辛うじて、そう声を搾り出した。
辛うじて、だ。どうやら私も相応にはショックをうけているらしい。

唯「……気づいてるんでしょ?」

澪「……何に?」

唯「……私のやり方は、間違ってた、って」

澪「……付き合う成り行きのこと、か?」

唯「うん……」

そのことなら確かに、気づいてはいた。

私達は惰性で付き合い始めたようなもの。私は妙な責任感で唯のそばにいて、唯はそばにいてくれる人を求めていた。
二人の事情が、妙な形でかみ合ってしまっただけだ、と。

あの日、全ての最初の日。唯は私達は悪くないと言っていた。ただ「淋しい」と言っていた。
涙の理由に私達が全く絡んでいないと言いながらも、唯は私を求めた。そばにいて欲しいと言った。
そんなの、「私で淋しさを紛らわそうとした」以外に理由なんてあるはずがないのだから。

でも私はそれでいいと思った。それで充分だと思ってた。
唯は唯のまま、思うままに振舞って欲しい。そんな唯を私はずっと見てきたし、それが唯だと思った。そんな唯のままでいて欲しいと思った。
たとえ淋しさを紛らわすための一時的な存在だとしても、私が隣にいることで唯がいつも通り元気に笑ってくれるなら、それだけで私は充分だった。

だから私は、唯から恋人として求められた時も拒みはしなかった。
唯のことは大切に思っていたから。好きか嫌いかで言えば間違いなく好きだったから。
……それが恋愛感情だと言い切れなくても、いずれ唯が淋しくなくなったら捨てられる存在だとしても、それでもよかった。
唯とずっと一緒にいたい。唯のことをちゃんと見ていたい。常々そう思っていた私にとっては。
友情か恋愛感情かハッキリせずとも、唯と離れることを何よりも恐れていた私にとっては。

自分の気持ちが友情なのか恋愛感情なのかハッキリしていなかったのは、きっと私も唯も同じだと思う。
大切に思い、大事にしたいと思う。私のそんな感情はどちらかと問われてハッキリと区別できる人がいるとは思えないし、
淋しい時にいつも隣にいてくれて、淋しい時に隣に居て欲しい人を求める唯の感情だってハッキリ区別なんて出来やしない。

……今までずっと仲のいい友達としてやってきて、始まりもそんな気持ちからだったから、きっと余計に。


実際、唯の恋人でありながら、唯のことをいつから好きだったかと問われれば私は答えられない。
気がついたら好きになっていた、なんてノロケではなくて、気がついたら付き合っていた、そんな関係だから。


唯「……ごめんね」

唯はまた謝る。
確かに先に求めたのは唯だ。恋人を始めようとしたのは唯だ。謝る道理はわかる。

澪「……うん」

私は頷く。頷くしかできない。
私は求められた側だし、そもそも一時的な関係でも構わないと思っていた立場だ、頷くのが道理だ。

それに、唯がこうして別れ話を切り出してきたという事は、唯には私は必要ないということ。
私がいなくても構わないくらいに淋しくなくなったということ。そう考えれば、私だって果たす責は果たしたとも考えられないこともないはず。
あるいは、私ではダメだった、か。私では唯を支えてあげられなかった。どちらにしろ、私が唯の隣に居る必要は、もう無い。

感情的に考えても、理屈的に考えても、唯が別れると言ったらそこで終わりなのは間違いない関係。
そういうものだと私も覚悟して付き合ってきた。


……そのはずなのに、どうしてこんなに心が痛むのだろうか。


澪「……やだ」

唯「……え?」

澪「……別れたくない」

唯「…みお、ちゃん?」

澪「………」

唯「……ねぇ――」

澪「ごめん。忘れて」

ダメだ。言っちゃいけないワガママだ、「別れたくない」なんて。
唯が始めたことなんだから、唯が終わらせると言ったらそれまでなんだ。
私は唯の全てを受け入れ、尊重し、否定しないと決めたんだ。その決意で始まった関係なんだから、関係が終わるまでそこだけはブレちゃいけないんだ……

唯「ま、待ってよ澪ちゃん! どういうことなの!?」

澪「何でもないよ……」

唯「何でもなくないよ! 別れたくないって言った! 気づいてたんじゃなかったの!?」

澪「気づいてたよ。でも、それでも良かったんだ」

唯「良かったの!? 気づいてたから、私から別れ話をさせるようにしたんじゃなかったの!?」

澪「え……?」

唯「気づいてたから、私と澪ちゃんが付き合うように仕組んだことを知ってたから、澪ちゃんは私に何も求めなかったんじゃなかったの…!?」

澪「………」

………ん?

唯「…ねぇ…!」

澪「……ちょっと待って唯、話が見えない」

唯「………え?」

澪「その、付き合うように仕組んだって……どういうこと?」

唯「…え、澪ちゃん気づいてたって言ったのに……」

澪「付き合う成り行きを間違った、なんて唯が言うから……こう、何気なく付き合い始めたのは間違いだった、って事かと…」

唯「あー………そっか、んじゃ今の話は無かったことに……」

澪「なると思うか?」

唯「ですよねぇ……」

とりあえず、どこかで話がズレていたようだ。
詳しくは唯の話を聞くしかないし、聞くまで私も退くつもりはない。別れたくないなんて口走ってしまったんだから。
口走ってしまうほどに、唯のことが好きだって気づいたんだから。

唯「えっと、その、最初にりっちゃんに相談したんだけど」

澪「ま た 律 か」

唯「ああっ、いや今回はちゃんと相談に乗ってくれたというか、私が頼んだというか、とにかくりっちゃんは悪くないから!」

澪「……ん、それで、何を相談したんだ?」

唯「……澪ちゃんとの、距離、かな」

澪「えっ…?」

唯「……なんか最近、何もしてないのにふと淋しくなることが多くて」

それには、きっとあの手紙も絡んでいるんだろう。私の予想通りに。
でも、私との距離って……?

唯「なんでかな、って考えたら、最近澪ちゃんと話すのが減ったような気がしてきて」

澪「……なんで、そこで真っ先に私? もっと他にも――」

唯「うん、そのへんも含めてりっちゃんに相談したらね、「お前澪のこと好きなんじゃないか」って言われて」

澪「それはまた唐突な……」

唯「でも、私はすごく納得したよ」

……それは、唯の中では私に対する好意に思い当たる節があったということだろうか。

唯「それで、「澪と付き合って淋しさを埋めてもらえ」ってりっちゃんに言われて」

澪「軽いなぁ……」

唯「素直に話せば澪ちゃんは絶対に私を助けてくれるから、あとは機を見て告白しろ、って。そこまでがりっちゃんのアドバイスだったの」

なるほど……。律に言いたいことはあるけど、とりあえずその結果があの日の涙と独白、そしてそれからの日々だった、ということか。

澪「……でも、あの日に私が唯の部屋に戻ったのは完全に偶然だったぞ?」

唯「……ホントはね、終わり際に澪ちゃんを引き留めて話す作戦だったんだ」

澪「律の入れ知恵で?」

唯「うん」

確かにあの日、唯の話を振ったのも律だったし唯の部屋に押しかけようと言い出したのも律だった。
ああ見えて稀にちゃんと人のことを見ている律だから気にも留めなかったけど、全て作戦だったなら確かに筋は通る。

澪「けど、唯はそんなことしなかった…よな?」

唯「…うん、出来なかった。勇気が出なかった。悔しくて情けなくて、そのまま泣いてた」

澪「……そっか」

そこにたまたま私が戻り、逆に私のほうから促す形になった、ということか。
そんな風に計算と打算で私と付き合うことになった、という事自体に唯が後ろめたい気持ちを抱いていたとしても不思議じゃない。

唯「……だから、ごめんなさい」

澪「……いいよ。唯が淋しかったのは本当なんだし。それに関して私も、唯に謝っておきたいことがあるんだ」

唯「…何?」

澪「唯があの日見てた手紙、ちょっとだけ見ちゃったんだ。最低なことをしたと思ってる。ゴメン」

唯「手紙?」

澪「ほら、私達みんなで押しかけた時、机に向かって読んでただろ?」

唯「あ……あはは、上手く隠したと思ったんだけどなぁ」

澪「見え見えだったよ。けど、だからって読んでいい理由にはならないよな」

唯「……えっと、ちなみにどこまで見たの?」

澪「本文はどれもほとんど読んでないけど、上から四枚目くらいまでかな…?」

唯「ほっ……」

澪「? とにかく、ごめん」

唯「う、ううん、いいよいいよ……あはは」

澪「ありがとう……」

唯「………」

澪「………」


澪「…………」

……あれ? 何だ、この沈黙。私達、何の話をしてたんだっけ?
あ、そうか、別れ話してたはずなのに発端が勘違いだったせいで有耶無耶になった…のか?
少なくとも別れ話を切り出してきた唯のキッカケのほうは勘違いだったわけで……


……いや、違う。勘違いだったのは半分だけだ。

澪「……ねぇ、唯」

唯「……なに?」

澪「……私の恋人としての付き合い方は、間違ってた?」

唯「………」

唯はたっぷり悩んで、こう告げた。

唯「……少し、淋しかった、かな」

澪「そっか……」

『澪ちゃんは私に何も求めなかった』と、唯は不満を口にした。
私はいつも通りの唯を求めていたんだけど、唯が言いたいのはきっとそういうことじゃない。
いつも通りを求めるだけで恋人としての何かを求めないなんて、恋人甲斐がない、と。きっとそういうことだ。

私は唯を尊重していたけど、その一方で私自身のことはどうでもよかった。
笑顔の唯を見ているだけで幸せだと言い張り、私自身がどうこうなれば幸せ、なんてことは考えなかった。
唯の幸せが私の幸せと言い張り、私に主体性のある幸せなんて考えもしなかった。

幸せにすることばかり考えて、幸せになろうとはしない。
相手からすれば、それは実にやりづらかったことだろう。

唯「でも私も、澪ちゃんの言う通り間違ってたんだと思うよ」

澪「私の?」

唯「成り行きで付き合うようなのは、よくなかったんだよ。少なくとも私達にとっては」

澪「……そう、だな。そうかも」

というか、きっとそうだと思う。
別れたくないほどに好き、という気持ちが別れ際にならないと出てこないような恋人関係なんて、望ましいはずがない。

唯「ごめんね」

澪「私こそごめん」

唯「うん…」

澪「うん……」

そうしてまた、少しの沈黙。
きっと、胸の内に渦巻く想いは同じ。「やり直したい」、これだけのはず。
でも、どう切り出せばいいのかわからない。いつもみたいに馬鹿話として笑い飛ばすのがいいような気もするけど、なかなか切り出し方がわからない。
唯も同じようにソワソワしていた……けど、急に思い立ったかのように机に向かっていき、件の手紙の束の一番下から一枚引き抜いて持ってきた。

唯「……ねぇ、澪ちゃん。これ、読んで」

澪「え? う、うん……」

どこか頬が赤い気がする唯から二つ折りの手紙を受け取り、開く。
そこには……


澪「――~~~~っ!!///」

そこに記されていたのは、実に歯の浮くような甘い言葉や褒め言葉の羅列……というか、まぁ、コレは俗に言う……

澪「ら、ラブレター!?」

唯「じ、実はあの日机に向かってたのは……これ書いてたんだよね」

澪「な、なんで…?」

唯「りっちゃんに言われてから、私なりにいろいろ考えてたんだよー……私が澪ちゃんを好きだとして、どう告白するか、とか……」

澪「その結果がこれ、か……///」

唯「結局、あんな形で付き合うことになっちゃったけど……」

澪「………」

唯「ど、どうかな、澪ちゃん」

澪「ど、どうって?」

唯「ら、ラブレターの返事!」

澪「あ……」

そうか、唯はこのラブレターをもって、「最初からやり直そう」と言ってくれているんだ。
今度は普通に、普通の恋愛のように手順を踏んで。もう一度、二人だけの関係を。

その想いに、私は応えないといけない。
私への想いと、私達の関係への想い。二倍の分厚さのあるラブレターに、私自身の返事をもって。

どうすればいいだろう。
どんな言葉で伝えればいいだろう。

答えなんて決まっているけれど、どうせなら言葉を選びたい。HTTの作詞担当の矜持にかけて、じっくり考えたい。

……でも、どんな言葉でも唯が喜んでくれるのは間違いない、とも思う。
私の歌詞に共感してくれた唯なら。そして、こんな甘々なラブレターを書く唯なら、きっとどんな言葉でも。
私の言葉であれば、きっと何でも喜んでくれる。

そんな確信があるから、私は思うまま、唯に想いを告げる――



おわれ



最終更新:2012年04月29日 22:54