」

さわ子「中学生の時にね。それまですごく明るい子だったのに塞ぎ込んでしまって。何度も自殺をしようとしていたの」

さわ子「ここに入学した時もまるで脱け殻のようだったわ」


さわ子「澪ちゃんとりっちゃんは幼馴染みなんだけど、まさかりっちゃんも澪ちゃんと同じ学校に入学すると思ってなかったでしょうね」

さわ子「それで自分は障害者なんだと自覚したみたいでますます塞ぎ込んだわ。学校でも誰とも喋らず、ずっとボーッとしてたの」

さわ子「さすがの私も見かねてね。中学時代ドラムをやってたって聞いたから無理矢理軽音部に入れたの。澪ちゃんと一緒に」

さわ子「最初の頃はやっぱり何もしないでボーッとしてた」

さわ子「でもね、澪ちゃんがあの通りでしょう?あの子は誰かの手を借りないと普通に生活できないのよ」

さわ子「それを見て、りっちゃんも徐々に澪ちゃんに手を貸し始めた。誘導したり、障害物をどけてあげたりね」

さわ子「きっと、その時初めて障害者の気持ちがわかったんでしょうね。偽善だろうがなんだろうが、誰かに助けてもらえるのは嬉しいことだと。そして障害者だからといって、助けてもらうのが当たり前だと思ってはダメということを」

さわ子「彼女は変わったわ。澪ちゃんだけでなく、クラスの子にも手を貸すようになった」


さわ子「多分りっちゃんは事故に合わなければ、一生障害者に手を貸そうなんて思わなかったはずよ。むしろ馬鹿にすらしてたかも」

さわ子「私は、それはそれでいいと思うの。健常者が何と言ったところで障害者やその家族の気持ちなんてわかるはずがない。わかってやれなんて言うのはエゴになるわ」

憂(警官も言ってた…私の気持ちなんてわからないと…)

さわ子「障害者のことを少しでもわかってあげてる人達が手を貸してあげればそれでいいのよ、きっとね」

さわ子「りっちゃんはむぎちゃんのために難しい手話も勉強したし、唯ちゃんに教えるためにギターも練習した。まあ、すぐに唯ちゃんの方がうまくなったみたいだけど」

さわ子「私は世の中に一人でも多く、りっちゃんみたいな子が増えればいいと思うわ」

憂「そうですね」

健常者であるはずの憂は障害者である律の足下にも及ばないと感じていた
足ないけど


さわ子「さ、立ち話もなんだし中に入りましょ」

憂「でも…」

さわ子「いいからいいから」

ガチャ

さわ子「ちょりーっす」

律「おぉさわちゃん。と、唯の教室にいた子?」

憂「はい…こんにちは」

さわ子『むぎちゃん、お茶』手話

紬『はい♪すぐに♪』手話

憂「お茶くらい自分で淹れますけど…」

さわ子「いいのよ。彼女らにできることはなんでもやらせるようにしないとね」


帰り道、唯を先頭にその後ろでは憂が律の車椅子を押していた

憂「さわ子先生に聞きました。律さんのこと」

律「え?マジで?いやはや…お恥ずかしい」

憂「律さんは立派です」

律「別に立派なんかじゃないよ。ただ私は自分がされて嬉しいことを他人にしてるだけさ」

律「それに、あいつら私が見てないと危なっかしいのなんのって。クックッ、まるで私母親みてぇだな」

憂「そうですね」ポロポロ

憂は律のあまりの聖母ぶりに涙が溢れた
そして、今まで自分が実の姉にいかに酷い考えで接していたか気付いた


律「唯は私や澪と違うからな。憂ちゃん達家族もすごく辛いと思う」

律「何が辛いって、唯が憂ちゃん達がしていることを理解できてないのが辛いよな」

憂「はい…」ポロポロ

律「そんな時はー、ん~。一緒に歌でも歌えばいいんじゃない?」

憂「歌を?」

律「そ。もしかしたら何か奇跡が起きちゃうかもね。なんつってな」

律「あ、私の家こっちだから。バッハハーイ」

律は後ろを振り返らず手をヒラヒラさせながら、自宅へ向かった

憂「ありがとうございました。今日あなたに会えて本当に良かった」

憂は律に向かって深々と頭を下げた


憂「お姉ちゃん待って」

唯「」ピタッ

唯は歩くのを止めた

憂「ねぇ、一緒に歌を歌わない?」

唯から返答はない

憂「じゃあ、お姉ちゃん達が演奏してた翼をくださいを歌おうか」

唯「」ピクッ

憂「今~私の~ねが~いごとが~」

憂はわかっていた
歌を歌ったところで人が生き返ったりしないことを

憂「かな~う~な~らば~」

事故で重症になった人が早期復活などできないことを
病気が治ったりしないことを

憂「つば~さ~が~ほし~い」

まして唯の自閉症が治るはずがないことを

それでも、この歌を歌うことによって唯と共に一歩前に踏み出せる気がした

唯は黙って憂の歌を聞いていた


憂「ふふ、帰ろうっかお姉ちゃん」

唯「帰る」

憂「手繋いでいい?」

唯から返答はない

憂「繋ぐね」ギュッ

唯「」

普段の唯ならきっと奇声を上げていただろう
しかしこの時の唯は騒ぐことなく、憂のなすがままになっていた

憂は、律の言っていた奇跡とはこのことだろうなと思った



平沢家

憂「ただいま」

唯「」

唯は家に着くとさっそく靴を磨き、手洗いうがい着替えを済ませた

憂(そういえばお姉ちゃんは毎日本棚整理しているな。一体何があるんだろう)

憂(気になるからお姉ちゃんが来る前に覗いてみるか)

憂が本棚のある部屋に入ると母が本を抱えて泣いていた

憂「お母さん!?どうしたの!?」

母「あぁ憂…なんでもない、なんでもないのよ」ポロポロ

憂「なんでもないって…そんなに泣いて…」

憂「本…に何かあるの…?」


憂「本を見せて!」バッ

母「ああ!」

憂「」ペラペラ

ハラリ

憂「これは…?」

本から落ちたのは唯、憂、父母の一家四人で撮った写真であった

憂「これも…これも…こっちにもある…」

母「きっとあの子、栞がわりに家族の写真を挟んでいたんだわ。最近写真がよくなくなると思ってたら…」ポロポロ

母「毎日家族の写真を見るために本棚の整理をしていたのね…きっと」ポロポロ

憂「お姉ちゃん…おね…ちゃん…うわああああああああああん!」


ガチャ

本棚の整理をしようと唯が部屋に入ってきた

唯「」

本が散乱し、憂と母が抱き合って泣いている

唯「ぎゃああああああああああ!!!」

流石に今回は奇跡は起こらなかったようだった

憂と母は奇声を上げる唯を抱きしめ、また泣いた

数日後、平沢姉妹は街に買い物に来ていた

憂「お姉ちゃん、この服かわいいよ~」

唯「」

唯からの返答はない

憂「アイスおいしいね」

唯「ペロペロ」

唯からの返答はない

憂(生活は以前と変わりないけど、お姉ちゃんの表情が少しだけ柔らかくなったような気がする)

自閉症の姉と向き合う決意をした妹
この先、どんな困難があろうと、この姉妹ならば乗り越えていけることだろう


おしまい




最終更新:2010年01月28日 02:30