「どんな経緯、理由であろうと殺したことは事実……だからこそ何を背負って生きて行けるかが大事だと思うの」
「和先輩……」
「私はなんとしてでもみんなと生き残るわ。唯との約束、琴吹さんや先生の願いを背負ってね」
迷いの一切ない瞳。それを見て律自信の心の迷いも少しずつ晴れてきたように思えた。
「そっか……そうだよな。背負ってかなきゃ行けないんだよな。ブルーになってる場合じゃないよな」
「そうですよ先輩。私達放課後ティータイム、夢は武道館。そのためにもみんなで生き残らないとです」
「武道館……」
始めの澪との約束。それがけいおん部全員の夢となった。
冗談交じりの夢だけど必ず行けると皆信じていた夢。
肉体がなくなろうとも皆ちゃんといる。心のビートで繋がっている。
みんなと演奏するために、そのためならどんなに汚れても構わない。
生きる。今はただそれだけ。
全員が円陣を組んだ。
「絶対生き残ろうな!!」
「みんなのためにも!」
「放課後ティータイムのためにも!」
「武道館に行くぞーーーー!!」
「「おおーーーー!!」」
部隊は着々と進んでいた。途中にトラップはあったものの所詮は素人が作ったもの。本気の兵に効果はなかった。
慎重に、だが迅速な行動に1F、2F、3Fとどんどん階を勧めていく。
律達は最上階の6Fの一室に立てこもっていた。下手に分散させるより纏めたほうがいいと判断したためである。
誰も喋らない。全員が佇を飲んで見守る。手は汗ばみ額からも次から次へと汗が垂れてくる。
数十分が経過した所で廊下から微かだが靴の音が聞こえ始めた。
3人の緊張が一層高まり静かな部屋に心臓の音が煩いほど響くようだった。
徐々に大きくなる靴音に引き金に指を掛ける。
扉の前で止まった。恐らくは突入のタイミングを窺っているのだろう。
扉を開けた瞬間一斉射撃を仕掛けようトリガーに力を入れる。
律の額から汗が垂れ地面に着地する、と同時に扉が開き銃声が響いた。
ひたすら扉に向かって銃を撃っている3人だが和は何故か嫌な予感がした。
順番に射撃しているので一人が装填してても攻撃が途切れることがないので一方的に攻撃できる。
しかし、それにしても向こうがちっとも反撃をしてこない。
先程戦った敵の武装はマシンガンとハンドガンとナイフ。そして……
「みんな奥に逃げて!!」
和の叫びに2人は動きを止めた。そして和の予想通りのもの、手榴弾が投げ込まれた。
完全に虚を疲れた2人は目の前に手榴弾が転がってきても体を動かすができなかった。
一方和は2人よりも早めに気付いたお陰で一瞬だけ判断する猶予ができた。
恐らくは間に合わなくて全滅だと。ならばどうするか?
幸い絶え間ない攻撃に焦ったのか、手榴弾は手を伸ばせば届く距離に落ちていた。
ならばやることは一つしかない。
和は手榴弾を掴み兵士に投げ返した。普通は敵が投げ返す余裕がないようピンを抜いてしばらくしてから投げ込んだりする。
しかし少しでも、数センチ、数ミリでも皆から離せれば、それでいい。
すこしでも生き残る確立を上げるため和は行動を起こしたのだ。
(せめて……!せめて2人だけでも……!!)
病院の一室で爆発が起きた。
「いってー……ておい!梓!和!大丈夫か!?」
室内は滅茶苦茶となっており辺りに資材やら壊れた机、椅子が散乱していた。
その一つの山から梓が出てきた。見たところ目立った外傷は無かった。
ホッと安心すると今度は和を探す。と、すぐ隣に横たわっていた。
「おい!しっかりしろ和!しっか……」
和を仰向けにして律は驚愕した。和の右腕の二の腕から先が無くなっていたのだ。
よく見ると顔や身体など右半身がボロボロだった。
「和!!しっかりしろよ!!約束したろ!!」
「あ……あ、うぁ……」
「先ぱ……」
梓が駆け寄ろうとした時、銃撃が始まった。
「くそっ!!梓は和の手当てをしてやって!!」
「は、はい!!」
律はマシンガンで応戦するが絶え間なく飛んでくる銃弾になす術がなかった。
手榴弾を投げてみるが物陰から顔を出せないため距離感が分からず廊下の遥か向こうに転がってしまい爆発してしまう。
後ろでは泣きながら看病する梓、何かうわ言のようなものを呟いている和。
徐々に追い詰められて行く焦りに一か八か、大胆に攻めようと身体をだして反撃した。
(みんなを守るんだ!絶対みんなで生き残って……!!)
突然の反撃に対応できなかった兵士2人をまずは倒した。すぐさま隠れ、そしてまた身を乗り出して反撃する。
(みんなで帰るんだ!!)
グラリと体が揺れた。
天井が見えた。
肩、足、わき腹が熱い。
背中が固い。
(そっか。私、撃たれたのか)
どこか他人事のような奇妙な感覚に襲われた。
私が撃たれた事に気付いたのかさっきまで泣いてた梓が今度は目を血走らせて銃を乱射している。
だが素人がプロに叶うはずもなく右肩を撃ち抜かれ倒れてしまった。
ああ、全滅するのか。
私は何をやっているんだろう。結局誰も守れなかった。
澪も、さわちゃんも、むぎも、唯も、憂ちゃんも、和も、梓も。
あれだけ誓うとかなんとか格好つけて結局なんにもできなかった。
口だけで最低だ。
いや……
最低で終わっていいのか?
まだ最期じゃないだろう?
まだ手も足も動くだろう?
「うぐぅ……」
右肩を押さえ蹲る梓の元に兵隊が近寄ってきた。
ニヤニヤとした表情で銃を構える。
死を覚悟した。もう本当に終わりだと。
目の前が陰った。見上げると見覚えある背中があった。
「律先輩……?」
「さ、最後……まで、守るんだ……みんな、を……」
約束したもんな……澪。
梓を、みんなを守るってな。
銃声ガヒビク
遠クデ喧騒ガ聞コエル。
「まあまあいいんじゃない?」
「律、またちょっと走ってるぞ」
「ねえねえ、ギー太のこのツマミなに?」
「うふふふふ」
いつものようにお茶飲んでお菓子食べてちょっと練習して帰る。そんな日常が大好きだった。
「今日の活動終わり!!この後みんなでマック寄らね?」
そして帰りにどこかで駄弁って暗くなって帰るそんな毎日。それが好きなんだ。
なのにどうしてみんな立ち止まってるんだよ。微笑んでるだけでさ。
「りっちゃん、私とても楽しかったわ。合唱部じゃなくてよかったと思ってるの」
何言ってんだむぎ。マック好きだろ?早く行こうぜ。
「りっちゃん。私が変わるきっかけをくれてありがとう。ギー太は任せたよ」
何勝手にギー太預けてんだよ。
「律。律は言葉で表せないほど大事な人だ。今まで本当にありがとう」
私だって澪は大事な人だよ。だからさあ、なんで離れてくんだよ。
「律はまだだめなんだ。ここに残ってやらなくちゃいけないことがあるはずだ」
「りっちゃん、あずにゃんとのどかちゃん頼んだよ」
「りっちゃんが天寿を全うしたらまたお茶会しましょ」
――――がんばって
「ここは……」
なんだかやけに煩い。身体は上手く動かせない。と顔を覗き込んでくる初老の男がいた。
「おお、お目覚めになられましたか!いやはや無事でなによりです」
男は斉藤と名乗った。ここは琴吹家の所有するヘリだそうだ。
話を聞くとどうやら撃たれると思った瞬間に琴吹家が雇った部隊が間に合ったということらしい。
既に本部も制圧され主犯格は拘束されていると聞いて律は安堵した。
「そういえば梓と和は!?」
「梓様は幸い撃たれた場所が良く命に別状はないとのことです。ただ和様は未だに意識が戻らぬとの……」
「……多分和も大丈夫だと思います。だって……唯に頼まれたから」
「はて、それは一体……失礼。もしもし……おお、それはよかった!では……」
和の意識も回復したとの知らせに二人は笑みを零した。
生き残ったんだ。
帰れるんだ。
まだ傷跡は深いけど。
それでも私達は生きている。
本部制圧によりゲーム終了
生存者
あまりにも特殊な事件なのか、それとも関わった者が強大なのか。
結局、クルージング中の海難事故ということとされ関係者は口止めをされることになった。
こうして真実は闇の中となる。
また大企業の会長、株主などの複数の金持ちの人間が失脚したがこれも表沙汰になることはなかった。
梓は肩を撃たれただけで殆ど問題はない。もう少しで完治する。
律も歩くスピードはゆっくりだが松葉杖無しでも歩けるほどに回復。あと数ヶ月で完治するほど。
和はまだ車椅子での移動となる。残念ながら右手は無く、両目は光を失ってしまった。
それでも落ち込むことはなく寧ろみんなの役に立てたと誇りに思っているほどだった。
そんな3人は琴吹家の前にいる。
斉藤に案内されると地下室に連れてこられた。
牢屋のような所に澪を撃った隊長格の男とタカハシがいた。
二人とも鎖で繋がれており動くことはできない状況だ。
「彼らは社会的に抹殺されています。何をしようが法的な措置を取られることはないでしょう」
斉藤が冷たく律達に告げる牢屋の鍵を開けた。
「なあ、もういいだろ?許してくれよ……本当に悪いことしたと思ってるよ……」
隊長格の男が懇願する。前より痩せこけて生気がない。
「許せるわけ……!」
梓が突っかかろうとするのを律は止めた。
そして斉藤に一言お願いするとすぐに他の使用人達が何やら運んできた。
運んできた荷物を二人の前に置く。
ギー太、レフティのジャズベース、キーボードだった。
「まずは謝れ。それからだ。あと憂ちゃんとさわちゃんにもだ」
律は冷たく言い放つ。男も土下座をして必死に謝った。
「本当にすみませんでした。上の命令で仕方なくやってたんです。これからは心を入れ替えます。だからどうか……」
律は一歩踏み出す。暗い地下でその表情は読み取れない。
「『これから』って言ったなおっさん。死んだみんなは『これから』がねーんだよ」
相変わらず表情は読めない。しかし感情が容易に分かる。
「みんな仲間のことを心配しながら死んで行ったのにお前は自分のことばかり……」
鈍い音が響いた。
「ふざけんじゃねええええ!!!!『命令で仕方なく』だって!?その仕方なくで何人死んだと思ってんだ!!」
ひたすら謝罪する男を何発も殴る。その様子を誰も止めない。
「返せ!!返せよ!!みんなを返せよ!!!」
泣きながら殴った。涙でぐしゃぐしゃにしながら何度も何度も殴る。
しばらくして律は肩で息をしながら男から離れた。
「あんたなんか殺す価値もねえ。クズが……」
パンパンに腫れた男を見やることなく今度はタカハシに近付いた。
「私はクズと自覚しているので何も言いません。アレ見たいにしてもいいですし殺されても恨みはしませんよ」
不適に笑うタカハシを律は無表情で見下ろす。
「聞いたよ。あんたが島の場所を教えたんだってね」
「さあ、なんのことでしょう?」
「島に張り巡らせた妨害電波を解除してむぎが出した救難信号を伝えたって聞いたよ」
タカハシは何も喋らない。
「理由はしらないけど、あんたの行動はよくわからない。目的はなんだったの?」
「言ったでしょ?私はクズだって。ただの暇つぶしですよ。豚共の思い通りはつまらないですから」
しばらくの無言状態。すると律は背を向けた。
「クズって自覚してるだけマシさ。あんたの事は梓と和に任せる」
「先輩……」
「律……」
「先に上行ってる……」
結局二人は謝罪させることだけで許した。
その後タカハシと隊長がどうなったのかは誰も分からない。
「どうだ和ー」
「んーもうちょっとハイハットのマイク上げたほうがいいかしら……」
「先輩、そろそろリハやりましょうよ」
高校卒業後は当然音楽の道へ進んだ。私と梓の二人で放課後ティータイムとしてこつこつと活動していった。
そして影ながら支えてくれる和。
目が見えなくなった代わりに耳がよく聞こえるようになったというのを生かして専属の音響スタッフとして活躍している。
そして活動から10年たった今。ようやく今武道館にいる。
「田井中さん。このギターはどこにおけばいいんですか?」
「ああ、それは真ん中に」
「え?でもそうすると梓さんが……」
「いいからいいから。ああそれとベースはそこでキーボードはそこな」
怪訝な顔をしながら舞台のセッティングをするスタッフ。
ギターから向かって左にレフティのジャズベース、ドラムの隣にキーボード。
あの頃の立ち居地にそれぞれの楽器を置いていく。
会場はとても広い。なのに講堂でやった時と同じくらいにしか感じられなかった。
律も梓も和も目を閉じ、あの頃に思いを馳せている。
「そろそろ開演です!!お願いします!!」
ついにここまできたよみんな。
長かったけどさ。頑張ったよな私達?
割れるような歓声の中、律は静かに語りだす。
「今日はありがとう。今日は放課後ティータイム10周年ライブってなってるけど本当は違うんだ」
ざわつく場内を少し見渡してから律は続ける。
「本当は今日からスタートなんだ。本当の放課後ティータイムのデビューなんだ。ってわけでメンバー紹介するよ」
「ギターボーカル!!平沢唯!!」
――――ああ、神様
「ベースボーカル!!秋山澪!!」
――――お願い
――――私達だけの
「ギター!!中野梓!!」
――――DREAM TIME
「そしてドラムス!!田井中律!!」
――――ください
ドラムとギターだけのバンド。
しかしそれぞれの楽器の音色が聞こえた気がした。
おわり
最終更新:2010年01月28日 22:54