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「そうだったんだ!
これは盲点だったなあ……、梓が好きなのがあの人だったなんて……。
好きになった理由……はまた今度訊かせてもらおうかな」


「訊くつもりなんだ……。
でも、純、先に私にも訊かせて。
私が先輩の事を好きだって事、薄々気付いてたって本当?」


「あ、うん、何となくだけどね。
大体、梓が好きになる人って言ったら、先輩の誰かしか居ないよ。
だって、男子が傍に居る様子が全然無いし、
一番長い時間一緒に居るのは軽音部の先輩達だしね。
だから、先輩の誰かの事が好きなんだろうな、って思ってたんだ」


「そうなんだ……。
ねえ、純……、先輩達……、私の気持ちに気付いてると思う……?」


「どうかなあ……?
先輩達は皆鈍感そうだから、あの人も含めて全員気付いてないかもね。
普通は同性の後輩が自分の事を好きだなんて思わないだろうし。
私が梓の気持ちに気付けたのもさ、
私が梓の好きな人の話をする度に、梓が辛そうな顔をしてる事に気付いたからなんだ。
憂もそれを分かってていつも話を止めてたみたいだけど、
いつかはちゃんと梓に訊いておきたかったんだよね……」


マイペースだけど、純もちゃんと色んな物を見てるんだ、って思った。
私の事を見てたんだ。
見てくれてたんだ……。


「でもね、梓。
気付いてるとは思うけど、きっと憂は梓の好きな人が誰か気付いてるよ。
憂はお姉ちゃんの事ばっかり考えてるようにも見えるけど、そうじゃないもんね。
お姉ちゃんだけじゃなくて、先輩達や私達の事もしっかり見てて、しっかり考えてくれてるよ。
いい子だもん、憂は。
だからね……」


「うん、分かってるよ、純。
まだちょっと無理だけど……、でも、いつか憂には私の好きな人の事、自分で伝えたいな。
自分の口で、ちゃんと憂と正面から向き合って、誤魔化さずに……」


私が言うと、「それがいいよ」と純が嬉しそうに微笑んだ。
優しい微笑みだった。
純は憂の事をいい子って言ったけど、純だって十分いい子だよ、って私は思った。
勿論、口に出しては言わなかったけどね。
そういう事は本人に言う事じゃない思うし、
私と純はそういう事を言い合わない方がお互いを大事にし合えるって思うから。


「ところで、こういう事を訊くのも変だと思うんだけど……」


急に真剣な顔になった純が、少し重い声を出して私に訊ねる。
私も緩め掛けていた表情を引き締めてから、静かに訊き返した。


「どうしたの、純?」


「あの人に告白……はしてないだろうけど、する予定はあるの?
勿論、そんな簡単に出来る事じゃないとは思うんだけど、梓はどう考えてるのかな、って」


純の言葉を聞き終わった後、私は大きく息を吐いた。
溜息にも深呼吸にも似た息。
私自身もどっちなのか分からないまま、気付けば純の質問に答えていた。
誰かに聞いてほしい答えだったのかもしれないし、
誰かに私の答えの是非を判断してほしかったのかもしれない。


「私の想いだけどね……、多分、ずっと伝えられないと思う……。
伝えない気がするんだ、私。
勇気が無いってのもあるし、これでいいのかって迷ってるのもあるんだけど……。
でも、やっぱり、私の想いを伝えて困らせたくないんだよね……。
先輩達は皆優しくしてくれるし、私が女の人の事を好きだって知っても、優しくしてくれると思う。
私の事を大切にしてくれると思うよ。

だけど、先輩達、私の気持ちを知ったら困っちゃうと思う。
私の好きな先輩達を困らせちゃう。
それは嫌だから……、凄く嫌だから……、
だから、ずっと伝えられないままなんじゃないかな……」


それは私の出した答え。
自分の想いに気付いて、悩み続けてようやく出せた答えだった。
私は自分のせいで先輩達を困らせたくない。
唯先輩も、律先輩も、澪先輩も、ムギ先輩も、誰も困ってほしくない。
だから、私は私の想いを胸の中に、鍵を掛けて仕舞い込んだままにしておくんだ。

純は私の言葉を聞き終わって、
何事かを頷きながら考えてたみたいだけど、すぐに何でも無い事みたいに私に返した。


「それってつまり、自己満足なんじゃない?」


普段通りの口調と普段通りの語調で、微笑みさえ浮かべて純は言った。
前々から分かってはいた事だけど、本当にマイペースな子だなあ、と思った。
普通はこんな言いにくい言葉を歯に衣を着せずに言えるなんて、そうそう出来る事じゃないよね。
こんな事を続けてたら、友達がどんどん減るってば、純……。

いきなり自己満足って言われて、私自身も結構胸が痛くなった。
突然の指摘にちょっと悲しくなっちゃうくらい。
でも、いつの間にか私は苦笑してしまっていた。
うん、そうだ……、そうだよね……。


「かもね……、ううん、きっとそうだと思うよ、純。
先輩の事を困らせたくないって気持ちは本当だけど、やっぱり私の自己満足なのかもしれないね。
本当は先輩達にちゃんと自分の想いを知ってもらった方が、
その方が先輩達も嬉しいって考えてくれるかもしれないよね……。
でも、私は……」


そうやって、私が思うままに言葉を続けていると、不意に純が私の頭に手を置いた。
何度か私の頭を撫でる。優しく、ほんの少しだけ強く。
それから静かな微笑みを浮かべて、ゆっくり口を開いた。

「いいんだよ、梓、別に自己満足でもさ。
梓が先輩達を困らせたくないって言うんだったら、それが梓の一番大切な気持ちなんだよ。
恋をしたら告白するだけが人生じゃないもんね。
ずっと想いを抱えたままで生きてくってのも、私はありだと思うよ?
それが梓が悩んで出した答えなんだったら、自己満足でもきっとそれでいいんだよ」


純の言葉にはどう返したらいいか分からなかった。
私の答えを自己満足と言いながら、それを認めてくれる純。
傍から見てると荒唐無稽な気がしたけど、ちょっとだけ肩の荷が下りる気がした。
何だか嬉しかったけど、それを純に直接伝えるのも変な気がした。
私は小さく微笑んで、私の頭を撫でる純の手を軽く振り払った。


「撫でないでよ、もー……」


「あはは、別にいいじゃん、梓。
梓の頭って丁度撫でやすい所にあるし、撫でやすい雰囲気を漂わせてるんだもん。
こりゃ撫でないわけにはいかないでしょ!」


「何それ……」


「と、冗談はさておくとしてもさ、私、思うんだよね。
人を好きになるのも人から好きになられるのも凄く大変な事で、迷惑になる事も多いんじゃないかって。
漫画とかでよくあるでしょ?
『好きになっちゃったんだから仕方ない』って台詞。
先生と教え子とか、同性同士とか、兄弟姉妹の恋愛とか、
不倫関係とかでよく見る台詞だけど、それってすごく無責任だと思うんだよね。

だって、そうでしょ?
好きだから何をしてもいい、ってのはストーカーの理屈じゃない?
人を好きになるのは大切な事だけど、それを言い訳にしちゃったら駄目でしょ」


「それは……そうかも……」


「でしょ?
しかも、そういう台詞って、本人より周りの友達とかが言う事が多いじゃない?
いや、駄目でしょ!
そこは友達として、一緒に一番いい対策を考えてあげる所でしょ!
『好きになっちゃったんだから仕方ない』って言ってる場合じゃないでしょ!
って、いっつも思うんだよね」


妙に熱心に純が拳を固めて力説する。
熱くなり過ぎだよ、純……。
ほら、熱くなり過ぎてるせいか、留めてる髪が乱れて爆発しそうじゃない……。


でも、嬉しいな……。
純は私の想いを無責任な言葉で放り出さないで、まっすぐ受け止めてくれてるんだ……。
こんな面倒臭い私なのに、私の未来について考えてくれてるんだよね……。
だったら、私ももっと自分の未来について、強く決心しなきゃいけないと思う。


「大体、同性相手の恋愛がどれだけ大変か分かってるのか、って話だよね」


よっぽど語りたい事だったのか、まだまだ熱は冷めないみたい。
私は苦笑しながら、純の熱弁にまた耳を傾けた。


「同性同士だと結婚出来ないし、子供だって出来ないでしょ?
世間の目だってまだそれなりに厳しいし、何よりお父さんやお母さんが困るよね。
まさか自分達の孫の顔が見れなくなるなんて、中々割り切れる物じゃないと思うし。
家族や他人なんて関係無い。自分達が幸せならいい。
……なんてよく聞くけど、そんなの身勝手だよね。
今まで自分を支えてくれた友達や家族も居るのに、全部捨てるなんて酷い話だよ」


「……うん、そうだよね、純。
身勝手な話だよね、だから、私……」


「梓の話じゃないよ。
梓は悩むタイプだもんね。
悩んで悩んで自分の気持ちを隠す決心をしたんでしょ?
私に言われなくたって、さっき言った全部の問題点も考えてたはずだもん、梓は。
梓は真面目で融通が利かなくて色々面倒臭い所がある子だけど、でも、優しい子だもん。
家族や私達や先輩達の事を考えて、今の恋は黙っておく事にしたんだと思うから。
だから、私が梓に出来る事はそれを応援する事だけだよ」


「ありがとう、純……。
でも、今の恋……って?」


「今の恋だけが人生じゃないよ、梓。
もしかしたら、また誰かの事を好きになる事があるかもしれないし、
来年入って来る新入部員とかに好きになられる事もあるかもしれないでしょ?
その相手がまた女の人なのか、それとも男の人なのか分かんないけどさ、
いつか梓がまた恋をする事になったら嬉しいな、って私は思うよ」


次の恋……か。
考えたくはないけど、純に言われるとあるような気もしてくるから不思議だなあ……。
勿論、あの人への恋心を捨てたわけじゃないし、
今も変わらず大好きだけど、そういう可能性もあるんだ、って思った。

私がちょっと微笑むと、語り過ぎたと思ったのか純が自分の頭を軽く掻いた。


「勿論、今の恋だって応援してるよ、梓。
先輩達を困らせたくないって梓の気持ちも分かるし、応援してる。
でもね、私としてはそれと同じくらい、あの人に告白してほしいとも思ってるんだ。
先輩達を困らせるかもしれない。
言わない方が今まで通りの軽音部で居られるのかもしれない。
それでも梓が自分の気持ちを告白したいって思ったんなら、私はそれを応援するから!」


「応援してくれるのは嬉しいけど、結局、どっちなのよ、純……」


「どっちも、だよ、梓。
どっちを選んでも、私は梓を応援したいんだ。
どっちの答えでも、それは梓が精一杯悩んで出した答えだと思うもん。
だから、私は梓の選んだ答えを応援したいんだ。
それが親友ってやつでしょ?」


「親友かあ……。
何か日和見なだけにも見えるけどね」


「あっ、酷いなー、梓は。
自由って言ってよ、自由って。
フリーダム! リバティ!」


自由……。
どっちを選んでも私の自由なんだ……。
その答えを選択した責任を取りさえすれば、純は私を応援してくれるんだね……。
簡単なようで難しくて、厳しいようで凄く優しい純の態度。
私は……、そんな純が友達で、ううん、親友で居てくれて、凄く嬉しいと思う。
純が親友で居てくれただけで、私は凄く幸せなんだ。

でも、一つだけ気になった事があったから、私は純に訊ねてみる事にした。
余計な事かもしれなかったけど、何となく気になって仕方が無かった。


「そういえば、純。
妙に同性同士の恋愛の大変さについて詳しかったよね。
子供が出来ないとか、世間の目とか、お父さんやお母さんの事とか……。
ひょっとして、純も誰かにそういう恋をした事があるの?
勿論、今じゃないだろうけど、前に女の子に恋をした事がある……とか?」


一瞬、純が珍しく顔を赤く染めた。
どうやら、完全に恥ずかしがってるみたい。
本当に女の子の事が好きだった時期があったのかな、って思ったけど、そうじゃないみたいだった。
純は私から目を逸らしながら、顔を真っ赤にして答えてくれた。


「あ、えっとね……、女の子の事を好きになった事は無いんだけど……。
うーっと……、梓も自分の秘密を教えてくれたから、いいかな……。
それが親友ってやつだもんね……。

ねえ、梓!
今から言う事、誰にも言わないでね!
憂にも、先輩達にもだよ!
絶対だからね!」


「う、うん……、それは勿論だけど……」


「じゃあ……、言うね?
実はね、私……、
あっちゃ……お兄ちゃんの事が……、好きだった……んだよね……」


「ええっ?」


「だって、仕方ないじゃん!
お兄ちゃん、カッコいいし、優しいし、恋するなって方が無理だって!
あっ、勿論、今はお兄ちゃんとして好きなだけだから!
男の人として好きだったのは、中学生の頃までだから!」


結構、最近じゃない……、とは言わなかった。
純が勇気を出して私に隠していた事を教えてくれたんだもん。
多分、私の秘密を自分だけが知ってるのを悪いって思ってくれて。
私と対等な立場で居てくれるために。

それにしても、これで純の言葉に納得が出来た。
子供が作れないって事以外、お兄さんへの恋は同性との恋愛と同じ問題を抱えてるもんね。
だから、純は教えてくれたんだ。
誰かに迷惑を掛ける恋を貫き通せるか……、
その覚悟が無いと恋なんて出来ないんだって事を。
同性同士だけじゃなく、肉親への恋だけじゃなく、
異性同士の恋でも、多分それは同じ事なんだって……。
自分も同じ事で悩んでいた時期があったから……。


「内緒だからね?」


上目遣いに純が呟く。
私はその純の手を取り、真正面から見つめ合って微笑んだ。


「うん、分かってるって」


私の友達……、私の親友の純。
私は純と友達になれて、友達で居られてよかった。
最後に一つ、純は私にとても大切な言葉を届けてくれた。


「私ね、お兄ちゃんの事は高校に入ってから諦めたんだけど、それは私達が兄妹だったからじゃないんだよ。
私が私で、お兄ちゃんがお兄ちゃんだから、諦めたの。
沢山の困難があっても自分の恋心を貫けるほど、お兄ちゃんの事を好きでいられなかったからんだ。

でも、そういう困難って、兄妹や同性同士じゃなくても起こる事でしょ?
勿論、困難の量は変わってくるけどね。
そういう意味ではどんな恋も一緒なんだよ、きっと。
自分の想いを抱えたまま好きな人と疎遠になる、なんてよくある事だもんね。
梓は梓の恋をしただけで、その恋が成就しても、諦める事になってもそれは恋なんだよ。
変な恋でも禁断の恋でも無くて、単なる梓の恋なの。
梓の恋がどんな結末を迎えても、
梓が自分の恋にどんな選択肢を選んでも、
それだけは……、梓に憶えていてほしいんだよね」


私は頷いて、握っていた純の手のひらに力を込めた。
そうだよね。
私は私の恋をしただけなんだ。
この恋が実らなくたって、秘めたままにしていたって、それは私の選んだ事。
同性の先輩に恋をしたからじゃなくて、極普通に訪れる極普通の失恋なんだよね。
多分、この恋は成就するどころか、届ける事も無いと思う。
私はやっぱり先輩達を困らせたくはないから……。
このままの軽音部で居たいから……。
でも、それも一つの恋なんだろうと思う。
純の言う自由な姿での自由な姿勢の恋なんだ。
私なりの失恋をしよう。
受け容れるまでかなりの時間が掛かるかもしれないけど、それでも。


不意に。
教室の外から私の名前を呼ぶ声が響いた。
純と一緒に視線を向けると、あの人が教室の外に立っていた。
私の好きなあの人……。
少しだけ、胸が痛む。
でも、それは今まで感じていた辛さじゃなくて、清々しい一瞬の痛みで。

私は自然に笑顔を浮かべて、あの人に向けて頷いていた。
そう言えば今日も部活で集まれる日だった。
時間を確認してみると、結構遅刻してしまっているみたいだから、あの人が呼びに来てくれたんだろう。


「ありがとう、純。
じゃあ、今日は行くね」


鞄を持って席から立つと、純も私と一緒に立ち上がって、また私の頭を撫でた。
満面の笑顔の楽しそうな純のその姿は私をとても嬉しくさせた。


「頑張りなよ、恋する乙女」


耳元で純が囁いて、私は苦笑する事でそれに応じた。
その間中も私の頭を撫でていたけど、私はその手を振り払わなかった。
純に頭を撫でられるの、本当は嫌いじゃないから。
大切な親友の温もりを感じられて嬉しいから。
だから、今回だけは、純の体温を頭に感じていたかった。
今回だけ……だけどね。


「うん、頑張る。
行って来るね、純」


私がそう言うと、頭から純の手が離れた。
二人で顔を合わせて笑う。
ありがとう、私の親友。
私も純に負けないように、自分の気持ちに素直に私も頑張るよ。
心の中だけでそう呟いてから、私は先輩の下に駆け寄った。




部室までの道中、私が嬉しそうな顔をしていたからか、
先輩が私と純が教室で何をしていたのか、と訊ねてきた。


「秘密です!」


多分、満面の笑顔で言うと、先輩は不思議そうに首を傾げていた。
うん、ずっと秘密。
私の想いを届ける事は、きっと一生無いだろう。
失恋のまま、この恋は終わるだろう。
だけど、それでいいんだって思った。
秘めたままの恋でも、自己満足でも、それが私の恋なんだもんね。

失恋で胸が痛んだって平気。
それは極普通の失恋で、私の責任で至る事になる失恋だから。
だから、きっと失恋を抱えても笑顔で生きていける。
それを教えてくれた親友が私には居るから。

私にはそんな大切な親友が居るんだ。




これにて終わりです。
タイトルは純ちゃんの自由な姿勢という感じで付けました。
あと水樹奈々さんの曲名でもあったりします。
ありがとうごさいました。



最終更新:2012年10月03日 20:32