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「うん、こちらこそ。でも、まだ今日は続くよ?」

 自分の声が、どこか嘆願じみて聞こえる。
どうか、まだ終わらないで、と。

「そうなんだけどね。私の時間はもう、終わったんだ。
キスの我儘聞いてくれて、本当にありがとう。
もう、私、帰るから」

 私の嘆願なんて聞き届けられなかった。
ほら、憂は背を翻して、もう帰ろうとしている。

「ま、待ってよっ、憂っ。
いきなり、どうしたの?もう、帰っちゃうの?」

 ついさっきまであんなに楽しかったのに。
どうして唐突に、帰るだなんて言い出すんだろう。
まるで0時を迎えたシンデレラみたいだ。

「いきなりっていうか。まぁ、そう見えちゃうよね。
でも私の中では、決まってた時間なんだ」

 時間と、憂はまた言った。
本当にシンデレラみたいだ。

 そういえば16時という時間は、憂からのプレゼントが明らかになる時間だった。
そのプレゼントはどうなったんだろう。
それとも先程のキスが、プレゼントだったのだろうか。
いや、憂の方からキスを哀願しておきながら、プレゼントはおかしい。
私はもう一度、キスがプレゼントだという考えを否定した。

 単に、条件が調わず、プレゼントが不発だという事だろうか。
だから憂は気まずくなって帰る、と。
いや、この考えもおかしい。間髪入れずに私は否定した。
憂はあくまで”時間”を気にしていたのだ。
それ以外の条件を、憂は口にしていない。

 私は考えが纏まらないまま、憂の背を追った。
既に憂は、玄関に近付いていた。

「ちょっと待って、憂。さっき言ってた、誕生日プレゼントはどうなったの?」

 憂は顔だけ私に振り向けて、口を開こうとした。
けれど憂が声を出す前に、耳障りな電子音が割り込んできた。
こんな時に、誰かが私の携帯に電話を掛けてきたらしい。
無視だ。

「純ちゃん、電話鳴ってるよ?」

「どうでもいい。今は憂に」

「純ちゃん、重要な話かもしれないし。名前だけでも、見てみたら?」

 憂の口調は、有無を言わせない力強さがあった。
従わない限り没交渉だと、それが示されている。

 私は仕方なく、ディスプレイに表示された名前を見た。
途端、絶句。

「──純ちゃん」

 声のした方に、私は振り向いた。憂の顔があった。
憂は私と目を合わせると、
瞳の端に涙を溜めて寂しげに微笑んだ。

「HAPPY,BIRTHDAY──」



 ディスプレイには、澪先輩の名前が表示されている。
私が常々、憧憬の眼差しを送っている人間だ。

 そして漸く、私の頭の中で、全ての疑問が結びついた。
澪先輩というピースが与えられた事で、
私の頭の中にあった疑問や不安や違和感が結びついてゆく。
難解なパズルを解くコツは、キーとなるピースを見つける事。
それさえ見つかれば、後はブレイクスルー。
そうか、”そういう事”か。”そういう事”なんだ……。

「待って、憂っ」

 靴を履こうと屈んだ憂に、怒鳴るように言って引き留める。

「そこで、聞いていて」

 私は続けてそう言うと、電話に応答した。

「こんにちは、澪先輩」

「や、こんにちは、純ちゃん。今日、誕生日なんだってね。
おめでとう。お祝いしたいから、一緒にご飯でも食べに行かないか?
その後は、ジャズクラブでも繰り出そう。
今日は懇意にしてるお店で、注目してるベースが演るんだよ」

 なんだってね、か。
私の誕生日を、誰かから教えられたかのような口ぶりだ。
それに澪先輩は、私の事を『鈴木さん』と呼んでいたはずだ。

「デートのお誘いですか?
有り難いですけど、澪先輩は大丈夫なんですか?」

 不自然ですね、とは言わない。
都合が良いとも言わない。

「うん。日頃から私を応援してくれている、
純ちゃんの誕生日は是非とも祝いたいからね。同じ、ベーシストなんだし」

 それで私が喜ぶとでも?
この言葉は、澪先輩に向けてはいないけれど。

 私は目を閉じた。
そして深呼吸一つしてから、言い放つ。

「配慮は有り難いですけど。ごめんなさい、憂が無理言っちゃって」

 澪先輩が息を呑む声が聞こえてくる。
ほうら、ビンゴ。

「あれ?知ってたの?サプライズだって、聞いてたけど」

 サプライズ?そう憂は言っていたのか。
私には分かる、そんな生易しいものじゃないと。
憂の覚悟が篭った、決断だったんだ。

 私は澪先輩に言葉を返さず、目を瞑ったままで居た。
そうして訪れた沈黙の間に、憂の言葉が私の脳裏に巡る。
言外だった憂の真意を伴って。


──「時間が来たらプレゼントできるはず」
『時間がきたら誘うよう、澪先輩にお願いしておいたから』

──「きっと純ちゃん、喜んでくれるよ」
『大好きな澪先輩からの誘いだからね』

──「それより、今は二人の時間、大切にしよ?」
『だからそれまでは、私だけの純ちゃんで居て?』

──「私と居るのが退屈、とかじゃ、ないよね?」
『やっぱり私なんかより、澪先輩と居た方が楽しいよね』

──「16時くらいになれば分かるはずだから」
『澪先輩には16時でお願いしたんだ』

──「お姉ちゃん、律先輩とくっ付いちゃえばいいのにね」
『そうすれば、純ちゃんの大好きな澪先輩がフリーになるもんね』

──「ねぇ、お願い。キス、して?一生に一度の、お願いだから」
『最後のお願いだから、一生に一度だって分かるんだ』

──「私の時間はもう、終わったんだ」
『だって、ほら、澪先輩との時間が、来たよ?』


「憂いいいいぃぃぃぃーっ」

 私は電話を口から離すと、衝動的に憂の名を叫んだ。
私の咆哮に驚いたのか、憂の身体が跳ねた。びくんっ、と、金魚みたいに。

 それ以上憂に何か言う前に、取り敢えず繋がったままの電話を片付ける事にした。

「いいえ、私はその事を、知りませんでした。気付いただけです。
それと、重ねてごめんなさい。私は、今、大切な大切な大切な用事があるので、
澪先輩と一緒に居られません。
ああ、そうだ。憂にはよーく、言い聞かせておきます。
だから、まぁ、無理言った事、許してあげて下さい」

 私は澪先輩からの返事を待たず、電話を切った。

「じゅっ、純ちゃん?何してるの?折角の、澪先輩からの、誘いなんだよ?」

 憂は表情に驚愕を満たして、愕然としたように言った。
「いいんだよ。もっと、大切な用事があるから」

 私は歩み寄ると、憂を抱き寄せた。そして、耳元で囁く。

「馬鹿、私が、それで喜ぶとでも思った?」

「だって、純ちゃん。澪先輩の事、好きみたいだし」

 憂は泣きそうだった。いや、泣いているのかもしれない。
私の顔が憂の顔の横にある以上、その表情までは窺えない。
でも、小刻みに震える肩の振動が、私に伝わってきていた。

「それは憧れ、だよ。ああいう風になりたい、みたいな。
私は、憂の恋人なんだよ?憂が好きで、憂と一緒に居たいに決まってるじゃん」

「でも、私達って、正式な告白もないまま、流れで恋人になったようなものだし。
純ちゃんも、私達の仲、絶対に周りには秘密にしたいって、そう言ってたから。
澪先輩に知られると、都合が悪いのかな、って」

「いや、梓との事もあったし。私達って、トリオで仲良しだから。
自分以外の二人が恋人って状態だと、梓も居心地悪いかなって思って」

 梓の立場が気まずいものになるって、私はそう思ったんだ。
それは憂にも伝えてある事だけど、別の解釈をしていたらしい。

「それも、梓ちゃんの口を通じて、
澪先輩に知られると不味いからって、思えちゃったんだ」

 私は憂を抱く力を強めた。
憂の高い体温と柔らかい肉の感触が伝わってくる程に、強く強く。

「ごめん、憂。そんなつもり、なかったんだよ。
でも、もう隠し事は終わりにしよう。梓にも皆にも、私達の関係を伝えよう。
勿論、澪先輩にも。だって私、憂の事が好きだから。
誰に憂との関係を知られても、私は困らないよ」

 不安は梓が気まずくならないか、だけれど。
その事を思った時、憂も私を抱き返してきた。

「ありがとう、純ちゃん。あ、そうだ。
梓ちゃんなら、大丈夫だよ。きっと、今まで以上に仲良くしてくれる。
私はね、梓ちゃんからも、私達の仲を祝福して欲しいんだ。
大事な友達に隠し事して純ちゃんと付き合い続ける事、辛かったよ。
だって、梓ちゃんをこっそり、除け者にしているみたいで」

 ああ、そうか。
梓が距離を感じるんじゃなく、私が勝手に梓と距離を取っていただけか。
それに梓だってもしかしたら、薄々勘付いているのかもしれない。
私達の関係そのものにまでは、気付いていないだろう。
でも、隠し事をしている事くらいなら、気取られても不思議はない。
人の感覚は、侮れないから。
私が今日、憂から違和を感じたように。
梓も日々、私達から違和を感じていたのかもしれない。

「そうだね。今まで梓には、悪い事してたんだね。
伝えようっか。まずは梓に。そうして、皆に」

「うん、ありがとう、純ちゃん。
あっ、しまったっ。ど、どうしよう……」

 憂は何かに気付いたように言うと、視線を彷徨わせた。

「ど、どうしたの?」

「実はね、純ちゃんへのプレゼント、他に用意してなかったから。
澪先輩からの誘い、絶対に受けると思ってたから。
あげるプレゼントがないよぅ……」

 私はつい、微笑んでしまう。

「さっきのケーキが十分、プレゼントだったよ。
美味しかった」

「そ、それじゃ駄目だよ。プレゼントのつもりで作ったんじゃないんだし。
やっぱり、プレゼントは別に渡さないと」

「なら、私から要求してもいいかな。
憂はさっき、正式な告白がないままだって言ってたけど。
それを、今したいんだ。
つまりね、憂が欲しい。私と付き合って?
憂自身が、私への、誕生日プレゼント」

「だ、駄目だよっ、そのプレゼントはっ。それこそ、駄目だよっ」

 憂は慌てたように言った。

「えっ?嫌なの?」

「嫌じゃないよ、嬉しいよ?だから駄目なんだよ。
だって、私へのプレゼントにもなるんだし。
純ちゃんだけのプレゼントじゃ、なくなっちゃう」

 憂は間違っているよ、そこを教えてあげないと。
さっき、私の間違いに気づかせてくれたお礼も込めて。

「はい、そこが間違い。
もらう方もあげる方も幸せ、それが一番いいプレゼントでしょ?」

 憂が心を痛めてまでプレゼントしても、私は嬉しくない。
さっきの澪先輩からの誘いが、そうであったように。

「あ……。えへへ、純ちゃんには、敵わないな」

 憂は納得したように言うと、私から一旦離れた。
そして目を合わせて、言葉を続けてきた。

「こんな私でよろしければ、貰ってあげて下さい。
それで……幸せに、してください」

 私は改めて抱き寄せると、耳たぶを甘噛みしてから囁く。

「勿論、歓迎。
さ、玄関で立ち話も何だし。
私の部屋で、さっきのキスの続きしよっか」

 今度は、時間制限なしで、ね。


<FIN>


以上です。ご高覧、有難うございました。
それでは失礼します。



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最終更新:2012年04月18日 20:25