梓「……唯先輩、話を戻しましょう」

唯「……うん?」

梓「今の、この状況について、です。『私』が二人いる、この状況」

唯「…そうだったね、その話をしてたんだった」

梓「はい。で、ぶっちゃけ唯先輩は、どっちの『私』が本物だと思います?」

梓´「っ!!」

“私”が息を飲み、目を瞑る。この後に示される答えに怯えて。
もっとも、私もその答えはわかっている。確証もある。

唯「……そっちのあずにゃん。今、私と話している方」

梓´「っ………」

梓「それは何故ですか?」

唯「……憂が、隣にいるから。あずにゃんは憂とキスするほど好き合ってたはずだから」

そう、皮肉にもあの時の“私”の言う通りのことになってしまっているんだ、今は。
隣に憂がいるから、それだけの理由で私が『中野梓』になってしまうんだ。

梓「それだけですか?」

唯「……そう、だけど……」

そう、それ『だけ』で。

唯「……あずにゃん、何が言いたいの?」

梓「……私と、そっちの“私”の違いは、それだけなんですよ。憂と好き合っているか、それだけ」

唯「………」

梓「信じられないと言うのなら、何でも質問してみてください、私『達』に。どっちも寸分の狂い無く同じ答えを返しますよ」

唯「……ううん、あずにゃんの言うことなら信じるよ」

梓「……大事なことなんです。そんなに軽く考えないでください。ちゃんと納得してもらわないと困るんです」

唯「でも、私はこっちのあずにゃんに何の違和感も持たなかったから。憂の隣にいるあずにゃんを見るまで、ね」

だから私の言うことを否定できない、と言う。
今更疑うのもムシのいい話だ、という見方も出来るけど。まぁどっちでもいいか。

唯「つまりあずにゃんは、どっちも『あずにゃん』だ、って言いたいんだよね?」

梓「そういうことです」

唯「……じゃあ、どうしてあずにゃんが二人いるの?」

唯先輩の真剣な視線が、私と“私”に交互に突き刺さる。
やっぱり、結局はそこが一番大事なんだ。唯先輩は信じると言ってくれたけど、それでもここをハッキリさせないと心の底からは信じてくれないはず。
心の底から信じてもらえないことには、居場所も出来ない。“私”の居場所が。
ここの説明だけは、どうあっても避けて通れない道なんだ。

そして、私達をずっと悩ませている問題もここなんだ。
純はありのままを説明しろと言う。ドッペルゲンガー関連だけは適当にぼかせばいい、と。
でも、ありのままを説明するのはデメリットのほうが大きいと思う。“私”がどう動くかわからないから。というか、ぶっちゃけ邪魔してくると思うから。
だってありのままを説明するという事は、私と“私”、どちらが『先に居たか』を明らかにしてしまうことになる。
それは“私”からすれば存在の否定だ。偽者だと言われているようなものだから。私達にそんなつもりはないとしても、だ。
ただでさえ、『二度と目の前に現れない』という約束をした私が目の前にいるんだ。“私”は些細な刺激ででも爆発しかねないと考えておいた方がいいと思う。

正直、嘘を織り交ぜて話した方がいいとさえ思ってる。
“私”がどう動くかわからないデメリットは相変わらず存在するけど、それでも嘘を混ぜれば最初は様子を見てくるはず。その間にこちらの意図を察してもらえれば後は上手くいく。
でもそう予定通りに事が運ぶ保障は全く無い。それに加えてその場しのぎの嘘なんていつかはバレるものと相場が決まってる。
実際、私達の嘘はことごとくバレて裏目に出てきた。いろんな人を悲しませてきた。
人生の中で吐いていい嘘は、絶対にバレない嘘だけなんだ。そしてそんな嘘を作り上げる時間は、今の私達には無い。
そして何より……嘘を吐くのは、やっぱり心苦しいから。


私は、どうするべきなのか。
どっちを選べば、皆の幸せになれる結末が訪れるのか。


考え、悩んだ結果……


梓「……唯先輩と、同じですよ」

唯「…私と、同じ?」

梓「はい」

私は、第三の選択肢を選んだ。

唯「つまり……死んで、みんなに祈ってもらって生き返った?」

梓「いえ、そうじゃありません。ええと…逆に聞きますけど、唯先輩、もっと具体的にどうやって生き返ったのかわかります?」

唯「……具体的に…?」

梓「…身体は、もうこの世に無かったはずじゃないですか。意識だって、どこかに行ってしまっていたはずでしょう? それなのに生き返った、そのあたりの詳しい理屈です」

唯「………わかんない……」

梓「ですよね」

唯先輩を悩ませてしまったけど、そう、その答えこそが必要なんだ。
悩んで、考えて、体験までしてもわからない。私も“私”も、憂も唯先輩も、細かいところは違えどそこは共通しているんだ。

梓「私達も、具体的にどんな仕組みで私の身体も記憶も二人分存在するのかはわかりません。でもそんなのどうだっていいじゃないですか」

唯「………」

梓「憂も、唯先輩も、自然と受け入れてもらえてるじゃないですか。死んだ人が生き返るのと、同じ人が二人存在するの、どっちも優劣なんてつけられないオカルトだと思いませんか?」

唯「あ……」

そう、それだけの問題のはずなんだ。
結果は違っても、根本は一緒。どうあっても説明できない現象が起こった。それだけなんだ。
なのに唯先輩と憂は受け入れられて、“私”は受け入れてもらえない……なんて、この人達ならそんな事にはならないはずだ
。唯先輩と憂というオカルトを受け入れた、優しい皆なら……

梓「……いえ、それで喜ぶ人がいるのなら、オカルトなんかじゃなくて『奇跡』なのかもしれませんね」

唯「喜ぶ…?」

唯先輩はわかっていないんだろうか。私は『一緒』だと言ったのに。
私達の身に起こったことも、唯先輩と同じ現象だと言ったのに。誰かが求めたゆえの『奇跡』だと。

梓´「……唯先輩、私じゃダメですか? 私、唯先輩のこと、好きですよ?」

唯「えっ……」

梓´「唯先輩を好きなこと以外、私は全部あっちの“私”と同じですよ? それじゃダメですか?」

唯「あず、にゃん……」

梓´「……私じゃ、唯先輩は幸せになれませんか?」

唯「っ……そんなこと…!」

内心、ハラハラしながらも私は自然と“私”を応援していた。
私と憂の告白を見届けた純も、こんな気持ちだったのかな……

梓´「…唯先輩が好きなのは、『誰』ですか?」

唯「……私が好きなのは……」

唯先輩がチラリとこっちを見たから、私は首を振った。
それだけで伝わったかどうかはわからない。けど、それを見た唯先輩は吹っ切れたように“私”に向き直ったし、隣の憂がそっと手を繋いでくれたからそれで良かったんだと思う。

唯「……私は、いつも一生懸命で、ぎゅってしたくなるほど可愛くて、ギターが上手で、いろんなことを教えてくれて、私の事を心配してくれて、それでいて寂しがり屋で放っておけない、そんな『あずにゃん』が……好きだよ」

梓´「………」

唯「……憂を好きかどうかは、関係ないよね。誰を好きでも、私の気持ちは変わらない。憂の大事な友達の『あずにゃん』が、私は好き」

梓´「唯、先輩……」

唯「『あずにゃん』なら、それだけで私は好き。そうだね、そうなんだよね。『憂を好きなあずにゃん』なんてのは私の中のあずにゃん像にすぎないし、私が好きになったのはそんなあずにゃんじゃないんだよね」

憂「……お姉ちゃん……」

唯「……ごめんね、“あずにゃん”。やっぱりどこかで、私は――」

梓´「いいんです、今はそれでも。ただ、私を――あなたを好きな私を、そばに置いてください。目の届く範囲に置いて、見ていてください。私も『梓』なんだって、私が教えてあげますから」

唯「“あずにゃん”……」

梓´「……私があなたの『あずにゃん』だって、ちゃんとわからせてみせますから」

梓「………」

うわぁ、言ってて恥ずかしくないのかな、あの“私”は。
しかも言い方が微妙に生意気だし……。客観的に見て私っていつもあんなんだったの? 
いや、まさかね。テンパって何言ってるか自分でもわかってないだけだよね。そんなところあるしね、私……

唯「……“あずにゃん”」

梓´「……はい」

言いたいことを言い合った後の二人は、すがすがしい面持ち……というわけでもなく。
互いに返ってくるであろう返事に緊張しているようで、神妙な面持ちだ。

唯「……あの、ね」

梓´「…はい」

唯「えっと、その、上手く言えないんだけど」

梓´「………」

唯「……とりあえず、そろそろ澪ちゃんと居た向こうの街に戻ろうと思うんだ、そろそろ」

梓´「……はい」

唯「………」

梓´「………」

唯「………一緒に、来ない?」

梓´「………いいん、ですか?」

唯「う、うん。みんな会いたがってるだろうし、みんな一緒にバンドしたがってたし」

梓´「………」

唯「それに………私も、“あずにゃん”と一緒にいたいし」

梓´「…! は、はいっ!!」

今度はちゃんと笑顔で正面から抱き合う二人。
そんな中で唯先輩だけがチラッとこっちを見て、私と憂が重ねあった手を見て困ったように笑った。
正直もう大丈夫だとは思うけど、一応言っておきたいことがあと一つ残ってる。

梓「……唯先輩」

唯「……?」

梓「実は『中野梓』は、そっちの“私”なんですよ」

梓´「っ!?」

だって、そりゃそうでしょ。もうあの時に全部譲り渡したんだから。
それに、こうしてそれぞれに居場所が出来るなら……細かいことはともかくとして、名前にはあまりこだわる必要はないと思うし。
私が『本物』で、それでも『中野梓』ではないとしても、隣には憂がいてくれる。そして、きっと純も。それだけで大丈夫だと思う。

唯「じゃあ……あなた、は?」

唯先輩から「あなた」と他人のように呼ばれるのは、少し胸が痛むけど。

梓「私は……その……」

それでも、こう言っておいたほうがいいだろう。この場で、ちゃんと。


梓「私は……『平沢梓』になろうかと……」


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最終更新:2012年04月02日 23:51