平沢家
唯「ただいまぁ」
パタパタパタ
憂「おかえりお姉ちゃん。割と早かったね今日は」
唯「うん。ちょっとね」
憂「ごはん、まだなんだ。ちょっと待っててね」
唯「………………」
憂「うん? どうしたのお姉ちゃん?」
唯「うい~~!」ダキッ
憂「ほ、ほねえちゃん!? ……もう、急にどうしたの」
憂(ありがとうございます! ありがとうございます!)
唯「ういはあったかくて、やわらかいねぇ」
憂「お姉ちゃんだって……」ドキドキ
唯「じゃあうい。ごはんできたら、呼んでね」スッ
憂「わかったよ」
憂(えへへへへへへへへへへ……)
トントントントン……パタン
唯「ふい~……」
唯(やっぱり、ちょっとちがうかなぁ)
唯(今までなかった感じかも)
唯「おつかれ、ギー太。って言っても、今日はそんなつかれてないか」
唯「あとでちょっと練習しようね」
唯「………………」ゴロン
唯(なんか、おちつかないな~)
唯「ふい~……」ゴロゴロゴロ……
次の日
部室
律「すみま!」
紬「せんでしたぁっ!」
澪「お、おい……頭を上げてくれ二人とも」オロオロ
律「しかし!」
紬「しかし!」
澪「いや、むしろ私の方がやり過ぎたよ」
澪「大丈夫だったか? ごめんな……律、ムギ」
唯(なんだか、うまいこといってるみたいだね。よかった)
律「くはぁっ!」
律「優しすぎるぜ澪! まるで菩薩のようだ!」
澪「いや……大袈裟だな」
律「だけどこのまま澪の優しさに甘えたら、私たちの気がおさまらないんだ」
紬「本当に悪かったわ」
澪「ん? だから別に私はそんなに怒ってるってわけじゃ……」
律「澪が良くても私らが良くない」
澪「そういうもんなのか?」
紬「だからね、澪ちゃん」
律「私らを気のすむまで殴ってほしい!」
澪「は……はぁ!?」
澪「ムギはともかく、律の殊勝さは一体なんなんだ……?」
澪「いや、っていうかもういいから! そうやって謝ってくれただけで充分だよ!」
唯「澪ちゃん」ボソッ
唯「きっと、昨日あずにゃんがなにか、うまくやってくれたんじゃないかなぁ」ボソボソ
澪「えっ?」
律「…………」
紬「…………」
澪(そうか、梓のはからいか。あらためて感謝だな……)
澪「わかったよ。じゃあ行くぞ、律、ムギ」
律「どんと!」ドキドキ
紬「こいです!」ワクワク
ポスンッ ポスンッ
澪「はい。これでチャラだからな」
律「………………」
紬「………………」
澪「もうイタズラはほどほどにしてくれよ……ってなんだお前らその顔」
律「……うだろ」ボソッ
澪「ん?」
律「違うだろ、澪! そこはガツーンとかボカーンとか!」ズイッ
紬「ボコボコとかゴスッとかグチャリッとか!」ズイッ
澪「ひっ!?」
唯「んんっ?」
律「ちょっとイイ話みたいな流れ作ってんじゃねーぞ!」
澪「なんなんだよ一体!」
律「やり直せ! 澪!」
紬「ワンスモアプリーズ澪ちゃん!」
澪「むっ、無理だ! 来るな!」ブルブル
律「コノヤロー!」ガバッ
紬「わ、私も!」ガバッ
澪「うわああ!!!」ガタタッ
唯「み、澪ちゃん!」
律「私をなぐれえぇぇぇぇっ!!」
澪「うわあっよせ律! ひゃあっムギっ! 尻に頬ずりするな!」
律「ほれほれほれほれ!」
紬「スリスリスリスリ!」
律「どうしたどうした!」
紬「グリグリグリグリ!」
澪「もうっ…………!」ゴスッ! 律「うぁんっ」バターン
澪「やだぁーーーー!」グチャッ 紬「ワオ♪」バタリ
澪「うわあああぁぁん!」
ガチャッ
梓「すみません。遅くなりまし……」
梓「……………………」
澪「わーんわんわん!」
唯「よーしよしよし!」
律「……………………」
紬「……………………」
梓「……………………」
1時間後
部室
律「………………はっ」
紬「おはようりっちゃん」
律(なんだろ……お菓子とお茶の良い匂いがするな。なにしてたんだっけ……)
梓「気がつかれましたか」
律「ん……ムギ、梓、それに……」
律(唯が澪に菓子食べさせてら……澪のヤツえらいニコニコしてんな)
律(なんかホッとする光景だな)
梓「ひとまず気つけにお茶でも飲んで下さい」
紬「はい。りっちゃんどうぞ」
律「サンキュームギ。あー、落ち着くな」ズズッ
梓「落ち着かれましたか」
唯「りっちゃん、大変なんだよ! 子どもになっちゃったの!」
律「んー?」
紬「澪ちゃんがね……」
梓「幼児退行を起こしました」
律「は? なにそれ?」
梓「言葉通り、見た通りです。見て下さい、澪先輩の様子を」
律「随分機嫌良さそうじゃん。こんな澪見るの久しぶりなくらいだ。おーい澪ー」
澪「?」ニコッ
律(んん!?)
律「みおー、みおー。りっちゃんでちゅよ~」
澪「……りっちゃん♪」ニコニコ
律「うおお! どういうことだ中野ぉ!?」ガタッ!
梓「ですから」
梓「幼児退行です。直面した精神的負荷から逃避するべく、自身の非常に純粋だった頃へと退行したのではないでしょうか」
梓「この場合の精神的負荷とは、最近律先輩が継続的に与えつづけたストレスと」
梓「律先輩ムギ先輩タッグの暴走行為によって引き起こされたものと見て間違いないでしょう」
唯「かわいい~♪」ナデナデ
澪「えへへ……」
紬「澪ちゃん澪ちゃん、これも食べて~」
澪「ありがとう、ムギおねえちゃん!」
紬「わぁ……うわぁ!」ドキドキ
律「なんてこった……」
律「でも梓、私の知ってる澪はあんなに子供時代従順で明るい感じじゃなかったぞ?」
梓「さて……律先輩が知らないほど幼い頃に戻ったか」
梓「もしくは心のタガがはずれて、周囲に対する引っ込み思案や恐怖心もなくなったか……」
梓「もちろん私は医者ではないので、全て推測なのですが」
律「澪の演技ってことはないのかよ?」
梓「それはわかりません。むしろそういうのは律先輩が一番判るんじゃないかと思います」
澪「…………」モジモジ
紬「? どうしたの澪ちゃん?」
澪「お、オシッコ……でそう……」
紬「まあまあまあまあまあ!!」
唯「わ、私、トイレまでつれていくよ!」
紬「私も行くわ。絶対、行くわ」
唯「さっ、澪ちゃん。こっち、こっち」
パタパタパタパタ……
律「………………」
梓「………………」
律「絶対演技じゃねーよ、梓……」
梓「私もいささか見てはいけないものを見てしまった気がしています」
律「……どうしよう? 割とマジで」
梓「昨日、注意しておいたのに……」
律「うふぁーん! すいましぇん!」
梓「ふー……」
梓「まぁまず思い浮かぶのは医者でしょう。心療内科とか精神科? そういったところに診せるべきなんでしょうかね」
律「うーん、おおごとだな」
梓「ですね」
梓「ですが、いざこれがなかなか回復しないとなると澪先輩は授業にすら出られないでしょう」
梓「記憶自体はきちんと残っているようですが、情緒や判断力、危機管理などの面で不安があります」
梓「そうなると誰かが付きっきりになる必要がありますよ」
梓「親が子どもから片時も目を離さないように」
律「親……そういや、澪の両親になんて説明したらいいんだ……」
梓「律先輩……」
梓「……また一方でこれは非常に楽観的な考えなのですが」
梓「案外、一晩眠ればコロッと治ってしまうってこともあるかもしれません」
梓「ほんの一時的な症状なのかも……」
律「そうかな……?」
梓「一日様子見をして、明日治っていなければしかるべきところへ相談に行きましょうか」
梓「澪先輩には今日外泊してもらうのです」
紬「ただいま~♪」
律「おかえり。どうだ? 澪の様子」
紬「ウフフフフフフフ……」
律「………………」
唯「だいじょうぶだよ。ちょっと手伝ったけど。ちゃんとできたよ」
澪「ただいま、りっちゃん! あずさおねえちゃん!」
梓「………………」
梓「……で、宿泊先ですが私の家を提案します」
律「なに?」
唯「なになに、なんの話?」
梓「様子見のために澪ちゃんを今日一日泊めるという話ですよ。唯先輩」
紬「ええっ!?」
律「なんでだよー梓! 順当に考えれば、何度も来たことある私んちが澪も落ち着くはずだぞ!」
紬「わ、私の家なら美味しいお菓子もいっぱい出せるわ。澪ちゃんも喜ぶんじゃないかしら!」
梓「ダメですよ」
梓「もともとの原因を考えて下さい。ストレスへの防衛反応の結果として今の状態ですよ」
梓「ストレスの元となった人のそばでは治るものも治らない可能性があります」
梓「そんなわけでお二人はダメなのです」
律「ぐっ……!」
紬「ぐっ……!」
律「相変わらず弁が立ちやがる中野コンチクショウ……」
梓「……それに、私は責任を感じています」
梓「昨日お二人をなんとしてでも止めていれば、こんなことにはならなかったかもしれません」
梓「そういうわけで澪ちゃんの面倒は付きっきりで私が見ます!」
澪「…………?」
唯「ね、ねぇ……あずにゃん」
梓「なんです?」
唯「その……私の家じゃ……だめかな?」
梓「……ダメということはないですがね」
梓「何か理由でもあるんですか?」
唯「私ね、澪ちゃんに相談されてたんだ、りっちゃんのこと」
唯「でも、結局なんにもしてあげられなかったよ……」
律「唯……」
唯「私、ふだんから澪ちゃんに頼ることおおかったけど、逆ってほとんどなかったから、うれしかったんだ」
紬「唯ちゃん……」
唯「こんな私でも、まだ頼ってくれるんだったら、こんどこそ何か力になりたくて……」
梓「………………」
梓「……確かにそうですね」
律「何がだ?」
梓「さっきから見ていたんですが、澪ちゃんは唯先輩から離れようとしないんです」
梓「唯先輩がくっついているんだと思っていましたが、どうもそうじゃないみたいですね」
唯「うん……さっきから、私のことつかんだままなんだ……」
紬「まるで唯ちゃんのこと、お母さんかお姉さんだと思っているみたいね……」
梓「ははあ、なるほどそうかもしれません」
梓「退行が起こった時に抱きしめていた唯先輩に対して、軽い刷り込みが生じたのかもです」
律「そっか……じゃあ、もう異論はないな」
律「澪を一晩、唯に任せよう」
紬「ええ、それが一番良さそうね!」
梓「仕方ないです」
唯「みんな……」
唯「私、がんばるよ!」
澪「?」
帰路
澪「♪」テクテク
梓「澪ちゃんはしゃいでますね。お泊りが嬉しいんでしょうか」
律「澪ー。澪のお電話ちょっと借してもらっていいかー?」
澪「お電話……うん、いいよー」ゴソゴソ……
澪「はい。りっちゃん」
唯「どうするの?」
律「ん、ああ。澪の母さんにメール打っとくんだ。さすがに喋ったらバレるだろうしなー」
律「一応、泊まるのは私んちってことにしておくよ。ウチなら今更澪の母さんも遠慮したりしないからな」
律「ほい送信っ。サンキューな、澪」
梓「………………」
梓「あの、すみませんでした、律先輩。ムギ先輩も」
律「あーん?」
紬「どうして?」
梓「ストレスの原因だとか、治るものも治らないなどと言って」
律「いやー、事実だしなー、それ」
紬「私達、ちょっと行き過ぎてしまったわね」
律「そうだな。今の澪見てたら、なんかスッカリ毒気抜けちゃったよ」
紬「私も」
梓「そうですか……」
律「ごめんな……澪……」ポン
澪「うん? どうしたの?」」
紬「ごめんなさいね、澪ちゃん……」
澪「????」
唯「りっちゃん、ムギちゃん……」
澪「………………」
澪「!」ピーン
澪「じゃあ……あくしゅ!」
紬「握手?」
澪「なかなおりのあくしゅ!」
澪「ねっ♪」
律「澪……」キュッ
紬「澪ちゃん……」キュッ
澪「えへへっ」
最終更新:2012年03月27日 04:03