【和梓】

コンコン、ガチャ

梓「失礼します」

和「あら、梓ちゃんじゃない」

梓「どうも」

和「珍しいわね。生徒会に何か用かしら?」

梓「はい。軽音部のステージ使用申請の用紙を持って来ました」

和「そう。わざわざありがとう。ところで本来これを提出すべき律はどうしたのかしら?」

梓「提出遅れたのを怒られるのが嫌だったみたいです。それで私が代理に」

和「はぁ、まったく・・・」

梓「うちの部長がご迷惑をおかけします」

和「ああ、いいのよ梓ちゃん。律にはあとで言っておくわ。たっぷりとね」

梓「お願いします!」

和「ふふ、わかったわ。
梓ちゃん、せっかく来たのだから何か飲んでいく?軽音部みたいに気の利いたお菓子なんてないけど」

梓「あ、お構いなく。・・・と、言いたいところですがいただいていきます
律先輩が、私が怒られてるんじゃないか不安になって迎えに来るまでここで待っててもいいですか?」

和「あなたも策士ね。
コーヒーでいいかしら?生徒会室には何故かコーヒーメーカーだけはあるのよ」

梓「いただきます!」

コポポ、しゅー

和「少し待っててね」

梓「はい。時間ならありますから」

和「律が自分で来るまでどれくらいかかるかしら?」

梓「そうですね。30分も帰らなければ迎えに来ると思います」

和「ふふっ、そんなところね」

梓「律先輩は毎年遅れて書類提出するんだから、そろそろちゃんと反省するべきです!
そのために和先輩にご足労願うのは心苦しいので、自分で来させましょう」

和「確かに。そろそろ自分で期日を守って提出して欲しいものね」

梓「と言っても律先輩も今年で最後ですが・・・」

和「ええそうね、律の書類の遅刻は今年で最後の3回目
1年生で部を立ち上げて、書類の申請やらを教えてくれる先輩もいなかったから、みんな少しは大目に見てるのよ?」

梓「でも3年連続はあり得ないです」

和「その通りね。たっぷり叱っておくわね」

梓「お願いします」

しゅーしゅー

和「コーヒー出来たわね」

こぽぽ

和「はい、梓ちゃんの分。砂糖は幾つ?」

梓「あ、ありがとうございます。和先輩はいつも幾つ入れますか?」

和「私はブラックでいただくわ」

梓「そうなんですか?」

和「うちはあまり砂糖を入れる人はいないわね。ミルクを入れる人に至っては一人もいないわ
だからごめんなさいね。ミルクは味気ない粉のミルクしか無いの」

梓「あ、いえ。大丈夫です」

和「さて、私は失礼して仕事に戻るわね。梓ちゃんはゆっくりしてて」

梓「はい。あの、見学しててもいいですか?」

和「生徒会の仕事に興味ある?」

梓「うーん、普段私たちが部活をしている時間に和先輩はどんなことをしているんですか?」

和「そうね。いろいろな書類の整理や予算の計上。そして学校内の見回りね」

梓「なるほど」

和「書類の提出が遅れるのは軽音部だけではないから、その催促に出向くのも仕事の一つよ」

梓「大変なんですね」

和「まぁ、そうね。でも大変なだけでもないわ。こうして生徒会室でコーヒーを飲んだりもできるしね」

梓「はい。美味しいです」こくっ

和「おかわりはいかが?」

梓「あ、私がやりますね」

和「いいの。今日は梓ちゃんはお客様だから、座ってて?
いつも軽音部にはお茶をご馳走になってるし、せっかく来てくれた梓ちゃんにそのお返しよ」

梓「それでは、ありがたく」

和「ゆっくりしてて頂戴ね」

しゅー、コポポ

和「あとは、進学するにも就職するにも、生徒会を経験しているというのは有利かもしれないわ」

梓「おお、それは美味しいですね」

和「梓ちゃんも、良かったらいかが?」

梓「はい?」

和「あなたが望むなら、生徒会はいつでもあなたを歓迎するわ」

梓「・・・へっ?」

和「もちろん軽音部はそのまま続けていいのよ?部活と掛け持ちしてる生徒会役員は多いし
あなたが生徒会に入る気があるのなら、後期の役員に私から推薦するわ」

梓「え?えっと、あの・・・」

和「ああ、ごめんなさい。話が急だったわね」

梓「少し驚きました」

和「少し順を追って話すわね。さっきも言ったように生徒会経験は将来に不利には働かないわ
それに、来年梓ちゃんは3年生で軽音部の部長でしょ?
生徒会で書類提出の手順を把握しておけば、何かと都合が良いと思ってね」

梓「ああ、なるほど。それもそうですね・・・」
梓「そっか。来年、私部長なんだ」

和「そうよ。来年はあなたが軽音部の部長。そして、部員をあなたを含めて4人集められなければ、それで廃部
それがこの学校の決まりよ」

梓「廃部・・・」

和「・・・本当はあなたとこんな話をするつもりでコーヒーを勧めたわけでは無かったのだけれどね」

しゅーしゅー

和「ちょうど新しいコーヒーが出来たわね」

梓「あ、ありがとうございます。いただきます」

和「ええ。どうぞ」

コプッ

和「・・・そこで、さっきの話に戻るのよ。
梓ちゃん、あなた生徒会の仕事に興味は無い?」

梓「と言うと?」

和「万一軽音部が廃部になった場合、あなたが在学中は軽音部は同好会という形で残るわ
でも、書類上梓ちゃんは3年時に部活を辞めた形になってしまうの
だったら、今のうちに保険として生徒会に所属しておくのよ、
そうすれば最悪の場合でも、あなたは生徒会にそのまま所属できる。あなたの内申の印象はそれほど損なわれないわ」

梓「最悪の場合、ですか?」

和「ええ。軽音部が廃部になった場合よ」

梓「・・・。」

和「・・・。」

梓「・・・和先輩が私の事を心配してくれてるのはわかります」

和「生徒会長として、あなたも私の大事な後輩の一人よ。心配もするわ」

梓「生徒会長は大変なんですね」

和「・・・今のはただの建前よ。梓ちゃんは唯たちにとってだけでなく、私にとっても大切な後輩なの
あなたの高校生活最後の1年を考えないわけがないわ」

梓「・・・。」

和「そして、これは個人的なお願いなのだけれどね。
もしあなたが、軽音部の部長になって、軽音部の継続を望むなら憂を誘ってあげて欲しいの」

梓「憂をですか?まぁ、もちろん真っ先に誘うと思いますが」

和「それは良かったわ。
私がね、始めに梓ちゃんの、軽音部の来年の事を気にかけたのは憂と話をしたからなの」

梓「・・・?」

和「憂が私のところに相談に来たのよ?本人には口止めされたけどね
来年梓ちゃんが一人になっちゃうのが心配だ、って」

梓「憂が・・・」

和「あの子、軽音部に入る事に興味が無かったわけでは無いのよ」

梓「そうなんですか?」

和「ええ。憂は自分自身でもそうは思ってないようだけれど、心の奥では唯と同じ部活をしたがってるわ」

梓「・・・さすが幼馴染ですね」

和「わかりやすい姉妹なのよ」

梓「なんとなくわかります」

和「生徒会の話。憂の話。気が向いたらで良いから、考えておいてね」

梓「はい」

梓「あ、そうだ」

和「何かしら?」

梓「いえ、大した話では無いのですが、私はコーヒーをブラックで飲んだ事が無いんです」

和「あら、そうなの?」

梓「和先輩、さっきから美味しそうにブラックのコーヒーを飲んでいたので」

和「ああ、コレね。苦くても美味しいと感じるようにまったのは最近ね。
始めは毎日飲むコーヒーの砂糖のカロリーが気になっただけだったけれど、今ではブラックが美味しいわ」

梓「私も試してみて良いですか?」

和「もちろんよ。どうぞ」

梓「はいっ!」ぐいっ

梓「ゴクゴク、ぷはっ!」

和「どうかしら?」

梓「に、苦っ!うぅ、美味しいです・・・」

和「嘘ね」

梓「いえ、美味しいです。和先輩のコーヒーは最高ですね。だから、また飲みに来てもいいですか?」

和「・・・それは、生徒会に入ってくれるという意味かしら?」

梓「いいえ。和先輩とまたコーヒーを飲みながらお話がしたいから、来るだけです」

和「・・・そう」

梓「美味しいコーヒーをご馳走さまでした。和先輩の真心だけで充分満足です」

和「ええ。頑張ってね次期軽音部部長さん。憂の件はよろしくお願いします。」

梓「もちろんです!和先輩、またここに来てもいいですか?」

和「もちろんよ。生徒会は常に生徒に開かれていりわ。いつでもいらっしゃい」

梓「生徒会に用事が無くても、構いませんか?」

和「梓ちゃんなら良いわ。またコーヒーを飲みにいらっしゃい」

梓「はいっ!」


その直後、律先輩がおずおずと申し訳なさそうに生徒会室に顔を出した
入れ代わるように私は生徒会室を後にし、和先輩の律先輩へのお説教が始まったようだった

その後は先輩方が卒業するまで私が生徒会室を訪れる事は無く、
和先輩とのコーヒーの約束は、結局私の口約束に終わってしまった

翌年、軽音部の部長となった私は憂や純の支えもあり、無事に後輩を迎え入れてひとまず軽音部の継続に成功した


今となっては、もっと和先輩とお話したかったと思い後悔している


ほんの少しほろ苦いコーヒーの思い出だ




【律梓】

 梓の話では、今日は澪が帰らないという事だった。
そして澪が不在の時、決まって律は梓と褥を共にしていた。
今日も、梓の部屋で二人はお互いを求めあっていた。
恋人の妹と行為に及ぶという背徳を律は味わい、
姉の恋人を寝取るという背徳を梓は貪る。
そういう関係だった。

 だが、行為の最中、ドアの開く音が聞こえて二人は凍り付いた。
程無くして澪が姿を現し、ドアの入口に屹立してこちらを睥睨してきた。

「お姉ちゃん……今日は、帰らないんじゃ……」

 掠れた声が、梓の口から漏れでた。
律は未だ、声を失っている。

「ああ、あれな、嘘だよ。
でも、こんな嘘、どうって事ないよな?
お前たちが私に付いていた嘘に比べたら、さ」

 澪の言葉で、律は悟った。
律と梓の関係を、澪は疑っていたのだろう。
今日は帰らないという虚言で、澪は罠を張っていたのだ。

「い、いや。澪。お前、誤解してるって、これは……豊胸マッサージ、というか……」

 律は慌てて言い訳を展開するも、出てきた言葉に説得力は無かった。

「そんなの、私がいつもしてやってるだろ。
梓にしたって、自分で恋人作ってやればいいだろうが。
それ以前に、だ。豊胸マッサージなら、裸になる必要、ないよな?」

 今でこそ身体をシーツに隠しているが、
部屋へと踏み込まれた時に既に裸体を見られている。
律の言い訳など、通用するはずもなかった。

「そうだね。お姉ちゃんの予想通り、私達、こういう関係だよ?」

 落ち着きを失う律とは対照的に、梓が開き直ったように言った。

「ふーん?それで、律。最終的に、お前はどっちを選ぶんだ?」

 澪の問いに答えたのは、梓だった。

「私、だよ。だって、律、いつかはお姉ちゃんと別れてくれるって、言ってたもん」

「本当か?律」

 澪は改めて、律へと語気鋭く糾してくる。

「あー、まぁ、なぁ」

 実際に、梓にそう言った事はある。
寝ている時の高揚が招いた何気ない一言だったが、そう言ってしまうのは梓が不憫だった。

「それで?その約束を、律は貫徹するのか?
それとも、私の下に戻ってくるのか?」

「あのさ、二人とも、姉妹なんだから。仲良くした方がいいって。
どっちを選ぶとか、そんな話じゃなくって」

 律は逃れるように言うが、澪は取り合わない。

「その仲良い姉妹に亀裂入れたのが、お前だろうが。
可愛い妹を憎き恋敵にしたのが、お前だろうが。
今更、調子のいい事を言うな」

 語気を強めて言いながら、澪は部屋の中へと入って来た。
その拳は握り締められており、咄嗟に律は身を固くした。

「止めて、律に乱暴しないで」

 梓が裸体を晒して、律を庇うように前面へと立った。

「どけよ、梓。ていうか、律って言ってるんだな?
普段は律先輩、なのにな」

 澪の低い声を受けても、梓に怯む様子はみられない。

「もう、隠す必要なんてないからね」

 梓の言葉に、澪の表情が怒りに歪む。

「へぇ?まるで認められたかのような態度だな。ところで、梓。
律の心配をする前に、自分の心配もしたらどうだ?」

 澪の大きな手が、梓へ向かって伸びる。
律は咄嗟に叫んでいた。

「止めてっ、澪っ」

 澪の手が止まり、不審に篭った眼が律を捉えてきた。

「どうして止める?お前を誑かしたこいつを、躾てやろうと思っているのに。
そうだろ?誑かされたんだろ?お前が好きなのは、私だもんな?」

 律は首を振った。

「私だって、梓が好き、だよ。
澪には申し訳ないけど、梓が好き、だよ」

 実際には、どちらの方が好きかなど、律には選べない。
だが、この状況下で律が澪を選べば、梓は完全に孤立する。
この室内に限った話ではない。
学校でも、梓は孤立するだろう。
同情は寝取られた澪に集まり、非難は寝取った梓に集まるだろうから。
そうなると、唯でさえ梓の味方をするか疑わしかった。

「そう、か。酷いな、律は。私も唯も裏切っちゃって、さ。
唯が誰を好きか、律も相談を受けてるだろう?」

 澪は律の罪悪感を刺激するように言った。
律は力なく頷くことしかできない。

「うん……」

 以前、唯は澪と律に梓が好きだと打ち明け、
協力してくれるよう頼んできた事があった。
澪は唯になら梓を任せられると、その協力を約束していた。
それに流される形で、律も協力を約束してしまっていた。
その時既に、梓とこういう関係を築いていたにも関わらず、だ。

 唯の笑顔が、泣き顔となって律の脳裏を巡る。

「それでも梓を選ぶんだな?分かったよ、なら、勝手にしな。
唯にはこの事、伝えておくから。
……皆に、伝えておくから。
どういう目で見られるか、覚悟だけはしておいた方がいいな。
私だって、お前達を許す事はできないから」

 澪はそれだけ言うと、部屋から出て行った。




 再び二人だけになった部屋で、律は梓の頭を優しく撫でながら言う。

「やっちまった、な。澪と唯、傷付けちまった。
ごめんな、梓。明日から、きっと学校で糾弾されると思うけど。
それでも私、どこまでやれるか分からないけど、できるだけ梓を守るから、さ」

 梓は首を振った。

「私だって、律を守るよ。
それと、謝らなくていいよ。悪いのは、私だって同じなんだし。
んーん、私の方が悪いよ。だって、今、嬉しいし。
律がお姉ちゃんじゃなく、私を選んでくれた事」

 梓はそう言うと、律の胸に頭を預けてきた。

「明日から、周囲から冷めた目で見られる事になっても?」

「うん。逆に言えば、学校でも公にできるって事だし。
学校でも、手を繋いだりできるって事だし。
それにね、愛は、逆境でこそ燃えるんだよ?」

 梓の言葉には、覚悟が篭っていた。
未だ覚悟の定まらぬ律は、強い梓を抱いて言う。

「そっか。そうだな。愛、燃やそうな」

「うん、尽きるまで。
ん?律、震えてる?大丈夫、私が居るから」

 震える身を、梓が抱いてくれた。
その事が、律にとって頼もしく感じられた。
律は依存するように、梓に身も心も全て委ねて言う。

「ありがとうな。大好きだよ、梓」

「私も、愛してる、律」


<FIN>



最終更新:2012年06月20日 23:16