カチ、カチカチ

なかなか眠りにつけず、どうしようか迷っていたところに、そんな音が私の耳に飛び込んできた。

初めは何の音だろう、と思っていたけど、それが携帯を操作している音だと気づく。

私の他にも、誰かが起きている。

その音が聞こえてくるのは、ちょうど真上ぐらいの位置だった。
その位置だと…律先輩?

何をしてるんだろう、って気になってしかたない。
しまったな、と思う。
これでますます眠りにつくことが難しくなってしまったからだ。

どうしよう。ここで話し掛けようか?

いやいや、明日聞けばいい話でしょ。

私の頭の中で格闘が始まる。


数分格闘は続いたが、
《いや、気になってもう寝るどころじゃないでしょ?》
と頭の中で言った話し掛ける派の意見に満場一致で賛成。

よって勝者は話し掛ける派に。

…まだ携帯の操作音は止んでない。

話し掛けるとは決めたものの、いざとなると勇気がなかなかでない。

こういう時、私って情けないなぁと心の底から思う。

パタン

携帯を閉める音が聞こえた。

今だ、今しかない。

「あ、あの~…」

勇気を振り絞って声を掛ける。

「…ん?あっ梓か。ごめん、起こしちゃった?」

予想は間違っていなかったようだ。
律先輩の声が聞こえる。

「あ、いえ…なかなか眠れなくて。そうしたら携帯をいじる音が聞こえてきたので…何してたんですか?」

気になってしょうがなかったことを尋ねる。

「そっか。いや、別に何もしてないよ。メールとか見てただけ」

「そうですか…」

気になっていたことが分かって胸のつっかえは取れたものの、そう言った後はしばらくの沈黙が流れて少々気まずい時間だった。

「…あのさ、梓。まだ眠くない?」

律先輩がそう言って沈黙を破った。

「は、はい。大丈夫です」

「そうか。じゃあさ、ちょっと外、出ようぜ」

予想だにしなかった律先輩の提案。
どうせまだ眠れることはないだろう、と思った私は承諾する。

「はい、分かりました」


──────

私たちは他の先輩方を起こさないよう静かに部室を出た後、何故か鍵が開いていた屋上へと足を運んだ。

「ふー、やっぱこの時間は外さみーなー」

そう言いながら両手を肩に乗せて体を縮こませている律先輩。

こうやって見ると、やっぱり律先輩って小さいんだなー…。

…私も人のこと言えないけど。

「…お前、今ちょっと失礼なこと考えてただろ」

律先輩が核心をつく。
…顔に出ていたのだろうか。

「いえいえ、そんなことは」

「ホントかぁー?」

律先輩が私の顔を覗き込んできた。

「はい、ホントですよ」

「ふーん…ま、いいや」

そう言った後、私たちは屋上の床に座り込んだ。

「…」

「…」

再び訪れる、気まずい沈黙の時間。

またしてもそれを破ったのは律先輩だった。

「梓…不安?」

「へっ?」

その言葉はとても短かったけど、私はとても驚いてしまった。

…なぜか律先輩ってこういうところ、鋭いんだよね。

「ふぅ…律先輩には敵いませんね」

「…やっぱそうだったかー。いや、なんとなくそんな気がしたんだ」

「…」

「これからのこと…か?」

「…はい」

「…やっぱり部員、欲しかったよな。ごめんな、頼りない先輩たちで」

「…そんなこと、ありませんよ。私は先輩方と過ごしたこの一年半くらいの時間、とても楽しかったんです。四月のときだって、本当に五人で、このままでいいと思ったからああ言ったんですよ?それに、トンちゃんもいますし」

「…ただ、どうしてでしょうね。それでも不安なんです。先輩方が抜けてしまったときのことを考えると、とても不安になってしまうんです」

そう、眠りにつけなかった理由はこれだ。
先輩方がいなくなってしまった後のことを考えると不安で胸が一杯だった。

どうしようもなかった。
だって、いくら考えたって不安になってしまうんだから。

…律先輩は黙って真剣に私の話を聞いてくれている。

「明日のライブで先輩方は引退でしょう?そうしたら、考えないようにしていたことも余計に考えてしまって」


「…律先輩、私、どうしたらいいんでしょうか…?」

何時の間にか私は泣いていた。
律先輩はそんな私を、黙って抱きしめてくれた。

「…梓は」

少し落ち着いてきた頃、おもむろに律先輩が口を開いた。

「…梓は、一人じゃないよ。私たちはいつだって会いたければ会える。梓が私を必要としてくれるなら何時でも、どんなときでも梓のところにとんでくさ。勿論、あいつらだってそう思ってる」

「だからさ、もう少し気楽に考えて明日のライブを目一杯楽しもうぜ!絶対成功、させるんだろ?」

そう言って律先輩はニカッと笑う。

…律先輩って意外と頼もしいんだな、と考えてしまったのが心に余裕が生まれてきた証拠だろう。

「…お前やっぱりちょっと失礼なこと考えてるだろ」

そう言う律先輩の顔には怒りの表情はない。

「ふふっ、いや、律先輩って意外に頼もしいんだなって考えてたんです」

「意外にって…まあいいか。ありがと」

「…こちらこそ、ありがとうございました」

「おう。私で良ければいくらでも、ってやつだな」

「…っくしっ!」

そうやってくしゃみをして、体をまた縮こませる律先輩。

「ふふっ、戻りましょうか、律先輩。そろそろ戻らないと風邪ひいちゃいます」

「そうだな」

そう言って立ち上がり、私たちは部室へ戻って行く。

その間に私の口から漏れた欠神は律先輩からの贈り物だろう、と私は強く感じていた。



fin.



最終更新:2012年10月10日 20:29