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梓(最初に誘うことになったのは
平沢唯先輩)
梓(お小遣いを前借りしてギターを買ったのに軽音楽部が潰れてしまったので、たいそうショックを感じたそうです)
梓(そのショックの反動なのか、家ではひたすらギターを弾きまくってるとのこと)
梓(誘えば確実に落ちるだろうという判断から、最初のターゲットに決定しました)
梓(憂のお姉さんということでどんな完璧超人が出てくるのかと思いましたが……)
唯「ふむふむ。それで私のところに来たんだね」
紬「どうかしら唯ちゃん。一緒にバンド組んでくれる?」
唯「ムギちゃんの頼みなら断れないよー。ところで、この子抱きしめてもいいかな?」
紬「いいわよ!」
唯「えいっ!」
梓「うわっ、突然抱きしめないでください! 先輩もそんないい笑顔でゴーサイン出さないでください!!」
唯「うーん。いい抱きごこちだねー。次はりっちゃん? それとも澪ちゃん??」
紬「先にりっちゃんね」
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梓(次に私達が向かったのは軽音楽部元部長の
田井中律先輩のところ)
梓(部員を4人集め、存続まで後一歩のところまで上り詰めたのは、この人のおかげらしい)
梓(ノリのいい人だから大丈夫だって先輩は言ってたけど……)
律「いいぞーっ。私もけいおん部のことは不完全燃焼だったし」
紬「それでこそりっちゃんだわ」
唯「うんうん。それでこそりっちゃんだよー」
律「そんなに褒めるなよ。照れるだろ」
紬「じゃあ澪ちゃんのところ行こうか」
唯「うん」
梓(うん。ちょっと引くぐらいノリがいい…)
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梓(最後に向かったのは
秋山澪先輩のところ)
梓(なんでも裏ではミス桜ヶ丘と呼ばれているほど綺麗な人らしいです)
梓(先輩いわく、『今回のメンバー集めで苦戦するとしたら澪ちゃんでしょうね』とのこと)
梓(既に文芸部に所属しているそうで…)
澪「うーん。バンドをやってみたい気持ちも少しはあるけど、今は文芸部の活動に専念したいんだ」
律「澪~っ、そこを何とか、な」
澪「そんなこと言われても私は嫌だぞ。部員として書かなきゃならない小説だって最近スランプ気味で…」
唯「澪ちゃ~ん…」
澪「唯もそんな目で見るな。無理なものは無理なんだから」
紬「ねぇ、澪ちゃん。なんでスランプなの?」
澪「上手く描写できないんだ。登場人物の感情の機微とか、考え方とか、そういうものを。
無理すれば書けないことはないけど、そうすると全然自然じゃなくなっちゃう」
紬「ねぇ澪ちゃん。澪ちゃんのスランプはバンド活動すれば少しは解消するかもしれないわ」
澪「…?」
紬「バンド活動をやっていて澪ちゃんの感じたもの、考えたことを小説に盛り込んでいけばいいと思うの」
澪「そんなにうまくいくかな?」
紬「辞めたくなったらいつでも辞めていいから、軽く考えて、ね」
澪「…………ふーっ、そこまで言うならいいよ。私も参加する」
律「澪~っ、ありがとう!」
澪「試しに入ってみるだけだからな」
梓(と言いつつも、とても嬉しそうだ。これがツンデレってやつなのかな…)
梓(こうして元軽音楽部の4人+私の合計5人でバンド活動が開始することになりました)
梓(活動は週一回、水曜日だけ。なぜ水曜日かというと合唱部がお休みだからです)
梓(活動場所は元軽音楽部の部室。なんでも毎回利用申請書を提出すれば利用できるそうです)
梓(バンド名のほうはと言えば……)
紬「それじゃあ梓ちゃん、あなたが決めてくれる?」
梓「え?」
律「『恩那組』か『ぴゅあ☆ぴゅあ』か『にぎりこぶし』か『充電期間』か…どれがいい?」
梓「え、えーー」
澪「このままみんなで話し合っても埒があかないからな」
梓「じゃあ…………」
紬・唯・律・澪「……」
梓「『充電期間』で…」
紬「やったっ!」
梓(そんなこんなで、私たちのバンド『充電期間』は本格的に活動を開始しました)
梓(目標は秋に行われる学園祭で演奏すること)
梓(とは言え滑り出しは順調とは言えませんでした。初めて皆で合わせてみたとき…)
唯「りっちゃんと澪ちゃん、あんまり上手くないね」
梓(毎日練習しまくってた唯先輩や私と差ができるのは当然です。でも…)
唯「でもやっぱりいいね。こうやってみんなで演奏するの。すっごく楽しい!」
紬「唯ちゃん…」
澪「…律! このままじゃ駄目だ。私達も練習しよう!!」
梓(澪先輩はこれが嬉しかったと同時にかなり悔しかったらしく、律先輩と一緒に相当練習したようです)
梓(そのおかげで夏が終わる頃には律先輩と澪先輩も随分上達しました)
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梓(時は流れ文化祭当日)
唯「みなさんこんにちは『充電期間』です!!」
梓(一番前に立っているのは唯先輩。今回はボーカルを担当することになりました)
唯「では聞いてください『ふわふわタイム』!!」
梓(唯先輩の掛け声で演奏が始まります)
梓(演奏は完璧でした。唯先輩の力強いボーカルに負けじといい音を出す律先輩のドラム。二人はまるで争うように熱を高めていきます)
梓(二人のバトルを支えるのは澪先輩の堅実なベース演奏。そして私のギター先輩のキーボードが全体のバランスを整える)
梓(観客たちが興奮してくるのが見てわかりました。私たちの熱がオーディエンスに伝わり、より大きな躍動感を生み出す)
梓(これが音楽を聴いてもらうということ…)
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唯「大成功だったね!」
澪「ああ」
律「ここまで上手くいくとは正直思ってなかったよ」
紬「うふふ」
唯「でもこれで終わりかー、なんだか寂しいね」
紬「あ、提案があるんだけど、いいかな?」
律「なんだ、ムギ?」
紬「けいおん部を復活させたらどうかなって思うの」
唯「いいねぇー」
澪「おいおい、文芸部は掛け持ち大丈夫だけど、ムギの合唱部はそういうわけにはいかないだろ」
紬「うん。だから私抜きで。たぶん今回の成功で一年生の入部希望者は捕まえられると思うから」
律「ムギ抜きってのはなぁ…。少し考えてみるか」
梓(熱心な先輩の後押しもあり、結局軽音楽部は復活することになりまいた)
梓(先輩を除く『充電期間』のメンバーに憂を加えた計5人で)
梓(私は図書館通いの放課後生活から解放され、軽音楽部で練習に励むことになりました)
梓(もちろん部活が終わった後に先輩のところに行くのは変わりません)
紬「あら、梓ちゃんいらっしゃい。ちょっと待ってね。お茶を出すから」
梓「あの…今日はお話があるんです」
紬「あら、なぁに?」
梓「冬休みにさわ子先生が紹介してくれたライブハウスでライブをやらないかって話になって
それなら先輩も一緒にやらないかって話になって…」
紬「冬休みにライブ……うーん」
梓「駄目ですか?」
紬「けいおん部には憂ちゃんがいるでしょ? 同じキーボードの私が出る必要はないと思うの」
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梓「……確かにそうですが……だったら憂にボーカルをやってもらって…」
紬「憂ちゃんがボーカルをやりたがってるの?」
梓「そうじゃありません。でも憂だったら…」
紬「梓ちゃん…憂ちゃんだってキーボードの練習を毎日やってるんだから、
ライブで演奏したいと思ってるんじゃないかなぁ」
梓「……でも私は先輩の音をみんなに聴いてもらいたいんです」
紬「…梓ちゃんの気持ちは嬉しいけど、私はやっぱり遠慮しておくわ。
それに『キーボード』なら私と憂ちゃんの音に大差はない。そうでしょ 」
梓(そのとおりです。先輩の力強い音はピアノだからこそ)
梓(先輩のキーボードは上手いけど、ただ上手いだけ。それ以上の何かはない)
紬「納得してくれたみたいね。じゃあこの話はもうおしまい」
梓(私は先輩を説得することができなかった)
梓(確かにけいおん部が一つの部として成立した以上、5人でやっていくべきなのかもしれない)
梓(でも、少しだけ寂しかった……ううん嘘。本当はすごく寂しかった)
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梓(冬休みに行ったライブは大成功だった)
梓(可愛い子揃いの高校生バンドだったせいでもあるんだろうけど、それでもお客さんの熱気は学園祭の比ではなかった)
梓(私はライブハウスの熱気のなかで心地良い充足感を味わうことができた)
梓(でも、ほんの少しの虚しさを感じてしまった)
2月14日。
部員A「うわっ。やっぱり紬ちゃんはモテるねー」
紬「部員Aちゃんだって一杯もらってるじゃん」
部員A「あははー。これはみんな後輩からの義理チョコだよー」
紬「だったら私のだって」
部員A「そんなことないよ。こっちのはゴディバだし、あっちのはカルティエ…」
紬「部員Aちゃんのそのチョコレートもたぶん手作りよ」
部員A「ええっ! うわっ、本当だ…どうよう」
紬「……」
部員A「ねぇ、紬ちゃん。最近ちょっと元気ないんじゃない?」
紬「そうかな?」
部員A「最近部活終了後にピアノとギターの音が聞こえなくなった、って話を聞いたんだけど関係あるの?」
紬「あると言えば…あるかな」
部員A「ふーん。私で相談に乗れることはない?」
紬「多分相談しても仕方ないことだから……」
部員A「話してみてよ。話すだけでも随分楽になるものだからさ」
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部員A「じゃあ紬ちゃんは後輩ちゃんが来なくなって寂しいと」
紬「そういうこと」
部員A「ねぇ、紬ちゃん。今日なんの日だか知ってる?」
紬「ばれんたいんでー」
部員A「そうだよ。普段感謝してる人に、好きな人に、自分の想いを伝える日だよ」
紬「……でも来てくれるかな」
部員A「来てくれなかったら家まで押しかけちゃえばいいんだよ」
紬「……」
部員A「バイバイ紬ちゃん。私はそろそろ帰るよ。後悔だけはしないように、ね」
紬「梓ちゃん今日も来ないのかな……私は…どうすればいいのかな」
梓「…先輩」
紬「梓ちゃん…来てくれたんだ」
梓「先輩……私色々考えたんです」
紬「……」
梓「確かにみんなに自分の音を聴いてもらうのは楽しいです。
でも、先輩が一緒じゃないと本当の意味じゃ満足できない
私は先輩と一緒に音楽をやりたい…だから」
紬「うん」
梓「だから私、けいおん部やめます」
紬「なんで…なんでそんな結論に達しちゃったの? そんなの絶対駄目なんだから」
梓「でも私は先輩と音楽がやりたいんです!」
紬「前みたいに一緒に練習するだけじゃ駄目なの?」
梓「確かに先輩と二人の時間も好きです。最初はそれだけで十分だと思っていました。
でも、先輩と一緒にみんなの前で演奏する機会がないと思うと……寂しいんです」
紬「梓ちゃん。冷静になって」
梓「……」
紬「梓ちゃんがけいおん部をやめても、私は合唱部をやめるけにはいかないの。
私は副部長だし、いまピアノの私がなくなったら、大変なことになっちゃうもの」
梓「……」
紬「わかってくれた?」
梓「……頭ではわかってます。でも…」
紬「ねぇ、梓ちゃん。私も梓ちゃんみたいに考えたの」
梓「え?」
紬「私達ふたりでバンドを組まない?」
梓「へ?」
紬「私がピアノで、梓ちゃんがボーカル兼ギター。
ちゃんと楽曲から一から作って、来年の学園祭で演奏するの
それでけいおん部に負けないぐらいオーディエンスをわかせるの」
梓「せんぱい…?」
紬「私のピアノと梓ちゃんのギターだもの。最高の演奏になるわ
演奏が終わったら鳴り止まない拍手の渦に包まれるの」
梓「……」
紬「だから梓ちゃん、泣かないで」
梓(そう言うと先輩は私をぎゅっと抱きしめてくれました)
梓(ちょっと痛いぐらい強く)
紬「けいおん部にいることは梓ちゃんにとって絶対いい経験になると思うの。
だから絶対にやめちゃ駄目。唯ちゃん、りっちゃん、澪ちゃん。憂ちゃん。
最高の仲間と過ごす部活は、最高の想い出になるはず。だから……」
梓「……わかりました」
梓(先輩は私が落ち着くまでずっと抱きしめ続けてくれました)
梓(そして私が落ち着いたのを見計らい、こう言いました)
紬「今日はなんの日だか知ってる?」
梓(何の日だか私にはわかりませんでした。本当に)
紬「これを見て」
梓「チョコレート、ですか?」
紬「正解。今日はバレンタインデーよ」
梓「あ…」
紬「梓ちゃんは私にくれないのかなー」
梓「ごめんなさい。気づかなくって」
紬「そう。じゃあ後輩部員からもらったチョコレートでも食べようかな」
梓(そう言って先輩はチョコレートを口に放り込みました…)
梓(私には先輩がなんでこんなことをするのかわかりません。でも)
梓「先輩。やめてください」
紬「どうして?」
梓「どうしても」
紬「わかった梓ちゃんも食べてみたいのね」
梓(そう言って先輩は私のほうに近寄り)
梓「えっ」
梓(私は唇を奪われました。そして甘い何かが流れこんできました。先輩の唾液と一緒に)
梓(先輩の唾液と混ざったそれは、とても優しく上品な味がしました)
梓「はぁ…はぁ……せんぱい…なんで」
紬「後輩からもらったチョコレートだなんて嘘。これは私が昨日作ったチョコレートなの。」
梓「先輩…」
紬「梓ちゃんがいない間、とっても寂しかった。そして気づいたの。
自分が梓ちゃんをそういう目で見てるってこと」
梓「……」
紬「答えを聞かせてくれる?」
梓(合唱部部室ではとてもミステリアスで大人な先輩)
梓(デートのときはとても子供っぽくて悪ノリする先輩)
紬「梓ちゃんが悩んでる間にバンド名を決めておきましょうか…」
紬「バンド名は『充電完了』ね。どう? いい名前でしょ!」
梓(そしてときどき妙にズレた発言をする先輩)
梓(私はそんな先輩のことが)
梓「大好き」
おしまいっ!
最終更新:2012年06月07日 07:07