アットウィキロゴ
「それにしても、本当に久し振りだなー、梓。
四年振りになるんだもんなー……。
電話では聞いてるんだけどさ、でも、直接聞かせてくれ。
そっちは変わりないか?
海外生活で体調とか崩れてないか?」


「大丈夫ですよ、律先輩。
海外とは言っても、そんな僻地を回ってるわけじゃないんですから。
家族皆で元気にやってます。

それより律先輩こそ大丈夫なんですか?
律先輩が社会人なんて、今でも想像出来ませんもん。
ひょっとして嘘吐いてませんか?
就職浪人なのに、見栄張って就職したとか言ってません?」


「失敬な!
ちゃんと就職したわい!
おまえは私を何だと思ってるんだよ……。

それを言うなら、おまえだってどうなんだよ?
ジャズバンドの方は上手くいってるのか?」


「うーん……、どうでしょう……?
少しずつお客さんが入ってくれるようにはなって来たんですけど……」


少し不安そうに梓が苦笑する。
本当の事を言うと、私は梓のジャズバンドの人気をネットで調べて知っていた。
まだまだメジャーとは言えないらしいけど、
中野一家のジャズバンドはかなり人気のバンドらしかった。
特に小学生にしか見えない娘の技巧が注目だとか何だとか。

だから、心配しなくてもおまえのバンドは人気だよ、って伝えて、
梓の不安を振り払ってやろうかとも思ったけど、それは寸前で思い留めた。
梓はもうプロなんだ。
私に言われなくてもそんな事は百も承知だろうし、
少しくらい人気を不安に思っていた方が成長出来るってもんだよな。

私が軽く一人で頷いていると、梓が語調を変えて私に訊ねた。


「私の方もですけど、律先輩……」


「どうした?」


「律先輩の……、皆さんのバンドの調子はどうですか?
元気に……、続けられてますか?」


そう言った梓の顔は自分のバンドの人気の事を語る時よりずっと不安そうだった。
申し訳ないけど、そりゃそうかもしれないな。
私達のバンドの人気なんて梓のバンドと比較すると、天と地ほどの差がある。
澪がサイトを開設してくれたけど、二年経ってまだカウンターが一万行ってないしな……。
梓が心配に思うのも仕方が無い事だろうと思う。
だけど、私は微笑んで言ってみせたんだ。


「ああ、大丈夫だよ、梓。
皆、売れないバンドだけど元気にやってるぜ?
皆就職してて残業上がりにセッションするのは大変だけど、頑張ってる。
ムギも社交界で忙しいのに、時間を見つけては練習に参加してくれてるしな。
まあ、人気は全然だけどなー……。
まだまだ武道館どころかメジャーデビューも程遠いくらいだよ。

でも、諦めずに頑張ってるよ、皆。
例えお婆ちゃんになったって、諦めたくないって思ってる。
梓に負けないようにさ、音楽と一緒に生きていきたいんだよ」


「そっか……。よかった……」


呟いて、梓は笑う。
それは放課後ティータイムを結成していた頃から、
全然変わってなく見える私の大好きな梓の笑顔だった。
でも、それが何だかちょっと照れ臭い。
私は自分の頬が熱くなるのを感じながら、少し話を逸らしてみる事にした。


「そういや、久し振りに会えたのは嬉しいんだけどさ、バンドの活動の方は大丈夫なのか?
ああいうバンドは興行増やさなきゃ儲けが無いんだろ?
その辺、大丈夫……なんだよな?
まあ、売れないバンドの私等が言うのも、余計なお世話なんだけどさ」


「そんな事ないですよ、律先輩。
ご心配ありがとうございます。
でも、大丈夫ですよ。
今度CDデビューが決まりまして、少しは余裕が出来そうなんです」


「へー、すっげーじゃんか!
メジャーデビューだなんて後輩のくせに生意気だぞ、中野ー!

でも、それなら日本には結構滞在出来そうって事か?
一ヶ月くらいは居られるのか?」


「はい、それくらい滞在出来そうなんです。
久し振りの日本、色んな人と会って過ごそうと思います。
唯先輩や澪先輩、ムギ先輩も元気にしてるかなあ……。
勿論、皆さんのバンドの演奏も直接聴いてみたいです!」


「ははっ、その辺はお手柔らかに頼む。
プロに聴かれるなんて緊張するんだけどさ。
そういや、今日は泊まる所って決まってるのか?
って、実家売ったわけじゃないんだから、普通に実家に泊まるか……」


「えっ?
律先輩のご実家に泊まらせてくれるんじゃないんですか?
私、今日は律先輩と一緒に色んな事が話したいんですけど……」


「うえっ?
いや……、その方が私としても嬉しいけど、その……何だ……」


突然の梓の言葉に私は自分の顔が赤く染まるのを感じる。
いや、変な意味が無いのは分かってるし、それは私も期待してない。
ただ長い時間梓と一緒に居られる事がただ嬉しくて、
自分でもどう反応していいのかよく分からなくなっちゃったんだ。


「駄目……ですか……?」


梓がツインテールを揺らしながら私を上目遣いに見つめる。
うっ……、そんな目をされてしまうと弱い……。
私は頬を掻きながら、軽く頷いて言った。


「よし、泊まりに来いよ、梓。
電話では結構話してたけど、それでも話せなかった事とか色々話そうぜ?
そうだ。私の手料理も振る舞ってやろうじゃないか。
レパートリーもかなり増えたんだぜ?
好きな料理作ってやるから、何でもリクエストするといい」


「わあっ、嬉しいです。
じゃあ私、律先輩の作るハンバーグが食べたいです。
やっぱり律先輩の料理って言ったら、ハンバーグだと思いますしね」


「またハンバーグかよ……。
でも、リクエストなら仕方ないな。
んじゃ、この紅茶を飲み終わったら、早速……」


瞬間、私は嬉しそうに揺れる梓のツインテールが目に入った。
ツインテール……?
送って来ていた写真では髪を解いていたはずなのに?
特に深い意味は無いのかもしれない。
でも、私は気になってそれを訊ねてしまっていた。


「そういやさ、梓。
何で今日はツインテールにしてるんだ?
ひょっとして、ツインテールじゃないと私に気付かれないかも、とか思ってたのか?
失敬な! 髪を解いてたって梓の事くらい見つけられるぞー?」


「いえいえ、そんな事あるわけないじゃないですか。
大体、それを言ったら、律先輩だってどうして今日カチューシャをしてるんですか?
この前、電話でこの歳でカチューシャするのは恥ずかしい、って言ってたじゃないですかー!
律先輩こそ、前髪下ろしたら私が律先輩を見つけられないって思ってたんじゃないですか?」


「いや、それは……だな……」


「それは……?」


梓に訊ねられた後、私はつい黙り込んでしまった。
本当の事を言ってしまうと、その答えはもう分かってる。
多分、梓も私と同じ理由でツインテールにしてるんだろうと思う。
だけど、流石にそれを口にするのは私のキャラじゃなさ過ぎる。
私の中の答えを口にするのが、恥ずかしくて堪らない。
それを感じ取ったのか、梓が頬を赤く染めながら口を開いてくれた。


「もう……、律先輩は仕方が無いですね……。
じゃあ、私の方から言いますけど、私が今日髪を結んでるのは……」


「ストップ!」


梓が答えを口にしようとした瞬間、私はその言葉を止めた。
こんな事を言うのは、私のキャラじゃない。
でも、年下の梓にそれを言わせてしまう事の方が、もっとカッコ悪いもんな……。
私は二回深呼吸してから、汗を掻きながらも口を開いた。


「待ってくれ、梓。
私から言うよ。私の方から……、言わせてほしい……。
今日、私がカチューシャをして来たのはさ……、けじめをつけたかったからなんだ。
私さ……、梓と長く会えなかっただろ?
梓と会えない間、私の時間が止まってた……、
なんて背中が痒くなるようなロマンチックな事を言うつもりはないよ。

でもさ、時間の流れが遅くなってたのは確かなんだ。
梓に対する想いや気持ちや、色んな事の動きが遅くなっちゃってたんだ。
それが悪い事とは言わないけど、そろそろ動き出したいって、そんな気持ちがあるんだよ。
どんな形でも私の気持ちを進めるためにさ……、
動き出させるために、梓に私のカチューシャを外してほしいんだよ。
気のせいでも、それがけじめのきっかけになるって思うんだ。
四年も掛かって間抜けな答えだって自分でも思わなくもないけど、それが私の答えなんだよ。
未来に進みたいたんだよ、私の想いが空回りする未来でもいいからさ」


顔から火でも出そうなほど頬が熱い。
心臓が痛いくらいに鼓動してるし、今にも逃げ出したい気分だ。
でも、何とか逃げない。
泣き出してしまいそうな瞳を叱咤して、梓から視線を逸らさない。
梓はしばらく静かな表情のままで居たけど、
私の瞳を真正面から見つめたままで優しく微笑んでくれた。
ゆっくり、口を開く。


「私も……、私も同じ気持ちですよ、律先輩……。
前に進みたくて、今日は昔と同じ髪型にしたんです。
この髪を律先輩に解いてもらって、
新しい自分になって、自分の気持ちに向き合いたいんです。
お手数をお掛けしますが、髪を解いてもらっても……、いいですか?」


「私こそ手間を掛けるけど、頼むよ、梓」


そう言ってから、二人で少し体を寄せて頭に手を伸ばす。
私は梓のツインテールに。
梓は私のカチューシャに。
昔、私達が私達だった証に。
私達は昔のままでは居られなくて、前に進みたくなって……。
多分だけど、それでいいんだと思う。

梓が私のカチューシャを外す。
少し遅れて、私も梓のツインテールを解き終える。
そうして現れたのは、長い黒髪の梓と、前髪を下ろした私。
時を重ねて、歳を重ねて、辿り着いた新しい私達だ。


「ありがとうな、梓……」


「いいえ、こちらこそありがとうございます、律先輩……」


新しい私達が二人して見つめ合う。
過ぎた時への寂しさや胸の痛みを感じる。
だけど、同時に照れ臭さや喜びも感じられていた。
こんな単純なきっかけでけじめをつけるなんて馬鹿みたいだけど、
でも、それでこそ私達なんだって気もするから不思議だ。
どんなに馬鹿馬鹿しくても、それが私達のやり方なんだから……。

こうして、私達の新しい物語は始まるんだ。
どんな結末が待っているのかは分からないけど、
とりあえずは今日こそ二人でお互いの気持ちを確かめ合いたいと思う。
その先に辛い未来があったって構うもんか。
それが私達の選択した未来なんだから。


「ねえ、律先輩?」


不意に梓が外した私のカチューシャを見ながら呟いた。


「どうしたんだ?」


「これ……、最後に律先輩と会った日にプレゼントしたカチューシャですよね。
ありがとうございます、律先輩。
使っててくれたんですね」


「そりゃあ……な。
梓からの最後のプレゼントだからな、使わないわけないだろ?
あの時は照れ臭くて言えなかったけど、誕生日プレゼントありがとうな、梓」


「いえ、使って頂けていたみたいで嬉しいです。
それと……、誕生日おめでとうございます、律先輩!」


「24にもなると、喜んでいいのかどうか微妙なんだが……」


「いいじゃないですか、律先輩。
おめでたい事ですよ。
私もすぐに一歳差まで縮めるから待ってて下さいね」


「縮める事は出来ても、永久に追い着く事は無いけどな」


「それもそうなんですけどね……。
私、実はそれ、最初は悔しかったんですよ?
先輩達はいつまで経っても先輩で、同級生には絶対になれないじゃないですか。
卒業の時も私が置いていかれて、先輩達だけ先に卒業しちゃって、それが悲しくて……。

でも……。
今はそれでよかったんだって思ってます。
私と先輩達は先輩後輩として出会って、
先輩後輩だからこそ経験出来た事も沢山あったんだって思いますから。
律先輩は私が後輩より同級生の方がよかったですか?」


「どうだろうなー……?
想像した事もないけど、想像した事もないって事は、
つまり梓が後輩でよかったんだって事だと私は思うよ。
梓が後輩だったおかげで軽音部ももっと楽しくなったわけだしな。
ありがとな、梓」


「こちらの方こそ……。
だから、ですね……。
これからも一緒に歳を取って行きましょうよ、律先輩。
髪型を変えたり、色んな事に悩んだりしながら、
お婆ちゃんになっても音楽の話をしたりなんかして……。
そういう未来って……、凄く素敵……ですよね?」


「ああ、そうだな……。
すっげーいいよな、そういう未来……。
うん……。

よっしゃ!
じゃあ、そういう未来に進むためにもこれからも頼むぜ、梓!
まずは今日、私の家でハンバーグ作るから、
それを食べてから話そうぜ、未来の事とか私達の事とか色んな事をさ。
明日は唯達にも会おう。梓と会えれば、あいつらもきっと喜ぶと思うぞ。
セッションなんかするのもいいかもな。
プロ相手だと若干緊張するけど、
アマだって捨てたもんじゃないって所を見せてやるぜいっ!」


「はい! 私も負けませんからね!
ですから……、不束者ですがこれからもよろしくお願いしますね。
りーつーせーんーぱーいっ!」


「おうよ!」


私が言うと、梓が微笑みながら軽く手を自分の顔の横に差し出してくれた。
私はその手に自分の手を軽くハイタッチしてから、不敵に笑ってやった。
未来がどうなるとしても、私達は誕生日を迎えて歳を重ねていく。
私と梓の未来がどうなるかは分からないけれど、
いつまでも一緒に誕生日を重ねていけたら嬉しいな、って私は心の底から願った。

ううん、違うな。
願うんじゃない。
自分自身に誓うんだ。
ずっと二人で笑い合えるよう頑張り続ける事を。
それこそ24回目の私の誕生日での誓いなんだ。




最終更新:2012年08月21日 21:19