澪はこの日、ずっと紬と律の影に隠れて過ごしました。
休み時間も、トイレに行くときも、ずっと一緒でした。
やがて放課後になり、四人は部室に集まりました。

唯「澪ちゃんも楽器やるの?」

澪「あぁ、私はベースを弾くんだ」

唯「ベース! 凄い!!」

澪「//」

紬「唯ちゃんはね、ギタリストなの」

澪「へぇ?平沢さんギター弾けるんだ」

唯「えへへ?」

澪「琴吹さんは何をやるの?」

紬「私はこれ」

澪「キーボードか」

律「私はだな‥‥」

澪「律はドラムだろ。知ってるよ」

律「そ、そうだな」シュン

唯「ねぇ、せっかく四人揃ったんだから、合わせてみようよ」

紬「そうね、やってみましょ」

律「あぁ、そうだな」

澪「‥‥できるかな」

澪は不安そうな顔をしましたが、紬と律に押されて演奏しました。
四人で合わせるのは初めてでしたが、演奏はとても楽しく明るいものでした。
演奏しながら澪は、学校に来てよかったと思いました。

紬「澪ちゃん上手!」

唯「うんうん。すっごくうまかった」

澪「//」

唯「それにひきかえ、ねぇ」

律「な、なんでこっちを見るんだ」

唯「りっちゃんってさ、部長さんなのに下手だよね」

律「ひ、酷い‥‥」シュン

澪「まぁまぁ律。これからだって」

律「うぅ‥‥」

律が落ち込んでいると、ティーセットを持った紬がやってきました。

紬「お茶をいれるわー」

唯「お菓子もあるの?」

紬「えぇ、今日はロールケーキよ!」

澪「ロールケーキ」ゴクリ

紬「ふふふ、澪ちゃんも好きなんだ」

澪「うん」

紬「それは良かった」

紬はお茶の準備を始めました。

受け皿を並べ、カップを置き、皿を並べ、ティースプーンとフォークをセットする。
紅茶をカップに注ぎ、ロールケーキを切り分けて、皿に盛り付ける。

その一連の流れはとてもゆったりとしていましたが、全く無駄のないものでした。
いつの間にか澪は紬に見蕩れていました。

澪「きれい‥‥」

唯「澪ちゃん?」

澪「‥‥ううん、なんでもない」

紬「どうぞ、澪ちゃん」

澪「ありがとう」

澪「‥‥」ゴク

紬「どう?」

澪「美味しい‥‥」

紬「おかわりもあるから、どんどん飲んでね」

澪「あぁ」ゴク

唯「ムギちゃん、ムギちゃん。私にも早く」

紬「ええ、唯ちゃん。今いれるわ」

ティータイムは終始和やかでした。
美味しいお茶と美味しいお菓子、楽しそうに過ごす3人。
澪は軽音部にきて本当に良かったとひしひしと感じました。

律「‥‥納得行かない」

澪「律‥‥?」

律「こうなったら練習あるのみだ!!」

唯「さっきの演奏気にしてたんだ」

紬「おっ、りっちゃんやるきね?」

律「あぁ、これからドラムマニアやりに行くぞ」

紬「えっと‥‥」

唯「ムギちゃんは知らないんだ。ゲームのことだよ。ドラムを叩くゲーム」

律「あぁ。ドンドンドコドンってリズムに合わせて叩くんだぞ」

紬「面白そう!!」

律「じゃあ今日の部活はこれくらいにして、みんなで行こうぜー」

唯・紬「おー」

澪「‥‥」

紬「澪ちゃん?」

澪「‥‥私はいい」

紬「えっ?」

澪「私は行きたくない」

律「そんな事言わずにさー。澪も行こうぜ」

澪「ごめん律。久しぶりに外に出たから疲れてるんだ」

澪「私はいいから琴吹さんと平沢さんと3人で行っておいでよ」

律「うーん」

紬「‥‥私も澪ちゃんと一緒に帰るわ」

律「それじゃあムギ頼むよ」

澪「いいよ。琴吹さんも楽しんできなよ」

紬「だけど‥‥」

澪「ドラムマニアに興味津々だったじゃないか」

紬「‥‥」

澪「それじゃあ、私は帰るよ。さよなら」

澪はそう言い残して帰ってしまいました。
もちろん四人で遊ぶのが嫌だったわけではありません。
澪はゲームセンターに行くのが嫌だったのです。

人が沢山いる場所、しかも素行の良くない人がたむろしている場所。
澪にはまだそんなところに行く勇気がありませんでした。


澪「はぁ‥‥」

澪「なんだか妙な空気にしてしまったな」

澪「でも軽音部は楽しかった」

澪「うん。明日から頑張ろう」

澪は長い独り身生活のせいで、独り言がくせになっていました。
傍から見たら、ただのかわいい妙な人です。

そんな澪の後を追いかける少女がいました。そう、紬です。

紬「澪ちゃん!!」

澪「琴吹さん、どうして‥‥」

紬「約束したから」

澪「約束?」

紬「私がずっといっしょにいるって、約束したから」

澪「でも、もう放課後だよ」

紬「家に帰るまでが学校です!」

澪「‥‥ぷっ」

紬「澪ちゃん?」

澪「琴吹さんって真面目な顔して面白いこと言うんだね」クスクス

紬「//」

澪「それじゃあ一緒に帰ろうか」

紬「うんっ!」

二人は歩き出しました。
ゆっくりと、一歩一歩しっかりと。
夕焼けで赤く染まった街を通り過ぎ、少し暗くなった森を抜けて、澪の家に着きました。

澪「上がっていってよ。お茶ぐらい出すから」

紬「うん」

澪「琴吹さんはそこら辺に座ってて、今用意するから」

紬「うん」

ソファに座った紬は辺りを見回しました。
すると一枚の写真が目に入りました。そこには幼い澪と律が写っていました。

澪「はい、麦茶で良かったかな?」

紬「ありがとう。ねぇ、あの写真」

澪「あっ、あれか」

紬「うん。小さい頃の澪ちゃんとりっちゃんだよね」

澪「あぁ、そうだよ」

紬「ふたりともかわいいわ?」

澪「そうかな? 今とそんなに変わらないと思うけど」

紬「うふふふ」

澪「ねぇ、琴吹さん」

紬「なぁに?」

澪「私はこれから上手くやっていけると思う?」

紬「不安?」

澪「うん。今日も最後は妙な空気にしちゃったし」

紬「澪ちゃんは人が沢山いるところに行くのが嫌だったんだね」

澪「‥‥! 気づいてたんだ」

紬「うん」

澪「琴吹さんは凄いな。それにひきかえ律のやつは」

紬「りっちゃんも気づいてたと思うけど」

澪「えっ」

紬「澪ちゃんが人ごみ苦手だって知ってるから」

紬「だからこそ、ゲームセンターに連れて行こうとしたんだと思う」

澪「‥‥そうなのか」

紬「うん。りっちゃんなりの気遣いじゃないかな」

澪「‥‥はぁ」

紬「澪ちゃん?」

澪「いやさ。律にも琴吹さんにもこんなに気遣われて、情けないなって」

紬「そんなことないと思うけど。ベースだってとっても上手だったし」

澪「あぁ、ベースは独りで練習してたから‥‥」

紬「ねぇ、澪ちゃん」

澪「なんだ?」

紬「少しずつ慣れていけばいいと思うの。一歩ずつ」

澪「そうかな?」

紬「うん。私はそう思う」

澪「‥‥」

紬「私ね、今とっても楽しいの」

澪「楽しい?」

紬「うん。たまたま訪れた家を探検したら、お姫様みたいな綺麗な女の子が出てきて‥‥」

紬「私と友達になってくれて‥‥」

紬「その子は同じ学校の子で‥‥」

紬「軽音部で一緒に演奏して‥‥」

紬「こうやって、一緒にお喋りして‥‥」

紬「本当に、とってもとっても楽しいの!!」

澪「琴吹さん‥‥」

紬「澪ちゃんは楽しくない?」

澪「私も楽しいよ」

澪「突然人が家に入ってきたときはどうなるかと思ったけどさ‥‥」

澪「やってきたのはお姫様みたいに綺麗な女の子で‥‥」

澪「その子は同じ学校の子で‥‥」

澪「とっても優しくて面白い子で‥‥」

澪「血はすっごくまろやかで‥‥」

澪「あっ」

話しているうちに、澪は紬の血の味を思い出してしまいました。
視線は紬の首筋に釘付けです。

澪「‥‥ごめん」

紬「吸う?」

澪「いいの?」

紬「えぇ」

澪「それじゃあ」カプッ

紬「‥‥」

澪「まろやかー」

紬「やっぱりまろやかなんだ」

澪「うん。とってもまろやかで、包み込まれるような優しい味」

紬「//」

澪「//」

紬「だけど、澪ちゃんも同じ事を考えてたなんて」

澪「同じ事?」

紬「お姫様みたいだって」

澪「だってとっても綺麗な髪で、綺麗な瞳だから」

紬「眉毛は太いよ」

澪「それもかわいいと思う」

紬「//」

紬は澪にほめられて真っ赤になってしまいました。
容姿を褒めてもらったことは何度もありましたが、
眉毛まで褒めてもらったのは初めてだったのです。

澪「それより私がお姫様だなんて、そんな柄じゃないよ」

紬「そんなことない!!!」

澪「わっ」

紬「髪の毛は艶のある綺麗な黒だし、瞳もぱっちりしてるし」

紬「ちょっと病弱そうだし、おしとやかだし」

紬「お姫様そのものよ!!」

澪「//」

力説されて、澪も頬を真っ赤に染めました。
紬の言葉は力強く、1点の嘘偽りもないことは明らかです。

澪「琴吹さんは人を褒める天才だと思う」

澪は照れくさそうに言いました。

紬「そういう澪ちゃんのほうこそ」

紬も照れくさそうに言いました。

澪「ねぇ、琴吹さん」

紬「なぁに?」

澪「ムギって呼んでいいかな?」

紬「うん。よろこんで!」

澪「これからよろしく、ムギ姫」

紬「あらあら、そんな呼び方したらりっちゃんが嫉妬するわよ」

澪「律が? ないない。律はお姫様って柄じゃないから」

紬「そうかな? ジュリエットとか似合いそうだけど」

澪「‥‥ぷっ」

紬「澪ちゃん?」

澪「やっぱりムギってときどき面白いことを言うね」

紬「もう‥‥だけど、それなら私にもチャンスがあるのかな」

澪「なんのこと?」

紬「うふふ、なんでもないわ」

澪「教えてよ」

紬「秘密」


二人の関係はまだ始まったばかり。
紬の秘密が明かされるのは、もっと後のお話。
彼女たちにはまだまだ時間があるのです。

めでたしめでたし?



おしまいっ!





※参考AA



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最終更新:2012年09月22日 20:00