和「しのびあい」
カチャカチャ… トントン…
憂「ふうっ……」
和「憂、そっちはどう?」
憂「うん、だいたい終わったよ。和ちゃんは?」
和「こっちもほとんどできてるわ」
憂「じゃ、オーブン予熱するね」
和「ええ、お願い」
ピピッ ピッ ピッ パタン
憂「……ねえ和ちゃん」
和「うん?」
憂「こうやって和ちゃんとふたりでお姉ちゃんの為にケーキ焼くの、
もう今年で最後になっちゃうのかな」
和「……」
憂「寂しくなるなぁ……」
和「……しばらくは出来なくなるけど、最後ってわけでもないでしょ」
憂「……」
和「そのうちまた、一緒に作れるわよ」ニコッ
憂「……うん、そうだね」ニコッ
和「それより、憂。一度聞いておきたかったんだけど」
憂「うん? なあに?」
和「こうやって毎年、バレンタインデーに二人でチョコを作って唯にあげて、
ホワイトデーに二人でケーキを焼いて唯にあげて、
唯は、貰ってばかりだってことに一度も疑問を感じたことはないのかしら」
憂「そこがお姉ちゃんのいいところだよ」
和「そう」
憂「お姉ちゃんはお姫様だからね」
和「そうね」
憂「……」
和「……」
憂「……あっ、そういえば」
和「うん?」
憂「さわ子先生に、くのいち衣裳の試着させられた時あったでしょ?」
和「うん」
憂「あの時ね、ちょーっとだけ、血が騒いじゃったな」クスクス
和「ああ、私も」
憂「やっぱり?」
和「本物じゃないにしろ、あの格好しちゃうとね」
憂「ふふっ、そうだね」
和「……ふふっ」
憂「うん? なに?」
和「試着の話で、ちょっと思い出しちゃって」
憂「何を?」
和「ほら、鈴木さんが模造刀構えた時」
憂「……あー」
和「憂の眼の色、一瞬で変わったわよね」
憂「だってあの時は、純ちゃんの構えが……」
和「まあ、偶然とはいえ長年対立してる相手の型に似てれば
自然に身体が動いても仕方ないとは思うけど」
憂「……」
和「でも、私が止めなかったら彼女今頃、お墓の下よ」
憂「……ごめんなさい」
和「いくら模造刀でも、憂が持てば凶器だからね」
憂「……」
和「それに、万が一私たちの素性がばれるなんてことがあったら」
憂「もう、反省してるってば」
和「ふふっ」
憂「和ちゃんのいじわる」
ピーピー
憂「あ、予熱終わったみたい」
和「ん、じゃあ焼こっか」
憂「うん」
カチャ カチャカチャ パタン
和「美味しくできますように」
憂「美味しくできますように」
ピピッ
憂「……。ロンドン旅行の出発前日にね」
和「うん?」
憂「お姉ちゃんの荷物準備してて」
和「うん」
憂「お姉ちゃんが冗談で、私がスーツケースに入んないかなって」
和「本当に入れるとは思ってなかったんでしょうね」
憂「入れるよ? って言えないよねさすがに」
和「まあ、実際入ったとしてもX線検査で引っ掛かるけどね」
憂「係員の人もびっくりだよね」
和「そうね」
憂「ホント言うと、ちょっと行きたかったなあ、お姉ちゃんと一緒にロンドン」
和「関係ないけど、ロンドンとドロンってちょっと似てるわよね」
憂「そうかな」
憂「ケーキ焼けるまで、何か飲もっか」
和「そうね」
憂「美味しい蕎麦茶が手に入ったんだけど、どう?」
和「いただくわ。しかし渋いチョイスね」
憂「だって、お姉ちゃんがいるときは出せないんだもん」
和「ああ……まあ、そうね」
コポコポ…
和「いただきます」ズズッ
憂「いただきます」ズズッ
和「ふぅ……おいし」コトン
憂「ふぅ……」コトン
和「……」
憂「……ねえ、和ちゃん」
和「なあに?」
憂「私やっぱり、不安だな……お姉ちゃんと離れちゃうこと」
和「……」
憂「紬さんのところの忍の皆さんを信頼してないわけじゃないけど」
和「気持ちは分かるわ。ずっと唯の影武者としてやってきたんだもの」
憂「……」
和「憂はいわば唯の半身。身体を裂かれる思いなのは私でも想像できるわよ」
憂「……」
和「だけど、18歳になったら家を出して外界を経験させるっていう
平沢家の掟には逆らえないから」
憂「……うん」
和「だから、泣かないの。ほら」
憂「うん」グスン
和「桜が丘の鬼の目にも涙ね」
憂「その通り名は言わない約束だよ? 和ちゃん」ジロリ
和「おお怖い」
憂「……。でも、和ちゃんだって寂しいよね」
和「……」
憂「やっぱり、伝えないの? 気持ち」
和「……」
憂「私、影武者だから分かるよ? お姉ちゃんもきっと和ちゃんのこと……」
和「憂!」
憂「……ッ」
和「身分違いの恋なんて、成就を願っちゃいけないのよ」
憂「……」
和「……大きい声出してごめんなさいね」
憂「ううん……私のほうこそ、ごめんなさい」
和「……でも、憂だけには、伝えておこうかな」
憂「うん? なあに?」
和「私ね、大学行って落ち着いたら、修行の旅に出ようと思ってるの」
憂「修行……? どこに?」
和「んー……今考えてるのは、南米かな」
憂「南米……」
和「まず、カポエイラから身につけるつもり」
憂「本気だね、和ちゃん」
和「唯を守れる強い女でいたいもの」
憂「アマゾンのほうには行くの?」
和「ええ、サバイバルも経験しようと思ってるわ」
憂「がんばり過ぎて、珍獣ハンターみたいにならないでね」
和「ああ……。キャラ的にムギとかぶっちゃうものね」
憂「眉毛の話はしてないよ」
和「そうなんだ」
憂「蕎麦茶、おかわりどう?」
和「いただくわ」
コポコポ…
憂「どうぞ」コトン
和「ありがとう。……ねえ、憂」
憂「うん?」
和「唯のことはもちろんだけど、私、憂のことも心配してるのよ」
憂「えっ、私?」
和「あなたずっと、唯の影武者として生きてきたでしょ?」
憂「……」
和「でもこれからは、
平沢憂という個人として生きていかなくちゃいけないのよ」
憂「……」
和「唯の為にっていう信念が、あなたの心の支えだったでしょ」
憂「……うん」
和「……」
憂「……」
和「……ねえ、憂」
憂「大丈夫だよ」ニコッ
和「え?」
憂「大丈夫。心配しないで、和ちゃん」
和「……本当に?」
憂「私を誰だと思ってるの? 桜が丘の鬼と呼ばれた忍だよ?」
和「自分で言うのは構わないのね」
ガチャ \ ただいまー /
憂「あ、お姉ちゃん帰ってきた」
和「思ったより早かったわね」
憂「蕎麦茶、片付けるね」カチャカチャ
和「ええ。ケーキもそろそろ焼ける頃かしら」
憂「そうだね」
唯「ただいまー! おっ、なんか甘い匂いが」スンスン
憂「お姉ちゃんおかえり。もうすぐケーキ焼けるよ」
唯「おお! ケーキとな!」
和「おかえり、唯」
唯「あっ、和ちゃん。……そか、今日ホワイトデーだ!」
憂「今年はシフォンケーキにしてみたよ」
唯「おお……楽しみ~!」
和「先に着替えて、手を洗ってきなさい」
唯「ほーい」トコトコ
トントントン…
憂「……」
和「……」
憂「そろそろ紅茶の準備もしておこっか」
和「そうね。……ああ、そういえば」
憂「うん?」
和「10年分っていうのはさすがに言い過ぎたわ」
憂「え?」
和「お土産の紅茶」
憂「あー……。言ってたねそんなこと」
和「いくらなんでも10年分ってことはないわよね」
憂「そうだね」
和「ふふ」
憂「ふふっ」
和「……」
憂「……ねえ和ちゃん」
和「うん?」
憂「こうやって和ちゃんとふたりでゴッコ遊びするの、
もう今年で最後になっちゃうのかな」
和「……」
憂「寂しくなるなぁ……」
和「……しばらくは出来なくなるけど、最後ってわけでもないでしょ」
憂「……」
和「そのうちまた、一緒にできるわよ」
憂「……うん、そうだね」
和「その時まで、お互いたっぷりネタを仕込んでおきましょ?」
憂「ふふっ。うん、わかった」クスッ
ピピッ ピピッ ピピッ
和「あら、できたみたいね」
憂「うん。……ねえ、和ちゃん」
和「うん?」
憂「お姉ちゃんには、ホントに気持ち伝えないの?」
和「……」
憂「なんとなくだけど、私、わかるよ? お姉ちゃんも多分、和ちゃんのこと」
和「憂」
憂「……」
和「……今はまだ、お互いに甘えちゃうから。
でも、そのうちにちゃんと伝えるつもりよ」
憂「……そっか」
和「ありがとね、憂」ニコッ
憂「うん」ニコッ
トントントン…
和「あぁほら、お腹をすかせたお姫様が降りて来たわよ」
憂「ふふっ、そうだね。早く準備しなきゃ」
ガチャ
唯「ふぁー、おなかすいたー。 憂、和ちゃん、ケーキできた?」
おしまい
終わりました
ありがとうございましたー
最終更新:2012年03月28日 20:59