部室につくと、扉が半開きだった。
中にはムギがいた。
自慰をしていた。
いつも梓が座っている椅子で。
わけがわからなかった。
頭の中がぐちゃぐちゃになった。
なんでムギが梓の席で自慰をしてるんだ。
たまたま? そんなわけない!!
気づけば私は屋上へ走り出していた。
屋上の扉を開く直前、やっと私は冷静になった。
あの自慰は私に見せるためのものだったんじゃないか。
自分が本当に好きなのは梓だから、遠慮無く律のところへ行っていいと。
そう伝えたいんじゃないか、って。
ふざけるな!!
だったら昨日のあれは何だったんだ!
ムギが私のことを好きなのはバレバレなんだ!
今までのは全部私を慰めるためのものだったって言うのか!!
そんなのあり得るわけない!!
律と結ばれたとしても、後からムギにはキツく文句を言ってやろう。
そう決意して扉を開いた。
律「きたか……」
澪「どうしたんだ、律。こんなところに呼び出して」
律「あぁ、うん、それなんだが……」
澪「何か言い難いことなのか?」
律「まぁ、そうだ……」
澪「……」
律「澪……ごめん!!」
澪「なんで謝るんだ」
律「澪に頼まれてたじゃん」
澪「えっと……」
律「クリーニングボンバーのコンサートチケットだよ」
律「私の伯父さんが関係者だから、チケットとってくれって頼んでただろ」
澪「……」
律「それなんだけどさ、確かにチケットは取れたんだ」
律「だけど、知り合いの子がチケット代の10倍出すって言うから、転売しちゃった」テヘ
澪「……」
律「あの、澪さん?」
律「怒っていらっしゃいますか?」
律「えっと……本当にごめん! ラーメン奢るから許してくれ!!」
澪「律の大馬鹿!!!!!!」
私は助走をつけて思い切り律を引っ叩いた。
手加減なんて、もちろんしない。
地面に這いつくばった律を放って、私は駈け出した。
ムギのところへ。
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梓「私をダシにするのやめてください。不愉快です」
紬「ごめんなさい。でも他に思いつかなかったの」
梓「はぁ……。素直になればいいじゃないですか」
紬「それは無理」
梓「どうしてですか?」
紬「澪ちゃんはずっとりっちゃんのことが好きだったの」
紬「子供の頃からずっと……」
紬「ずっとずっと想い続けてきたの」
紬「だから、その恋がやっと実を結ぶ時がきたんだから」
紬「私がそれを邪魔をしちゃ駄目」
梓「それは本音ですか?」
紬「……え」
梓「本音なのか、と聞いているんです」
梓「本当は澪先輩に振られるのが嫌なだけじゃないんですか?」
梓「単に振られるのが怖くて、逃げ出してきただけじゃないんですか」
紬「……」
梓「ムギ先輩が身を引く理由なんてないんです」
梓「澪先輩が律先輩を選べばムギ先輩は振られるだけです」
梓「たとえ、どれだけ愛していると嘆いたところで」
紬「……」
梓「それに、思うんです」
梓「出会いが遅かったから」
梓「それだけの理由で諦めなきゃならないなんて、そんなのあんまりだと思います」
梓「ムギ先輩の本当の気持ち、澪先輩にちゃんと伝えるべきです」
梓「私だって知ってます」
梓「ムギ先輩だってずっと澪先輩のこと好きだったはずです」
梓「いつだって目で追いかけてたじゃないですか」
梓「澪先輩が楽しそうにしてると、本当に嬉しそうにしてたじゃないですか」
梓「だから、ちゃんと澪先輩と向きあってください」
紬「……」
梓「……」
紬「梓ちゃんに何がわかるの?」
梓「わかっちゃうんです」
梓「ずっと見てましたから」
紬「えっ」
梓「役者が来たみたいです。私はもう行きます。ご武運を」
澪「ム、ムギ……と梓!?」
梓「……失礼します」
紬「あ、梓ちゃん!!」
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梓「廊下で聞き耳立ててるなんて、趣味が悪いね」
純「べ、別に聞くつもりはなかったんだよ。本当だよ」
梓「怒ってないからいいよ」
純「……うん」
梓「じゃあ帰ろっか」
純「でもさ、良かったの?」
梓「なんのこと?」
純「琴吹先輩のこと」
梓「さては純、私がムギ先輩のこと好きだと思ってる?」
純「へっ、違うの?」
梓「あぁ言っておけば、ムギ先輩も後戻りできなくなるでしょ」
純「えっ、じゃあ別に好きじゃないの?」
梓「さっ、そろそろ帰ろ」
純「……うん」
梓(ムギ先輩、澪先輩、頑張ってください。律先輩は……別にいいか)
梓「あっ、そうだ!!」
純「と、突然どうしたの?」
梓「帰る前に屋上寄っていいかな」
純「いいけど、何の用なのさ」
梓「犠牲になった人がいると思うんだ」
純「犠牲?」
梓「律先輩は犠牲になったのだ……」
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部室の前に鈴木さんがいたけど、構わず扉を開いた。
扉を開けると、ムギと梓がいた。
梓は「失礼します」と言って部室から出ていった。
私とムギの二人だけになった。
紬「澪ちゃん、どうだった?」
ムギが平静を装って言った。
だけど声は震えてるし、顔は真っ赤だ。
澪「どうだったと思う?」
紬「え、えっと」
ムギはとても困った顔をしてる。
私はそんなムギを放って、梓の席に近寄る。
触ってみると、ほんの少し濡れていた。
澪「あれっ、この椅子……」
傷のつきかたでわかる。
いつも梓が座っている場所にあった椅子は、私の椅子だった。
私の椅子と梓の椅子の位置を入れ替えたのだろう。
澪「入れ替わってるな」
ムギが明らかに動揺した。
ちょっと瞳が潤んでいる。
紬「そ、そんなこと知らなかったから」
紬「梓ちゃんの椅子だと思ってオナニーしてたんだから」
澪「オナニー? なんのこと?」
紬「あっ……」
ムギの目を私が真っ直ぐ見つめると、ムギは目をそらした。
ずっと見ていると、今度は涙が流れ始めた。
紬「ひっく……ぐすっひぐっ」
顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくるムギはかわいそうで、とてもかわいく見えた。
ムギは意外と不器用だ。
器用に立ち回ろうとするんだけど、それが時々空回りする。
そんなムギがとても可愛いことに私は気づいてしまった。
澪「私にはわかってる」
紬「ぐすっ……ぐすっ……」
澪「ムギは私が好きなんだ」
紬「ぐすっ……ひぐっ……」
相変わらず泣いてばかりで私と目を合わそうとしないムギ。
そんなムギの首筋を捕まえて、私は無理やりキスをした。
目は見開いたまま。
やっとムギと目があった。
紬「……!」
私はキスを解いて、ムギに語りかける。
澪「そして私もムギが好きだ」
紬「……そんなの嘘」
澪「嘘じゃない。昨日からムギがかわいくみえるんだ」
紬「だって、そんな都合のいいこと」
澪「見えるんだから仕方ないだろ」
紬「……でもりっちゃんは?」
澪「あぁ、それか」
紬「……?」
澪「コンサートのチケットの話だった」
紬「えっ」
澪「頼んでおいたコンサートのチケットを転売したらしい」
紬「りっちゃんの馬鹿」
澪「あぁ、大馬鹿だ」
紬「澪ちゃんがかわいそう」
澪「それはどうだろう」
私はもう一度ムギにキスをした。
ムギは目を閉じていたけど、私は開いたままだった。
閉じた目の両端から涙が一筋流れた。
綺麗だな、と思った。
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唯「このバターケーキちょっとしつこいね」
梓「ええ、紅茶よりも珈琲が合いそうな感じです」
律「要らないなら私にくれ」
唯「えっ、それは嫌かな」
律「バターケーキは私の大好物なんだ。ムギありがとう」
紬「それなら私も分も食べる?」
律「おおっ、ムギ、ありがとう、大好きだ!!」
紬「///」
あっ、律に大好きと言われて照れてる……。
帰り道のこと。
紬「嫉妬してくれたの?」
澪「うん」
紬「えっ、澪ちゃん」
澪「私以外に照れないで欲しい」
紬「そ、そんなの」
ムギは真っ赤になってしまった。
ほんのちょっと困った顔をして、照れているムギはとてもかわいい。
澪「あっ、そうだ。今日はムギの家に行きたいな」
紬「え、えっと。私の家?」
澪「うん。ここらへんで二人の間の不公平な部分を解消しておきたいと思って」
紬「不公平?」
澪「私だけ自慰を見られちゃったのは不公平だと思うんだ」
紬「み、澪ちゃん」
私の言っていることの意味がわかり、ムギは真っ赤になった。
あっ、ちょっと泣きそうだ。
澪「ムギ」
紬「……なぁに?」
澪「大嫌い!」
とてもいい笑顔でこう言ってやった。
ムギは笑って私をポカっと殴った。
相当手加減してるんだろうけど、ムギの馬鹿力から繰り出される一撃はそれなりに痛かった。
澪「痛い……」
やっぱりムギに対しては引くより押したほうがいいみたいだ。
だからもう一言。
澪「ムギ」
紬「今度はなぁに、澪ちゃん」
澪「大好き!!」
ムギはやっぱり真っ赤になった。
おしまいっ!
最終更新:2012年09月27日 19:07