☆某所
純(ドーナツが美味しいと評判のお店にやってきましたよ、っと)

純(ここの期間限定ドーナツがめちゃくちゃおいしいそうで)

純(それが理由なのか、凄い列)

純(あ、あのドーナツかな。早く列進まないかな……)

純(あれれ、どんどん数が減ってく……)

純(……売り切れちった)

純(残念。って最後の一つを買ったお客さんどこかで見たことあるような……)

?「あら、あなたは…」

純「えーと、琴吹先輩?」


☆店内
紬「へー。じゃあ、鈴木さんもこの限定ドーナツを狙ってたの?」

純「そうなんですよ。でも売り切れちゃってて……」

紬「じゃあ、はい。半分こしましょ」

純「そんな悪いですよ」

紬「いいからいいから。遠慮なんかしないで」

純「じゃあ遠慮無く。いっただきまーす」パクッ

紬「じゃあ私も、いただきます」パクッ

純「うーん、これは」

紬「あ、これは」

純・紬「いまいち」

純「やっぱりドーナツにアスパラガスは合わない‥」

紬「アスパラガス特有のえぐみのある苦味が口の中に残って気持ち悪い…」

純「はぁ……ここの限定ドーナツが美味しいって評判だからきたのに」

紬「あらまあ、評判なのはこのドーナツじゃないのよ?」

純「え?」

紬「この『アスパラドーナツ』は今日から始まった商品なの」

紬「評判がよかったのは、昨日までの期間限定『紅茶ドーナツ』よ」

純「ナ、ナンダッテー」

純「はぁ…」

紬「ねぇ、鈴木さん。こっちのドーナツ食べてみて」

純「はぃ……。え、なにこれ」

純「チョコレートコーティングは上品な甘さで」

純「外はさっくり。中はしっとりしていて、濃厚なコクのあるチョコレート生地が舌に絡んでくる」

純「こんな美味しいドーナツを食べたのは久しぶりかも」

紬「そうでしょう。ここのドーナツは基本的に美味しいの」

純「はい。とっても美味しいです」

紬「じゃあ次はこっちを食べてみて」

純「ふーむ」

紬「どうしたの? ドーナツの穴なんて眺めて?」

純「なんでドーナツに穴が空いてるのか、気になって」

紬「鈴木さんはどうしてだと思う?」

純「うーん。コスト削減のため?」

紬「不正解。中まで均等に熱を通すためにリング状になったというのが定説ね」

純「熱を通すためかぁ」

紬「でも鈴木さんの言ってることも一理あるかもしれないわ」

紬「リング状にすれば、型抜きを使えば棒状より簡単に作れてしまう」

紬「均等に熱を通すだけなら棒状でもいいし」

紬「円状ドーナツが広がったのには、手間暇を書けずにコスト削減しようという商業的な理由があるのかもしれないなって」

紬「私は考えてるの」

純「なるほど。ドーナツの穴にはそんな理由があったのかー」

紬「後ね、ドーナツに穴を開けるのが楽しいっていう作る側の理由もちょっとだけあるかなって思うの」

純「あぁ、楽しそうですね。ドーナツの穴あけ。琴吹先輩はドーナツを作ったことあるんですか?」

紬「ええ。何度かあるわ」

純「いいなー。私も一度作ってみたいんですよ。ほら、私ってドーナツ大好きだから」

純(あんまり話したことなかったけど、琴吹先輩っていい人だな)

純(おっとりポワポワなのにしっかりしてて、いかにもお嬢様って感じがする)

純(スミーレから聞いてた印象とはちょっと違うけど)

紬「ねぇねぇ鈴木さん。これから時間あるかしら?」

純「ありますよ」

紬「じゃあ、これから私の家でドーナツ作るのはどう? 菫のこともいろいろ聞きたいし」

純(私ももっと琴吹先輩と話してみたいし)

純(何よりドーナツを一度作ってみたかったし、行ってもいいかな)

紬「来てくれるかしら?」

純「ハイ!」


☆琴吹邸調理場

紬「さぁ、着いたわよ」

純「ここは……調理場? めちゃくちゃデカイんだけど」

?「紬お嬢様」

紬「斎藤、ひさしぶりね。ちょっと台所を借りたいのだけど」

斎藤「かしこまりました」シュッ

純「執事って初めて見ました。え、でも斎藤って…」

紬「ええ、菫の父親よ」

純「じゃあ挨拶しないと…ってもう行っちゃった」

紬「後からまた会うから、そのときに、ね」

紬「さて、ドーナツを作りましょう、と言いたいところだけど、その前に」

純「その前に…?」

紬「呼び方を変えない?」

純「呼び方ですか?」

紬「そうそう。鈴木さんと琴吹先輩じゃ堅苦しいと思うの」

純「ですねー。じゃあ琴吹先輩のことをなんて呼べばいいですか?」

紬「なんでもいいわよ。…ってちょっと待って。確か鈴木さんって菫のことを『スミーレ』って呼んでるのよね」

純「はい」

紬「じゃあ私のことはツムーギって呼んでくれないかしら」

純「ツムーギですか?? 流石にそれはちょっと馴れ馴れしすぎるような」

純(梓から琴吹先輩はちょっと天然だって聞いたけど、こういうことかー)

紬「だめ?」

純(そこで上目遣いは反則ですよ)

純「え、あ、じゃあツムーギ先輩でいいですか?」

紬「ありがとう」ニコニコ

紬「じゃあ、鈴木さんのことはなんて呼べばいいかしら。純ちゃんでいいかな?」

純(ここは悩みどころだなぁ。確かに純ちゃんと呼ばれるのも捨てがたいけど)

純(でも、琴吹先輩は梓のことを「梓ちゃん」と呼んでいたはず)

純(呼び捨てだとスミーレと被る)

純(ここは私のアイデンティティを保つべく…)

純「『純さん』でお願いします」

紬「ええ、わかったわ。純さん」

紬「じゃあさっそくドーナツを作っちゃおう」

純「おー!」

紬「じゃあ先ずは茶葉を煮出すね。純さん、お湯を沸かしてくれるかしら」

純「はい、スイッチは…これかな」

紬「お湯が湧いたね。じゃあここにこの茶葉を入れてくれるかな」

純「はい。…お湯が紅茶色になって、いい匂いがしてきました」

純「これは…いつもスミーレがいれてくれてる紅茶の匂い?」

紬「そうだね。じゃあ火を止めて、茶漉しで茶葉を取り除くわ」

純「……きれい」

紬「この紅茶汁が冷えるまでしばらくまってね」


◇10分後
紬「もういいかな。じゃあドライイースト、強力粉、薄力粉、砂糖を入れたこのボールに」

純「卵と紅茶汁を混ぜたものを入れればいいんですね」

紬「正解。入れたらそのまま手で混ぜてくれるかな、純さん」

純「ベタベタして、手にくっついてやりにくい……」コネコネ

純「……お、まとまってきた。なんだか楽しくなってきた」コネコネ

紬「ある程度混ざってきたから塩をいれるね」ササッ

純「塩も入れるんだ」

紬「混ざったみたいね。じゃあバターを入れるね」ササッ

純「うわっ、またベトベトになった」コネコネ

紬「しばらくやってるとまとまってくるから、頑張って、純さん!」

純「ホントだ」コネコネ

紬「まとまったね。じゃあ今度は生地をボールに70回ほど叩きつけるんだけど」

紬「そろそろ交代しようか?」

純「はい、ツムーギ先輩。ちょっと疲れてきたんでお願いします」

紬「こう思いっきり」ペチン

紬「叩きつけるの~」ペチン

純(何アレ。早すぎて残像しか見えないんだけど)

紬「終わったわ」

純(まだ10秒ぐらいしか経ってないのに、もう?)

純(もしかしてツムーギ先輩って物凄い力持ち??)

純「つかぬ事をお聞きしますが、あのティーセットが入ってる棚をもってきたのってツムーギ先輩ですよね?」

紬「そうだけど…?」

純「ひょっとしてあれって先輩が担いで持ってきたんですか?」

紬「そうだけど…?」

純「いやいや、そんな『なに聞いてるんだ?』って顔しないでくださいよ」

純「ツムーギ先輩ってどんだけ力持ちなんですか。あの棚、軽く30kgぐらいありますよ」

紬「毎日キーボードを持って通学してたから、力がついちゃったの~」

純「そんな馬鹿な」

紬「はい、じゃあ生地を丸めて…ラップを被せます」

純「次は?」

紬「40分待ちます」

純「え?」

紬「お茶をいれるから、そっちで座って待っててくれる?」


☆客間
紬「はい、どうぞ」

純「これがツムーギ先輩の紅茶」ゴクゴク

純「うん。美味しい。スミーレを入れてくれる紅茶も美味しいけど、ツムーギ先輩のも抜群です」

紬「それはよかったわ」

紬「それで、菫のことをちょっと聞いてもいいかな?」

純「はい、なんでも聞いてください」

紬「ちゃんと元気にしてる? みんなと仲良くできてる? 楽しそうにやってる?」

純「先輩、そんなに一気に聞かなくったって」

純(過保護だなー)

純「スミーレならちゃんと元気にやってますよ。みんなとちゃんと仲良くしてるし」

純「お茶を入れてる時はほんとうにイキイキして、あ、そういうところはツムーギ先輩と一緒ですね」

紬「そう?」

純「でも、ツムーギ先輩、本当にスミーレのこと大切に想ってるんですね」

紬「もちろん。菫は私の妹だから」


◇40分経過
純「でね、その時梓が言ったんだけど…」

紬「それは爆笑ものね」

紬「…あら、もう40分経ったみたいね」

紬「ちゃんと発酵できてるかな?」

純「おお、二倍近く膨らんでるよ」

紬「成功ね。じゃあ軽く潰して空気を抜いて。やさしくね」

純「こうかな」グリグリ

紬「上手だね」

純「次は?」

紬「10分間待ちます」

純「え?」


◇10分経過
紬「じゃあいよいよ成形よ!」

純「おー!!」

紬「この麺棒で生地を平らに伸ばしてくれるかな」

純「こうかな」ゴロゴロ

紬「そうそう。1.5cmぐらいの厚さでいいから」

純「1.5って薄くないですか?」ゴロゴロ

紬「二次発酵で膨らむからいいのよ」

純「へー。これくらいでいいですか。」ゴロゴロ

紬「いいわね」

紬「ここで取り出しましたはドーナツ専用穴あけ器」

純「おお、これが例の…」

紬「これで型を抜いていって」

純「これは……楽しい」ポン ポン

純「でも繰り抜いた時に余った生地はどうするんですか?」ポン ポン

紬「それはもう一度こねて型を抜いてもいいし」

紬「真ん中だけ使って、小さな丸いドーナツを作ってもいいの」

純「ドーナツの穴のドーナツが作れるんだ」ポン ポン

紬「じゃあ丸い小さなドーナツは作るとして、外周部分の余った生地はこねなおしましょうか」

純「はーい」

純「できた」

紬「よく頑張ったね。えらいわ」

純「あはは」

紬「じゃあ抜いた生地をクッキングペーパーの上に置いて行きましょう」トン

純「こうですね」トン


◇数分後

紬「終わったね」

純「はい。次は?」

紬「二次発酵のため40分ほど待ちます」

純「はーい」


◇40分後

紬「うん。ちゃんと倍ぐらいの大きさになったね」

純「ホントだ。随分膨らむんですねー」

紬「じゃあ次は油であげるね」

純「え、油であげるんですか?」

紬「へ?」

純「ってドーナツだから当たり前か。なぜかオーブンで焼くんだと思ってました」

紬「パンやクッキーを作ったときのことを思い出したのかな?」

紬「じゃあ揚げていきましょう。最初は私がやるから、見ててね」

純「クッキングペーパーごと?」

紬「そう。後から自然と離れてくれるからこのままでいいの」

純「へー。あ、いい香り」

紬「じゃあ次は純さんやってみて。油には気をつけてね」

純「はーい」

純「うーん。もうひっくり返していいかな」

紬「よさそうね」

純「えいっ! おおいい色だ」

紬「ええ、きれいなきつね色にあがったね」

純「やっと…できた」

紬「ええ」

純「ドーナツ作るのって大変なんですね」

紬「発酵に時間がかかるからね~」

純「でも結構楽しかったかな」

紬「そう? じゃあさっそく食べてみましょう」

純「じゃあいっただきまーす」パクッ

紬「いただきます」パクッ

純「うーん、これは」

紬「あ、これは」

純・紬「美味しい」


◇30分後
純「ツムーギ先輩、今日はいろいろありがとうございました」

紬「こちらこそ。あ、それとね、一つお願いがあるんだけどいいかな?」

純「なんでも言ってください」

紬「菫のことなんだけど、あの子とってもいい子なんだけど、ちょっと消極的なところがあるの」

紬「だから、純さんみたいな子がぐいぐい引っ張ってあげるといいと思うの」

紬「これからもあの子と仲良くしてあげてね」

純「もちろんです」

純「ねぇ、ツムーギ先輩。私からもひとつお願いしてもいいですか?」

紬「なぁに?」

純「


☆桜ヶ丘高校-廊下
菫「あ、純先輩」

純「おお、スミーレ。あ、梓たちにはもう伝えてあるけど、今日は私、部活に行かないから」

菫「なんだか嬉しそうですね。いいことでもありましたか?」

純「あはは、わかっちゃうかなー」

純「これからツムーギ先輩とデートなんだ」

菫「え?」

おしまい



最終更新:2012年05月21日 20:54