それから大学に行った。
 澪は講義の道具を丸ごと家に忘れているので、ほとんど私と共有で使った。

 こういう時、席が自由なのは助かった。
 もし高校のように席が決められていたら澪は完全にアウトだっただろう。

 少しだけ恥ずかしかったけど7、でも私の持ち前の明るさはこういう時にきちんと役立ってくれていた。
 何気なく話しかけることは、私の武器。
 昨日の夜から朝にかけて、私たちは少しだけ相手に踏み入りすぎたのかもしれない。
 おかげで、私はもう胸が痛くて仕方なかった。
 褒められたことも、やっぱり澪を意識してしまうのも。どことなくドキドキするのも。



 昼食で、また会話する。
 私は懲りずに蕎麦を食べて、澪は日替わりランチセットを食べている。
 私は何の気なしに質問した。



「澪は、どこの中学校?」



 同じ県出身、さらに同じ高校出身だとわかったので、まあもし校区は違っても中学校名くらいはわかるだろう。
 そんな軽い気持ちで訊いてみた。




「――中学校、だけど」



 おいおい。



「本当?」
「うん」
「……また同じじゃん」



 そう言うと、澪も箸を止めた。最初に桜ケ丘高校出身であるということが一致した時よりも、澪は少しだけ表情を変えた。
 あの時はもっと暗かったけど、今回は少しだけ明るくなっているような気がする。
 澪は返してくれた。



「本当に? すごい!」


 すごいけど。
 なんだよ、この気持ち。



「すごいっていうか……じゃあ、小学校は?」
「えっと、――小学校」
「……私も同じ」
「じゃあ、幼稚園は……?」



 今度は澪がそう聞いてきた。
 冗談だろ。
 いやまさかな。
 私は自分の中のよくわからない高揚感を押さえつけるように、できるだけ冷静に、かつ笑いながら自分の通っていた幼稚園の名前を出した。



「――幼稚園」
「……同じ」
「じゃあ、何? えーと、幼稚園は四歳からだから……十六年は同じ学校や幼稚園に通ってたってことか?」
「まあ……そうなるんじゃないかな」





 幼稚園。
 小学校。
 中学校。
 高校。
 大学。
 全部、澪と一緒か……。




 一緒なんだ……。





 共通点が増えるのは、いいことだと私は語った。
 好きな物や、趣味、出身が同じなのは話題になる。
 ある意味で思い出を共有していることにも繋がるし、好きなものであればそれについて語って面白おかしく話だってできる。
 趣味が同じなら、それを分かち合ったり、音楽なら一緒にやったり、スポーツだって一緒に高めあっていける。
 そういう意味での共通点。



 でも、私は――……私たちは。
 共通点が確か、増えた。
 それは喜ばしいことかもしれなかったけど。




 どうしようもなく寂しかった。
 私は、十五年の時を澪と一緒にいなかったんだ。
 それがなんてもったいないって。
 今、思うんだよ。





 タイムマシンがあったら、幼稚園か小学生の私を殴ってきて。
 どうにかして澪と友達にする。


 でも、それはもう叶わないんだよ。
 私と澪が出会うのは、十九歳の春で。
 幼稚園でも小学校でも、中学校でも高校でも。
 出会わなかったんだ。


 それが、寂しい。
 なんてもったいないことしたんだ。
 澪と出会って一週間で、こんなこと言うのもなんだけれど。




 もっと澪と一緒に……。
 文化祭だって、回りたかった。
 受験勉強だって一緒にしたかったし。
 一緒にバンド組んで、学園祭に出たり。
 クリスマス会したり。
 初詣一緒に行ったり……。




「律……?」



 私が黙ってしまったからか、澪が細い声で言った。



「澪……」



 澪の表情は、心配そうに私を見つめていた。
 今、私は、どんな顔をしてるのだろう。
 悲しんでるのかな。寂しい顔、してるのかな。



「澪……――」



 私は、澪の名前を呼ぶしかなかった。
 昼間の食堂で、人で溢れているけど。
 誰も私なんか見てなんかいないだろって。
 だから。







「……もっと、早くさ」


 声が震えてるのが、自分でもわかる。
 だけど、言葉は溢れた。




「もっと早く、出会いたかったな……」


 それだけだった。



 もっと早く、出会いたかった。



 私の視界が、歪んだ。
 目元を服の袖で拭ったら、濡れていた。
 私は、泣いていた。












「それじゃ、澪。また明日な」
「うん。いろいろとごめん」
「私も、昼食の時泣いちゃって悪かったな」
「あ……いいよ、別に」
「また今度、ちゃんとお泊まり会しようぜ」
「……うん!」




 バスに乗り込む澪。





 帰らないで。
 一緒にいてよ。


 そう言いたい気持ちをこらえて。




「じゃあな、澪……」



 私は手を小さく振った。
 無理やり笑って見せた。




「うん。明日……」




 澪も、ちょっとだけ寂しそうに笑ってくれた。
 私と別れることを、寂しく思ってくれてたらいいな。
 そんなの、私だけかな……。



 私は無人島に取り残されたような気持ちで、走っていくバスを見送った。
 明日、会えるんだから。
 私は自分に言い聞かせて、全速力で夕焼けを走りだした。











 律は言った。
 もっと早く出会いたかったと。
 私は、その言葉が悲しかった。


 律は泣いてた。



 バスに乗り込む時、手を振ってくれた律。
 その姿が、愛おしくて、別れたくなくて。
 だけど私は笑って見せた。



 また明日、律。
 今日の日記は、きっと今までの中でずっと大事な日の記録。











 もっと早く出会っていたかった。


 だから、もしパラレルワールドってものがあって。
 田井中律秋山澪が、もっと早く出会っている世界があるなら。
 十五歳でも十歳でも……とにかく早く出会ってる世界があるなら。


 一緒にいられる時間を大事にしてほしい。



 私と澪は、それぞれの過去の思い出に存在しない。


 澪の高校時代の思い出に、私――律は存在しない。
 同じように、私の高校時代の思い出に、澪は存在しないんだ。


 こっちはこっちで、楽しくやるよ。
 いちいち悲しんでなんかいるつもりはない。
 私は澪と、一緒にこれからやってくよ。



 だから、別の世界の律と澪へ。






 仲良くやれよ。






 私たちも仲良くやるぜ。











(第一部・おわり)


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最終更新:2012年06月01日 08:18