唯「ザ・4回目です!」

梓「あの」

唯「4とか不吉な感じがするけど頑張ろうね!」

梓「あの」

唯「もうそろそろめんどくさいから特に目標とか無しで確実に登り終えよう!」

梓「あの、雨降ってるんですけど」

唯「降ってるね」

「あずにゃんの頭の中の天気のレパートリーが少ないんだよ」とか言って唯先輩が私を馬鹿にします。
悔しいですが私の夢らしいので否定は出来ません。しっかりしろ、私の頭。

梓「でも大降りじゃないだけ感謝して欲しいですね」

唯「あずにゃんが急に偉そうになった」

梓「すいません」

唯「木登りが出来れば私はそれでいいんだけどねー。ほいっ、と」

唯先輩は相変わらず軽やかに登っていきます。
私も追って手と足をかけてみると、雨の影響はさほどないようで滑ったりはしませんでした。
上を見上げてみても雨に打たれて揺れる木の葉が写るだけで、雨自体は目に入るほど落ちてきたりはしません。
空はひどくどんよりとしていますが、手元が見えないほど暗くもありません。実に都合のいい夢です。
いえ、都合のいい夢、だったはずなのですが。

梓「くしゅん!」

唯「あずにゃん、大丈夫?」

梓「あ、はい、寒くはない…はずです」

登っていくにつれ、雨を遮る葉っぱも少なくなってきます。
前回と同じ簡単な配置の木の枝をどんどん登っていくと、どんどん雨に濡れることが多くなってきました。
上を見ても雨粒は上手い具合に目には入らなかったり、いくら濡れても手や足を滑らせたりしないあたりは、やはり都合のいい夢なのでしょうけど。

梓「唯先輩こそ大丈夫ですか?」

唯「夢だからね!」

梓「あぁそうですか」

唯「雨よりあずにゃんのほうが冷たくない?」

梓「気のせいですよ」

そんなこんなで何度も落ちているあの場所に近づきながら下を見下ろしてみると、唯先輩の大学の同級生らしき人が声を張り上げていました。
「ゆいー、お前まぁた制服着てるのかぁー?」とかなんとか。
私の夢なのに私が知らないはずの唯先輩の大学の同級生が出てくるというのも変な話です。あれ、唯先輩から写メで見せてもらったこととかあったのかな?
しかし仮にそうだとしてもあの人の発言内容はどうなんでしょうか。私の中では唯先輩は大学で制服ばかり着ているんでしょうか。深く考えないようにしましょう。

唯「さてっ、と。あずにゃーん」

気づけば唯先輩が前回折れた枝の上で私を待っていました。
前回あの枝が折れたのは、要は二人で枝の上に長く留まり続けたせいでしょう。
ああいう予想外のアクシデントが起こる可能性も考慮していかなくてはいけないことを学びましたけど、同時にこの場合は長い間留まらなければ防げたはずです。
つまりそれを知っている今は同じ愚を犯すことはありません。何事も経験が大事、ということも同時に学ばされました。
いろんなことを経験し、そこから先を予測し、それでもなお予想しきれないアクシデントが起こる可能性は捨てずにおく。身構えるとまではいかずとも、頭の片隅にとどめておく。
そして。

唯「はーやーくー」

梓「はいはい、っと」

そして、それでも前に進むことをやめてはいけない。
これは、最初からずっと唯先輩が前に立って教えてくれていたことです。
唯先輩が、先輩として、私に。後輩に。

梓「…じゃ、さっさと行ってしまいましょうか」

唯「てっぺんまで一気に、ね!」

とは言ったものの、真の意味でこの樹のてっぺんまで登るというのは無理でしょう。
上のほうは枝も幹も細くなっているのが樹という植物の常ですから。
ですから、人が登れる限界をもってしててっぺんと定義するのが妥当なところだと思います。
と、思っていたのですが。

唯「おやまぁ」

梓「これはこれは」

登りながら、急に上を見ていた視界が開けて同時に雨にも今まで以上にうたれ始めて、何事か、と思えば。
大樹の幹は私や唯先輩の背より高いあたりでバッサリと斬られ、切り株状になっていました。
まるで頭頂部ハゲ。かわいそうです。

唯「夢だからね!」

梓「私のせいだって事ですか」

唯「そうじゃないよ、わかりやすいゴールってことだよ」

唯先輩は「ここに旗を突き立てれば制服完了だよ!」とか言っていますが無視します。
目の前の樹の幹の太さから考えて、私と唯先輩がそこに立つ、あるいは腰を下ろすには充分な広さがあると思われます。
今更ですけど本当に規格外の大きさのまさに大樹だったわけです。だいぶ登ってきたにも関わらずそれだけの太さがあるということは。
ま、夢の中ですしね。
というか、問題はそこではありません。


梓「登れる気がしませんね」

身長より高いとはいえ、手は届きます。
しかし、手というか指が届く程度のため、体重をかけることができません。
そして何故かここより上に枝がありません。私たちが今いるこの枝が一番近くなっているのです。
身長差的に唯先輩は私よりマシな状況だと思われますが、それでも危険を感じているのでしょう、登るのを躊躇しているようです。
どうしましょうか。一応枝の上ですので、あまり悩んでいる時間はありません。
だいぶ登ってきたので下を見るのも怖いです。そんなところから落ちるのは夢であってもご遠慮願いたいところ。

梓「どうしましょうか」

唯「えー、この状況でやることっていったら一つしかないでしょあずにゃん。へい、カモン!」

唯先輩が背中を向けて屈み、私を呼びます。

梓「……え、何ですか?」

唯「かたグルマーに決まってるでしょ!」

梓「決まってるんですか? あとなんか発音おかしくないですか」

唯「いいから、ほらほら急いで」

梓「はぁ……無理しないでくださいね」

正直かなり危ないとは思いながらも、そっと唯先輩の肩に座るように脚を回します。
ふとももが唯先輩のブレザーに密着した時、びちゃり、と音がしました。
先に行っていた唯先輩は私より多くの雨を浴びていたようです。夢につき合わせてしまっている身として、申し訳なさを覚えます。
そんな私の感情なんて知らないであろう唯先輩は、樹の幹に手を添えて体重をかけながらゆっくりと腰を上げます。

唯「お…おおお……」プルプル

梓「だ、大丈夫ですか??」

唯「ふ、これがあずにゃんの愛の重み……そう思うといくらでも頑張れるよ……」プルプル

梓「……不安だなぁ……」

唯「はぁ…あずにゃんのふとももがあったかいぃ……」スリスリ

梓「締めますよ」

唯「冗談ですよ」

梓「スリスリしといて冗談とは盗人猛々しいですね」

唯「どうやらあずにゃんのハートを盗んでしまった罪は重いみたいだnぐえぇ」

梓「両ふとももと両手の4点締めです」

さすがに唯先輩もすぐに「ギブギブ」と言いながら私の脚を叩いてタップしてきたのですぐに緩めます。
そもそもそんなに力も入れてませんが、どちらにしろ本気でやっていたわけじゃありませんし。
それに何より、そんなことしてふざけている時間はありません。枝が折れる可能性があることは既に学んでいます。

梓「唯先輩」

唯「うん。これでどうかな、届く?」

梓「あ、はい、手は届きそうです、だいぶ」

唯「じゃあ、ゆっくり私の肩の上に立って登ってね」

梓「えっ、でも私靴履いたままですよ?」

唯「いいよいいよ。それより早くしないと……」

梓「あーあーーその先は言わないでくださいよー」

樹の断面に深く手を置いて、体重を手で支えながらゆっくりと唯先輩の肩に足を乗せます。右足から。中腰で。
両足を乗せ終え、「立っていいですか?」と聞きながら顔を下に向けると唯先輩が思いっきり何かを楽しみにしているような顔で見上げていたのでどうしてやろうかと思いましたが、サッと下を向いて逃げたのでとりあえずはよしとします。
これ以上コントやっている時間はありません。掛け声一つで飛び上がるように樹の断面に登り、下にいる唯先輩に手を伸ばします。

梓「どうぞ、登ってきてください」

でも、何故か唯先輩は優しい顔で微笑むだけで手を取ろうとはしません。
別に私のスカートの中を見れて嬉しいというような微笑みではありません、断じて。

唯「あずにゃん、どう? いい眺め?」

梓「えっ? はい、まぁ」

唯「達成感はある?」

梓「えぇーっと、あるんじゃないですか、たぶん」

唯「そっか、よかった」

よかった、だなんて言われるとどう反応すればいいのか困ってしまいます。
だって私は唯先輩を引き上げることを真っ先に考えていて、眺めに見入ることも達成感に震えることも頭の中に無かったのですから。
言われて気づいた程度のことですから、そこで喜ばれると居心地が悪いです。

梓「えっと、唯先輩も来てみればわかりますよ、ほら早く――」

唯「私は、そこに必要かな?」

梓「え?」

唯「あずにゃんの夢の中で、あずにゃんが何度もチャレンジして、あずにゃんは成し遂げた。それでいいじゃん。私はそこにいらないよ」

梓「………」

何を言っているんだろう、と思いました。
ずっと一緒に登ってきたのに、ここに来て何を、と。
でも理屈もわかります。だってこれは私の夢なんですから、私の夢は私のものなんですから、私さえハッピーエンドならそれでいいんです。

唯「はい、旗。これを立てればクリアーだよ」

そう言って、猫の絵が描かれた旗を差し出す唯先輩。

梓「……はい」

私はそれだけ言って、その旗を受け取りました。

梓「………」

唯「……あずにゃん?」

……ただし、唯先輩ごと。
手首ごと掴んで、引き上げようとします。

梓「せっかくですから、二人でやりましょうよ」

唯「………」

梓「せっかくここまで一緒に来たんですから」

本当は。
本当は、そんな適当な理由じゃありません。
唯先輩がいたから、ここまで来れた。だから、です。
唯先輩が先に行ってくれたから、その背を追えた。唯先輩がいたから、何度でもチャレンジしようと思った。唯先輩がいたから、ここに手が届いた。ここに立てた。
でも、それを全部伝える必要は、別に無いと思います。

梓「夢ですしね」

唯「?」

梓「なんでもないです。はい、引き上げますよ。せーのっ」

唯「う、うん……わあぁっ」

何故か今回は唯先輩が軽くて、少し危ないくらい勢いよく持ち上がってしまいました。
勢い余った私はしりもちをつきながらも、二人とも落ちることはありませんでしたが。

唯「だ、だいじょうぶ? あずにゃん」

梓「大丈夫ですよ。それより、どうです? 眺めは」

唯「あずにゃんと一緒に観る景色なら、どこでも最高だよ」

梓「そういうことを言ってるんじゃないんですけどね」

唯「じゃあ前半はカットで。最高だよ」

梓「……まぁ、いっか」

いつの間にか雨もあがっていて、遠くに見える町並みや山々に雨雲の間から陽光が降り注いでいます。
どこか神々しいその光景が最高の眺めなのは事実なので、野暮なことは言わないでおきます。

唯「あ、はいあずにゃん、旗」

梓「そういえばそうでしたね」

唯先輩から猫の描かれた旗を受け取って立ち上がると、樹の断面の全体図が目に入ります。
ぐるぐるぐる。
部活の時間に食べたこともあるバウムクーヘンを思い出しますね。

唯「じゃあド真ん中にザクっと!」

梓「ブスっと?」

唯「ドスっと!」

梓「まあ何でもいいんですけど」

唯「冷たいなー」

唯先輩の愚痴を聞き流しながら、ぐるぐるの真ん中に狙いを定めて。
そんなときにふと思いついたことが、そのまま一瞬で確信に変わりました。

きっと、これを立てたらこの夢は終わりを迎える、ということ。

もう二度と唯先輩と木登りをすることもなくなって、この光景を一緒に見ることも出来なくなります。
二度と、このシチュエーションを体験できる場所にこれなくなります。
だってきっと、私がこの夢を求める理由がなくなってしまうから。
いえ、正確にはこの樹の先がないということが、既に求める理由がないことを明示しているのです。

寂しいな、と思います。
夢に理由とか意味なんて求めないほうが幸せなのでしょう。寂しさを知らずにいられますから。

でも、その代わり。

唯「あずにゃん」

梓「はい?」

唯「がんばってね、応援してるから」

何かが、小さな何かが貰えるのなら、これは寂しいばかりの損な夢ではありません。
だから。

梓「……はい!」


だから、きっと私はそのとき、笑顔で旗を突き立てたんだと思います――


おわり



最終更新:2012年10月02日 11:29