紬「おつかれ! りっちゃんから聞いたよ、また新しい曲つくるんでしょう?」

澪「……ゆい?」

唯「ううん。なんでもない。あははっ、最近ねてないからぼーっとしちゃって」

律「……」


澪「――っていうのが、今度作ってみたい曲のイメージで」

律「ええ~? もっとグランジっぽい方がいいんじゃないのかぁ?」

紬「私はもっとわかりやすく、楽しさを出してみてもいいって思うな」

澪「そうか……確かに聴きやすさが足らないかもしれない」

律「そうだぞー? 放課後ティータイムはなぁ、おばあちゃんから赤ん坊まで全世代に合った――」

紬「でもこの歌詞、手紙みたいで面白いね。澪ちゃん、これは誰が歌うの?」

律「話をきけぇー!」

澪「あ、それは私と、あと天使が語り掛ける方には唯のボーカルにエフェクトかけて」

律「ぐすん。ねぇねぇひらさわさーん、あたし大事なバンドメンバーにシカトされちゃって」


唯「……ちがうよ。みんな、全部ちがう! なんか、ちがうよ!」

律「え、ゆい?」

唯「あっ……ごめんね。ごめんなさい。私、最近なんだかおかしいから。えへ」

紬「大丈夫? 唯ちゃん、働きすぎじゃない? 梓ちゃんも心配してるって澪ちゃんから…」

唯「ううん、それもちがうの。ちがくて、全然違ってて、……ごめんね、私がおかしいからだよ」

澪「唯は、今後の活動に反対なのか?」

唯「そうじゃない、反対とかじゃない、たぶん……」

律「……」

唯「……でも、やっぱりちがうの。なにかが違う。楽しいのに、違う」

紬「唯ちゃん…」

律「違う違うじゃ分からないってば。ホーコーセーの違いってやつ?」

澪「おい、律」


律「……すまん」

唯「……わかってる。練習は大事。私はギー太とずっといっしょにやってきたから分かるんだ」

澪「……」

唯「高校の時は楽しかったよね。私たち五人ならなんでもやれるって、ちょっと本気でそう思っちゃった」

律「……唯、就職するのか?」

唯「ちがくて。……今だって、みんなといて、こうやってバカな話をして、まじめなことも夜まで話して、楽しいよ」

唯「一緒に曲を作るのって、新しい世界を見つけに行くみたいで楽しかったもん」

紬「過去形、なの?」

唯「ちがう、楽しい。楽しい、だよ。でも……今の楽しいは、あのころの楽しいと、……違う」

律「……唯さぁ、もっとはっきりと」

唯「きっとみんなだって優しいし、大好きなんだ」

唯「りっちゃんは思いやりがあって安心できて一緒にいて楽しくって」

唯「澪ちゃんはまじめで自分の世界があってかわいくてかっこよくて」

唯「ムギちゃんはやさしいし、知らない世界をたくさん見つけてくれて」

唯「それであずにゃんは……うまくいえないけど、私にとって大切な存在で」

澪「でも……ダメ」

唯「ダメ……わかんない。よくわかんないよ、なんだか」

紬「……」

唯「……これ、あずにゃんに内緒ね。最近、あずにゃんが怖いの」

紬「ケンカしたの?」

唯「してない。だけど、あずにゃんと私たちが見てるもの、どっか違ってきてる気がする」

律「……梓は二年だし、就活とかまだまだ先だもんな」

澪「律、そういう話じゃないだろ」

唯「ううん、澪ちゃん。それもあるのかも。あずにゃんは私たちの未来にまっすぐ光を見てる」

紬「唯ちゃんは、もう無理なの? 楽しくなくなっちゃったの?」

唯「ちがう。違う気がするし、違うって言いたい。でも、最近なんかあずにゃんの目がまぶしくて…」

澪「唯……」

唯「……今の“楽しい”って、立ち止まるための“楽しい”なんじゃないかな」

澪「そんなことないよ。だって、さっきも私たちは成長してるって」

律「まぁそれはおいとくとしてさ。唯、続けて」

唯「……あはは、大学はいって東京来たのに、私たち、お茶のんでばっかりだね」

澪「練習したいのか?」

唯「ううん、そこは変わらないんだなって」

律「……確かに、高校の軽音部では私らが一番ってナチュラルに思ってた。現に一番だったし」

唯「ぷふっ、あたりまえじゃん。桜高には放課後ティータイムしかいなかったんだから」

紬「唯ちゃん。立ち止まるための“楽しい”って、どういうこと?」

唯「……わかんない。わかんないけど、昔とは違うの」

唯「あの時はどこかに行けるってなんでか分かってて、どこか知らない世界に行くための“楽しい”だった」

澪「……みんな、ごめん。でも唯の言うこと、私も分かる」

唯「無理しないでいいよ。私が最近おかしいだけだもん」

澪「おかしくなんかない。私も、そんな感じがして、デモ音源だけ作り続けるのが怖い時もあったから」

律「……それでか」

唯「あのね。ひどいこと言うかもだから、ごめんなさい」

紬「……」

唯「……どこにも行かないためだけの“楽しい”なら、私、もういいかな」

律「……」

唯「って、思っちゃったんだ。ううん、ごめん、変なこと言っちゃって」

紬「……」

唯「ねえ。私、楽しいことしたい。見たことのない世界に、もう一度本当に行きたい」

唯「……あは、わけわかんないや。大丈夫、一晩寝たら忘れるよきっと」

律「あ、おい唯……」

唯「ごめん私、明日もバイトだからそろそろ。変なことおしつけてごめん、私がんばるから、本当に……」


澪「……唯」

紬「……ねぇ。みんな、」



 都内某所、唯の自宅

唯「最悪だ。最低だ。最悪ださいあくだサイテーだ!!」

唯「ああ、平沢唯のバカ!! そういうんじゃないって、違うって分かってたのに!」

唯「人のせいにしてばっかで甘えてばっかで、ぜんぜんちっとも前に進めないのは私なのに!」

唯「……明日、みんなに謝ろう。一晩寝て、あたまをすっきりさせて、ちゃんと謝るんだ」



唯「ただいまぁ。聞いてよあずにゃん、きょうはバイトでね――」

唯「って、いないじゃん! ちぇ、まだ帰ってきてないのかな」


唯「あれ? 手紙、私あてだ。……え、あずにゃんから?」


  ◆  ◆  ◆

 さて、唯先輩。

 今考えてみると、やっぱりあなたは相変わらずだめだめなひとでした。

 ハラハラさせられっぱなしで…ほんと困ったものです。

 ワールドワイドとか、マイワールドとか、ロックンロールとか、マイペースでとか、

 わかってもないくせにあなたはすぐかっこつけて私やみんなに言ってみせますけど、

 それってきっと・・・・・うん、変われない自分への言い訳なんですよ。

 顔だけ笑ってどこにも進まないでいるための、弱い人の言い訳なんです。


  ◆  ◆  ◆

唯「そうだよ、その通りなんだよあずにゃん……あはは」

唯「……これ。別れ話の手紙かな?」

唯「そうかもしれない。うん。ずっと後回しにしてきたツケなんだ、きっと」



唯「あれ。まだ裏に続きがあった」


  ◆  ◆  ◆

 ……とは、いえ。

 そんなあなたも、私に言わせればなかなかやっています。

 毎日欠かさず練習していて、ライブではちゃんとお客さんを引きつけていて。

 ここだけの話、私、ときどきお客さんがうらやましくなるんですよ。

 あなたの輝いてる姿を、全身で音楽を届ける姿を、リスナーとして受け止められるなんてって。

 まあ放課後ティータイムのリズムギターの座はだれにも譲りませんけどね。

 だって唯先輩と演奏していると、なんだか音の色が見えてくる気がするんです。

 アドリブでセッションしてても、もやがかかった世界からはっきりと夢の国が見えてきて、

 見たこともない世界に手を引いて連れてってくれるような、そんな気がするんです。

 知らなかった気持ちを、熱い夢を、やわらかい温もりを、傷とくちづけを、全部ぜんぶ私にくれた。

 唯先輩は私にとってそういう、かけがえのないパートナーで、私の世界のすべてで、私の光で、

 ……すみません。やっぱりうまくいえないです。


 とにかく私は、まだ見ぬあなたに……期待しています。

 私たちは二人で、五人で、どこまで行けるのか、どんな世界が見えるかが楽しみなんです。

 だって私たち、あの光がいまでも続いてるんですから。

 プロとしてやっていけるかどうかなんて分からないし、つらいこともあるけれど、楽しみなんです。


 これから先もあらゆることが私たちを待っています。

 好きなものや好きな人たちに囲まれて、それだけで生きていくことはできません。

 二人で生きていくって、たぶんそういうことです。……音楽のことだけじゃなく。

 でも、あなたとなら、手をつないでどこまでだって歩いていける。

 もしすべてが変わってしまっても、あの日からあなたが見せてくれた光だけは信じ続けられる。

 だから私、中野梓はもう心を決めました。


 そんなわけで、平沢唯さん。

 そろそろあなたも腹をくくってみませんか?


  ◆  ◆  ◆

唯「あずにゃん……」


ガチャ

梓「あれー、お帰りなさい。ココアいれよっか……って、なに見てるんですか?!」

唯「あわわっ、ただいま?!」

梓「ああもうっまだそれ推敲してないし恥ずかしいから返し――って、はぁ。やっぱいいよ、うん」

唯「……」

梓「読んだ、んだよね。えらそうなこと書いてごめん。あと恥ずかしいから今のなし、あーもう」


唯「……っ」ぎゅ

梓「え? あの、どうしたの? 急に」

唯「んーん、・・・なんでもない」

梓「いや、だって泣いてるし……まあ、いいけど」

唯「……ぅ・・・うあっ・・・」

梓「ほら。いい子いい子、泣かないの」

唯「わたし、センパイ、だよ・・・?」

梓「いいから」


唯「……ふふっ、えへへ」

梓「……あは」


梓「――うーん。澪先輩の言うことも分かるけど、実験的なのって限界あるでしょ」

唯「そういう話じゃないよ!」

梓「わざとだってば」

唯「あ。でも今のも当たってるかも」

梓「そう?」

唯「実験って、やりたいことは別にあって、その上での練習でしょ?」

梓「そりゃあ、うん」

唯「『おまえは練習のために生まれたベイビーだぁ!』って、生まれてくる曲に失礼じゃん!」

梓「……ごめんなさい」

唯「あっ。ちがくて、今のは別にあずにゃんとか澪ちゃんに言ったんじゃなくて、」

梓「分かってるってば、ふふ」

唯「……さっきは、ありがとう」

梓「ううん。ていうか恥ずかしいから忘れてください唯先輩」

唯「ええー?! むしろ永久保存版だよ! 末代までかたりつぐよっ!」

梓「末代って」

唯「……あ。メールきた」

梓「え? ・・・へぇ、めずらしいな」

唯「りっちゃんにこんなこと言わせて、悪いことしちゃった・・・」

梓「ううん、違うよ。きっと、みんな誰かに言われたかったんだと思う」

唯「・・・私の、きょうのことを?」

梓「うん。じゃなかったら・・・・ごめんやっぱなし」

唯「ええー?! もうっ、もったいぶらないで言ってよー!」

梓「手紙と、話すのとは違うの! あ、そうそう。あれ書いてて不思議だったのが」

唯「?」

梓「唯先輩って人のことを書いたつもりなのに、気が付いたら自分の話になっちゃってた」

唯「あー・・・ああー」

梓「なに、私あなたほどズボラじゃありませんから」

唯「知ってるよぉ。でも・・・あのね、りっちゃんが言ってたんだんだ。梓に似てきたなって」

梓「それ、いい意味に聞こえないんですけど」

唯「にやけてるし、説得力ないよ?」

梓「うるさいし。・・・・ていうか、それより早く曲を仕上げましょうよ。ゆーいせんぱい?」

唯「そうだね、あずにゃん!」

梓「はい! ……あはっ」


  ◆  ◆  ◆

 自分のバンドだからひいきする訳じゃなく、放課後ティータイムはすごいと思ってます。

 好き放題にやってきたバンドだと思いますけど、そろそろ一歩踏み出せる時期でしょう。

 ……えらそうな言い方ですみません、私もプレイヤーとしてダメダメなのに。

 あなたのように、見る人を惹きつける力なんてないですから。


 私は、あなたのダメな部分を人一倍わかっています。

 先輩たちにも、憂や和先輩にも負けないぐらい理解してるつもりだし、していきます。

 正直そんなふうであってほしくないって思うこともありました。

 でも、変わらないからこそ変わっていける部分だってあると信じてます。

 あなたがあなたである限り、私の指も、声も、ほかの全てもひっくるめて、あなたについていこうって決めてます。

 恥ずかしいことを書きすぎた気がするので、そろそろやめますね。

 とにかくこんな調子で、私たちなりに楽しく、

 それなりに幸せなままで歩いていきたいな、と思いました。


 どんなときでもあなたの隣に私はいるつもりです。

 何かあったら、名前を呼んでください。

 そうでなければ手を引いてください。

 それと……私だってあなたに頼れるように、もう少ししっかりしてくださいね?


放課後ティータイム ギター
中野梓より


P.S.
 バンドならともかく、バイトのしすぎで単位落としたら元も子もないです!
 もっと計画的に、学業にもしっかり励んでください。まったく。
 学期末に澪先輩やムギ先輩ならともかく、後輩の私を頼るってちょっとどうなんですか?
(ちょっとその辺も考えて、いつかの時みたいに計画でも立てときましょうか? 笑)




おわり。



最終更新:2012年08月26日 08:41