翌日、私は琴吹邸に来ていた。
時間は正午。指定された時間通りだ。
斎藤「──お嬢様、ザーボン様をお連れしました」
中を案内してくれた執事がとある一室の前で立ち止まり、ドアをノックをして言った。
紬『どうぞ』
斎藤「失礼致します」
返事を確認し、私達は中へ入る。
……一人暮らしを始める前、琴吹邸でお世話になっていた時に何度か入った事がある、お嬢様の部屋だ。
斎藤「では、私は失礼致します」
紬「ええ。ありがとう斎藤」
執事は会釈を一つし、部屋から出て行った。
……これで、部屋に居るのは私とお嬢様だけ。
もちろん、今回もどこかから琴吹家の者に見張られているのだろうが。
ザーボン「お嬢様、ごきげんよう」
紬「うふふ、ごきげんよう。
──どうぞ」
ザーボン「うむ」
挨拶をし、私は進められた椅子へと座る。
私と彼女は、さほど大きくはないテーブルを挟んで向かい合った。
そのテーブルの上には、恐らく入れたてであろう飲み物が入っているポットとカップがある。
紬「紅茶でよろしいでしょうか?
先程用意した物ですわ」
と、お嬢様はカップに紅茶を注いで私の前に置いてくれた。
ザーボン「ありがとう、お構いなく」
紬「さて……では早速、聞かせて頂けますね?」
ザーボン「……ああ。
だが、正直言って信じて貰えるかはわからない上、決して面白い話ではない。
……よろしいか」
一応確認をする。
そんな私に、お嬢様は無邪気に笑った。
紬「うふふ、今更ですよ。ザーボンさん」
ザーボン「……そうだな。
では、どこから話そうか……」
私も笑顔を返すと、ゆっくりと語り始めた。
迷いが無くなった訳ではない。
しかし……今度こそ覚悟は出来ていた。
────────────────
──私はかつて、とある星に生まれ、暮らしていた。
もう随分と昔の話だ。
大切な家族に友人、それに……
隣に住んでいた、憧れの──そして大好きだったお姉さん。
小さい頃から可愛がって貰っていて、その気持ちが恋に変わったのはいつだったか……
いや、失礼。そんな事はどうでも良いな。
……これでも私は幼い時から戦闘が得意で、武術の天才と呼ばれていた。
だが私自身は人と関わるのはあまり好きでなくてな。……ちょっと、特異体質で。
────────────────
紬「特異体質?」
ザーボン「うむ。
簡単に言うと、変身出来るのだが……」
紬「変身っ!?」
お嬢様が瞳を輝かせて、身を乗り出して来た。
紬「あ……ごっ、ごめんなさい。
変身って、別の姿に変わるって事ですか?」
ザーボン「う、うむ。
変身をすれば全体的に能力が上がるのだが、その姿があまりに醜くてな。
その能力に気付いて初めて人に見せたのは……地球で言う幼稚園の頃、クラスメート相手にだったかな?
ふふ。見事に皆から蔑まれ、引っ越しをしなければ外にも出られなくなる傷を心に負ってしまったよ」
紬「……地球以外でも、そう言うのってあるんですね」
ザーボン「ああ、当たり前のようにあるな。
物の本質で判断するのではなく……
自分の考え方と違うとか、周りから外れているかどうかで何かを排除しようとするのは、知的生命体のサガなのかもしれんな。
まあ、そのおかげで引っ越した先であのお姉さんに会えたのだから、悪い事ばかりでもなかったのだが」
────────────────
ともあれ、そんな私は勉強をする方が好きでな。
今話したような一時期を除き、私自身は楽しかったのだが、地味な少年時代だった。
そんな中……地球で言う中学生位の時に現れたのが、ジースと言う男だ。
ジース「へっ、お前がザーボンか!?
天才って言われてる!?」
ザーボン「……なんだお前は」
ジース「俺はジース!
お前の噂を聞いて、はるばる二十三個向こうの星から引っ越して来たんだ!」
ザーボン「はあ?」
ジース「オレはいずれ宇宙最強の男になるっ!
その為に、まずはお前から倒ぉぉす!」
ジースは家族ごと面白くてな。
あいつも自分の星では戦闘の天才児と呼ばれていたらしく、私の噂を聞いたら居ても立っても居られなくなったそうだ。
なんでも、あいつの家族揃ってジースに宇宙最強の男になって欲しかったらしく、その為の協力は惜しまなかったそうだ。
ザーボン「なんで私なのだ!」
ジース「俺はあのサウザーさんと同じ星の生まれなんだが、俺が修行してる間に遠くの星へ引っ越してしまってな。
だからとりあえず近場からナンバー1になっておこうと思って。
じゃあ行くぞっ!」
ザーボン「はあ!?」
ジースは強かったよ。
……ああ、話に出てきたサウザーと言うのは、私達の銀河で最強と名高かった戦士だ。
──ジースは、私が生まれて初めて変身をしないと勝てない相手だった。
普段の姿だと常に劣勢だったと言うのもあったし、男のプライドだろうかな。
そのまま負けるのが嫌で、ついしてしまった変身……
ただトラウマと言うだけではなく、年を重ねて客観的にその姿の醜さを自覚していた私は『やってしまった』と思った。
だが、
ジース「て、てめぇ、その姿は一体……」
ザーボン「…………」
ジース「くっそー!
そんなカッケェ奥の手隠してたなんて……
ズルぃぞ!」
ザーボン「……お前、私のこの姿を見て何とも思わないのか?」
ジース「あん? 何がだよ」
ザーボン「いや……こんな能力を持っている者などこの銀河で聞いた事もないし……
その、見た目も……」
ジース「何言ってんだ。それが良いんじゃねぇか」
ザーボン「なに……?」
ジース「他の奴にはねぇ力を持ってるなんて、正に天才って感じじゃんか。
しかも変身後の見た目もごっつくてカッコ良いときた!
羨ましくてムカつくぜーッ!」
ザーボン「そう、か?」
ジース「っ、イテテ……
おいザーボンっ! 今回はお前の勝ちにしといてやるが、次はこうはいかねぇぞ!」
ザーボン「…………次があるのか」
ジース「当たり前だっ!」
言葉通り、ジースは頻繁に私に挑戦してきたよ。
そして気が付いたら変な友情が芽生えていてな。
いつの間にか私とあいつは、武術のライバル兼・親友になって行った。
……………………
…………
「あら、ザーボン君。
今日はお外で読者?」
ザーボン「……!
う、うん……」
「うふふ、偉いわね~」ナデナデ
ザーボン「///」
「ね、隣座っても良い?」
ザーボン「ど、どうぞ」
「ありがとう。
──私はね、お散歩♪」
ザーボン「そっか」
「……うふふ。お日様がポカポカで気持ち良いね」ニコッ
ザーボン「……はい///」
────────────────
ザーボン「ふふふ。今にして思えば、本当に恵まれていた日々だった」
紬「…………」
ザーボン「だが、ある日。
奴がやって来た」
紬「奴?」
ザーボン「……フリーザだ」
────────────────
私は話した。あの終末の日の事を。
ジースと組んでのフリーザ軍との戦い。雑兵こそ蹴散らせたが、サウザーに敗北し、逃走した事。
救える者だけでも助ける為に一旦別れ、すぐに合流して星を脱出するつもりだった事。
……そして。
ザーボン「よし、家が見えてきたぞ!
まずは……」
ビュウンッ!
ザーボン「!」
ドゴッ!
ザーボン「ぐはっ……!」
(い、今のは……衝撃波か?)
フリーザ「ほっほっほ。見事な吹っ飛びようでしたね」
ザーボン「! ばっ、馬鹿な……」
(初めに舞空術で飛ばして距離を稼いだ後は、ずっと建物や木々で身を隠して移動してきたはず……
なぜだ!?)
フリーザ「見付かったのが信じられないと言う顔ですね。
これがわかりますか? これは『スカウター』と言って、対象の戦闘力と、場所がわかる道具です」
ザーボン「……!」
フリーザ「そう、これがある限りいくら身を隠しても無駄だと言う事ですよ。
まして貴方のような高い戦闘力を持っていると、特定はなお簡単」
ザーボン「ぐ……
おのれッッッ!」
ボンッ!
ザーボン「くらえっ!」
ドウッ! ドウゥッ!! ドオオオオオォォォォオオン!!!
フリーザ「ほっほっほ。
変身して……ふむ。
戦闘力一万九千程度のエネルギー波など、まあこんな物でしょうね」
ザーボン「くそッ!」
バキッ、ドガッ、ガガガガガッッッ!!!
フリーザ「……満足しましたか?」
ザーボン「まっ……全く効いていないのか……」
ガヅッ!!
ザーボン「ぐはっ!」
ドサッ。
フリーザ「どうですか? 私の配下になると言う話は」
ザーボン「あ……ぐっ、うぐ……」
(そんな、そんな馬鹿な! こいつ、強いなんて言う次元ではない……!)
フリーザ「おや、変身が解けてしまいました。
少し力を入れすぎましたかね。撫でただけのつもりだったのですが。
まあ返事は回復するまで待って差し上げますよ。私は寛大ですから。
……ふむ、貴方が行こうとしたのはあの家ですか。
どれ」
ゴウッ。
ザーボン「!!!」
ドゥゥゥゥゥゥゥゥン!
ザーボン(あ……あ……)
フリーザ「ほっほっほ! ご覧なさい、景色がスッキリしましたよ!
綺麗になったおかげで、より高く売れる星になりましたね!」
ザーボン(私の家に、隣……近隣のすべてが消えた……)
ドゴォンッ!
ザーボン・フリーザ『!?』
ザーボン(エネルギー波!?
だが小さい……!)
「ザーボン君っ、こっち!」バッ
ザーボン「あ……」ダッ!
フリーザ「また追いかけっこですか。
まあ、たまには良いでしょう」
──そうだ。その時私を助けてくれたのはあの人だ。
太い眉毛に美しい金髪を持つ、大好きな憧れのお隣さん。
彼女は私の手を取り、駆け出した。
……だが。
「!」
フリーザ「これはこれは、お久し振り……」
ザーボン「な……何と言うスピードだ……」
フリーザ「残念。追いかけっこにもなりませんでしたか」
ザーボン「あ、あぁ……」
「……( ボソリ)逃げなさい」
ザーボン「でも……で、でも……」
「ここは私が時間を稼ぐから。
ね?
ほら、走るのっ!」
ザーボン「!
待って! 行っちゃダメだっ!」
「大丈夫! 私もすぐ追いかけるわ!
また後でねっ!
ザーボン君!」
フリーザ「戦闘力は……
この星の方々の平均ですか。貴女はいりませんね。
……ただ」
ビュイッ!
「!」
フリーザの放った細いビームが、彼女の右脚を貫いていった。
奴は笑っていたよ。ニヤニヤと、陰険に醜く。
フリーザ「使い道はある。
ほっほっほ。見た所この方は貴方の大切な人なのでしょう?
私の配下になると誓えばやめて差し上げますよ!」
ビュイッ!
「!」
ドサッ。
フリーザ「これで両脚!」
ザーボン「き……貴様あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ダメっ!」
ザーボン「!?」
「私の事は良いから……ね? 逃げなさい……」
ザーボン「で、でもっ」
「は、早く……」ニコッ
ザーボン「あ、う……そんな……」
「私、は……平気だから」
フリーザ「──その。
笑 顔 を や め な さ い !」
ビュイッ、ビュイィッ!
ザーボン「!!」
フリーザ「ほっほっほ! 手も足も無くなった!
さあ、泣き叫んで懇願をなさい! あの方に、フリーザ様の部下になれと!
そうすれば貴女も楽になれるのですよ!」
ザーボン「こ、この野郎……」
「は、や、く、行、く……の、よ……
……………………
…………
……」
ザーボン「!!!」
フリーザ「チッ。加減を間違えましたかね。くたばりやがった。
あの気持ち悪い笑顔を苦痛と恐怖に歪めたかったのですがね!」
ザーボン「うぁ、あああ・あ・ああああ、あああ・・あああああっ!
貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
最終更新:2012年07月25日 23:29