その後少しだけ話をして、私たちは同じベッドで眠りました。
真っ暗な部屋で二人きり。
紬「ねぇ、梓ちゃん」
紬「……」
紬「寝てるなら、そのまま寝てて」
紬「起きてるなら、寝たふりしたまま聞いてて」
紬「私ね」
紬「悪いことしたの、あれが初めてなんだ」
紬「梓ちゃんの心に大きな傷を残すつもりで、日本でキスしたの」
紬「だから今日来てくれてとっても嬉しかった」
紬「どんな理由であっても」
紬「たとえ梓ちゃんが私のことを好きじゃないとしても」
紬「とっても嬉しかった」
紬「だからね、もう私のこと忘れてもいいよ」
紬「もう満足したから」
紬「十分私は幸せだから」
紬「だから……」
紬「……」
紬「……」
紬「……ごめん。涙がとまらないよ」
紬「なんで私ってこうなのかな」
紬「先輩なのに、しょうがないよね」
紬「でも梓ちゃんには沢山恥ずかしいとこ見られちゃってたよね」
紬「いつも私のこと慰めてくれたよね」
紬「梓ちゃん」
紬「梓ちゃん」
紬「梓ちゃん」
紬「梓ちゃん」
紬「梓ちゃん」
紬「梓ちゃん」
紬「梓ちゃん」
紬「梓ちゃん」
紬「梓ちゃん」
紬「梓ちゃん」
紬「梓ちゃん」
紬「梓ちゃん」
紬「好きなの」
紬「どうしようもなく好きなの」
紬「梓ちゃんのことを諦めるのだけは無理なの」
紬「たとえ賭けに負けても」
紬「どんなにみっともなくても」
紬「それだけはできないんだ」
紬「だから私、全部捨てるね」
紬「全部捨てて戻ってくるね」
紬「梓ちゃんのところに」
紬「きっと何年もかかるから」
紬「私のこと忘れていてもいいから」
紬「誰か他の人と恋しててもいいから」
紬「それでも、私は梓ちゃんのところに戻ってくるから」
紬「今は、さよなら」
紬「おやすみ、梓ちゃん」
朝起きると、屋敷にムギ先輩はいませんでした。
執事さんから渡された航空券を使って、私は日本に戻りました。
先輩たちにムギ先輩とのことを話すと、
「HTT再結成パーティーの準備をしなきゃ」と笑ってくれました。
―――
―――
―――
秋がきて、草花が色づき。
冬がきて、校庭が白く覆われ、
春が来て、桜が咲き、
軽音部の先輩たちは卒業してしまいました。
私は部長に就任し、
憂と純、そして直と菫を加えて新生軽音楽部は動き出しました。
ムギ先輩とはもちろん会っていません。
メールもしていません。
手紙もありません。
桜が散り、
紫陽花の季節も終わり、
夏が来ました。
あの日、ムギ先輩と別れてから一年が経ちます。
新生軽音部の活動は楽しいです。
憂と純という、気のいい気の合う友達。
菫と直という、頑張り屋さんのかわいい後輩たち。
寂しいという気持ちはありません。
その感情はとっくに壊れてしまいました。
今の私はただただ、待っているだけです。
帰ってくるのを。
ムギ先輩が全部を捨てて帰ってくるのを。
待っているのです。
ただ、ただ。
また夏が終わり、また草花が色づき、秋になりました。
最後のライブが終わり、
私達三年生は軽音楽部を卒業しました。
草葉が落ち、冬がきました。
もうすぐ私達も高校を卒業します。
そして2月の14日になりました。
あの日。
私がムギ先輩に告白されてからちょうど二年――
菫から一通のメールがきました
『軽音楽部の部室に来て欲しい』
私には、そのメールの意味がわかりました。
だって――。
◆部室
梓「ムギ先輩!」
紬「あら、梓ちゃん」
紬「いらっしゃい」
予想通りムギ先輩は部室に独りでいました。
机の上にはカップが2つ並んでいます。
梓「ムギ先輩、なにをしてるんですか?」
紬「梓ちゃんを待ってたの」
紬「……あ、これのこと? これはカップにお湯を入れて温めてるの」
紬「やらない日も多いんだけど、今日はバレンタインデーだから、ね」
今の私には全部わかります。
菫からメールがきて、
もしかしたらと思って部室に来たらムギ先輩がいて、
ムギ先輩は、お茶をいれる用意をしていて……。
これはきっと―――
紬「梓ちゃん。ふたりっきりでお茶会してもらえませんか?」
紬「今お茶を淹れるからちょっと待ってね」
梓「全部終わったんですね」
紬「梓ちゃんは、どうしてそう思うの?」
梓「ムギ先輩がこうして帰ってきましたから」
梓「そうじゃないなら、ムギ先輩がこうしてかえってくるわけありませんから」
紬「約束なんて、してないのに?」
梓「それでもです」
紬「はい、お茶がはいったわ」
ムギ先輩がいれてくれたお茶からはいい匂いが漂ってきます。
この懐かしくも、気高い匂いは……。
紬「梓ちゃん、このお茶の名前、わかる?」
梓「名前なんて、どうでもいいです。ここにムギ先輩がいてくれるから」
梓「でも、あえていうなら、これは――玉露です」
紬「正解」
紬「ねぇ、梓ちゃん、やっと全部終わったの」
紬「あれから二回季節が巡り」
紬「私にはいろんなことが起きたわ」
梓「はい。私もいろんなことがありました」
紬「外国に移住することが決まって」
紬「私は梓ちゃんに告白して」
紬「そのまま何も告げずに、私は去っていって」
紬「婚約者ができて」
紬「私は一つの賭けをした」
紬「梓ちゃんが私のもとに来なかったら、人形として生きよう」
梓「来たら全部を捨てよう、ですね」
紬「ええ」
紬「そして、梓ちゃんは来てくれた」
紬「身勝手に去っていった私のもとに来てくれたの」
紬「好きだ、とは言ってくれなかったけど」
紬「だから私は、すべてを終わらせた」
紬「家を捨て、琴吹を捨てた」
紬「幾つもの人間関係を切り捨てた」
梓「それで良かったんですか?」
紬「いいの」
紬「だって、今の私は梓ちゃんのために生まれたきたのだから」
自然と心が高ぶりました。
これはきっと酷く直接的なプロポーズ。
ムギ先輩の、一世一代のプロポーズ。
だから私は――
梓「ムギ先輩のことを好きかどうか」
梓「私はずっと分からなかったんです」
梓「告白された後も」
梓「フィンランドに行ったときも」
梓「帰ってきてからムギ先輩を待ってる間も」
紬「そう」
梓「だけど、たった今分かったんです」
梓「ムギ先輩のプロポーズを聞いて
梓「本当の笑顔を見て」
梓「全細胞が震えたんです」
梓「ムギ先輩にずっと傍にいて欲しい」
梓「ムギ先輩に私を見ていて欲しい」
梓「ムギ先輩のことが欲しい」
梓「こんな気持は初めてです」
梓「だから言います」
紬「うん」
梓「一度しかいいませんからね」
紬「うん」
梓「ムギ先輩、好きです」
終劇!
最終更新:2012年09月05日 19:57