梓「……」
唯「あずにゃん?」
梓「え? あ、い、今行きます」
唯「大丈夫? 助けが来たから気が緩んじゃったの?」
梓「そ、そんなところですにゃん」
律「……本当に大丈夫か?」
澪「なにか心配なことでもあるのか?」
梓「……あの、ムギ先輩」
斉藤「皆様お乗りになられましたな! では参ります!」
ブブーン、キキーッ!
律「うおお!?」
澪「ヒイイィィ……」
唯「ス、スピードすごいでてるね~。憂、大丈夫?」
憂「うん。この車の座席、ソファーみたいにふかふかだから」
唯「だよねー。私もびっくりしちゃった~」
梓「……」
紬「梓ちゃん? ……何か、私に言いたいことがあるんでしょう?」
梓「ムギ先輩……ムギ先輩はどうやって自宅から迎えを呼んだんですか?」
紬「……」
律「どうやってって。そんなもん電話でに決まってるじゃないか。なあムギ?」
紬「……」
澪「ムギ?」
唯「ムギちゃん?」
梓「電話……ですか。……唯先輩」
唯「なぁに?」
梓「憂の携帯に電話してもらえますか? いまここで」
唯「えぇ? だって、憂じゃすぐそばにいるよ?」
梓「お願いします」
唯「う~ん。あずにゃんがそういうなら……」
唯「……あれ?」
律「どうした?」
唯「う~んとね。この電話は現在使われておりません。って声が。憂、いつの間に電話番号変えたの?」
憂「え? えっと。お姉ちゃん。それは……」
梓「それは、電話番号が変わったんじゃなくて、単純に通じてないだけです」
澪「通じないって。……じゃあ私のは! ……通じない」
律「私のもだ」
梓「……それで、もう一度、お尋ねします。ムギ先輩。この状況で、どうやって助けを呼んだんですか?」
紬「……」
唯「ムギちゃん?」
紬「……例えば」
紬「例えば、それを知ったとして。その理由が納得出来るものだったとして……」
紬「みんなは……私を……どう見る、の?」
梓「それは……聞いてみないとわかりません。分かりませんが」
梓「例えば、ムギ先輩がどんなことをしたとしても。私はムギ先輩に対する評価を変えたりはしません」
梓「だって、ムギ先輩はムギ先輩だから!」
梓「……なんて、後輩の私が言うのも変な話ですg唯「あずにゃーん!」
ギュッ
梓「ゆ、唯先輩!」
唯「それでこそあずにゃんだよ! あずにゃーん」スリスリ
澪「こら、唯。梓が戸惑ってるだろ? ……ま、だけど梓の言うとおりだ」
律「ああ。たとえどんな理由だったとしても、私たちはムギのことを嫌いになったりしないよ」
唯「私もだよ! どんなことがあってもムギちゃんはムギちゃん。おいしいお菓子と紅茶を出してくれる優しいキーボードィストだよ!」
梓「キーボーディストって……」
唯「あれ? ギタリストっていうからキーボード弾く人はキーボーディストじゃないの?」
梓「違いますよぉ……」
グスッ……
紬「みんな……ありがとう……」グスッ
紬「結論から言うと、私の家に必ずつながるダイヤルがあるの。私はそれにかけただけよ」
唯「ふーん。……って、それだけなの?」
紬「ええ。私だけ電話が通じたのはそれが理由。でもね、なんでそんなものがあるのか、というのはまた別の理由」
澪「ムギの家はすごい大きいから、やっぱりそれが理由なんじゃないのか?」
紬「ううん。そもそも、このダイヤルができたのは三日前なの」
律「ずいぶん最近だな……」
紬「ええ。私も驚いたわ。……三日前、急にお父様から呼び出しがあって」
『紬よ。この番号を教えておく』
『これは、何の番号なのですか?』
『緊急時の我が屋敷への電話番号だ。どんな状況下でも繋がるから、心配はいらない』
『でも、どうして急にこのようなものを?』
『……お前には関係ない。だが、近々この街に混乱が蔓延るようになるだろう。その時になったら使いなさい』
『……お父様?なにか知ってらっしゃるのね? いったい何が』
『お前には関係ないと言っただろう!』
『!! ……はい』
『お父様……。最近のお父様は変わってしまわれた……』
『……』
『やはり、あの時になにかあったのですか? 教えてください! あの日、あの山の中で遭難したときに何があったのかを』
『えぇい! この私に口答えするきか!』
『教えてくださるまで、私は引きません!』
『この……親不孝者めが!』
パァン!
『! っ……!』
『はぁ……はぁ……。ともかく。お前には何も関係ない。以前のことも、今後のことも! わかったか!』
『……はい』グスッ
『わかったなら下がれ。私は忙しいのだ。これから人に会う約束があるからな』
『はい……。失礼、しました』ガチャリ
『お母様……。お母様がいてくださったら、お父様はあんな風にならないで、ずっと。昔の優しかったお父様のままでいたのでしょうか』
『……それにしても、いったい誰とお話を……? あら、お父様の部屋から、電話の音が?』
『……で…に……を』
『……はい……もち…では』
『誰と話しているのかしら……。ん、内容も聞こえづらいし』
『ええ。……な、なんですと!?』
『そんな! それでは速すぎます! まだこちらは準備が……』
『……! 分かりました。ではそのように手配します』
『はい。三日後に。はい、1時20分ですね。わかりました。では……』
『……何を話していたのかしら。三日後の1時20分に何が』
『……なにか嫌な予感がする。念のために色々と下準備はした方がいいかもしれない』
『その時間は私は学校にいるから……念のために脱出ルートの確保と……。
ないとは思うけども、何かしら武器があった方がいいかもしれないし』
紬「そういうわけで。私は斉藤にそのことを伝えて、来るべきその日に向けて色々と準備をしていたの」
唯「だから学校で逃げるときにあんなに手際が良かったんだね」
梓「そういうわけがあったのですか」
紬「えぇ。……隠していてごめんなさい。本当は斉藤だけじゃなくてみんなにも伝えとくべきだったの。 でも、もしそこから私がこのことを知ってると言う情報が漏れたら……そう考えたら言うことができなくて……。本当にごめんなさい!」
律「いや、別に気にすることはないよ。私らもついポロッと言っちゃうかもしれないしな」
澪「律なんかすぐ噂を広めそうだからな」
律「何~!? あたしだって秘密にしろって言われたら約束は守るっての」
澪「どうかな。決行前に私がお化け怖いって言うことを内緒にしろって言ったのに。次の日にはクラス中が知ってたじゃないか!」
律「あれ、そうだっけ?」
澪「そうだよ! そのおかげで私はその日から学校にいくのが辛かったんだからな!」
律「え~っと、ごめん!」
澪「まったく……」
唯「あはは。でも私も何かの拍子に言っちゃいそうだから、言われなくて正解だったかも」
憂「お姉ちゃん、秘密にするの苦手だもんね」
唯「えへへ~」
梓「ホメられてる訳じゃないですよ……」
唯「えぇ? ホメられてるんじゃないの!?」
律「あのなぁ……。ん、ムギ、どうしたんだ?」
澪「ムギ?」
唯「ムギちゃん?」
梓「ムギ先輩?」
憂「……?」
紬「みんな……グスッ、本当に……ありがとう。……こんな、グスッ、私なのに。隠していたのに! 変わらずに、接してくれて……!」
澪「ふぅ。なんだそんなことか」
律「全くだ。言っただろ? 私たちは例えどんなムギだとしても変わらずに接するって」
唯「そうだよ! ムギちゃんはムギちゃんなんだよ!」
憂「お姉ちゃんいっつも言ってましたからね。紬先輩のお茶とお菓子が美味しいって」
律「ちゃんと練習してることも報告してるのか~?」
唯「してるよ! 毎日憂は楽しそうに聞いてくれてるもん!」
梓「そういうわけです。ですから、ムギ先輩もあまり気負わないでください!」
唯「そうだよ! それに、ムギちゃんのおかげで私たちは助かってるんだから」
紬「みんな……ありがとう」
律「おっしゃ、そうと決まれば……なにするんだ?」
澪「というか、まだつかないのか?」
紬「多分もう少しで着くはずよ。そうよね、斉藤?」
斉藤「ええ。奴らが至る所に居りまして、少々回り道をしなければならなくなりまして」
紬「だって。みんな、もうひと踏ん張りしましょう」
『おおー!』
紬「あ、梓ちゃん。キーボーディストであってるから」
梓「にゃ!? ……えぇと」
唯「私あってたじゃん」フンス!
梓「ご、ごめんなさい」
唯「ふふん。先輩の寛大な心で許してあげよう」
憂「ふふ」
律「それにしても。ムギのお父さんは一体どうしてこんなことをしようと思ったんだろうな」
紬「それは……多分」
唯「心当たりが有るの?」
紬「ええ。実は、お父様は少し前に」
キキイイィィィ!
唯「わわわ」
律「きゅ、急に止まるなよ~!」
澪「いてっ! あ、頭打っちゃった」
梓「なんなんですか~」
紬「さ、斉藤、急にどうしたの?」
斉藤「お嬢様、お下がりください。どうやらあれを倒さねばならぬようです」
澪「ゾンビか!?」
律「みたいだな。んじゃここは執事さんに任せて……って、え?」
梓「そんな……あれってまさか」
唯「の……和ちゃん!」
紬「斉藤! 攻撃をやめて!」
斉藤「しかしお嬢様……」
紬「いいから!」
斉藤「……恐れながら。目の前に居りますのはお嬢様のご学友様でしょう。その心境は測るに余ります。 しかし、それでもやはり、あれはもはやお嬢様の知る者ではないのです。この斉藤、お嬢様を守るためならば汚れ仕事も引き受けましょう」
紬「斉藤!」
唯「和ちゃん!」ガチャッ
律「ちょ、ちょっと唯、待てって!」ガチャ
澪「って、律! お前まで……ああもう」ガチャ
梓「澪先輩! 律先輩!」
澪「梓、お前は憂ちゃんを!」
梓「わ、分かりました!」
紬「!」ガチャ
斉藤「お嬢様!? 危険ですのでお下がりください!」
紬「私の友達が大変な目にあってるの! 私が行かなくてどうするの!」
唯「和ちゃん! ……ひどい、服が、ボロボロだ」
和「……」
唯「和ちゃん。私だよ。
平沢唯だよ。……わかるよね?」
和「……」
律「唯! 戻れてって。……和、そんなにボロボロになって」
澪「ふたりとも……。和。……メガネ、折れてるぞ」
和「……」
唯「和ちゃん。……和ちゃん!」
和「……ユ」
唯「和ちゃん!」
和「ユ……イ……」
律「! まだかろうじて意識があるのか!」
澪「なら、なんとか……なんとかなるのか?」
律「私に聞くな!」
紬「みんな、はぁ、はぁ。……和、さん。……ひどい、こんなになって……」
和「ユ……イ」
唯「そうだよ! 和ちゃんの幼なじみでいっつも迷惑ばかりかけてたけど一緒に帰り道を歩いたりした唯だよ!」
律「唯……」
澪「必死、なんだろうな。(私も、律がああなったら……いや、こう考えるのはよそう)
紬「でも。和さんにも反応が見られます。もしかしたら……」
唯「お風呂場にいっぱいザリガニを入れた平沢唯だよ!」
和「……ウ、うううううううああああああ!」
唯「和ちゃん!?」
律「和の様子がおかしくなった! 流石にダメだったか!?」
澪「いや、何かトラウマ的なものを掘り返されたような気がするが」
紬「それより! 唯ちゃんが危ない!」
律「! そうだ、唯!」
唯「和ちゃん!」
和「アアアアアアアアユウウウウウウウウウウウ!」グオン!
梓「唯先輩たち、大丈夫かな……」
憂「……」
梓「和さん……お世話になったのに。まさかこんな形で再会するなんて」
憂「……」
梓「憂?」
憂(……これじゃない。これでもない……。これ、かな。うん、多分そうだ)
梓「うーいー?」
憂(苦しんでる。そうだよね。お姉ちゃんが目の前にいるのにこんな姿をさらすのは嫌だよね)
梓「?」
憂(まだあなたは知識がある。知能がある。なら、まだ大丈夫。完全には成りきってないから)
梓「寝ちゃったかな?」
憂(さぁ、思い出して。あなたは誰?)
梓「唯先輩、きっとだいじょうぶだよね」
憂「自分を思い出して!」
梓「え?」
和「ウあ……!!」
唯「え、えっと、和、ちゃん?
和「うう……」
律「何だ、突然頭を押さえて苦しみだしたぞ」
澪「今度こそ本当に自分を取り戻そうとしてるのか」
紬「わ、私たちも応援しましょう!」
澪「え、どうやって?」
唯「和ちゃん、和ちゃん! 和ちゃん!!」
紬「和さん!」
律「和!」
澪「えっと、そんなので本当に元に戻るのか?」
和「うう……ゆ、唯……」
唯「和ちゃん!」
澪「戻った……すごい」
紬「きっと、唯ちゃんのかたくな思いが和ちゃんに自分自身を取り戻させたのよ!」
唯「和ちゃん! 私のこと思い出した?」
和「え、ええ……。まだ少し頭がいたいけれど、なんとか」
律「本当か? いきなり噛み付いてきたりしないよな」
和「多分、無いと思うわ。私自身、何で正気を保っていられるかよくわからないけれど」
澪「えぇと、本当に和なんだよな」
和「えぇ、なんならなにか問題でも出してみる?」
唯「それじゃあ! 子供の頃私がお風呂場に敷き詰めたのは」
『ザリガニ』
唯「ほえ、みんな知ってるの?」
律「二回くらい聞いたからな。その話」
澪「最初聞いたときは怖かったけどな」
和「軽くトラウマになったのよ、あれ」
最終更新:2010年01月31日 00:03