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「だーめ。あれは、私達三人で食べるの。
りっちゃんの分は、なーいよ」

 意外な唯の返答に、律は口を尖らせる。

「えー?いーじゃんかー、ケチー」

「駄目ですよ、律先輩。
澪先輩が居るじゃないですか」

 梓も断ってきた。
澪の存在を理由にしている意味が、律には分からない。

「じゃあ、澪の分も残しておいてよ。
澪と一緒に、後で食べるから」

「駄目よ。私達にだって、意地があるの」

 紬の言葉に、律は首を傾げた。

「私に食べて欲しく作ったって、そう言ってたけど」

「だから、私達の意地なんですよ。
選ばなかった人には、あげません」

 梓の迫力に押されて、律はそれ以上言葉を返せなかった。
疑問をただ顔に浮かべる事で精一杯だ。

「りっちゃんって、本当に鈍感なんだね。
まぁいいや、分かってた事だし」

 唯は呆れとも諦めとも取れる口調でそう言った後、
梓達に向き直って言葉を続けた。

「さー、りっちゃんの部屋に戻って、美味しいケーキ食べようね。
あずにゃん、ムギちゃん」

「ええ、食べられない人は可哀想です。
本当に……美味しいですもんね」

「全くよね。きっと、世界で一番、美味しいわ」

 唯に同調する梓と紬の声は、どこか涙交じりに感じられた。
既に背を翻しているので顔は窺えないが、もしかしたら泣いているのかもしれない。
その理由も、律には分からない。

「あ、唯。私まだ、プレゼント貰ってないよ?」

 話を繋ぐように、律は言った。
泣いているような彼女達が気になり、このまま帰す事は気が引けたのだ。

「ないよ」

「ありません」

「ないわ」

 唯も梓も紬も、言葉短く答えた。
だが、律の部屋に来た時には、それらしき物を持っていたはずだ。

「でもでも、さっきは、それっぽいの持ってなかった?」

「あれは何でもないよ。
ただの忘れ物だから、りっちゃんの部屋に取りに帰るの」

 唯はプレゼントの存在を無かった事にしようとしている。
それくらいは律にも察せられたが、理由までは相変わらず分からない。

 律が問い返すよりも早く、唯はドアを開けて言った。

「じゃあね、澪ちゃん。お幸せに」

「ええ、幸せにしてやってください」

「じゃあ、また明日、ね」

 唯に続いて紬と梓も退室の言葉を並べて、三人とも澪の部屋から出て行った。
静かになった部屋の中、澪がそっと律に口を寄せて言う。

「遅れちゃったけど、誕生日おめでとう、律」

「ん、日付変わっちゃってるけど、私も悪いんだもんね。
ところで唯達、どうしてケーキもプレゼントもくれないのかなぁ?
ケーキを食べて欲しいって、さっきは梓が言ってたのに。
それを後回しにして、ここまで走って来ちゃった私に怒ってるのかなぁ?」

 そう、澪の家に入る直前まで、ケーキを勧められていた。
それが今や、律にケーキを与えない方向に転じている。
唯達の心の変遷が、律は気になっていた。

「その場に居合わせていないから、詳細は分からないけど。
でも多分、誕生日会に来ない私が、唯達には薄情に見えたんだろう。
真意が分かった後でも、自分の意地を律の心に優先させたと判断した。
そしてそんな私の為に、律は誕生日会を破綻させてしまった。
その事に対するケジメなんだろうな」

 澪の推測を聞いて、律は自分の言葉を思い出していた。
自分はケーキを食べれば誕生日会が終わってしまうと、そう言ってケーキを遠慮した。
ならば、律がケーキを食べない事で、誕生日会は終わっていない事になる。
その事が、どうにも澪の推測と一致しないような気がした。
誕生日会を終わらせない事が、彼女達のケジメだと言うのならば。
友人に向けるものとしては、些か執念じみているように思えるのだ。

 澪の説明には、何かが足りない。
そう感じながらも、律は一応頷いた。

「そっか。でも、澪がプレゼントとかケーキとかくれるんでしょ?」

 澪は申し訳なさそうな顔になった。

「ごめん、用意してないんだよ。
律が来てから、一緒に買いに行くつもりだったんだ。
その場で欲しい者、即断で買ってあげたかったから。
でも、この時間じゃあな……」

「みーおっ。そんな顔しないで。
澪が居てくれるだけで、満足だよ」

 慰めるように言ったが、本心でもあった。
物欲よりも、精神面での満足を律は澪に求めているのだから。

「そう言ってくれると嬉しいけど、
プレゼントもケーキもなく、日付も変わっちゃってるんじゃ、このままじゃ恋人失格だな。
今度、リベンジさせてよ。
……いや、そうか」

 澪は何かに気付いたような声を上げた。

「どうしたの?」

「いや、よく考えたら、誕生日に間に合わなくて丁度良かったのかもしれない。
うん、これなら、来年からは唯達と一緒に律の誕生日も祝える。
律、お前が私と二人っきりで過ごす誕生日だけど、
記念日って扱いにして、八月二十三日あたりにしないか?
二十一日は、唯達と一緒に祝おう」

「どういう事?」

 律は首を傾げた。
仮に二十一日を唯達とのホームパーティーに当てたとしても、
二十二日を記念日としない理由が分からない。
また、本来の誕生日を二人きりで過ごす日に当てない理由も分からない。
ホームパーティの方こそ、日付を改めるべきではないのか。
律の脳裏には、疑問が連ねられている。

「その日からさ、誕生日が獅子座から乙女座に代わるんだよ。
乙女な律にはその期間の方が、誕生日に相応しいって思って」

「な、何言ってるんだよう」

 澪の言葉の意味が分かって、律は顔を赤らめた。
ただ、来年から唯達と開く誕生日会と、
澪と二人きりで過ごす日が共存できる事は素直に嬉しい。

「駄目、かな?」

「いや、駄目、じゃないけど。嬉しいけど」

 律は気恥ずかしさから、目を逸らしながら答えた。
その時、逸らした先のヘアピンに気付いた。

「あ、唯、ヘアピン忘れていってる」

「夜が明けてから、届けてやらないとな。
律の部屋に居るはずだ」

 そういえば、と律は思う。
二人で過ごす記念日を二十三日に設けた以上、今日はこの後どうするのだろうか、と。

「ねぇ、澪。この後、どうするの?」

「決まってるだろ?」

 澪は抱えていた律を、ベッドに下ろした。
澪の意図が分かって、律は更に赤く頬を染める。
一旦は鎮まった律の性欲も、再び燻り始めてきてしまった。

「み、澪しゃん、激しいから。
明日、疲れちゃいますわ」

 律は羞恥を隠す為、敢えておどけるように言った。

「安心しな。律の部屋まで、私が運ぶ約束なんだから」

「やっぱり、さっきみたいな体勢で?」

「勿論。嫌か?」

 恥ずかしい思いはあった。
だが、あの体勢で抱え上げられる事に対する憧憬の方が強い。

「んーん、嫌じゃない」

「やっぱり、律は乙女だな」

 そう言いながら髪を撫でてくれる澪の手が心地好くて、律は目を細めた。
ケーキが食べられずとも、今や気にならなかった。


<FIN>



最終更新:2012年08月28日 00:31