【おまけの日曜日】
それで、わたしたちが雨のないの日曜日をどんなふうにすごしたのか……。
わたしがあずにゃんの家に行ったのは午後3時頃でした。
よく晴れた日だったのに昼過ぎまで寝てて、せっかくの日曜日がなあってあずにゃんの家に押しかけました。
幸いあずにゃんは家にいて、もう遅いから遠いところにも行けなくて、適当に街を散歩していました。
わたしは思いついたことを次から次へと喋っていきました。
あずにゃんは聞いているのかいないのかようわかんない顔でうなづく。
帰りにスーパーマーケットによって、憂についでだからと頼まれたものを買って、ちょうどやってたくじを引きました。
2000円で1回。
だから、わたしはちょっと余計にお菓子を買っていった。
憂に怒られちゃうかな。
で、くじを引いた結果は外れでした。
なんもなし。
おしまい。
唯「外れちゃったねー」
梓「そうですね」
唯「残念賞くらいくれてもいいのに……」
梓「逆に潔いじゃないですか」
唯「そうかな」
梓「残念賞なんていらないじゃないですか」
唯「え、なんて言ったの?……聞いてなかったよ」
梓「なんで聞いてなくいられるんですか」
唯「さっきティッシュ配ってる人がいたからね、もらってたんだ。6個もくれたよっ。いる?」
梓「いりませんよ……くしゅんっ……あ」
唯「はい」
梓「……む……どうも」
ぐじゅじゅ。
あずにゃんは鼻をかみました。
帰り道、あずにゃんと別れたくなくて公園で一休みしました。
ベンチに座って、わたしはあずにゃんにお話を話した。
雨の話。
これは普段から頭の中でときどきわたしが考えている話。
あずにゃんのために考えた話。
でも、本当は話すつもりなんてありませんでした。
ただ、あずにゃんがすごく困ったってたから、なにかしてあげたいと思ってたんです。
でも、うまくはいかなかったかな。
頭の中のことを話すことはいけないことだそうです。
頭の中のことはきもちわるいらしいからです。
たしかに脳みそとかそういうのはわたしもテレビとかで見ただけだけど、ねばねばとかしてきもちわるい感じがします。
でも、あずにゃんはいつも最後までわたしの話を聞いてくれる。
なんで、そんなにあずにゃんに聞いてもらいたかったんだろう?
唯「どうして、わたしはあずにゃんが好きになったのかな」
梓「さあ、そんなの知るわけないじゃないですか」
唯「くじびきだったのかな」
梓「くじびき?」
唯「たまたまくじびきであずにゃんを好きになるよう決まったとか」
梓「なんですかそれ」
唯「でも、それならきっと当たりくじだったね」
梓「みんな自分のひいたくじは当たりだと思いたいんですよ」
唯「そうかなあ。じゃあ、はずれ?」
梓「じゃないといいですよね」
唯「でも、くじびきで好きになったんなら、それはよかったよね。はずれでも」
梓「なんでですか?」
唯「だって、あずにゃんのこと嫌いになれないよ」
梓「そう……ですか?」
唯「あずにゃんのこと好きになったのは、かわいいからでも優しいからでもかっこいいからでも頭いいからでも抱き心地がいいからでもないなら、あずにゃんよりずっとかわいくて優しくてかっこよくて頭よくて抱き心地がいい誰かが現れてもね、ずっとあずにゃんが一番好きでいられるよ」
梓「ふうん」
唯「ね、どう思う?」
梓「ださいですよ」
唯「そうかな」
梓「もし、明後日わたしよりもずっとすごいそいつに同じことを言ってたらださいです」
唯「言ってないなら?」
梓「そりゃあ、少しはかっこいいですけど」
唯「じゃあ、かっこよくなれちゃうようがんばろうかうなあ」
梓「好きにしてください」
唯「それはさ、わたしを唯先輩でメロメロにしてくださいってこと?」
梓「違いますよ」
唯「うそつき」
梓「そんなことないです……」
嫌になっちゃうくらい(ってあずにゃんは言う)雨があったから、もうわたしたちは雨を思い出さなくても平気なんだね。
唯「いい意味でだよ?」
あずにゃんは眠たそうな声で、どうでもいいですって言う。
眠いのと照れてるのはそっくりなんだとわたしはこっそり思っていたのでした。
【傘は1本だけ持って】
突然だけど雨が降り続いてたというのは嘘だ。
ホントは雨はわたしの頭の中だけで降っていた。
それは病気みたいなものだった。
ずっと、頭の中で雨の音が聞こえる。
壊れたCDプレイヤーのように。
ざあああああ……ざあああああ…………繰り返し。
そんなふうになったのはつい最近のことだった。
それで、わたしは怖くなってここのところずっと学校を休んでいた。
唯先輩はそんなわたしのために1つの物語をこしらえてくれた。
最終的にわたしが雨を好きになって、学校に行けるようになるためだけの物語を。
その物語をわたしたちが演じたのかっていうのは問題じゃないと思う。
実際、本当のこともあれば、まったくの嘘のこともある。あるいは後から嘘に本当を無理やり追いつかせたってこともあるかもしれない。
でも、何もかもフィクションってわけでもないんだ。
少なくとも、今、唯先輩はわたしの家にいてわたしの朝食を荒らしている。
今日は月曜日。
わたしは学校を休まなかった。
そうそう、この物語が例えば、わたしへの薬だとするなら、副作用がひとつ。
最後には……つまり、物語のおしまいにはわたしが唯先輩が好きになるようになっているということだ。
唯先輩がそういうふうに決めた。
まあ、それならそれでしかたない。
※ ※ ※
学校に行った。
ずいぶん久しぶりのことだった。
今日の夜、ライブがあってそのための最後の練習をするためだ。
とはいっても教室には行かずに部室にいた。
わたしは別にどこに行ったってよかったけど、唯先輩がこんなふうに言ったからだ。
唯「あずにゃんは部室にいていいよ」
梓「別にいいですよ。そんなに学校が嫌なわけじゃないですし」
唯「そんなそんなー。強がっちゃってさ」
梓「別に……そんなことないのに」
それでしかたなくひとり、ギターを弾いていた。
ライブは第三講堂(新しく作って水の上に浮いている)でやることになった。
ちょっとしたハプニングがあった。
なんでも電気がつかないらしいのだ。
別に電気が通ってないわけじゃなくて、いきなりつかなくなってしまったらしいのだ。
電気食い虫だっ。
唯先輩は言った。
夜。
結局暗いところで、小さな灯りを頼りに決行することになった。
観客の姿さえ見えない。
もしかしたら観客なんかいないんじゃないかなってちょっと思った。
それはそれでなんだかおかしいな。
わたしはちょっと笑ってしまって、暗くてよかった、って思った。
ドラムの音がして、唯先輩の声や澪先輩の声がして、キーボードが鳴って、ギターを弾いた。
薄暗くて手元がよく見えないからわたしたちは何度も失敗をして――。
演奏が終わった。
ありがとー。
唯先輩が言った。
拍手が起こった。
それでちゃんと最後まで聞いてくれた人がいたんだなとわかった。
その後ちょっとした反省会(ティータイム)をして解散になった。
わたしは来た時と同じように唯先輩のボートに乗っていった。
水に浸された道の電灯はもうずっと前から使い物にならなくてあたりはまた真っ暗だった。
唯先輩が言った。
唯「あずにゃんは暗いの好きだよね」
梓「別に好きじゃないですよ」
唯「だってもぐらだよ」
梓「違いますよ」
唯「でも暗いところにいるとさ、いつもよりはっきり音が聞こえるよね。だからあずにゃんは穴の中にいてもいいけど、後でこっそり何が聞こえたかこっそり教えてくれたらいいな」
梓「……うるさいんですよ。唯先輩は」
唯「え?」
梓「うるさくて、うるさくて、うるさくて……穴の中にいたって何も聞こえないんですよ。雨の音と唯先輩の声が……だけ。聞こえるんです」
ずっと、なんか、もう、空っぽで。
なのに雨だけはいっぱいで。
そのくせ雲の切れ間から星が見えたりして。
消えちゃえ、ってちょっと思った。
空っぽだから唯先輩の声は二倍にも三倍に膨らんで響いてたんだ。
だから、いつでも無駄に拡張された唯先輩が頭の裏側にひっついていた。
それがずっと離れなくて、わたしは余計いらついて、嬉しくて、どうしようもないや、ってわけで。
もうけっこう前から何も考えてない。
いつの間にかわたしは抜けた顔してる隣の天使にそっくりになってた。
ねえ、あずにゃん。
その人が喋るから、わたしは。
昨日も、あずにゃんが好きなったよ。ね、大丈夫だよ。
唯先輩は無邪気な顔で嘘をつく。
わたしは、たぶん、もう唯先輩を思い出さない。
それは予感で、予言で、願望だった。
傘と雨は仲良しだねっなんて、そんなあたりまえのことで魔法にかかった。
いや魔法なんかじゃないな、これは。
詐欺だよ詐欺。
騙されたんだ。
唯先輩がわたしをいろんな方法で混乱させるから、たいていのことはわかんなくなっちゃって。
だから、このままでもいいやって、大丈夫だって言うならそうなのかもなあって、そんなふうに思ってしまったんだ。
それはたぶん間違えで……。
ま、いっか。
別れ際に言った。
梓「……明日も迎えに来て欲しいです」
唯先輩は一瞬、きょとんとして、すぐに満面の笑みをした。
じゃあ、明日ねっ!!!!!
ばかみたいに、もう手とか要らないって思ってるんじゃあないかって心配になるくらいに、手をぶんぶん振った。
わたしは、また明日って3回言った。
また明日、また明日、また明日………………繰り返し。
※ ※ ※
こっちでは、物語の最後の部分が終わって、唯先輩は何かわたしが言うのを待ってる。
わたしは言った。
梓「もっと聞きたいです」
頭の中で雨音が聞こえていた。
※ ※ ※
次の日、約束どおり唯先輩はわたしを迎えに来た。
唯「あずにゃん、傘は?」
梓「唯先輩が持ってるじゃないですか」
唯「あ、そっか」
じゃあ、いこうっ。遅刻しないうちにね。
唯先輩が言った。
梓「……って漕いでくださいっ」
唯「えー。疲れたあ」
またボートはずっと同じ所をくるくる、くるくるくる……くるくる……くるくる、くる…………くる……。
叱責したりなだめたり抱きつかせたり、唯先輩になんとかオールを持たせてやっとボートは前に進み始める。
雨が降っていた。
70センチ傘の下でわたしたちは少し濡れた。
それでも、傘は1本だけ持って――。
おしまいです
最終更新:2012年08月24日 07:44