翌朝、登校中、ばったり唯ちゃんに出会いました。

唯「うー冷えるねー」

紬「もう11月だもんね」

唯「ムギちゃん、手つないでいい?」

紬「……うん」

唯「ムギちゃんの手、あったかーい」

ほんのちょっと迷いましたが、私は唯ちゃんの手をとりました。

梓ちゃんと付き合うようになっても、
唯ちゃんと手を繋いだり、
澪ちゃんを抱きしめて慰めたり、
みんなと軽いスキンシップは続けてきました。

それで梓ちゃんが気分を害したこともありませんでした。

唯「赤ちゃんかぁ」

紬「……うん」

唯「あずにゃんとムギちゃんの子供なんだからきっとかわいいよ」

紬「……うん」

唯「元気ないねぇ、ムギちゃん」

紬「うん。ちょっと」

唯「……私には難しいことはわからないけど」

紬「うん」

唯「ムギちゃんもあずにゃんもずっと仲間だから
  お爺ちゃんやお婆ちゃんになってもずっとずっと仲間だから」

紬「唯ちゃん……」

唯「だからさ……うーん……上手く言えない……」

紬「大丈夫。ちゃんと伝わってるから」

唯「そう?」

紬「うん。唯ちゃんありがとう」

唯「ムギちゃんやっと明るくなった」

紬「ふふっ」


唯ちゃんの気遣いはとても嬉しかったです。
ちょっと軽い気持ちになって歩いて行くと、今度は梓ちゃんに出会いました。

梓「ムギ先輩、唯先輩、おはようございまし」

唯「おはよー」

紬「おはよう」

梓「ムギ先輩、ちょっとこっちに来てください」


梓ちゃんは私の繋いでないほうの手をとって、引っ張っていきました。
とても険しい表情をしていまし。
理由はわかります。
私の両親が赤ちゃんについてどう言ったのか気になってしょうがないのでしょう。


紬「あのっ、梓ちゃん」

梓「ムギ先輩!」

紬「はいっ」

梓「唯先輩と手、繋がないでください」

紬「えっ?」

梓「……いけませんか?」

紬「えっと、うん。わかった」

梓ちゃんの言葉は予想外のものでした。
妊娠してちょっとは嫉妬してくれるようになったんでしょうか。
だとしたら、不謹慎だけど、ちょっとだけ嬉しい……。

梓「ありがとうございます」

紬「それでね梓ちゃん。家の御両親なんだけど」

梓「どうでしたか!?」

紬「……ごめんなさい」

梓「……はぁ」

紬「ごめんね」

梓「仕方ありません。そうなるとは予想してましたから」

紬「予想してたの?」

梓「はい。
  ムギ先輩は良家の御嬢様ですから。
  どこの馬の骨とも知らない私との赤ちゃんなんて、
  当然反対されるだろうな、って」

紬「そんなことない!!」

梓「えっ」

紬「反対されたのは私達が子供だから。
  梓ちゃんの身分なんて関係ないんだから。
  だから……」

梓「……」

紬「自分を卑下しないで」

梓「……はい」

紬「昨日は反対されちゃったけど、今日も説得してみるから。
  今日が駄目ならまた明日も、明日が駄目なら何週間でも、何ヶ月でも。
  赤ちゃんが生まれるまで、まだまだ時間があるんだから、ね」

梓「……そうですね」

紬「あともう一つ報告があるの」

梓「なんですか?」

紬「実はね、あの薬を持ってきた人について聞いてみたんだけど魔法使いらしいわ」

梓「魔法使い、ですか?」

紬「ええ、信じられる?」

梓「実際に赤ちゃんができたんだから、信じるしかありません」

紬「そうね。それでね、お腹の赤ちゃんは間違いなく私と梓ちゃんの子供だって
  遺伝子的にも魂的にも」

梓「魂?」

紬「あるらしいわ」

梓ちゃんはゆっくり自分のお腹を愛しそうに撫でた後、こう言いました。

梓「ムギ先輩も撫でてください」

紬「うん。……ここに私達の赤ちゃんがいるんだ」

梓「はい。本当に私達の赤ちゃんがいるんです」

紬「ふしぎだね」

梓「ふしぎです。でも……嬉しいです」

紬「ふふっ、私も」


放課後。
いつものように部室にやってきました。

唯「あずにゃ~ん。ふぅむ。ここに赤ちゃんがいるんだねーすりすり」

梓「うっ、やめてくださいよ」


そしていつものように抱きつく唯ちゃん。
その光景を眺めながらお茶を入れていると、
梓ちゃんに呼びされてしまいました。
ちょっと廊下に来て欲しいとのこと。


梓「ごめんなさい。ムギ先輩」

紬「……どうしたの?」

梓「あのっ、朝はあんなこと言ったのに、
  唯先輩に抱き付かれてまんざらでもない顔してしまいました」

紬「あぁ、そのこと」

梓「はい、私って嫌な女ですよね」

紬「そんなこと別にいいのよ。
  唯ちゃんが梓ちゃんに抱きつくのはいつものことなんだから」

梓「……」

紬「梓ちゃん?」

梓「……ムギ先輩は嫉妬してくれないんですか」

紬「えっ」

梓「唯先輩に抱き付かれた私を見て、何も感じないんですか」

それは予想だにしていない問いかけでした。
私も唯ちゃんのように梓ちゃんに抱きつきたいと思ったことは何度もあります。
でも、唯ちゃんに嫉妬したことは一度もありません。

紬「えっと……」

梓「……すいません忘れてください」

紬「梓ちゃん!」

梓「ごめんなさいっ!」


そう言い残すと梓ちゃんは、部室に駆け入り、荷物を持って飛び出しました。
私はそれをただ見つめていることしか出来ませんでした。


その日の夜も私は御父様と死闘を交えました。
お互い息を切らせて激しい言い争い続きます。

ただ、御父様も絶対に折れるつもりがないようではなさそう。
意地になって反対しているだけのように見えます。

御父様は優しい人だから「堕ろせ」とは決して言えないのでしょう。
だからと言って娘の人生を狭めるような選択を簡単に許せるわけでもなく、
意固地になってしまっているのだと感じました。

時間はかかるでしょうが、必ず御父様を説得することはできる。
私は確信しています。


激しい論戦が終わり、自分の部屋に戻ると、一件のメールがきました。
それは梓ちゃんからのメール。
「駆け落ちしてください。待ってます」とだけ書かれた短いメール。
私は「駅で」とだけ書いて返信し、支度をしました。

梓「きてくれたんですか」

紬「もちろん」

梓「きてくれないと思ってました」

紬「ごめんね」

梓「なんで謝るんですか?」

紬「心配させちゃったから、梓ちゃんに」

梓「そんなこと……」

紬「あるよ」

梓「……」

紬「不安にさせてごめんね」

私は梓ちゃんの体を抱き寄せました。
梓ちゃんの体はとっても冷たかったので、ぎゅっと強く抱きしめました。

梓「私、不安なんです」

紬「知ってた」

梓「妊娠してから、ムギ先輩が本当に自分のことを好きなのか、とか。
  本当に赤ちゃんを産めるんだろうか、とか」

紬「うん」

梓「だから唯先輩と手を繋いでるムギ先輩に嫉妬したり、
  嫉妬してくれないムギ先輩にいらついちゃったりしたんです」

紬「わかってるよ」

梓「本当は『責任とってください』なんて言いたくなかったんです。
  喜びをわかちあいたかったんです」

紬「うん」

梓「ムギ先輩。はっきり教えてください。
  私のこと、どう思ってるのか。赤ちゃんのこと、どう思ってるのか。
  もしムギ先輩が迷惑だと思ってるなら……」

紬「ねぇ、梓ちゃん」

梓「はい」

紬「琴吹家に戻った私が始めに何したと思う?」

梓「……わかりません」

紬「宝石をね、整理したの」

梓「宝石、ですか?」

紬「ええ、両親に最後まで反対されても赤ちゃんを育てられるように。
  数百万円分あるわ」

梓「それじゃあムギ先輩は」

紬「うん。梓ちゃんに子供を産んで欲しくて仕方ないの。
  たとえ駆け落ちしてもね」

梓「ムギ先輩……信じていいんですか?」

紬「もちろん。
  それからもうひとつ」

梓「なんでしょうか?」

紬「私、梓ちゃんが思ってるよりずっと梓ちゃんのこと好きだから」

言い終わるやいなや、梓ちゃんの口に舌を侵入させました。
11月の夜にするキスは、とても暖かくて、幸せな気持ちに浸れました。
キスが終わった後、梓ちゃんは蕩けた顔をしていたので、もう一度キスをしました。

何度もキスを重ねた後、梓ちゃんを私の家に連れて帰りました。

紬「そうだ。梓ちゃんいい報告があるの」

梓「いい報告ですか」

紬「うん。御父様の心が揺らいでるみたい」

梓「本当ですか!?」

紬「うん。きっともう少しで説得できると思うの!」

梓「じゃあ障害は全部なくなるんですね」

紬「ええ。……でもね、梓ちゃん」

梓「はい」


紬「こういうことは何度もあると思うの」


梓「こういうこと?」

紬「二人のどちらかが精神的に参ってしまったりすること」

梓「……はい」

紬「でもきっと大丈夫。私達には軽音部のみんながいるもの」

梓「……はい」

紬「梓ちゃんの御両親や、私の御父様や御母様だってきっと力になってくれるわ」

梓「……はい」

紬「それに私は梓ちゃんのこと大好きだし、
  梓ちゃんも……」

梓「ムギ先輩のこと大好きです」

紬「だからね、今は本当に思えるの」
  私達の赤ちゃん楽しみだって!」

梓「……はい!」


おしまいっ!



最終更新:2012年09月05日 20:41