──取りあえず、今回は聞く態勢に入ってくれたようだな。
……いや、今のあいつと、再会した当初の禍々しいだけのあいつは少し違う。
私達の前に現れてすぐのベジータは、まともに会話が出来る感じがしなかった。
これは時間を置いたからこそか?
もしそうなら、遠回りしたようでも実はこれで良かったのかもしれない。
ベジータ「……!」
──突然、ベジータの体が透け始めた。
ザーボン「!?」
ベジータ「何だ!?」
唯「???」
紬「こ、これもザーボンさん達の技……?」
ザーボン「い、いや、違う。
おい貴様、どうしたと言うのだ!?」
ベジータ「オレが知るか!」
などと話している間にもベジータの肉体はどんどん薄くなり、もはや奴の体を通して向こう側が透けて見える程だ。
ベジータ「く、くそったれが!」
奴は必死にもがいているが、どうにもならないようだ。
このままだとベジータは消えてしまうのだろうか?
ザーボン(……!)
だとしたら、私は一つ、あいつに言わなければならない事がある!
ザーボン「ベ、ベジータ!」
ベジータ「!?」
ザーボン「実際に手を下したのはフリーザだったのではあるが、惑星ベジータを滅ぼすよう奴に進言したのは……
惑星ベジータが滅びる大元のきっかけを作ったのはこの私なのだ!
決して、巨大隕石のせいなどで消滅したのではない!
そ、その……すまなかった」
そうだ。これだけは言っておかねばならない。
今更こんな話をしても仕方ないのだろうが、それを決めるのは謝罪を受ける方だし、
何より謝罪する機会があるのにそれをしないのは間違いなのではないだろうか……?
ベジータ「…………」
奴は静かに見つめてくる。
……やはり余計な事をしただけだったか……?
ベジータ「……ふん。
そう言えば貴様、さっきの無人島の時と言い今と言い、フリーザの野郎を呼び捨てにしているじゃないか。
またオレに取り入ろうと言う訳でもなさそうだし、ザーボン様ともあろうお方が一体どうしたんだ?」
ザーボン「それは……
……色々あってな」
ベジータ「……まあそんな事はどうでも良い。
ドドリアからも惑星ベジータの事は聞いたが……」
そ、そうだったのか。
ベジータ「勘違いするな。
オレには星の仲間や親たちの事などどうでも良い。
今オレが興味あるのは、カカロットやフリーザよりも強くなる事だけだ!」
ザーボン「ふっ……そうか」
確かにベジータはこう言う奴だった。
カカロットと言うのが誰なのか、私は知らない。
だがフリーザの名前と並べたと言う事は、それだけ凄い強者であり、奴にとってはフリーザレベルの宿敵でもあるのだろう。
唯「あっ……」
そしてベジータの姿が完全に──消えた。
ザーボン「…………」
紬「……今の人はどこに行ったんですか……?」
ザーボン「わからない。私もこのような事は初めてだ」
……いや、待てよ? もしや……
唯「──あっ! そんな事よりっ!」
紬「!
そ、そうねっ。
ザーボンさんを病院に連れていかないと!」
唯「救急車っ!」
ザーボン「……ああ、そうだな」
正直、力を使いすぎた。病院が近くにあって数分もかからずにたどり着けるのならわからないが、恐らくもう助からないだろう。
こうして何とか座っている体勢で居られるのも、彼女達に支えて貰っているからなのだ。
だが、どちらにしろ私は今日消えゆく。
ならばこれ以上心配させるような事は絶対にしないし、言わない。
紬「わっ! 圏外~……!」
唯「ああぁ……私も……」
二人は動けない私の代わりに、私のスマホも確認してみたが、同じだった。
唯「えっと、えっと!? どうしようか!?」
紬「……よしっ、私たちでザーボンさんを運びましょうっ!」
唯「それだ!」
ザーボン「ま、待て待て……
いくら二人居て、ムギお嬢様が……腕力に自信があると言っても、そ、それは無茶だ」
紬「頑張りまっす!」
唯「私だって、日々ギー太に鍛えられてるから大丈夫っ!」
困ったな。結局は迷惑を……
……む!?
紬「!!!」
唯「ザボちゃんの体が……」
そう。私も先程のベジータと同じように、体が透け始めた。
……ああ、やっぱりそうだったのか。
紬「え、えっ??? どうして? どうなってるの?」
唯「ザ、ザボちゃんも消えちゃうの!?
そんなの嫌だよっ!」
ザーボン「……いや、心配するな。
も、問題無いよ」
唯「えっ!?
だ、だって……」
ザーボン「実はさっきベジータが消えた事を『知らない』と言った、のは……嘘だ。
こ、これはフリーザ軍での長距離移動の方法でな。
簡単に言うとワープみたいな物だ」
紬「ワ、ワープ?」
ザーボン「そうだ。
フリーザ軍の技術など……二度と使いたくはなかったのだが、
で、電話が繋がらないならこうして病院に行った方が良いと……思ってな」
紬・唯『…………』
二人の様子を見るに、まったく信じてはいない。
それでも私は笑顔で言う。
ザーボン「は、ははは。そんな顔をするな。
宇宙は広いのだ。こう言う技術もあるのだよ」
唯「……ホント?」
ザーボン「もちろんだとも」
唯「ホントだよね!?
この後私達の演奏聴いてくれるんだよね!?
ちゃんと……
ちゃんと戻ってきてくれるんだよねっ!?」
紬「学園祭の後の皆での打ち上げだって!
顧問になってくれる約束だって!
本当ですよねっ!?」
……すまない。
ザーボン「当たり前だ。
さ、さっきの奴には歯が立たなかったが……
私が地球人離れに強いのは知っている……だろう?
だから、こ、こんな傷、すぐに治してくるさ」
唯「じゃあなんでそんな泣きそうな顔してるのさ……」
ザーボン「!?」
し、しまった!
ザーボン「ふ、ふふふっ、これはすまな……かった。
傷が痛くてな。情けない話、だ」
紬「…………」
ザーボン「それよりほら、き、君達は先に学校へ向かっていてくれ。
必ず間に合わせる……よ」
唯「…………」
ザーボン「皆の新曲、楽しみだなあ……」
もはや薄れすぎて、自分でも自分の体がよく見えない。
いよいよ時間の猶予が無くなってきたのだ。
ザーボン「では、また後でな」
ニコッ。
今度はちゃんと笑えただろうか?
そして視界がぼやけ……
紬「あっ!」
唯「ザボちゃんっ!」
紬「ザ……」
……………………
………………
…………
……
────────────────
私は、何も無い……ただただ真っ白なだけの空間に立っていた。
ザーボン「……閻魔、私の声が聞こえるか?」
閻魔『うむ』
姿こそ見えないが、閻魔の低い声が響いてきた。
この空間だと彼と話せる。なぜかわかったのだ。
ザーボン「私はこのまま地獄に行くのだろうか?」
閻魔『そうだ。もはや私の所でする事もないからな。
直行して貰う』
ザーボン「だが、地獄へ着くまではまだ時間があるようだな。
それまで少し質問して良いか?」
閻魔『構わぬよ』
ザーボン「では……
あれからムギお嬢様達はどうなった?」
閻魔『前に説明した通りだ。
もはやあの地球は、そなたが居なかった場合の星へと再構成された。
そなたとベジータの戦いで破壊された、地面や自然なども元に戻っておる』
ザーボン「そうか。
では、私の事で彼女達を悲しませたり、約束を破って怒らせてしまうとかは無いのだな?」
閻魔『そうだ』
……良かった。
ザーボン「しかしベジータとは驚いたよ。
あれも貴様が?」
閻魔『そうだ。
あやつを送り込んだのも、そなたと目的は同じ。
そなたも含めたあの環境なら、罪の償いが期待出来たからだ』
ザーボン(私も含めた?)
閻魔『ただ、あのタイミングで蘇ったのだけは予想外だったが』
ザーボン「蘇った……だと?」
閻魔『そなたも知っている、永遠の命をも手に入れられる力でな』
ザーボン「……ドラゴンボールの事だな」
あれには死者を蘇らせる事まで出来るのか……
何でもありだな。
閻魔『うむ。やはりあの力は反則みたいな物だ』
そう言って閻魔は笑う。
ザーボン「ふふ、では貴様の計算も狂ったな。
私も軽率な判断をして、無駄な戦闘をしてしまったし」
閻魔『いや、それに関しては期待通りだ』
ザーボン「何?」
閻魔『あの時そなたがあの行動を取ったからこそ、
気が付いたら見知らぬ地に飛ばされていた上、そなたと同じく記憶の一部を失っていて、混乱していたベジータに心の余裕が出来た。
それだけ時間が出来、多少なりとも暴れて気を晴らす事が出来た訳だからな』
ザーボン「…………」
閻魔『もし最初から、『元の世界に帰る方法は無い』などと話していたら……
あの状況とあやつの性格ならば、暴走して虐殺行為を行っていただろう』
……確かに。
となると、やはり私の早とちりは遠回りではなく正解だったのだな。
閻魔『例えすぐにそうはならなくとも、力づくで宇宙船を奪うか作らせるか……
しかし、あの地球にはベジータが求める宇宙船そのものはもちろん、作る事が出来る技術も無い。
となれば、最終的な結果は同じだろう』
なるほど……
閻魔『──予定では、時間を置いた事で冷静になったベジータは、
そなたを橋渡しにして例の少女達と関わる事になっていたのだが……
まあ仕方ない』
確かに、出来る事ならばベジータとの事は、戦闘をせずに話し合いで収められないかと思っていたし……
彼女達なら。
ザーボン(あの素晴らしくも美しい皆なら……)
ベジータをも変えてくれたかもしれない。
ザーボン「それと、これは半分皮肉なのだが……
よくもまあ、ムギお嬢様のような少女を見付けたものだ。
初めて会った時は本当に驚いたよ。遠い遠い昔を思い出す程にな。
……まあ、感謝しているのだが」
閻魔『一つの次元では確かに難しいが、いくつもの次元を見れば……
魂以外は同じである、別人と言うのは存在するものだ』
ザーボン「ふっ。そうか……」
──空気が変わった。どうやら地獄は近いらしい。
ザーボン「……なあ、私は上手くやれたか?」
閻魔『うむ。立派だったぞ。
立派に……出来る限りの幸せを、出来る限りの存在に与えた。
もちろん、それで罪のすべてが消えた訳ではないがな』
ザーボン「ああ、それは構わんよ。
出来る事はやり尽くせたと言うだけで私は満足だ」
欲を言えば皆の新曲を聴きたかったが、それは贅沢だな。
閻魔『心配はいらぬ。そなたは罪と徳と、差し引いたそのままを受けるだけ。
命ある時だけを見れば、理不尽と思う事はあっただろうが……
真に長い目で見れば、すべては平等だ。
ただの一毛すら間違いは無い。
永遠に続く幸せは無いが、それと同じで苦しみもいずれ終わる』
ザーボン「ふっ……」
地獄と言う場所には行った事が無い為、特に恐怖と言うのは感じない。
だが、想像を絶する苦しみが待つであろう未知の場所へ行く不安はある。
閻魔はその不安を軽減させようとしてくれているのかもしれない。
閻魔『それに、再構成された為に彼女達は何も覚えていなくとも……
深い深い魂の奥底では、きっとそなたの存在が刻まれている事だろう』
ザーボン「……そうか」
──わかる。地獄は目の前だ。
閻魔『では、な』
ザーボン「……ありがとう」
真っ白な空間が暗闇に侵食され始め、まるで獰猛な生き物のように私を襲う。
澪『よし、良いぞ』
梓『私もです』
紬『こっちもOKで~っす♪』
唯『りっちゃん隊員っ、きんしゃい!』
律『よっしゃーっ! じゃあ行くぜ!
ワンツースリーフォーッ!!!』
深い深い闇が私を飲み込む前、放課後ティータイムの演奏が聴こえたような気がした。
────────────────
無限に続くかのような恐ろしい苦痛・絶望。
そんな永久に近い苦しみを、ザーボンは見事に耐え切った。
そうしてかつてザーボンだった魂は、彼が居たのとは別の次元の地球で……
とある美しい恋人達との間に、新しい命として転生する事になる。
しかし、それはまた別のお話。
完。
最終更新:2012年07月25日 23:51