「なんか読んではいけないものを読んでしまった気がする」

(澪って子は、律の事が好きだったんだ)

(最後の日記……どういう事なんだろう?)

(それも気になるけど……問題は)

(あたしが……中野梓、この人と……こんな関係だったなんて)

梓「思い出してくれましたか?唯センパイ」

「!!」ビクッ

梓「唯センパイ、ずっと一緒にいようって言いましたよね」

「……お、思い出せないよ……」

梓「もう、唯センパイのいじわる。センパイが言ったんですよ?」

「そ、そうなの……?」

梓「センパイが自力で記憶を取り戻すまで、なるべく仲良くするのはよそうと思ってたけど……」

梓「もうあたし、限界です」

梓「センパイっ……」ガバッ

「うわっ!?ちょ、ちょっと……」

梓「センパイ……唯センパイ……大好きです……」

「やっ、やめて……やめてよ、あずにゃん……!」

梓「……!!センパイ、今」

「へ……?」

梓「あずにゃん、って呼んでくれましたよね……!」

「え、いや、ビデオでそう呼んでたから……そう呼んだ方がいいのかな……って」

梓「嬉しいっ!」ガバッ

「うわあっ!」

梓「記憶が戻りかけてる証拠ですよ」

「そ、そうなのかな……?」

梓「無理しないで、ゆっくり思い出していきましょうね……センパイ……」


しばらくの間、あたしはその部屋の資料を読みあさり、
記憶を失う前のあたしの姿を少しずつ明確にしていった。

でもそれは、昔のあたし、昔の平沢唯についての情報を手に入れただけであって、
記憶が戻ったというはっきりとした実感は未だに無いままだった。


「あ、あずにゃん」

梓「なんですか?唯センパイ」

「ちょっとトイレ行ってきていい?」

梓「いいですよ、ついていってあげます」

「いや……いいよ、一人で行けるから」

梓「……そうですか?……場所は廊下の反対の突き当たりの方です」



カツーン……カツーン……


「ここの廊下、暗くて怖いなぁ……」

「やっぱついてきてもらった方がよかったかも……」

「トイレ……どこ……?」

「突き当たり……この階段を下るのかな……?」


「なんでこんなに真っ暗なんだろう……」

「なんか迷ってる気がする……」

「ここかな……?」


ギィィ……


「うっ……!?変なニオイ……」

「トイレここ……?ちゃんと掃除してないのかな」

「電気は……と」


パチッ


「!?」

壁のスイッチを点けると、吊り下がっていた裸電球が部屋を橙色に照らした。

その部屋の奥、煉瓦の壁に寄りかかるようにして、何かが二つ、横たわっていた。

縄で手足を縛られたまま、落ちくぼんだ眼孔をこちらに向けている。
焦げた茶褐色で、萎れた植物のように皺が波立っている。

転がっている二つのそれは、干からびた人間のミイラだった。


「きゃあああああああ!!!」


梓「何してるんですかセンパイ!!」


後ろから梓の声が聞こえた。
その瞬間、梓はあたしを部屋から引っ張り出し、すぐに扉を閉めた。


「あ……あずにゃん……」

「あ、あれ……何……?」

梓「怖いものをわざわざ知る必要ありませんよ」ギュッ

梓「怯えてるじゃないですか……よしよし、怖かったですね」スリスリ

「……」ブルブル

梓「さあトイレはこっちですよ……おもらししてませんよね?」

梓「まあ、おもらししても私が綺麗にしてあげますけどね……唯センパイ……」

梓「トイレが終わったら、思い出すのを頑張りましょう……もう少しですよ……」



………………………
…………………
……………
……



或る日の放課後、音楽室にて



和「……ねえ、あなたは本当に何も知らないの?」

紬「……ええ」

和「同じ軽音部……今となっては元軽音部だけど……同じ部活の仲間がこんな事になったのに」

紬「……」

和「あなたが詳しい話を全く知らないなんて訳ないじゃない」

紬「知らないものは知らないのよ」

和「……」

紬「……」


和「私、少し調べたのよ」

和「半年前……澪が律たちに暴行を加えて失踪した事件」

和「どう見ても不自然な点がたくさんあるの」

紬「……」

和「……ねえ、聞いた所によると、あなたの叔父さんは府警に顔が利くようね」

紬「!」

和「これは仮説とも言えない……想像に近い考えなんだけど……」

和「あなたは叔父さんに頼んで警察に圧力をかけてもらったんじゃない?」

紬「……」

和「律たちの行方の捜査は普通では考えられない早さで打ち切られたわ」

和「それに澪の逃走経路……あれだけの警察の検問をくぐり抜けるのは不可能に近い」

和「……パトカーの正確な位置情報をどこからか手に入れたりしない限り」

和「逃げる時に澪が奪った乗用車も、琴吹グループの傘下の人のものだった事が分かってる」

紬「……」

和「これも想像だけど……澪たちは多分、あなたの私有地」

和「どこか遠い場所にある琴吹家の私有地に匿われてるんじゃないかしら」

紬「……」

和「……どうなの?」

紬「ふふふ、和ちゃんすごいわ」

和「……どうして、澪を助けるような事をしたの?」

紬「助ける?私は澪ちゃんを助けた覚えは無いわ」

紬「私は見たかっただけなの。二人が何処までも、何時までも、愛し合っていく姿を」

和「……」

紬「私は前から知っていたわ。澪ちゃんがりっちゃんを大好きな事」

紬「相談とか受けた事もあったわ。澪ちゃんは本当に一途で……」

紬「でも、その一途さがあんな事件を起こしたんでしょうね」

和「……」

紬「金属バットを持って、動かないりっちゃんを見下ろしていた澪ちゃんを部室で見つけた時」

紬「『ああ、遂にやっちゃったのね澪ちゃん』って思ったわ」

紬「あの子の辛さは一番私が知っていたから……私もう悲しくて」

紬「澪ちゃんたら血まみれのまま『どうしよう、どうしよう』って泣きつくの」

紬「あまりに可哀想だったから……それに、仲間として何かできないかって本気で思って」

紬「澪ちゃんとりっちゃんが、ずっと一緒にいられる場所をあげたの」

和「……でも、犯罪を助長するのは間違っているわ」

紬「……唯ちゃんや梓ちゃんや憂ちゃんも、話を分かってくれると思ったの」

紬「でも、駄目だった。ここで邪魔されたら全てが水の泡でしょう?仕方なかったの」

和「……ッ」

紬「遠い田舎にみんなして辿り着いたんだけど、それから先も大変だったらしいのよ」

紬「叩いた時のショックで唯ちゃんと梓ちゃんは死んじゃったし、憂ちゃんは気が触れちゃったみたいなの」

紬「問題なのがりっちゃんでね、頭を叩いた時に記憶がどこかに行っちゃったらしいのよ」

和「……!!」

紬「澪ちゃんが言うにはね、一日で記憶が無くなっちゃうんだって」

紬「澪ちゃんがどうしようって泣くもんだから、私考えたの」

紬「だったら澪ちゃんとりっちゃん、唯ちゃんと梓ちゃんになればいいじゃないって」

和「……!?」

紬「りっちゃんが記憶を取り戻しても、澪ちゃんをまた拒絶するかもしれないじゃない?」

紬「澪ちゃんは憧れてたの。唯ちゃんと梓ちゃんみたいに、お互いがお互いを求め合う関係を」

紬「記憶をなくしているんだから、ちょっと刷り込めば簡単でしょう?」

紬「澪ちゃんきっと幸せよ。りっちゃんと愛し合う事ができるんですもの」


和「……で、でも、律の記憶は一日しか持たないって」

紬「当然そうよ?少し面倒臭い話だけど……」

和「……まさか」

和「毎日続けてるの……!?」

紬「そうよ。澪ちゃんとりっちゃんは、ずーっと一緒なのよ」

和「……狂ってる」

紬「幸せな二人……素敵よね」

紬「ふふふふ」



……
……………
…………………
………………………



梓「はぁ……はぁ……センパイっ……あっ」

唯「んっ……あずにゃんっ……はぁ、あっ……んっ」

梓「センパイ……好きです……」

唯「あたしもだよぉっ……あずにゃん……あっ」

梓「記憶、戻って本当によかったですね」

唯「あずにゃんのおかげだよ、ありがとう」

梓「もうそろそろ寝ないといけませんね」

唯「一緒に寝る?」

梓「……そうしたいけど、それは駄目なんです」

唯「へ?なんで?」

梓「起きた時パニックになるといけませんから」

唯「???」

梓「何も無い部屋ですけど、今日もここで寝て下さいね」

唯「明日もたくさん遊ぼうね、あずにゃん」

梓「はい、センパイ」

唯「ふぁぁ……ベッドに入ったらなんだか眠くなっちゃった」

梓「ふふふ、可愛い」

唯「おやすみ……」



「うん……おやすみ……律……」



「……え?」


振り子時計の唸るような音と共に、あたしの意識はまどろみへと消えていった。


………ブウウ―――――ンンン―――――ンンンンン………


<終>



最終更新:2010年01月28日 03:33