トボトボと歩いていく唯の後ろ姿を、心配そうに眺める憂ちゃん。
でも私は、どちらかといえば唯の側だ。姉だからとか一緒に馬鹿やるタイプだからとか、そういう意味ではなくて。

律「……ごめんな憂ちゃん、二人もいるのにたいして役に立ってなくて」

憂「えっ? いえ、そんなことは全然……」

そんなことは、ある。
言い出した私だって、最初から全部出来るだなんて当然思ってなかったし憂ちゃんの胸を借りるつもりで言い出したことなんだけど。
それでも、どう見ても憂ちゃん一人のほうが早いし上手く作れてる。そう思えてたまらない。

律「……あの、さ」

憂「はい…?」

律「唯はさ、ああ見えてもだいぶ成長したんだ、大学生になってから」

憂「そう、なんですか」

律「うん。なのに家に帰ったら憂ちゃんにお菓子ねだって甘えて。別に姉妹の関係に口出すつもりじゃなかったんだけど、唯だって成長してるんだってこと、憂ちゃんに見せたくて」

憂「………」

律「……いや、これも違うかな。成長した唯を見て憂ちゃんが感動して、そんな光景を見て私も自信を持ちたかったのかもしれない」

憂「自信、ですか…?」

律「うん。いつも一緒にいる皆は私の成長が早いか遅いかなんて全然気にしなくて、自然と私に合わせてくれるんだけどさ」

それは澪が、私と向き合って教えてくれた大切なこと。
出会ったころはいつも俯いていた澪が、私に真正面から向き合って。

律「でもそれとは別に、離れていた家族からはどう見えるのかなって、気になってさ」

憂「それで……」

律「うん。憂ちゃんが唯を見直すようなことがあれば、なんとなく私も胸を張って家族の前に出られるかなって」

前回の帰省の時は、そのあたりには誰も何も触れてくれなかった。お父さんもお母さんも、聡も。
「ちゃんとやってるか」くらいは聞いてくれたけど。澪が一緒だから何も不安は無い、とは言っていたけど……

憂「律さん」

律「ん?」

憂「私は、お姉ちゃんを見直したりはしませんよ。最初からお姉ちゃんには一片たりとも失望なんてしてませんから」

律「あー…うん、ごめん、そこは言葉間違った」

そうだ、この姉妹にはその言い方は間違ってる。
でも……

憂「律さんのご家族も、ですよ」

律「えっ?」

憂「家族が家族に失望なんかするわけないじゃないですか。だから「見直す」っていうその前提自体、起こりえないと私は思います」

律「………」

憂「……おねえちゃんは、大学ではどんな感じですか?」

律「えっ? えーと、「憂のご飯が食べたいよー」とか言ってるけど、ちゃんとご飯もたくさん食べて同じ学部の子に引っ張られながらも講義はちゃんと聞いてて」

憂「はい」

律「寝坊もするけど遅刻はしないし、最近は特に音楽には前向きで、らしくないほどいろいろ考えてる時もあって、とにかく成長してるよ。そこは間違いない」

憂「そうですか」

唐突に話を振られたけど、私の中での予定通り、憂ちゃんが唯を見直すようなことを並べた。
憂ちゃんに論破された今となっては、それにどんな意味があるのかさえ見えないけど……

憂「お姉ちゃんは、私の知らないところで立派に成長してるんですね」

律「う、うん……」

憂「でも、私の前では変わらずに甘えてくれた。それってすごく嬉しいことじゃないですか」

律「………」

憂「全部が変わってしまうほうが、怖いと思いません?」

律「ん……まぁ」

憂「お姉ちゃんが独り立ちできるくらい立派になっても、私には変わらず甘えてくれると、私はすごく嬉しいです」

律「…………」

憂「変わったところは変わったところでこうやって垣間見れて、それでも私の前では変わってないところもちゃんと見せてくれて」

律「……………」

憂「変わらない人もいないし、人には変わらないところもあるんです。それに、何かが変わっても変わらなくても、お姉ちゃんはお姉ちゃんですから」

律「そ、っか……」

憂「変に着飾ろうとしない、ありのままを見れる『家族』って立場に、私はすごく満足してますよ」

……参ったなぁ、こりゃ。
『姉妹』って、いや、『家族』ってものは、ここまで完成した関係だったのか。
ここまで、その場に自然とあるだけで完成して、完結できる関係だったのか。

ちょっと離れただけでそんなことにさえ疑問を持ってしまった私とは比べ物にならない。この姉妹の絆は。
いくら離れても切れることの無い、永遠の絆。家族という名の。それに不満や不安を抱くことそのものが間違っているんだ。
……両親が家に居ないことが多い平沢家のこの姉妹が、何よりも家族を体現しているのはちょっとした皮肉かもしれないけど。

仮に私の一件がなくても、私はきっと唯の姿に疑問を抱いていただろうな。
大学ではちゃんと立派にやってるのに家に帰れば憂ちゃんに甘えて、どういうことだよ、って。
でもやっぱり、唯の成長の片鱗は憂ちゃんには見えるんだろう。そんないつも通りのやり取りの中にも、わずかだけ見えるんだろう。
ずっと一緒にいた姉妹だから、少し離れてしまった姉妹だから、それでも変わらない永遠の姉妹だから、見えるんだろう。
……思えばさっき、唯が憂ちゃんを手伝うことに乗り気だったように。そんな些細なところから。

そして、そんな唯の変わった点も変わりない点も、等しく憂ちゃんは受け入れ、喜ぶ。

……いや、憂ちゃんは、じゃなくて、家族なら誰でも喜ぶ。
でも、互いに互いを大好きと公言して憚らない、互いを自分に必要不可欠と見ているこの姉妹ならその説得力はとても大きい。


本来、この姉妹の仲良しっぷりを見ていればわざわざ言葉にされなくてもわかりそうなものだけど。
まーそれでも仕方ない。そんなことさえわからない情けない一面を持つのも私なんだ。
そしてそんな一面だって、家族になら見せてもなんら問題はないんだ。
変に背伸びする必要なんて、どこにもないんだ、家族の前なら。


唯「ごめーん、遅くなっちゃった!」

律「…いや、いいタイミングだよ、唯」

唯「へ?」

憂「ふふっ。……じゃあ、律さん?」

律「うん。再開だー!」

唯「え? えー? なになに、なんか除け者にされてる気がする……」

律「……家族のために美味しいものを作ってやろう! ってことだよ」

まだ少し納得がいっていない様子の唯の背を押し、中断前の位置へ。
悪いけど、後で憂ちゃんに適当に説明しておいてもらおう。全部言ってしまっても別に構わないし。
構わないけど、今はこっちのほうが重要、ということ。

私の柄じゃないチマチマしたスイーツだけど、作ろうとするくらいには成長したって見せてあげたくて。
でもやっぱり全然上手には作れないくらい苦手なままだってのも隠すつもりはなくて。


そんな、ありのままの私を家族に見てもらわなくちゃいけないから――


唯「じゃあ私も憂のために頑張るよー!」

憂「じゃあ私もお姉ちゃんのためにー!」

唯「ういーーー!!!」

憂「おねえちゃーーーん!!!」

唯「ういいいいいいいいいいい!!」

憂「おねえちゃああああああああん!!」


律「……うるせー!!!」


おわり



最終更新:2012年08月23日 22:20