ゆ・い。
その2文字が、さっきから頭に浮かんでは消え、また浮かんでくる。何回も、何回も。
なんで?
秋の夕暮れを背に歩きながら、梓は戸惑うばかりだった。
梓をうつした影は何処か寂しそうだ。
梓「ううっ、寒っ」
そこら中を赤く染めていた木々は枯れ、もう冬もそこまで迫っている。
梓の歩みは自然とはやくなっていった。
梓「なんでこんなに寒いの?何かあったかいものないかなー?」
ゆ・い。
その名前が、ふいに頭に浮かんで消えたのはそんな時だった。
はじめはそんなに気にしていなかったけど。
ゆ・い、ゆ・い、ゆ・い……。
それからあとは次から次へと、唯の名前が思い出される。
寒いと思っていたのも忘れてしまっていた。
どうして?
どうして歩いてる時に唯先輩の名前が?
不思議で仕方が無い。
梓が首をかしげた時だった。
純「ねえ梓」
梓「どうしたの」
純「あずさってさ、好きな人とかいないの?」
梓「なんで急にっ!?い、いないよ!」
純「へー。ならいいんだけどね」にやにや
梓「なによもうっ」
梓の文句など耳に入らない風に、純は何処かへ行ってしまった。
好きな人、かあ。
ゆ・い。
嫌なタイミングで思い出してしまったと顔を真っ赤にする梓。
私が唯先輩のことを?
……ないない。まさかね。
梓「へっ?」
梓は思わず声に出してしまった。
ふと目の端にうつった広告が見えてしまったからだろう。
『ユイ、○月△日待望のニューアルバムをリリース!』
迷惑な広告もあるものだ。
思わずその広告に向かって梓は舌を出した。
翌日
律「うぅー。寒くなってきたなぁ」
澪「ほんとだよ」
紬「今暖かいお茶いれるから待っててね」
澪「ありがとな」
律「そういえば唯は?」
澪「唯?もうすぐくるだろ」
がちゃ
唯「こんにちは~」
澪「ほらきたきた」
律「おーっす唯!」
唯「あれ?あずにゃんは?」
律「もうすぐくるだろ」
澪「唯はほんとに梓が好きだな」ふふっ
律「あれぇ?澪しゃんやきもち?」にやにや
澪「ちっ、ちがっ!」
澪「あたしは、その……りつが…その…」
紬「ふふっ。お茶入りましたよ~♪」
唯「おいしいねこれ!」
紬「そうかしら?気に入ってもらえて良かったわ」
律「それにしても梓遅いなぁ」
唯「…」
紬「大丈夫よ唯ちゃん。きっと来るわよ」
唯「う……ん…」
がちゃ
紬「ほらね?」
梓「こんにちは。遅くなってすみまs」
唯「あずにゃ~ん!」だきっ
梓「ちょっ、唯先輩!?」
律「いいじゃんか梓。唯すごく心配してたんだぞ?」
梓「はぁ…」
唯「あずにゃんっ♪」
梓「…」くすっ
律「ほら唯!もういいだろ?」
唯「へーい」
唯「ねえねえあずにゃん!今日のお菓子も美味しいんだよ~」
梓「そうですか。……って練習しますよ!?」
紬「まあまあ梓ちゃん、とりあえず座りましょ?」
澪「食べ終わったら練習するからさ」
梓「…わかりました。でも今日は絶対練習しますからね!」
がちゃ
和「こんにちは。澪いるかしら?」
唯「あ、和ちゃん!」だきっ
むっ。
唯先輩私以外に抱きつくなんて…
澪「ああ和、どうした?」
和「先生に頼まれて澪に渡すプリント持ってきたのよ」
澪「ありがとなわざわざ」
和「気にしないで。じゃ、私生徒会室戻るね。唯もそろそろ離れなさい」
唯「わかったよぅ」
ばたん
律「梓、そう不機嫌になんなって」
梓「なってませんよ!」
紬「ふふっ♪」
練習後
律「さあそろそろ終わるか!」
紬「そうね」
澪「じゃ、帰るか!」
帰り道
澪「それにしても最近唯すごくうまくなったよな」
律「そうだよなぁ」
紬「すごいわ唯ちゃん!」
唯「いやぁ~それほどでも~」てれてれ
なに顔赤くしてるんですか。
つまんないの。
律「梓もそう思うだろ?」
梓「ま、まあまあです」
唯「あずにゃん…」うるっ
梓「うっ…」
唯と梓は他の三人と別れ、2人で帰っていた。
うわぁ話しにくいなあ。
さっきのこともあるけど、昨日のことが……
唯「どうしたのあずにゃん?顔真っ赤だよ?」
梓「へっ!?いや、なんでもないです、ほんとに、なんでも!」
唯「へんなの」
そう言う唯の顔は何処か不満げで、2つの影はお互いにそっぽを向いていたように見えた。
翌日、授業後
唯「ねえねえみんな!」
紬「どうしたの、唯ちゃん?」
唯「今日金曜日じゃん?みんな土日暇?」
律「暇だけど…」
唯「じゃあさ、うち泊まっていかない?」
紬「いいわね!」
澪「でも…いいのか?」
唯「いいよいいよぉ」
律「梓はどうすんの?」
唯「あずにゃんには憂がきいてくれてるよ」
ぶるぶる…
唯「ほら、噂をすれば、だよ」
澪「で、どうなんだ?」
唯「あずにゃんもこれるって」
律「じゃあ早速お邪魔するか!」
帰り道
律「おーいあずさー」
梓「こんにちは、みなさん」
澪「あれ?憂ちゃんは?」
梓「憂は買い物してくるらしいです」
唯「憂なに作ってくれるんだろ?」わくわく
律「唯もたまには手伝えよ?」
唯「わかってるよぉ」
てくてく…
澪「あっ!?」
紬「どうしたの、澪ちゃん?」
澪「そういえば着替えとりに帰らなくちゃ」
律「ほんとだ!忘れてた…」
律「ちょっといってくるわ!」
紬「私澪ちゃんの借りていいかしら?」
澪「ああ。じゃあムギもうちくるか?」
紬「そうさせてもらうわ」
律「ほら、澪はやく!」だっしゅ
澪「ちょ、律速い!」だっしゅ
唯梓「…」
唯「どうする、あずにゃんも帰る?」
梓「はい……でも」
もう少しだけ、唯先輩のそばにいたいな。
どうしてそんなこと思ったのだろう?
なんでかは分からないけど、そんな気分で、唯先輩と離れたくない。
唯はどんな表情をしているのかと覗き込む梓。
どうしたの?と唯。
目が合った2人の顔は秋の夕暮れに照らされ赤くなっていた。
唯「まだ憂が帰ってくるまでに時間あるしさ…。そだ、河原いかない?」
梓「いいですね。いきましょうっ」
梓が顔を輝かせる。
私の着替えはどうするんですか
などといいながらも嬉しそうな顔だ。
河原へ向かって少し前を歩く梓。
ふと振り返ると
夕陽と重なったせいか、にこっと笑う唯の顔がまぶしい。
唯は梓の横に追い付き、並んで歩く。
伸びる影を見て唯は言う。
唯「あずにゃんちっちゃいね」
梓「うるさいです!」
あっそうだ!あずにゃんは私の着替えを使えばいいよ。
でもだぼだぼかもね。ふふっ
2つの影はどちらからともなく繋がった。
そして何時の間にか影はなくなり、
空には大小の星が二つ仲良く並んでいた。
唯「ねえあずにゃん」
おしまい
最終更新:2012年04月18日 19:58